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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
最終章
28/32

拘束、狂人、思い出す惨劇


 「・・・おにいちゃん。」


 どこか遠くで声が聞こえる。次第に大きくなっていく。懐かしい。


 「・・・おにいちゃん!」


 この声をおれはよく知っている。遠い昔、よく聞いた声。いや、比較的最近のようにも感じる。


 「おにいちゃん!まだ寝てるの?早く起きてよ。」

 「んん?ああ、ごめん。」


 おれはついいつものように謝ってしまった。意識が少しずつはっきりしてくる。ここは・・・おれの部屋?きれいに片付いた部屋にはおれの昔好きだったぬいぐるみとかおもちゃが小奇麗に並べられている。


 「早くーーー!!遊びに行こうよ!」

 「おいおい待てって。今日は野球の練習があるんだ。あんまり遊べないぞ。」

 「えーーーー」


 頬を膨らませて地団駄を踏む妹。おれの腕をぐいぐい引っ張ってくる。


 「じゃあ早く行こ!」


 おいおいそんなに引っ張るなよ。でも嫌な気持ちは全くない。おれは妹に引っ張られ階段を下り、1階に下りる。


 「ようやく起きたの?昂大は寝坊助ねー」

 「あ、おはようお母さん!」


 目の前にいたのはエプロン姿の優しい笑顔の女性。おれはよくこの女性を知っている。


 「ねえねえおかあさん。おにいちゃんが遊んでくれないのー」


 「今日はおにいちゃん野球の練習があるのよ。我慢しなきゃだめよ、すず。」

 「えーやだやだ!」


 目の前にいるのはおれの・・・大切な人たち。すずはおれの双子の妹だ。


 「昂大。準備はできたのか?行くぞ。」


 リビングから出てきたのは、体格のいいあごひげが少しジョリジョリした男性。


 「うん!」


 あれ?なんでおれは返事を・・・いや、父親だから当然か。


 「今日はかあさんが弁当を作ってくれたんだぞ!すずもおにいちゃんの応援行こうな?」

 「うん!すずいーーっぱい応援する!」


 なんだろう。心の中がとても暖かい。こんな気持ちは久しぶりだ。ツーと頬を涙が伝った。なんでおれ泣いてるんだ?


 寂しさとうれしさが入り混じってなんだか気持ちの整理がつかない。


 「さあ、行こうか。」

 「うん!」


 おれの涙はこの人たちには見えていないのか。おれは玄関を強引に飛び出した。明るい光に包まれた。



 「はっ!」


 目が、覚める。薄暗く湿った空間が目に飛び込んできた。どこだかわからないがすぐさま鼻に入って来たかび臭い匂いに不快感を覚えた。おれはあたりを見回した。薄暗く湿った部屋だった。裸電球が頭上にあるだけで他には何もない。


 「痛っ!」


 ふと頭に激痛が迸る。そういえば、何か大事なことを忘れている気がする。そうだ!おれは学校にみんなを助けに来て、それで・・・


 「おやおやおやおや、お目覚めのようですねぇ。メガミの寵愛を受けし少年。」


 こ、こいつらに捕まったんだった。少しずつ思い出してきた。おれは目の前に近づいて来たあの男を見た。痩せこけた頬は皮がめくれ、ただれている。おれはさっきの出来事を完全に思い出した。


 「あなたは!無謀にも学校に乗り込んできたぁ。そして、ワタシの前に現れた。これはなんという奇跡!!なんという運命!!ああああああああああああああ!!!!!!ワタシはなんと幸運なのでしょうかぁ!」


 あの男はおれに顔を近づけて唾をガンガン飛ばしてくる。かなり不快だ。おれは顔をそむける。


 「・・・何者なんだ!お前ら!」


 おれはふとそんなセリフを吐いた。


 「ほう、このワタシに質問をするのですかぁ?なるほどなるほどなるほど。わかっていらっしゃらないようですねぇ。」


 男の顔が無機質にかわる。まるで興味がなくなったように。


 「ぐっ!」


 おれは一瞬何が起きたかわからなかった、というより自分の状況に今一度鈍感だった。

男はおれの顔面を殴った。突然の事で口の中を切ってしまう。よく見るとおれは天井からのびる鎖で両腕を拘束されている。椅子に座らされていたが足や体もがっちりと拘束されていた。その上、上半身裸。


