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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
一章
9/32

地下に潜むもの


 時間は少しさかのぼる午前1時45分、一台の車が新田川高校の西門付近に停車した。


 「先輩―。まじで見張るんすか?ふあー」


 大谷は眠そうにあくびをする。


 「別にお前はこなくてもよかったんだ。」


 藤堂は静かにそう言い放った。2人の刑事は兵隊の幽霊の真相を確かめるべく、夜の学校に立ち寄っていた。


 「でも、まじで出たらどうしよう。」


 大谷は少しびくびくしていた。


 「お前本当は怖いだけじゃないのか?」

 「そ、そんなことないっすよ!で、出たら退治してやりますよ。」

 「退治って、お前はガキか。」


 藤堂は少し微笑して持ってきた暗視ゴーグルで校舎を見渡した。そこには何も映っていない。


 「やっぱいきなりは出ねえよな。」


 藤堂は少し嘆息を漏らすと大谷が、


 「先輩。大丈夫っすよ。おれ、長丁場になると思ってさっきコンビニでアンパンと牛乳を買ってきたんすよ。」


 大谷は無駄に得意顔である。


 「なんでアンパンと牛乳なんだ。」

 「えっ。だって張り込みと言えばこれっすよね。」

 「俺に聞くな。」


 藤堂はそう冷たく言い放つとまた暗視ゴーグルで校舎を物色し始めた。


 「もぐもぐ。うめえ。」


 大谷は早速買ってきたアンパンを食べ始める。


 「先輩もいります?」

 「・・・。」


 藤堂は何も答えずにただ黙々と校舎を見ている。その傍らで大谷はただ黙々とアンパンを頬張っている。


 「・・・!!」


 突然藤堂は何かを察知した。そしてそのまま急に車を降りる。


 「えっ。先輩どうしたんすか?」

 「何か物音が聞こえなかったか?」

 「物音っすか!?全然聞こえなかったっすけど。」


 藤堂は西門まで来て一瞬立ち止まり、そこで西門をよじ登る。


 「ちょ、先輩。まじでやばいっすよ。」


 そう言って大谷は藤堂を収めようとするが藤堂は無視してあっという間に学校に侵入する。


 「お前は別に来なくていい。それよりももし俺が今から一時間以内に戻ってこなかったら本部に連絡を入れろ。広島さんならわかってくれると思う。」


 と、それだけ言い残して藤堂は夜の校舎に消えて行った。


 「せ、せんぱーい。一人にしないでくださいよー。」


 大谷はとにかく一人でいるのが嫌だったのである。



 「グッ、ガッ。」


 昂大は今しがた銃を持っていた男の首を締め上げた。男はしばらくして気を失う。昂大は男の体を丁寧に床に下ろした。


 「ふ、上出来だ。これで校舎に徘徊しているネズミどもは始末できた。次の行先は、わかっているな。」


 昂大は何も言わない。しかしやはりもうすでに次の行先というところに移動を開始していた。階段をすばやく音もなく駆け下り、廊下を曲がると、先ほど倒した兵士が床に倒れている。昂大は一瞥もくれずそばを通り過ぎ、廊下を直進した先にある例の研究室の前で立ち止まる。普段はドアにカードキーを差し込まないと入れない仕組みになっているのだが、今日は「ピッ」と音を立て、いとも簡単にロックが解除された。昂大はドアを開ける。普段は生徒たちが一切入ることができないその聖域を昂大が一目見た感想は、ただのだだっ広い部屋、であった。


 「着いたようだな。どうだ、その部屋の感想は?」


 石川はどこか楽しんでいる様子だった。


 「風が入ってきます。」


 昂大はそう言って一歩下がった。しかし研究室に窓はなく、風が入ってくる場所などどこにもなかった。


 「ふん。バカでもそういう気配はわかるようだな。」


 石川は鼻で笑った。


 「見ていろ。」


 石川がそう言ったとたん、だだっ広い研究室の床がギシギシと音を立てて変形し始める。そうしてあっという間にそこに小さな階段が出現した。昂大は仮面の下で表情を変えることなくゆっくりと階段を下りていく。



