20:私とジェイクの誕生日
「だから違うってば! もう誰なわけ!? そんないい加減なデマを流しているのは!」
私はとうとう我慢の限界が来たのでつい顔馴染みの冒険者に怒鳴ってしまった。
「俺じゃねぇよ、だからそんなに怒るなよ? な?」
私の剣幕に押されたのか強面の彼らしくなく腰が引けていた。アニーがまぁまぁと取り成してくるけれどこちらとしては冗談じゃない。
私とラルフが恋仲なんて噂話が流れているのだから。
「いい! 私にはちゃんと愛する夫がいるの。離婚なんてしていないし、別れる予定もないの!」
「でも、ほら、同じパーティーだしさ……」
「同じパーティーで恋仲扱いされるならどれだけのパーティーで恋人が出来ていることやら。そんなことないってよく知っているでしょう?」
まったく、そんなことで恋仲にされていたら私の知り合いの女性冒険者なんか全員既婚者になっているし、アニーが独身なのは何かの間違いになるじゃない。
「ふむ、個人的に悪い気はしないがエリシアを困らせる訳にはいかないだろう。私からも噂は否定しておこう」
ラルフも否定してくれたし、これ以上余計な噂を流さないように釘を刺しておく。まったくこんないい加減な噂は誰が流したのやら。ろくな人じゃないよ!
かなり機嫌の悪い私は気晴らしに買い物でもしようかなと街を歩いていた。
そろそろお金も貯まってきたから自分でもマジックアイテム買おうかな。ジェイクに送る本も買いたいし。
アニーに教えてもらったマジックアイテムの店に行ってみるとそこにはいろいろなマジックアイテムがあって目移りしちゃう。
「どれにしようかな?」
いろいろ見ていると、ふと白百合の髪飾りが目についた。
「心守りの髪飾り……か」
店員さんに聞いてみると精神的な異常に対する抵抗力を上げてくれるらしい。例えば魅了とか幻惑とかそういう厄介な類のだね。
最近いろいろな装備を着けやすいように髪を伸ばし始めたからこれは丁度いいかも。お値段を見ると金貨二枚……これくらいなら討伐依頼を三、四回くらいこなせば稼げそう。
「すみません、これ下さい」
決して安くはないけれど、パーティーのお金じゃなくて自分のお金だからちょっと冒険して買うことは出来るしね。これがパーティーのお金だと予算オーバーになっちゃう。お金はいくらあっても足りないんだよね。
ちなみに稼いだお金の大半はギルドに預けてその残りは私と家のお金として半分に分けているから私もお金持ちじゃないんだけれどね。ランクが上がってから受けれる依頼が高額になってきているのが助かるかな……その分危険だけれど。
後はジェイクの本を買わないとね。今度はどんな本を買おうかな?
すっかり機嫌を直した私は本屋へと弾みながら向かって行った。
困った噂を聞いてから二日後、護衛の依頼が入ってしまったので帰ることが出来そうにないから、約束通りギルドに手紙配達の依頼を出しに来た。
まだお昼前だから運が良ければ明日には着くかもしれない。
ギルドの前に知り合いの冒険者いるから挨拶くらいしておこうかな。
「やっほー」
「おお、エリシアじゃねえか」
「エリシア達はこれから依頼か?」
ギルド前にいたのは三人組の冒険者で渋い仕事をする腕のいい冒険者なんだけど女好きなのが玉に瑕なんだよね。
「うん、護衛の依頼。あんた達は?」
「俺らは昨日ミスっちまって減額されたよ。あーっ、もうおかげで予約しておいた娼館行けなくなったし」
「それはご愁傷様。というかはまり過ぎじゃない? いい娘でもいるの?」
「それがさ、こいつがそこの娘にえらくご執心でさ。こいつがその娘を気に入った理由が胸がデカイからだぜ。最低だよな~」
これだから男ってやつは……もしかしてジェイクもなのかな?
「うわ、最低。やっぱり胸か? 男は好きだね~」
「そういやエリシアもデカイよな。お楽しみを無くした俺を慰めてー」
「慰めるか、馬鹿! 大人しく酒かっくらって寝てなさい! それに旦那がいるって言ってるじゃん……まぁ胸がデカイのは自慢だけどね」
もちろんこれはもう売約済みなので誰にも触らせません……ジェイク以外にはね。
「エリシア」
あれ?……今ジェイクの声が聞こえたような?……ジェイクだ!
え?……どうして? もしかして会いた過ぎて幻覚見てるとか?