 「あなたに許されているのはこのワタシの言葉を聞くこと、それとワタシの質問に答えるだけですぅ。よろしいですねぇ?」


 男はおれの顔に近づいておれの顎をくいっと掴みあげる。


 「反抗的ないいお顔です!ではではでは、少しお話しましょう。ワタシね!あなたにひじょーーーーーーに興味があるんですよぉ。」


 男はおれの目の前にどこからか折り畳みパイプ椅子を持ってきて座った。


 「沖田昂大君、でしたっけねぇ?16歳。趣味は野球、昼寝、スイーツ漁り・・・ほうほうほうほうほう。」


 うっ・・・少し、いやかなり恥ずかしい。やめてくれないか。しかしなぜこの男がおれのことを知っているのか全く分からない。気味が悪かった。


 「まあそんなことよりぃ。ワタシ気になっていることがあるんですよぉ!」


 男の目が急に生気を帯び始めた。いったい何をこいつは知って・・・。


 「ねえ、家族を撃ち殺す(・・・・・・・)ってどんな気持ちなんですぅ?」

 「な、に。」


 目の前の男は、唐突にそう切り出したのだった。



 「は・・・」


 昂大は絶句する。この不快極まりない男の口から放たれた言葉はシンプルかつ大胆に昂大の中に入ってくる。


 「な、何言ってんだお前?」

 「えぇ?何って言葉のとおりですよぉ。あなたの過去は大変面白いぃ。どれだけの目にあってもあなただけは死なないぃ。生き残ってきた、そうでしょう?はじまりは、そうですねぇ。あなたの家族が10年前に・・・」

 「やめろ!!!!!!」


 昂大はベルフェゴールの言葉を遮るように叫んだ。自分でも予想外の事だったのか、目が落ち着かない。かなり動揺している。


 「ほうほうほう、やはり、あなたには心当たりがあるのですねぇ。だからそんなに動揺しているのでしょう?」


 男はケタケタとあごを震わせる。


 「やめろ・・・やめてくれ・・・」


 昂大の脳裏に様々な情景が浮かんでくる。優しかった母、厳しくも頼りになる父、そして、大好きだった妹。喜怒哀楽すべての表情が浮かんでは消えていく。今まで忘れていた。いや、忘れようとしていたのだが、そんな自分にさえも嫌悪した。


 「いいですねぇ!思い出しましたぁ?あなたが人生で最初に犯したあま~くも血の味がする大罪の味をぉ!」


 はあ、はあ、と昂大の呼吸は荒くなる。息ができない。気分が悪い。それは今まで心に留めていたモノ、忘れた気になっていたモノ、終わったはずのモノ。そんなドス黒いモノだった。