 階段を下りた先にあったもの、それはごくありふれた光景であった。動くベルトコンベアー、鳴り響く機械音、そしてその傍らで見守る人間。そこは何かの工場であった。


 「ふふ、お前にはあまり言っていなかったな。どうだ?そのふざけた光景は。」


 昂大は少したじろいだ。ごくありふれた学校生活が揺らいでいくような気がした。


 「それ、何を作っているかわかるか?」


 昂大は石川の言葉を聞いてベルトコンベアーから流れて来るものを見た。


 「・・・!」


 昂大は驚愕した。それは“銃”であった。大量に作られた銃がベルトコンベアーを流れている。


 「驚いただろ?“学校”の真下でこんなものを作っていたんだ。笑えるだろ?」


 昂大は何も答えない。


 「まあそんなものはどうでもいい。今の時間は工場で働いている者たちとターゲットしかここにはいない。さっさと進め。」


 昂大は我に返ったように身を隠しながら行動を開始した。工場の横を働いている者に気づかれないように様々なモノの間をすり抜け、あっという間に工場の出口と思われる扉にたどり着く。昂大はゆっくりと扉を開け、外に出る。そこは一本の長い廊下が広がっていた。


 「そこを進むとおそらく“研究棟”だ。奴らは研究の方が専門だしな。」


 昂大は廊下の端を素早く走り抜けた。しばらく行くとまた扉が現れる。その上には確かに研究棟と書かれていた。昂大はすぐさま扉に耳を当て、誰もいないことを確認すると静かに開けた。そこはなにやら鼻に来る薬品の臭いが充満しており、昂大は一瞬不快な気分になった。


 「いよいよだ。ここから確認できる範囲では運よく二人並んでしゃべりながら進んできている。まず真っ直ぐ進んで左に曲がり、角まで来たらしばらく待て。」


 昂大は石川に言われたとおりに進み、左の角に背中をつけるようにして待機した。


 「来たぞ。」


 そこから少し顔を出した。すると見覚えのある教師2人が姿を見せた。そう、化学教師の森本博通と永井剛である。2人は何やら楽しそうに会話しながら先ほど昂大が進んできた道を逆走していく。昂大は通り過ぎたのを確認するとポケットから謎の太い針のような物を取り出した。それの先についていたキャップを外す。そしてそれを手に持ち、森本と永井の真後ろに接近する。もちろん昂大の洗練された動きは物音ひとつ立てない。昂大はまず、森本の首筋に針を突き刺した。


 「うっ。」


 突然目の前で同僚が何かに襲われたのを見てとっさに永井は後ろに身を引く。しかし、


 「トン。」


 と、誰かの体に背中が当たった。


 「ゴギッ。」


 その瞬間、永井の首はへし曲げられた。


 「どさっ。」と倒れた永井は昂大の姿を見ることなく絶命した。その横で先ほどまで苦しみ悶えていた森本も勢いを無くし、やがて動かなくなった。


 「珍しいな、体力バカのお前が武器を使うなんて。」

 「なんとなく、です。」


 昂大は少し動かなくなった2人の死体を見つめ、背を向けて走り出した。



 「・・・!」


 藤堂は暗闇の中“それ”を見つけた。立派に武装した男が学校内で倒れているのである。藤堂は驚愕した。しかしとても介抱してやる気にはならなかった。藤堂はその男の脈を確かめる。かなり脈を打っていた。


