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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
最終章
25/32

昂大の朝

10月21日 午前7時


「はーい。朝ですよぉ~」


まずカーテンが思いっきりめくられ、太陽の日差しが入り込む。そしてばさっと布団がめくられる。


「うわっ!」


昂大はかなり焦って飛び起きた。何せ寝相が悪いのでたぶん腹を出して寝ていたからである。昂大は素早く着ていたシャツを下ろす。


「あらあら。すぐ起きていただけるなんて感激ですぅ~。いつも全然起きない人ばかりだから。」


にこやかに笑いながら昂大を起こしてきたのは昨日出会わなかった女性だ。少しふくよかでどこか癒しオーラのようなものを感じる。


「あはは・・・」


昂大は本能で飛び起きたものの、あまり頭が働いていない。


「もう朝食はできてますから、早く一階の大広間に来てくださいねぇ~」


そう言ってにこにこ笑いながら部屋を出て行ったメイドの女性。この屋敷にいったいメイドは何人いるのだろうと思ったが、それにしても昨日のおっかないメイドが来なくてよかったと心底思った。昂大はふと時計を確認する。時刻は7時2分。昨日の夜はすぐに意識が無くなったのでぐっすりと寝たはずだったが、かなり眠気を感じた。「ふあ~」と大きなあくびをすると部屋を出て一階に下りる。


1階の大広間はとても開放感のある空間だった。長い豪華な机に並ぶのは色とりどりの豪華な料理たち。朝食とは思えない量が並ぶ。昂大が恐る恐る近づいていくと着席していた者たちが一斉に見てくる。とはいえ席の数に不釣り合いな少数しかいない。


「やあ、よく眠れたかい?」


満面の笑みで語りかけてきたのは朱雀。テーブルの先、主の席に鎮座している。


「はい、まあぐっすりでした。」


昂大は少し緊張していた。なにせこのような豪華な食卓に並ぶことなど人生でなかったからだ。昂大はそばに立っていた村上に促されて着席する。目の前には昨日道場であった村上の孫と昂大と同い年くらいの見知らぬ少年がいた。


「まあまあ、みんな座って。せっかく客人が来てくれたんだ。いただこうじゃないか。」


朱雀がそう言うとそばに控えていたメイドたちと村上も着席する。


「いただきます。」

「「いただきます。」」


朱雀の音頭とともに皆が一斉に食べ始める。昂大は少し遠慮しながらも目の前にあるサラダを自分の取り皿に入れる。


「遠慮せずにもっと食べなさいよ。」


朱雀はにこにこ笑いながら朱雀はウインナーが入った大皿を昂大の近くに置く。


「あ、ありがとうございます。」


こういう時は遠慮する方が失礼なのだと昔誰かに教わったことがある気がしたのでとりあえずお腹いっぱい食べようと思った。


「旦那様、今日はご機嫌ですね。いつもはご飯とみそ汁だけだから文句言ってるのに。一番召し上がっていますね。」

「急に何言ってんの!?壮悟君。ばらさないでよ、ちょっと!」


突然真顔で普段のご飯事情を暴露する壮悟。


「そ、そりゃね。お客がいないときはーまあそうだ。今より少しは質素だよ?だからと言ってご飯とみそ汁だけっていうのはなー。話盛りすぎだよねー」


朱雀は明らかに動揺している。


「とってもおいしいですね。この卵焼き。」

「聞いてるの!?壮悟君。お前が撒いた種だよね?回収しようよ。」


昂大はこのやり取りを見て思わず笑ってしまった。


「申し訳ありません。昂大君。別に特別扱いしているつもりはないのです。普段の食事が質素なのは旦那様のご意向ですから。」


村上は昂大へのあてつけの様になっていそうで心配になったのであろう。


「いえいえ。おれも安心しました。本当に大富豪だったらちょっと居づらいなーって思ってましたから。」

「いや、本当は貧乏人、とかじゃないからね?一応お金持ちだからね?」

「ああ、そうなんですか。」


昂大は先ほど壮悟が食べていた卵焼きを一口で食べる。


「と、とりあえずお腹いっぱい食べてね。あはは・・・」


それから食べ終わるまで会話はなかった。昂大はあまり気にしなかったがそれ以上に気になったことがある。昂大の斜め前に座っている少年。他の者は気づいているのか、あえて気づいていないふりをしているだけなのかはわからなかったが、とんでもない殺気を昂大に向けている。メンチを切る、というレベルではない。昂大はこの男が自分と同じ暗殺者なのだとすぐに感づいた。


