13:私と話し合い
いつもの鳥の声で目が覚めた。まだ早い時間なのかな? 窓から外を見てみると日は昇ってはいるからそこまで早くもないみたい。
最近はこの時間に目が覚めることが多くなったけれど、ケートでは二日酔いで昼まで寝ていたことがあったことを考えるとこっちの方が健康的だよね。
と言っても少し昨日のお酒が残っている気がする頭を押さえながら台所に向かう。寝間着はいつもの厚めのシャツに長めのズボンだからすぐ動けて良いよね。
―――チャリン
首元から何か音がするけれどなんだっけ?……まだ寝ぼけた頭が私をボーっとさせる。
あ、ジェイクだ。朝ごはんの準備中かな?
「おはよう、ジェイク」
「おはよう、エリシア……それは、どうしたの?」
ジェイクがタリスマンを見て目を丸くしている。ああ、さっきの音はこれか……外すの忘れていた。
「これ? これはラルフさんがくれたの」
「ラルフ?」
そっか、ジェイクには話したこと無かったっけ。
私はラルフさんがよく一緒に依頼を受けている“勇気の盾”のリーダーで“疾風の勇者”と呼ばれている年上の冒険者だとジェイクに説明した。私にとってはお兄ちゃんってこんな感じなのかなと思っていることも話した。
「何回か一緒に依頼を受けたことがあるんだけど、以前助けたことがあってその時のお礼でくれたの」
「お礼でそんな綺麗なネックレスを?」
見た目にはネックレスだし、そう思うよね。
「これ形はネックレスだけど実際はマジックアイテムなの。防護のタリスマンって言う防御力を上げてくれるお守りなんだって。凄いよねマジックアイテムって」
冒険者にとっての仕事道具だって言うし大事に扱わないとね。アニーもそう言っていたし……ってアニーに何か言われていたような……あ。
『エリシア明日薬草採取手伝ってよー。レイラもシェリアも休みだし暇なんだよねー。ちょっと遠出するから早めに来てねー』
とアニーから頼まれていたんだっけ?……ヤバい……もう出ないと間に合わない。
「ごめん! ジェイク、私がすっかり忘れてたんだけれど、今日は早く行かないといけないんだった、本当にごめんねジェイク。今日も日帰りだから行ってきまーす!」
急いで準備をして借りている馬に飛び乗る。そろそろ馬買おうかなぁ……って世話出来ないか。それにしても危うく依頼バックレるところだったよ。皆から臆病野郎ってからかわれるところだったよ。
最初バックレって何か分からなかったけれど冒険者が使う隠語なんだって。依頼に来なくて逃げた卑怯者って意味らしくて、それでバックレると臆病野郎ってからかわれるみたい。もっとも本当に逃げた場合はそんなレベルじゃ済まないらしいからこれは寝坊とかで遅刻したりするうっかり者をからかう意味の方が強いみたい。
さて、急がないと間に合わないや。
アニーと一緒に薬草を採取する為にちょっと離れた森まで来たんだけど、どうしてこうなった?
「へへへ、大人しくしていれば命は取らないでやるよ」
これから森に入ろうという時に、見た目からして野盗なおじさんが三人。正直身のこなしを見る限り大した相手じゃないから脅威でも何でもないんだけれど……どうしようかな?