 「これなら大丈夫そうだな。」


 藤堂は少し笑うと立ち上がった。これが生徒たちが数々目撃した兵隊の幽霊(・・・・・)の正体なのか。藤堂は考える。するとすぐにある考えが浮かんだ。


 「俺の推理が正しければ。」


 そうつぶやくと即座にある目的地に向かって走り出していた。それは先ほど昂大が倒れている兵士を倒して向かった先、“研究室”だった。

廊下を走り抜け、そこに到着した藤堂は扉を勢いよく開けた。


「なんだこれは。」


藤堂は目を丸くする。この間事情聴取に来たときにはありもしなかった大穴がそこにはあった。藤堂はゆっくり近づいていく。そうして階段があることに気が付いた。

藤堂は「ゴクり」と唾を飲み込み、慎重に下っていった。



 研究棟の奥の奥に一つの部屋があった。そこはもう一人のターゲットである化学教師小林泰子の研究室があった。昂大は軽く深呼吸をして扉に耳をつける。そこにはたしかに人一人がいた。昂大は音を立てないように細心の注意を払いながら扉を開け、中に入った。そこは少し薄暗く、たくさんの研究道具や本などで散らかっていた。その奥に昂大はターゲットの姿を確認した。小林は熱心にまじまじと部屋の奥にある謎のガラス管を見つめていた。昂大はすぐさま先ほどの2人と同じ様に足と手を同時に出す〈ナンバ〉という歩行法で近づいていく、この歩行法により胴をひねったり軸がぶれたりすることがなくなり、衣擦れや靴音をおさえることができるらしい。昂大は着々とターゲットに近づいていく。十メートル、八メートル、七メートル、


 「案外早かったわね、もうあの二人はやられたのかしら?」


 昂大の足がピタッと止まる。


 「まさかこんなに静かに人に接近できるとは思ってなかったわ。あなた何者?」


 そう言って小林は振り向いた。昂大が見たその顔には確かな自信がみなぎっていた。


 「ずいぶんと滑稽な姿で殺しに来るもんだわ。」


 小林はクスりと笑う。昂大はすぐさま飛びかかろうとしたが、背後の何かに気づいた。


 「カチャ。」


 それは殺気であった。自分が先ほど小林にしたことと全く同じように背後から接近されていたのである。


 「フン。さすがだな、寸前で気づくとは。お前何者なんだ?」


 昂大はゆっくりと後ろを振り返る。そこにいたのはスーツ姿でサングラスをかけた男であった。男は銀色に光る銃口を昂大に向け、立っていた。昂大は足を男の方に一歩出す。


 「おおっと、これ以上動くなよ。お前のヘッドがとんじまうからよ。」


 男はニヤリと笑う。昂大はすぐさまこの男が“同業者”であることを把握した。


 「さあ、手を挙げて地面に跪け。」


 しかしこの男はもうすでにミスを犯していた。そのことにまだ気づいていない。そうあまりにもこの男は昂大の事を甘く見ていた。昂大は仮面の下で笑った。そして昂大は普通に横に跳んだのである。まるで反復横跳びをするように。この殺し屋の男は昂大がまるでスローモーションに動いているように見えた。このことが男の反応を遅らせる。


 「ちっ!」


 男はすぐさま右手に構えていた銃の引き金を引いた。しかしその弾はスローモーションに動いているはずだった昂大を突き抜け、小林のすぐ横に着弾する。


 「きゃっ!」


 小林はとっさに悲鳴を上げた。それは一瞬男の視線を小林に向けさせる良いきっかけとなった。昂大はその瞬間、超越的なスピードで男の間合いへ侵入する。


 「!!!」


 男はもちろん引き金を引こうとするが一歩遅く、昂大は男の拳銃を右足で蹴り上げる。


 「くっ。」


 そしてすぐ男に反撃されないように右手で男の右の頬に裏拳をくりだす。昂大の攻撃は非常に重く、顔面に叩き込まれた男の体は大きくのけぞるように左後ろへ飛ばされる。それと同時にサングラスも飛んでいく。


 「グッ!」


 男はすぐさま足に力を入れ、体勢を立て直す。しかし男が身構えた瞬間にはもう昂大は次の攻撃に転じていた。


 「がはっ。」


 男の腹に強烈なボディブローが炸裂する。しかし男もプロである。男はその時、スーツの袖から鋭利なナイフを取出し昂大に切りかかる。


 「・・・!」


しかし昂大は間一髪後ろにのけぞり、これをかわす。そしてその大きな隙をついて男の顔面に右ストレートをお見舞いする。


 「ブッ!」


 男の顔面から血が噴き出す。男は今までにないほど大きくよろめいた。昂大はさらに男の顔面を右足で蹴り飛ばし、とどめを刺した。


 「ドサ!」


 男は地面に倒れこみ、気を失った。昂大は振り返り、小林を見る。


 「ひいっ!」


 小林は恐怖のあまり腰が抜け、倒れこんだ。昂大はゆっくりと小林に近づいていく。


 「こっ、こないで!いい、命だけは助けてください。」


 小林はがたがた震えだす。もうそこに先ほどまでの余裕はどこにもなかった。昂大は立ち止まり、小林を上から睨みつけるように直視した。昂大は拳に力を込める。そしてゆっくりと拳を引き、勢いよく小林の顔面目がけて突き出した。