「ジェイク? あれ、何でいるの?」
混乱した私はつい、素っ気ない返事をしてしまったけれど、本当は嬉しすぎてパニックになっていた。
「ちょっと、用事があったんだ。エリシアはまた依頼?」
「うん、馴染みの商人さんから護衛の依頼があったの。一週間くらいで帰る予定だよ、十日後はジェイクの誕生日だからね」
きゃー! 知り合いの冒険者の前で旦那様の誕生日の話するなんて恥ずかしいー!照れくさくなってつい頬に手を当てて悶えてしまう。
「エリシア……その指輪ど……うしたの?」
ジェイクが驚いた顔をしている……指輪?……ああ、これのことか。
「これ? これは不調封じの指輪と言ってラルフがくれたの。毒とか麻痺といった肉体に影響する状態異常の耐性を上げてくれるマジックアイテムなの。一番攻撃力の高い私が身動き取れなくなったら困るから着けておいてくれって」
これがあればジェイクの元へ帰って来れる可能性が上がるからね。そういう意味では大事にしないとね。頼んだよ~って意味を込めて指輪を撫でておく。
「ぼ……ぼくらの指輪は? 今は着けていないの?」
……やっぱりそう思うよね。誤解されたら嫌だしここはちゃんと言っておかないと。
「指輪を何個も着けるのは好きじゃないの。この指輪は着けないと効果の無いマジックアイテムだから着けているんだ。私達の指輪はここだよ」
防護のタリスマンの鎖に通してある指輪を見せるとジェイクは驚いた顔をしたけれどなんで?
「私達の指輪はマジックアイテムじゃないから冒険には使えないけど、大事なものだから普段から身に着けておきたかったの。ここなら無くならないしね。安全な所ではちゃんと結婚指輪の方をしておくよ。」
……なんかジェイクの反応が良くない気がする。やっぱり不安なのかな?
「ほら、この不調封じの指輪があれば状態異常も怖くないもの。」
あなたの元へ帰って来れるようにちゃんと準備をしているから、だからそんな心配そうな顔しないで。私の胸元に結婚指輪があるのをちゃんと感じる。これがあれば心は無敵でいられる気がする。マジックアイテムじゃないのが残念だけど。
「あ、準備しないといけないからまたね、ジェイク」
いけない、そろそろ準備しないと! 遅刻しちゃう。
私はジェイクに行ってきまーすと告げてギルドへ入って行く……って手紙渡しておけば良かった!
慌ててジェイクを探しに戻ったけれどもうそこにはジェイクはいなかった。
護衛依頼をしてきた商人のおじさんと一緒に進んでいく。目的地はケートから割と離れた所の領地にある貴族のお屋敷なんだって。
ちなみに手紙は出してきました。本当はジェイクに渡せば良かったんだろうけれどね。そうしたら本だってすぐに渡せたのに。
「そういえばちゃんとジェイクさんには説明したんだよね?」
私と同じ馬車に乗せてもらっているアニーが聞いてきた。
「うん、ちゃんと依頼の時だけだって説明したし、身を守るためだって説明もしたよ」
「うんうん、やっぱり不安だと思うからね。そうやってちゃんと安全に帰ってくるためだと説明すれば安心するって言った通りだったでしょ?」
うーん、安心させるところまでいけたかどうかは分からないけれど、これで少しは安心してくれたらいいなぁ。
しかし、アニーはよくいろんなことに気が付くね。きっと結婚したらいいお嫁さんになるんだろうなぁ。
そんな話をしながら馬車は進んでいく。特にここまでは何の問題もなく進んできている。この調子なら予定通り一週間で帰れるかな?
「邪魔だよ!」
半分あたりまで進んで小高い丘に差し掛かった時に野盗が現れたんだけど……正直に言えば大した相手じゃなかった。私の飛ばした斬撃に両断されて弓を構えていた野盗が倒れる。
もう人を殺すことになんの躊躇いも失くなっていた。やらないと依頼者を危険にさらしてしまうかもしれない。躊躇いは許されないのだから。
「いやー流石、皆さんお強い! やはり“勇気の剣”の皆さんに頼んで正解でしたな。“疾風の勇者”ラルフ様に“赤雷の剣姫”エリシア様のお二人がいると安心ですな」
安全になった後、御者席の商人のおじさんがそんなことを言ってきた。
「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいものだな」
「ところでラルフ様、エリシア様。もしよろしければ婚約指輪は私の方で……」
は!?……なんでそんな話が出てくるの? またここでもなわけ!
「違いますよ、彼女は既婚者ですから。だからその噂は根拠のない嘘です」
ラルフがそう言って否定してくれた、流石お兄ちゃん的存在だね。正直に言えば助かった~。怒りのあまり依頼者にキツイこと言いそうになっていたからアニーとオイゲンに抑えられていたんだよね。
もう最近この話題にうんざり! 否定しているのに聞いてくれないんだから……あんまり酷いとあいつ殺した後は村に帰って引退しようかな?
