14:私とソイツ
ジェイクと話し合いをしてから一月程経過した頃、私はまた少しずつ長期の依頼も受けるようになっていた。もちろん、ジェイクに依頼の日程やどこへ行く予定なのかの報告と、もし帰りが遅くなるようならきちんと連絡をすることは守っているけれど。
明日は家に帰る予定の日。ケートを三日ほど離れる依頼を受けていた関係で家に帰るのは五日ぶりかな。この後、皆と酒場で夕飯の予定だったんだけれど私は少し用事があったので遅れてしまったのだ。
もう皆は酒場に行ってるよね? 宿に戻って装備を外す。念のため剣とタリスマンはいつも身に着けているから忘れることは無い。
宿のおばちゃんに挨拶をして急いでいかないと。
皆とは最近はいつもギルドの隣の酒場で夕飯を取るようになった。それまでは結構好き勝手に過ごしていたんだけど、私の状況把握を理由に集まるようになったんだよね。
「エリシアこっちー」
アニーが大きな声を出しながら手を振っている。酒場の喧騒の中では大きな声を出さないと聞こえないもんね。
「エリシアは何にするー?」
アニーはイモと鳥のスープを頼んだみたいで先に食べていた。シェリアとレイラもそれぞれ頼み終わって待っている。
「エールとイモの辛味焼きで」
近くにいた給仕のお姉さんに注文を済ませて待つことにした。酒場は笑い声や怒号が飛び交うけどこれが冒険者行きつけの店の特徴みたいなものだものね。
「それでエリシア、用事ってなんだったの?」
アニーが好奇心丸出しで聞いてくる。
「あたしも少し気になるんだけど?」
「みんな、プライベートもあるのだから……」
レイラがやんわりと止めてくれている。
「たいしたことじゃないよ。最初に依頼を受けた際にアドバイスしてくれた冒険者がいたからお礼を言いに行っただけだよ」
嘘は言っていないからね……嘘は。
お礼を言いに行ったのは本当だし、アドバイスをくれたのも本当。ただ、忠告されたんだよね。
「すまんな、エリシア」
依頼から戻った後、皆と一緒に宿に戻ろうとした私は“巨人殺し”のクレイスさんと目が合った。何か用があるって目が言っていたから私は皆にちょっと用事があるって言ってクレイスさんに会いに行ったんだけど……。
「いいですけど、何ですか?」
「エリシアはいつまで冒険者をやるんだ?」
「なんですか? いきなり」
クレイスさんとは何回か一緒に依頼を受けたこともあるから知らない人ではないけれど、急にこんなことを言われるのはビックリした。
「このままいけばお前さんはランクとかで評価されない地位まで行くことも不可能じゃない……というよりそうなると俺は踏んでいる」
「私はそこまでなるつもり無いんですけれど」
「こういうのは本人の意志なんてものは無視されるんだ。そうなってからだと辞めることなんて出来なくなるぞ?」
クレイスさんの言うことが良く分からない。冒険者を続けるか辞めるかなんて本人が決めることだと思うから。
「話がそれだけならもう行きますけど」
「これだけだ。一応忠告はしたからな」
クレイスさんはそう言って立ち去って行った。
私は一年後にはどうせ辞めるんだし気にしたってしょうがないよね。
朝起きて朝食を食べて剣の訓練をやって余った時間で家の家事を手伝う。最近はそういう生活リズムが私の家での過ごし方になっていた。
お金は私が稼いだ分があるから、ジェイクの仕事は急ぎのモノ以外はゆっくりやればいいくらいには落ち着いていた。だから最近はジェイクが家事をしてくれているから助かっている。
「そういえばジェイクは飲まないの?」
いつものように食後のお酒を楽しんでいた私はジェイクに聞いてみた。以前はたまに幼馴染のオーベルと村の小さな酒場に飲みに行っていたりしていたから。
「僕は家で飲まないことにしているんだ。もし酔っぱらってしまったら片づけする人がいなくなるからね」
「そうなんだ、ありがとうジェイク」
私が飲んでいるからみたい。ちょっと申し訳ないけれど素直に甘えておこうかな。
そうだ、買っておいたお土産を渡そう。
「はい、これジェイクにお土産」
私が以前露店で見つけて買っておいた荒れた手を癒すための軟膏を渡す。女性冒険者の間でも結構評判な軟膏なんだよそれ。
「ありがとう、エリシア」
ジェイクはお礼を言って受け取ってくれた。良かった、気に入らなかったらどうしようかなと思ったんだよね。聖銅貨三枚のあまり高くない物だったから心配だったんだよね。
さてと、そろそろ寝ようかな。集合は昼だけど、早めに寝ないと明日の依頼に差し支えたらいけないもんね。
「おやすみ、ジェイク」
「ああ、おやすみ」
ジェイクも早く寝れば一緒に寝れるのにな。
そんなある日、私は悩んでいた。
というのも前回の依頼でシェリアが怪我をしてしまい“女神の剣”は今はおやすみをしているのだけれど私とアニーは依頼を受けたかったので、他の冒険者と組んで依頼を受けている。毎回組む相手は違うけれどこれはこれでいい経験になってるんだよね。
シェリアは怪我を癒すのに専念しているし、レイラは魔術の勉強しておくって言っていたから部屋にいるみたい。
皆と違う行動してるのは初めてだけど、たまには悪くないよね。
で、何を悩んでいるのかと言うと、依頼は終わって明日は家に帰る予定だったんだけれど、他の冒険者から助っ人を頼まれたんだよね。
なんでも二人ほど風邪でダウンしたとか。それで私とアニーに話が来たんだけれどどうしようかな?