 「・・・。」


 小林は完全に停止した。昂大の拳は小林の顔に当たる直前で停止していた。部屋に静寂が訪れる。

 昂大は「ふう」とため息をつき研究室を後にする。


 「ふん、よくやった。」


 石川は満足げな声を上げる。


 「どうしてこの先生だけ殺さないんですか?」


 昂大は小さな声でそう尋ねる。


 「さあな。“クライアント”の指示だ。」

 「・・・。」


 昂大はしばらくの間先ほど倒した男を見ていた。


 「・・・フン。なんだこいつは。まあいいだろう。」

 「・・・?」


 石川はモニターの監視カメラの映像を見て何者かが遠くから昂大の後を追いかけるように工場に現れたのに気がついた。



 「もう。先輩遅すぎですよ。マジで何かあったんじゃ。」


 藤堂は一時間以上たっても戻ってこなかった。大谷はとことん怒っていた。というより一人で真っ暗闇の中待つということに恐怖を感じていたのである。


 「もう知りませんからね!」


 一人で何やらぶつぶつとつぶやきながら大谷は携帯電話で藤堂に言われたとおりに広島に連絡をする。


 「プルプルプル・・・ガチャ。もしもし?どうかしたの?」


 電話に出た広島の声は明らかに寝起きそのものであった。


 「広島管理官!大谷ですけど。」

 「ああ、大谷君ね・・・」


 広島はあまりわかっていないような様子である。


 「今、新田川高校に来ているんすけど。」

 「えっ。なんで!?今何時だと思ってるの?」


 広島の声はさらに荒くなる。


 「ま、まあそれは後から話すんでとにかく来てくれませんか?先輩が中に入って、あーーー!!」


 電話の音は無慈悲に途切れた。


 「な、なんで・・・。」


 大谷はその場に力なく膝をついた。

 この時大谷は気が付かなかった。一台の車が大谷の横を通り過ぎ、なぜか正門の方に向かっていることに。



 昂大は研究棟をとにかく走り回り、上へ上へと上がっていく。この時間、研究棟には誰もおらず、昂大はただ走るだけでよかった。


 「・・・。」


 昂大は突然次の階段の前で立ち止まる。


 「ん?どうかしたか。」


 耳から即座に石川の声が聞こえてくる。


 「いいかげん教えてください。この学校はこれからどうなるんですか?なんでおれが来ることを小林先生は知ってたんですか。」


 石川はしばらく黙りこむ。


 「・・・、そうだな。簡単な話この学校にお前か俺の正体を知っていた者がいたということだろう。そしてそいつがリークした。つまり“逆スパイ”だ。」

 「・・・。」


 昂大は黙りこんでいる。


 「今回の仕事はどうやら誰かが裏で糸を引いているらしいな。」


 石川のクスクス笑う声が聞こえる。


 「そんなことはどうでもいい。早く次の階に上がれ。そこからさっきの工場棟に戻れる。その先が、ボスだな。」


 石川は楽しそうにそう言い放った。


 「誰ですか?ボスって。」


 昂大は階段を駆け上がり、先に進む。


 「それだけは俺も知らん。だが、そこにはいるはずだ。そいつを殺れば今回の仕事は終わりだ。」


 昂大は目線の先に『工場長室へ』という看板を見た。そしてその下を通り向けていく。


 「・・・。」


 その先にその扉はあった。昂大はそこから何か胸騒ぎを覚える。この扉の先には何か恐ろしいことが待ち受けているかもしれない、そんな気がしてならなかった。

 昂大は落ち着いて軽く深呼吸をすると、その扉に手をかけた。



 「な、なんなんだこれは!!」


 藤堂は自発的に言葉を口走っていた。なんせ学校の下に大規模な兵器工場があっては誰もが大いに驚愕することは当たり前のことである。藤堂はとにかく呆然と立ち尽くしていた。