 「なんで、お前が・・・知ってるんだ!?」


 昂大は男を睨みつける。この目の前の異質の存在は何を知っているのか。疑問と言うより恐怖だった。


 「だ、か、らぁ~言ったでしょう?あなたに興味があるとぉ。」


 男の顔が再び歪む。昂大には男の顔がぐちゃぐちゃになっているように見えた。この男が次に何の言葉を吐くのか。怖くて仕方がない。


 「あなたはぁ!大切な大切な家族を見殺しにして自分だけ生き残ったのですぅ!さああなたの口からぁ、聞かせてくださいぃ!それはどんな味がしたのかをぉ!」


 いやだ、思い出したくない。しかし昂大の頭の中でただ1つの泡がはじけるように、意識が飛んだ。



 そうだ、あの日おれは寝坊して朝ごはんを食べずに妹と遊んだ。公園で妹の砂遊びに付き合ってお昼から練習に行ったんだ。


 「昂大!お前はいつもそうだ。大事な場面に打てない、肝心な時にエラーする。なんでそうなるんだ?」

 「すいません・・・」


 昂大は今にも泣きそうな声で謝罪する。昂大の胸には自分のふがいなさに対する憤りと悔しさがあった。


 「罰として今日は居残りだ!保護者の方にもそう伝えて来い!」


 昂大は渋々堤防の裾で応援してくれていた父と妹の元に向かう。


 「どうした昂大、そんな浮かない顔をして。」


 昂大は何も言わない。父の(まさる)は昂大の表情を見て大体の事を察したのか、少し笑って、


 「まあそんなに落ち込むな。お前はもう少し自分に自信を持て!」


 昂大の頭をぐしゃっと撫でた。


 「すず、おにいちゃんがホームラン打つところ見たいなー」


 妹のすずもそんな昂大の姿を見て励まそうとする。


 「うん・・・」


 昂大はまだ憂鬱だった。今から居残りのメニューをこなさなければならない。そのことを言い出すのが怖かったのだが、


 「頑張ってこい!おとうさんはちょっと人と会う約束をしているから先に帰るが、1人で帰ってこれるな?」


 昂大は少しがっかりした。本音では待っていてほしかったのだ。しかし昂大はコクッと頷く。顔は全く笑っていなかった。


 「じゃあすず、帰るぞ。」

 「えーすずはおにいちゃん待っとくー!」

 「だめだ。おにいちゃん気が散るだろ?」


 すずはかなり不満そうだったが、勝に手を引かれ連れて行かれた。昂大はさびしそうにその後ろ姿を見つめていたがコーチに呼ばれたので練習に戻った。



 「はあ、はあ。」


 居残り練習が終わったのは7時前。その当時昂大の門限は7時だったので昂大はとにかく急いだ。練習道具を背負っているのでかなりしんどい。日が沈んでもう辺りは暗くなっている。


 (早く帰らなきゃ。)


 その一心で家の玄関にたどり着いてほっと一安心した。時間はまだ十分ある。


 「ただいま!」


 昂大は靴をそろえずに蹴とばすと、わくわくしながらリビングに向かう。しかしなぜか返事がない。いつもなら母の颯花が応えてくれるはずなのだが。


 「おかあさん?」


 昂大はなにか並々ならぬ気配を感じ取った。リビングは明かりがついていたが、何か様子が変だ。恐る恐る近づいていく。


 「!!!!!!!」


 リビングに入ると昂大がそこで目にしたのは血の海。無残に倒れていた父の姿だった。


 「お、おとうさん?」


 何が起きたのかわからない。頭が真っ白になる。床一面に広がる血は未だなお増え続けている。


 「ああ、うあああああああああ!!!!」


 昂大は叫んで力か抜けその場で崩れた。頭がおかしくなりそうなくらい叫んだ。


 「!!!!!!!」


 昂大は声が突然出なくなった。昂大の視界にソレがその時初めて入ったのだ。全身黒い服を着た身長の高い者。フードを深くかぶっていて顔はわからなかったが、息遣いは聞こえてきた。その手にはキラリと光るサイレンサー付きの銃。


 「昂大!逃げてーーー!!」


 その時黒づくめの者の視線は昂大に向いていた。その一瞬の隙をついて母の颯花が急にキッチンから飛び出した。


 「ドン!」


 黒ずくめの者の背中に突進する。銃が床に転がる。


 「!!!」


 しかし黒ずくめはカウンター的に颯花の腕を取り、背後にまわり、拘束する。


 「きゃあ!」


 黒づくめは腰に装着していたナイフを颯花の首元に突き付けた。


 「・・・昂大逃げて。」


 颯花は涙ながらに昂大に語りかけるが、まるで蛇に睨まれた蛙の様に昂大は動かない。


 「・・・」


 そんな昂大の姿をあざ笑うかのように黒づくめは母の首筋を切り裂いた。

 ゆっくり、颯花の体は崩れ落ちる。


 「ああ・・・。」


 昂大は無意識に手を伸ばす。しかし届くはずもない。無慈悲にも颯花は父の勝の上に倒れ伏した。


 「いや、だ・・・」


 昂大は目の前の出来事すべてにノイズがかかったように感じていた。わからない、わからない。考えることさえできない。だが最後に母はつぶやいたのだ。「逃げろ。」と。その意味だけは本能が察していた。

 黒づくめは昂大にじりじりと近づいてくる。1歩、また1歩。血が滴り落ちるナイフをかざして。


 「うあーーーーー!!!」


 昂大は頭が真っ白になっていた。しかしそんな中確固とした感情だけは生きていた。悲しみと怒り。この2つの感情が爆発したが故の行動だったのだろう。


 「ふう!ふう!・・・」


 気づけば黒ずくめが落としたサイレンサー付きのハンドガンを拾い、構えていた。ずっしりと重い。涙があふれてくる。目の前に広がる恐怖より憎悪が勝ったのだ。撃ってやる!撃ってやる!と何度も自分に言い聞かせた。引き金を引けば憎くてたまらないこの相手を葬ることができる。今の昂大を突き動かしているのはこの憎悪。いや、もはや生きる意味とも言っていいだろう。