「頼む! これをバックレることになると信頼がガタ落ちなんだ!」
受けた依頼はなになに、村の近くのオーク退治か……これはバックレるのはまずいね。
「仕方ないなぁ、いいよ」
アニーなんか既に準備しているし。ジェイクには連絡しておかないといけないね。
……この助っ人の話が広がったのか私とアニーに助っ人の依頼が増えてきた。おかげで“女神の剣”が休んでいる間も退屈しなかったな。
何回かジェイクに連絡することにはなったけれど……ごめんね、ジェイク。
何かお土産買って帰るから許してね?
「それでは第一回”女神の剣”恋バナ大会の開始を宣言します」
アニーが毛布にくるまりながらそんなことを宣言する。
――どうしてこうなった?
村の近くにおかしな化け物が出たなんて依頼を受けて調査に来たんだけれど、結局何も見つからなかった。話では黒いドラゴンなんて言うから緊張して調べに行ったんだけどな。
流石にドラゴンなんて私達だけで相手するのは無謀だしね。
調査を終えて報告すると村の人は胸を撫でおろしていた。それもそうだよねそんな化け物がいたら安心できるはずがないからね。
それで夕飯を出してくれて宿まで貸してくれたんだ。空いている家があるから今晩はそこでどうぞって。村の中なら基本的に魔除けの結界があるから不寝番はしなくていいし、今日は疲れたから早く寝ようとしたんだけれど……。
「というわけで恋バナがしたい」
どういうわけか知らないけれどアニーがそんなことを言い出した。
「恋バナ? なんだいそりゃ?」
シェリアが怪訝な表情で聞いてくる。
「恋、バナ! ようは恋の話だよ。誰が好きとかどんなタイプが好きとかさ」
「したことがないから分からないのですが……」
「甘ーい!! 女の子たるもの恋バナの一つや二つ出来なくてどうするの!?」
なんかアニーが熱くなってるし。でも恋バナって私旦那いるんですけど?
「もちろんエリシアも参加だからね? あ、惚気は少なめでお願いします」
惚気た覚えないのになぁ。
ただ、ジェイクがカッコいいとか優しいとか、それとかつい最近は私のために簡単な傷薬を作ってくれたりしたこととかそういうことくらいだよ?
「それではまずはレイラから!」
ビシッとレイラを指さしたアニーが鼻息荒く催促している。
「私ですか……そもそも恋人がいたこともありませんし、恋をしたこともないので分からないのですが……」
「なんじゃそりゃー! そんな話でごまかされるものかー!……って言いたいけれどレイラは嘘つかないもんね。じゃあ好みのタイプとかないの?」
「そうですね……落ち着いていて優しい人がいいです。出来れば同じレベルで会話が出来る人が理想ですけれど……」
へーレイラの好みってそういう人だったんだ。まるでジェイクみたいな人が良いんだね。そう言えばジェイクに挨拶に行きたいって言っていたから許可出したんだよね。“女神の剣”休止中にシェリアと一緒にジェイクに挨拶に行ったみたいだけど……まさかね?
「ふーん、ならシェリアは?」
「え!?」
シェリアが何故か急に顔を赤くしたんだけどどうしたの?
「さぁさぁ、早く白状すれば許してあげるからー」
いったい何を許すのやら……アニーがいかにも悪そうな顔でシェリアを突っついている。
「べ、別にあたしにそんな浮ついた話は無いから困っているだけだよ、あたしなんかモテないしさ」
シェリアが目に見えてへこんでしまった。どうしたんだろう? 急に元気なくなるし、もしかして好きな人でも出来たかな?