 「これは、いったい。俺は夢でも見ているのか。」


 ベルトコンベアーに流れて来るモノ、それは日本人にとって全くなじみのない物ばかりであった。


 「ん?だれかいるのか!」


 藤堂は突然聞こえてきたその言葉によって我を取り戻す。


 「・・・!」


 すぐさま滑り込むように物陰に隠れる。近づいてくる人間を見て藤堂はさらに驚く。なんとその男は軍服を着ていたのである。そう日本人なら誰でも一度は目にしたことがあるであろう自衛隊の格好である。


 「こ、ここは自衛隊の秘密施設か何かか?いったいどうなってやがる。」


 藤堂の額から汗が流れ落ちる。


 「気のせいか。」


 工場で働いている男は藤堂の存在に気づくことなくその場を後にする。藤堂はそれを見て安心した。そうして冷静に少しずつ移動を開始する。物陰に隠れては隠れては周りの様子を伺い、慎重に先に進んでいく。

 そうしてかなりの時間をかけ階段のそばまでたどり着く。しかしその先には一人の兵士が階段のそばで見張りをしていた。


 「ん?なんだ?」


 藤堂はその階段のそばに『工場長室』と書かれていることに気が付いた。


 「工場長だと?よし、ここまで来たんだ。行ってやる。」


 藤堂は拳を握りしめるとそのあたりにあったよくわからない小包をなるべく兵士の気を引けるような位置に投げつけた。


 「ドスッ。」


 小包は大きな音を立てる。


 「ん?なんだ。」


 藤堂の作戦は見事成功し、兵士は投げた小包の方へ歩いて行く。


 「よし!」


 藤堂はその隙をついて階段にたどり着き、慎重に上っていく。普段はとてもクールな藤堂だが、この手に汗握るという状況をとても楽しんでいるように見える。藤堂は拳銃を構える。楽しむ気持ちは階段を上っていく

ごとにだんだん薄れ、なにか妙に緊張してくるのであった。



 「ガチャリ。」


 昂大は少しゆっくりめに扉を開ける。ここが工場長なる黒幕のいる部屋である。中に物はなく、ただ奥の奥に誰かがいるだけである。とても長い部屋だなと昂大は思った。そして昂大はいつものようにナンバ歩きで進んでいく。しばらく行くと左に別の扉が見えた。この扉はどこにつながっているのか、昂大にはだいたい見当がついた。

 どんどん近づいている。そうその男に、なぜだろう胸騒ぎが止まらない。一歩一歩進んでいくごとにその理由がわかってきた。この目の前にいるのは昂大の知っている人物なのである。後ろを向いてパソコンをいじっているその容姿はとても身近に感じられた。しかし先ほどの化学教師たちも昂大の知っている人物であったことに変わりはない。しかしこの目の前にいる男にとにかく親近感を感じるのであった。そう、とても強く。昂大の頭によぎった人物であってほしくないと昂大は願った。しかしその願いは儚くも崩れ去ることになった。