「そうでしたか。ではエリシア様、旦那様のお土産に何かどうでしょうか? いろいろありますがおススメはこれらですな、今なら少しはお安くできますよ」
移動している馬車の中で、御者をコントールと交代したおじさんがそう言っていろいろ見せてくれた。その中にちょっと装飾の豪華な本があった。
「これは?」
「これは薬学大辞典の最新版です。癒し手や治癒師に人気の品でなかなか手に入らないのですが、結構値が張りましてね……売り先が無い状態です」
アニーの方を見てみるけれど首を振られてしまった。
「私は薬学は苦手なんだよね。術の方が得意だからいいんだ」
勉強する価値はあると思うのに……だったらこれは私がジェイクへの誕生日プレゼントにしようかな。
「いくらですか?」
「通常は金貨二枚ですが今回は特別に負けて金貨一枚と銀貨五枚でどうでしょう?」
……マジックアイテムと変わらないレベルでするんだ……でも……ジェイク喜んでくれるよね。今月のお小遣いどころか来月の分まで無くなりそうだけれど……お金自体はあるから……ギルドに預けてある分だけれどね。
「ください、これ!」
これは必要で大事な出費なんだから、女は度胸! こんなところでケチケチしない!
「はい、分かりました。ではお包みしましょう」
商人のおじさんはそう言って綺麗な袋に入れてくれた。この袋って水に強い袋だよね。このおじさんいい商人さんだなぁ。
「ちょっとエリシア。そんな本買っても宝の持ち腐れじゃないのー?」
「ジェイクへの誕生日プレゼントだからいいの」
「ただの村人でしょ? 余計に無駄な気がするけれど? 読めるの?」
アニーはジェイクのことをよく知らないからね。ジェイクは凄く頭いいからこういう本でも時間をかけて読んじゃうんだよね。それに薬草が関わっているならジェイクなら読める気がする。
「いいの、ジェイクなら読めるんだから」
私がそう言うとアニーはこれ以上何も言う気が無いのか何も言ってこなかった。
無事に目的地の貴族のお屋敷にたどり着いた。行きに三日だから帰りもそのくらいかな? 一日くらい遅れても無事にジェイクの誕生日に間に合いそう。
今回来た貴族は侯爵様だとかなんとかラルフが言っていたっけ? 確かラピス侯爵家だったかな? 私達はマナーなんか知らないからそういう細かいことはラルフ任せだけれどね。
意外だったのはアニーがちゃんと知っていたことなんだよね。お貴族様に護衛してきた冒険者に会いたいと言われて断ることなんて出来なかったんだけれど、そこでラルフはともかくアニーもちゃんとした挨拶をして褒められたんだよね。
「しかし、ラルフ殿が冒険者になっているとは驚きました。しかもここまで名の売れた冒険者になられるとは、スフィールド家の皆様も鼻が高いことでしょう」
「いえ、放蕩息子だと呆れられていますよ。確かラピス侯爵は冒険譚がお好きと聞きましたが?」
「おお! そうなのです! よろしければぜひぜひお話をお聞かせ願えませんでしょうか?」
もしかして? ここで一泊?……自信無いんだけれど、こんな場所で問題なく過ごせる自信が。
「それでは一晩だけですがお世話になります」
そうだよね、いくらラルフでも断れないよね。明日には帰れそうだし一晩大人しくしておこうかな。
夕飯はとても豪華で美味しいんだと思う。マナーとかで頭がいっぱいで味なんか分からないれど。
「それにしてもエリシア殿は“赤雷の剣姫”と呼ばれるほどお強いのにそんなに美しいとは驚きましたな」
ラピス侯爵がそう言って褒めてくれるんだけれど、どう返事すればいいの!?
「あ、ありがとうございます」
無難にお礼しか言えないのが困るんだけれどこれでいいのかな?
うぅ~、こういう時のマナーとか勉強しておけば良かった。そうしたらこんなに美味しそうなご飯のことを覚えておけたのに。そうしたら何とか思い出してジェイクに作ってあげられるかもしれないのに。材料とか腕の問題はあるけれど……そこは愛情でカバーだよ!
そろそろ寝ようと案内された部屋に入ったら窓の外で雨が吹き荒れていた。来る時は天気が良かったのにいつの間に?
こんな立派なお屋敷だと外の音が聞こえてこない所もあるんだね。明日には止むよね?……この雨は。
不安なまま眠った私が次の日起きた後に知らされたのは、帰りの道が土砂崩れで埋まったという知らせだった。
作者:気が付けば予定の二十話になってしまっているだと!
レイラ:いつから終了予定が二十話だと錯覚していたのですか?
作者:な・ん・だ・と!!