「ふんふん、まぁシェリアはここら辺で勘弁してあげようかな?」
「そういうアニーは?」
私が聞くとアニーはキョトンとした後、ああと納得したように唸った。
「私はお金持ちがいいなぁ。それ以外は犯罪者じゃなければいいや」
「おいおい、あんたが一番恋の話から遠いじゃないかい!」
「人の好みや趣味はいろいろですがアニーは随分と……」
「私、貧乏なのは嫌なんだ。家が貧乏で苦労したから子供にはそんな苦労はさせたくないの」
そうなんだ……アニーはそこまで考えていたんだね。
それにしても子供か……そろそろ考えないとね。
恋バナがきっかけかどうか分からないけれど、私達は少しだけ依頼を受ける頻度と期間を減らすことにしたんだよね。アニーが少し疲れたからとか言っていたけれどきっとシェリアの恋路を応援するためだよね?
でも相手は誰なんだろう? 聞いても答えてくれないし、レイラも本人が言わないなら言えないって言うんだよね。気にはなるけれど無理強いは出来ないし、なんかモヤモヤする。
「しかし、“女神の剣”と“勇気の盾”と組めるなんて俺たちは運が良いぜ」
今日一緒に魔物の討伐依頼を受けた冒険者が嬉しそうに話す。彼らは最近こっちに来た冒険者みたいで、最近名前が売れてきている私達に会ってみたかったみたい。
「それで、“疾風の勇者”との仲はどうなってるんだ?“赤雷の剣姫”様よ」
何を言っているんだろう? そんな根も葉もない話はどこから出たのやら。
「それどっから聞いたの?」
「ああ? 噂になっているぜ。“疾風の勇者”と“赤雷の剣姫”はお似合いだって」
「それ間違いだからね。私、結婚しているし。ラルフさんはお兄ちゃんみたいな人だよ」
「ふーん、まぁ噂は噂だからな。なら気を付けとけよ? 噂は意外とバカに出来ねぇからな」
そう忠告してくれた冒険者はシェリア達のほうに挨拶に行ったみたい。それにしても噂か……どこから流れたのかな?
ジェイクに言っておいた方がいいのかな?……でもそれで心配かけるのも嫌だしなぁ……どうしよう。
今回の目標はウッドタートルっていう人一人分くらいある亀だ。気性は基本大人しいけれど危険を感じると酷く狂暴になる。動きは鈍いけれどひたすらに頑丈で力の強いのが特徴なんだよね。なら放っておけばいいと言うかもしれないけれど、困ったことにこいつは植林している木を片っ端から食べちゃうから放置できないんだよね。
しかも今回は何故か大量に繁殖したみたいで人手が必要ってことで“女神の剣”と“勇気の盾”だけじゃなくて他の冒険者も参加することになったんだよね。他に参加することになったパーティーは二つ。“首狩る兎”と“鋼の槌”っていうパーティーでそれぞれ違うところで活躍していた人たちなんだって。
「だいたい片付いたかねぇ?」
シェリアが斧を肩に担ぎながらこっちにやって来た。私の方も七匹くらい駆除したからそろそろかなとは思っていたんだよね。
「レイラ達は?」
「向こうで討伐証拠を集めているよ。あと甲羅もね」
こいつらの甲羅は防具の材料になったりするから買い取ってもらえるんだよね。
「じゃあ、こいつらも解体しないとね」
私が倒したのを指さすとシェリアは手伝うと言ってくれた。正直助かった、この量は一人では嫌だしね。
「まずはこいつから……」
その瞬間、まるで生き物の口の中に入れられたように感じるくらい濃厚な殺意が溢れてきた。
「シェリア!」
「ああ!」
急いで殺意の方に向かってみるとそこにソイツはいた。
見たことの無いモンスターだった。黒い鉄みたいな甲殻を持っていて、鋭い大きな口からは誰かの腕が覗いている。
爪は剣のように鋭く赤く塗れていた。腕は丸太みたいに太く力強くて見た目は四足のトカゲに近いけどどこか違う……そうドラゴンとトカゲの中間みたいな異形。
「なんだこいつは!」
シェリアが叫ぶとソイツはニタァって笑った。
そうソイツは笑ったんだ……獲物を見る目で。
ストックが切れましたので更新速度は落ちますが、ちょこちょこ書いていきますので出来ればお待ちください。