 「ほう、もう来たか。案外早いものだな。」

 「!!!」


 その声を聞いて昂大は足を止めた。


 「なぜ、ですか?」


 昂大は自分でも驚いた。心の声がはっきりと出てしまったのである。そして驚いたのは昂大だけではなかった。


 「・・・!!お前は。」


 男は振り返る。昂大ははっきりとその男の顔を直視した。昂大は驚いた、というよりむしろなぜ、という疑問の気持ちの方が大きかった。


 「どうして、ここにいるんですか?平本先生。」


 昂大は小さな声でそうつぶやく。


 「・・・、まさかお前が殺し屋だとは。」


 平本の表情は唖然としていた。


 「・・・。」


 静寂が工場長室を包む。昂大も平本もとにかくこの静寂が長く感じられた。


 「・・・!」


 この静寂を破ったのは昂大の放つ殺気であった。平本が口を開く。


 「お前が怒るのも無理はないか、沖田。確かに俺は許されないことをやっている。」


 平本は昂大の顔を真剣に見つめようとする。


 「だがな、これは国のためにやってることだ。日本は平和だ。だがいつ外国から攻められるかわからない。国を守るためには裏で様々な努力をしなければ・・・。」

 「ダン!」


 昂大は言葉を遮るように机を殴打する。


 「そんな言い訳は、聞きたくない。おれはあなたの事をこんなことをする人間だとは思っていませんでした。」


 昂大は肩の力を落とした。


 「もういい。あなたを殺す気なんて失せました。」


 昂大は平本に背を向け、立ち去ろうとする。


 「・・・。」


 平本は下を向いて俯いている。しかし一瞬歪んだ笑みを浮かべた。そして次の瞬間。


 「ドォン!」


 昂大に向け発砲した。銃弾は昂大の右肩をかすめた。昂大は立ち止まる。


 「おれ、ショックなんすよ?まじで。」


 振り返った昂大を見た瞬間平本は恐怖におののく。まるで殺気が目に見えるようであった。その刹那、昂大の拳は平本の顔面を殴り飛ばしていた。


 「ぐはっ。」


 平本は壁に頭を打ち付ける。そして目を開いた瞬間、


 「ドン!」


 昂大の拳は平本の右の壁に亀裂を生じさせていた。


 「ひっ!」


 平本は恐怖で体に力が入らなかった。昂大の右の拳からは大量の血が流れている。


 「あなたが今からできることを考えてください。俺が知っている先生はこんな人間じゃありません。」


 昂大がそういうと平本は力なく地面に倒れこんだ。


 「お前、そこで何をしている!」


 昂大が振り返るとそこには銃を構えた男がいた。昂大はこの男に見覚えがあった。


 「手を上げろ。」


 藤堂は徐々に昂大に接近していく。しかし、


 「ピッ。」


 という音がかすかに聞こえたかと思うと部屋の壁が音を立てて変形し始める。そしてあっという間にそこに隠れ階段が出現した。


 「逃げろ。」


 平本は囁く。


 「・・・。」


 昂大は一瞬ためらい、平本の方を見てから一目散に階段へ駆け出していく。


 「おっ、おい!」


 藤堂は追いかけようとしたが平本の方を見てしまい、一瞬迷った。そしてその間に目の前にいた異質な者は階段を上って、見えなくなっていた。


 「ま、まあいい。あんた、署の方で話はたっぷりと聞かせてもらうからな。」


 藤堂は平本にゆっくりと近づく。そして腕に手錠をかけた。

 

 

 昂大は階段を上った先にたどり着いて大きくため息をついた。そこは野球部の部室の横にある監督室と呼ばれる部屋であった。ついこの間この場所に呼び出されてレギュラーになる、ならないの話をしたことを昂大ははっきりと覚えていた。昂大はどうにもならないやるせなさを強く感じながら監督室の扉を開けた。


 「・・・。」


 外はもうだいぶ明るくなってきており、いつものグラウンドがさらに寂しげに見える。昂大はとぼとぼ校門に向かって歩いていく。グラウンドの端まで来たとき、思わず顔をしかめた。


 「・・・!」


 太陽の光がみるみるうちにグラウンドを覆い尽くしてゆく。朝日がとても眩しかった。


 「なんで怒らないんですか?」


 昂大は急にマイク越しに石川に話しかける。


 「・・・フン。怒ってほしいのか?」

 「・・・いえ。」


 昂大は太陽から逃げるように家に帰って行った。

 いつもの朝。ぐんぐん昇って行く太陽を誰も止めることはできない。市立新田川高校にも一種の朝が来ようとしていた。



 『今朝入ってきました臨時ニュースをお知らせします。今日、京都府新田川市市立新田川高校で二人の遺体が見つかりました。一人はこの学校の校長、橋本米さんでもう一人は教頭の吉田愚糲戸(ぐれこ)さんと見られております。そのほかの詳しい情報についてはまだわかっておりませんので詳しい情報が入り次第お伝えいたします。次のニュースです・・・。』


 葉巻を男は豪華な灰皿におく。暗闇の中で男は笑った。


 「フッ。始まったか。」


 男はテレビを切る。そして机の上になにやら写真を並べ始める。そこには昂大をはじめ、美樹や石川の写真があった。その中で一つ男は昂大の写真を手に取る。


 「沖田昂大。面白い人材だ。」


 男は昂大の写真の角をライターで炙る。写真はみるみるうちに燃えてなくなっていく。


 「ハハハ。」


 男の笑いはとても猟奇的であった。


 「ピピピ・・・」


 そうして男は電話をかける。


 