「おじさん達臭いから近づかないでくれる? 私はもっと見た目に気を使う人が好みなんだけどなぁ」
アニーがそう言いながらメイスを取り出す。
「おいおい、抵抗するってのか? しょうがねぇな、可愛がってやるから覚悟しろ!」
はぁ……これだからこういう人達は。
特に苦戦することもなくあっさりと三人とも気絶させて縛って放置することにしようかな。一応街の衛士に報告はするけれどそれ以降は知らない。
野盗は捕まっても縛り首だし、ここで殺してもいいのかもしれないけれどわざわざこの三人の命を背負う必要もないよね。
そんな時だった、それに気づけたのは偶然だったと思う。森の中から弓でこっちを狙っている野盗がいることに気が付いたのは。気付いた瞬間には矢は放たれていた。
「クロノスオーバー!」
狙われているのはアニー! 咄嗟に飛んできた矢を左腕で払い落とす。少しくらい怪我をするかもしれないけれどクロノスオーバーは持って十秒もない。効果が切れる前にあの野盗を始末しておかないといけない。
「グッ、ガァァ」
次の矢を撃たせること無く斬り捨てる。本当は殺したいわけじゃないけれどそういう甘さは味方を危険にさらしてしまうから。
「ありがとう~エリシア」
アニーが駆け寄ってきて私をあちこち触りながら怪我は無いって聞いてくる。篭手をしているけれど矢を払ったんだし、少しは怪我をしているかもしれないと思って左腕を見てみたんだけれど……傷一つ無いみたい。
「どうして無傷?」
「んー、多分防護のタリスマンのおかげじゃない?」
そうかもしれない。他に理由も思い当たらないし。
「マジックアイテムってこんなに凄いんだ……」
「過信はダメだけどね。いろいろあるからどれが一番とも言えない代物だけれど、うまく使えば役に立つよね」
私は今まで実感が無かったマジックアイテムの効果にこの時何とも言えない興奮みたいなものを感じていた。
―――これ良いなぁ……
ケートに戻ってアニーが清算している間暇なので少し飲もうかな。もちろん帰るからほんの少しだけど。
「エール一杯」
カウンターでエールを注文すると先に飲んできた飲兵衛共が集まってきた。
「エール一杯たくさん飲むぞってか? エリシア」
「昼間から酒たぁエリシアももういっぱしの冒険者だな」
「なんならこれから飲み明かすか?」
まったくこいつらは。腕はいい癖に三度の飯より酒が好きな男共なんだから。
「最近、日帰りしかしないの。だから今日も帰るよ」
「なんでぇ。帰っちまうのかい」
「随分、束縛の強い旦那なんだな……別れねぇのかい?」
今なんて言った? 別れる? 冗談じゃない!
「旦那様は束縛は強くないからね? あと次別れるとか言ったら……三枚に下すよ?」
少しだけ殺気をこめて言うと三人は青い顔をして頷いている。
「でも、最近お前さん“疾風の勇者”ラルフと仲いいじゃねえか?」
テーブルで飲んでいた他の冒険者まで話に入って来たし、もう!
「先輩だからね。それ以上も以下もないけど」
「だったら気をつけな? お前さんとラルフが恋仲だと思いこんでいる奴もいるからな?」
そんな人いるんだ。それは気を付けないといけないかも。
「ありがとう、教えてくれて」
「今度奢ってくれれば良いよ」
飲みながら気にすんなって笑ってる彼らに私は嬉しくなった。何度か依頼を一緒に受けたこともあるけれどやっぱり一緒に命をかけて仕事をした相手は特別なのかな?
アニーが清算を終えたので二人で分けておく。
「エリシアは帰るんだよね?」
「うん、ジェイクが待ってるからね」
「ちゃんと話し合った?」
「今日話すつもり」
もう一回ちゃんと話しておかないと今後の依頼を受ける際に問題が出るかもしれないし。もうこれ以上放置しておけない話だよね。
家に帰って夕飯の準備を手伝う。今日は川魚のバター焼きみたい。
「どうしたの? バター焼きなんて」
「今朝貰ったんだ。いつも取引している行商のおじさんに隣村で作られているバターですから試しにって」
へー、そういうことってあるんだ。ケートなら話に聞くけどこんな田舎でもあるんだねぇ。
「出来たから食べようよ」
「そうだね、いっただきまーす」
バター焼きは川魚の旨味と絡み合って美味しい! 次から次に食べるのがやめられない。気が付くとあっという間に食べ終わっていた。このくらいの量なら五分くらいで食べれるようになったなぁ。