 「うあーーーーー!!!」


 昂大はガサガサの声で叫ぶと指先に力を入れた。そして気づけば引き金を引いていた。


 「おにいちゃんやめてーーーーー!!!」


 その刹那、昂大は最愛の妹の声を聞いた。しかしその叫びもむなしく弾丸は放たれてしまった。放たれた弾丸の行く先には飛び出してきた妹の身体。まるで黒づくめを庇うかのように両手を延ばし、昂大の目の前に立ちふさがっている。


 「キュン。」


 昂大の腕は銃を撃つにはまだ耐えられなかった。痛みとともに銃を手放した。ゆっくりと銃は地面に落ちる。


 「ああ、なんで。」


 昂大の口から出たのはその言葉だけであった。涙でぐしゃぐしゃになった顔は目の前でゆっくりと崩れ落ちて行く妹の姿を捉えていた。弾丸は妹の腹を貫通しており、尋常でない量の血が床を染めた。


 「すずーーーーーー!!!!なんで、なんで・・・」


 昂大は必死に地面に倒れた妹を抱きかかえ、呼びかける。理解できない。昂大には妹がなぜ飛び出してきたのか、全く分からなかった。


 「ああ・・・血が・・・なんで・・・」


 消え入りそうな声、今にも消えてしまいそうな意識で為すすべなくただ妹を見ることしかできない。わからない、わからない。昂大の思考回路はぐちゃぐちゃになっていく。そんな昂大の姿をすずは見据え、


 「そんな顔・・・しないで。おにいちゃんは悪くないんだよ?」


 震える声で、笑ったのだ。


 「おれが、すずを・・・撃った。」


 昂大は罪悪感がこの時初めて全身を駆け巡った。どうしようもないやるせなさと、取り返しのつかないことをしてしまった自分。罪悪感でつぶされそうだ。強い吐き気を催す。


 「おにいちゃん、お願い・・・逃げて。」


 すずは最後の力を振り絞って、できるだけ大きな声で言おうと試みた。ただ純粋な願いを込めて。


 「なに、言ってんだよ・・・」

 「逃げて!早く。」


 すずは痛みをこらえ、兄の身体を両腕で押した。それが最後のあがきだったのか。その時昂大が先ほど落とした銃を黒づくめがそっと拾い、


 「キュン。」


 再び発砲した。銃弾は昂大の肩をかすめリビングの壁に着弾する。


 「逃げてーーーーー。」


 すずは目から大粒の涙を流し、昂大の顔を見つめた。


 「あああああーーーーー!!!」


 昂大にできることはただ一つだけ、全力で逃げることだけだった。そこに何の感情も意識もない。本能ともいえるそんな行動。極限状態の中、沖田昂大という少年は逃げるということを選択した。最愛の妹が望んだとおりに。


 「くそっ!くそっ!」


 玄関をはだしで飛び出し、家の門を蹴り上げ、走る、走る。恐怖がエンジンとなり、憤りが自分を駆り立てる。はだしで石を踏もうが何も感じない。ただ少しずつ気持ちが良くなってきた。走るごとにあの恐怖から逃避できる。それだけで今の昂大にとっては安心材料となりえたのだ。


 「きゃ!」

 「うわ!」


 日が沈み、あたりは暗くなっていたが、何人かの通行人とすれ違った。彼らにとって涙で顔がグシャグシャになりながら叫び、全力で走る昂大はどう映ったのか、想像に容易い。全身血まみれ、はだしでただ本能のまま駆ける。昂大がようやく止まったのは、


 「ドン!」


 誰かにぶつかった時だった。


 「なっ!君、どうしたんだい!?」


 スーツを着たガタイのいい若い男はそんな昂大の姿を見て驚愕した。


 「はあ・・・はあ・・・お願い・・・助けてぇ・・・うえぇーー」


 昂大は地面に向かっておう吐した。息も絶え絶えだったが、昂大の声ははっきりと男の耳に入っていた。男は何があったのかを邪推することなく少年をただ抱きしめる。


 「ああ、もう大丈夫だ。」


 昂大はゆっくりと視界がぼやき始め、やがて意識を失った。



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