 早朝、まだ日も昇らぬ時間帯に京都駅からほど近い〈京都プリンセスホテル〉に一台の車が止まる。車の後部座席から急いだ様子で一人の女が大きなスーツケースを持って出て来る。女は車を運転していたスーツ姿の男に促され、裏口からホテルに入って行く。

 一般の客が入れない特別なエレベータに乗り込み、女は最上階へ向かっていく。


 「ピンポーン」


 最上階は階全体が一つの部屋になっておりエレベータを下りるとそこはもうロイヤルスイートルームであった。


 「遅くなりました。申し訳ありません、楠木三佐。」


 女がそう言うと奥から軍服を着た若い男が出てくる。


 「フン。もうつぶされたのか?案外早いもんだな。」


 楠木正成(くすのきまさなり)三佐は鼻で笑うとつまらなさそうにソファに座る。


 「こちらが、研究データです。」


 女は持ってきたスーツケースを楠木に手渡す。


 「よくやった、大久保。お前は先に帰っていろ。俺は少し寄り道をしてから帰る。」


 楠木はスーツケースをそそくさと部下に手渡すとエレベータに乗る。


 「かしこまりました。」


 大久保晴子は深々とそして淡々と楠木に頭を下げた。



 明朝、市立新田川高校から少し離れたところにある小高い丘で誰かと電話をしている声が聞こえる。


 「はい、確かに工場は陥落したみたいっすね。はいお願いします。失礼します。」


 電話はそこで途切れた。


 電話をしていた者は動き出す。「ふあ~」とあくびをし、両腕を上げて、体を伸ばすと住宅街の方に向かっていく。


 「ふーん。昂大もなかなかやるやんけ。」


 朝日に照らされながら楠木将人は無邪気に笑った。

 

 将人は自分の家に帰ってきた。そこは敷地は広いのだが、どこか古ぼけた保育園のような場所であった。門の前には錆びついた小さな看板があり、そこには〈くすのき孤児院〉と書かれていた。ゆっくりと将人は中に入る。まだ孤児院の子供たちは寝静まっている、はずであった。


 「・・・!!」


 将人は驚愕した。そしてすぐさま凄まじい殺気を放ち、来訪者に近づいていく。


 「てめえ。何しに来やがった!」


 将人の目線の先、大きなテーブルとそれを取り囲むイスがある孤児院のリビングの中央に軍服を着た短髪の男が足を組み、座っていた。


 「・・・!」


 将人は目にも止まらぬスピードで拳を男の顔面に叩き込もうとする。


 「パン!」


 しかし寸前のところで男に受け止められてしまった。


 「なんだ、久しぶりに会ったのに手荒い挨拶だな。」


 男は笑っている。


 「何しに来たかって、聞いとるんや。」


 将人は完全にこの男を敵視していた。


 「安心しろ。なにもせん。ただ様子を見に来ただけだ。」

 「・・・ちっ。」


 将人は軽く舌打ちをして手を荒く振りほどく。


 「それになんだ。ここは俺が経営費を出しているから経営できているんだぞ。なのに俺が見に来れないとは、悲しいもんだな。」


 楠木は薄笑いを浮かべ、立ち上がる。


 「邪魔したな。ああ次の仕事の指令書だ。せいぜい頑張るんだな、お前の大切な大切な家族のためにな。」

 「て、てめえ!」


 将人は楠木に殴りかかろうと拳を振り上げる、その時、


 「将人にいちゃん、どうしたの?」


 突然後ろから子供の声が聞こえた。とっさに将人は拳を下ろす。後ろに振り返るとそこにはまだ幼稚園の年長程度の年と思われる男の子が眠そうに目をこすりながら立っていた。


 「か、かずき。お前起きたんか?」

 「うん。誰あのおじさん?」


 将人は再び振り返って楠木の方を見ようとする。しかしその瞬間、


 「この家族たちを守りたければ必ず次の仕事を成功させろ。いいな。」


 将人の耳元で楠木の囁きが聞こえた。


 「・・・!」


 次に将人が見たときにはもう楠木正成の姿はどこにもなかった。


 「くそっ!化け物め。」


 将人の顔には悔しさとやるせなさがにじみ出ていた。


 「大丈夫やからな、お前たち。俺が絶対に守ってやるから。」


 将人は必死に笑いを浮かべてかずきの頭をそっと撫でた。


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