「美味しかったよ、ジェイク」
「それは良かったよエリシア」
ジェイクが食べ終わるまで待っておこうかな。本当はいつもはこの後飲み始めるんだけれど、今日はお話があるから我慢、我慢。
食べ終わってジェイクが淹れてくれたお茶を飲みながら私は話を切り出した。
「この前はごめんね」
「帰るのが遅れたこと?」
「うん、ちゃんと連絡しないのは私が悪いし、予定を勝手に変えるのもダメだったもんね。当たり前のことだけど私はそこら辺をジェイクに甘えていたね」
「ちゃんと気付いてくれたから僕はもう怒っていないし、気にしていないけれど?」
「うん、でもね。これからもずっと日帰りの依頼しか受けないっていうのは皆の足を引っ張っちゃうからダメなんだ。本当は違う依頼を受けたいって思っているはずだし……私も受けたい」
「そっか……そうじゃないかと思ってはいたんだ。エリシアは僕に気を遣って日帰りばかりにしているんだって分かってはいたからね」
「ごめんね、私のわがままが原因だもんね」
ジェイクは困ったような優しい笑顔を浮かべて笑う。
「それは分かっていたことだから別にいいよ。僕は君に我慢してもらうだけの日々を過ごして欲しくはないからね。心は繋がっているって思っているし、エリシアが僕を愛してくれていることは分かってる。だから良いよ、長期の依頼に行っても」
「ジェイク……」
「もちろん、帰ってこないのはダメだし、予定が変わるなら連絡することが条件だよ」
はい、それは当然だと思います。
「あとジェイク。一週間以上かかる依頼は事前に相談することっていうのも入れておいてもらえる?」
「いいけれど、エリシアはそれでいいの?」
「もちろん。私のわがままだからね。これくらいは当然だよ」
行かせてくれている旦那様がいるから出来ることだということをもう一回反省して、次は同じ失敗をしないようにしたいから。
「分かったよ、エリシア。じゃあ、それで行こう」
「ありがとう、ジェイク」
私がお礼を言うとジェイクは首を振った。
「僕は君が幸せそうにしていることが嬉しいんだ。もちろん危険なことをしているから心配だし、不安だけれど……それを理由に君を縛り付けることは僕の幸せであって君の幸せではないんだ。支えることが出来るなら僕は君を支えたい。たとえ力の無い村人でもね」
ジェイクはいつも私のことを考えてくれている。幼いころからずっと側にいて怒ったところも見たことがない優しい人。
あのね、ジェイク。冒険者をやっている私は楽しくて仕方がないみたいなんだ。思うように剣が振れて、何とか魔術を使ってる。そんなまだこれから先に行けるっていう自分が楽しいんだ。
それであなたといる時間を使ってしまっているのは事実だから……だからこそジェイクとの話し合いは大事にしないといけなかったってあなたに教えてもらいました。
だって、私が言わなくても……今日、ジェイクから話すつもりだったんだよね?
約束の一年なんてわがままを聞いてくれてありがとう。
「明日、皆と話して予定決めてみるね」
「うん、そうすると良いよ」
―――ありがとう、旦那様。
次の日の朝、身支度を終えて出発しようとしていると赤い髪の女性が近づいてきた。もう誰かなんてわかっている……お母さんだ。
「行くのね、このバカ娘」
いきなりバカ呼ばわり……お母さん相変わらずだなぁ。
「ジェイクとちゃんと話したよ」
「そんなもん、当たり前でしょうが。それすら出来ていなかったあんたら夫婦がおかしいんだよ」
「返す言葉もありません……うぅ」
怒っているよね、やっぱり。お母さんは腰に手を当てて深くため息を吐いた。
「まぁ、あんた達夫婦の問題だから、あたしは今はこれ以上言わないけれど……ほどほどにしなさいね?」
「……はい。気を付けます」
私も冒険者をずっとやるつもりは無いから、それは分かっているつもりだけど。だから一年っていう期限を決めたんだし。
「気を付けて行きなさいね」
「うん、分かったよ。お母さん、行ってきます」
馬に指示を出して歩かせる。お母さんが心配そうな顔で見送ってくれる。
私はもっと周りに感謝しないといけないね。
今一度反省をして私はケートへと出発していった。
話し合いは大事ですよね。それが二人には欠けていたようです。
ところで展開に関する質問以外があれば返事しようと思います。