「「ごちそう様でした。」」


きれいさっぱりと食べ終わった後、使用人たちはすぐに後片付けを始める。昂大も立ち上がり手伝おうとする。


「うお!」


その時、昂大は突然何者かに足をかけられて地面に倒れた。誰が足をかけたのか自ずとわかる。


「・・・フン。のろまめ。」


昂大が見上げるとそこにはあの少年がいた。昂大を見下ろす様は殺気に満ちている。


「お前を見てるとイライラしてきて、もうどうにかなっちまいそうだ・・・ああ!?」


少年は拳を振り上げる。今にも振り下ろそうとしたその時、


大翔(ひろと)、それくらいにしなさい。」


その拳を後ろから止めたのは朱雀だった。


「ちっ!わかってるよ。」


大翔と呼ばれた少年は朱雀につかまれた腕を強引に振りほどき、さっさと広間から出て行った。


「・・・すまないな。少し気が立っているんだ。許してやってくれ。」

「はい・・・」


昂大はあの顔を見て少し思い出した。先日昂大を襲ったあの蛇の仮面を。そう言えば声も似ている気がする。


「朱雀さん。あれって・・・」

「そう、前言った私の孫。少しいろいろあってね。まあ反抗期って奴だから気にしないで。」


朱雀は昂大に手を差し出す。昂大はその手を取って立ち上がる。


「ありがとうございます。」


昂大は照れくさそうに一礼すると朱雀は笑いながら広間を出て行く。



午前8時

洗面台で歯を磨き、顔を洗う。服も着替えたかったが着の身着のままで朱雀邸にやってきてしまったので着替えられない。だが昂大はあまりそのようなことを気にすることなく自分の部屋に戻ろうとしてある部屋の前を通りかかった時、中からテレビの音が聞こえた。ふと見てみると部屋の中には朝起こしに来たメイドと村上壮悟がいた。


『きょう未明、新田川市郊外の宗教法人VIMPATIOR(ヴィンパティオ)で立てこもり事件が起こりました。警察は宗教法人VIMPATIOR(ヴィンパティオ)の副代表小岩井氏を事件の重要参考人として行方を追っているとのことです。ご覧いただいている映像は午前5時半ごろ犯人グループが警官隊に向かって発砲が行われた映像です。犯人の要求などは依然情報が入ってきていませんが、小銃他何かしらの拳銃を所持している疑いがあると思われます。』


「へー。なんか大変なことになっていますねー。」


言葉とは裏腹にあまり危機感のない様子のメイド。


「うん。世の中物騒ですね。」


こちらも全く言葉とは裏腹に感情がこもっていない。壮悟はふと後ろに昂大が立っていることに気が付いた。


「あ、どうも。」


壮悟はそっけなく挨拶する。


「う、うん。なんかあったのか?」

「え?」

「いや、ニュース・・・」


壮悟はポカーンとした顔で昂大を見つめてくる。


「ああ、なんか立てこもり?みたいなのがあったって。」

「そうなんだ。なんかやべーな。」


少し変な空気になってしまってその後は押し黙る2人。


「さっきは悪かった。大翔が失礼なことして。」

「え?なんでお前が謝るんだよ。別に気にしてねえよ。」


昂大は急に謝罪され、少し戸惑った。


「ていうかなんであいつあんなにおれの事嫌ってんのか?おれはあいつに会ったこともないし、何かしたわけじゃないんだけど。」


昂大の指摘は最もであった。これでは完全にただ因縁を吹っかけられているだけ、まさにたちの悪いヤンキーのやり口である。


「それは・・・わからない。」

「わからないのかよ。」


壮悟は机の上にあったお菓子を食べ始める。


(マイペースだなー、こいつ。)


昂大は苦笑いをするととりあえず部屋から出る。その流れでなんとなく歩いているとふと暇だと思う気持ちが強くこみ上げて来た。昂大は特に何も意識せずに2階に上がりわざとゆっくり歩いて朱雀の部屋の近くにやってきた。扉が若干開いている。昂大は何となく扉に近づいていく。


「・・・そうか、始まったか。で、学校の方はどうなのだ?」


中から聞こえたのは朱雀の声。しかしいつものような明るい感じではなく、どこか神妙な雰囲気である。昂大は気になって耳を傾ける。


「こちらの方は問題ないよ。沖田昂大はうちにいる。約束通り彼には手出し無用だ。そのかわり実験をしたまえ。それが条件だろう。」


昂大は自分の名前が出て来るなんて夢にも思っていなかった。どんどん話を聞くことに没頭していく。


「それにしても思い切った計画を考えたものだね君は。まさか全校生徒皆を使って実験するとは。」


全校生徒?実験?聞けば聞くほど昂大は悪い方向ばかり想像してしまう。


「ほう、朝の全校集会の時に襲撃するのか。なかなかハードなやり方だね。ではせいぜい頑張ることだな。また連絡する。」


朝の、全校集会。偶然であろうか、それとも聞き違いか、はたまた別に朝の全校集会がある学校の事を行っているのか。昂大には真っ先にこの話が自分の学校の話であると考えるしかなかった。昂大は反射的にポケットに入れていた自分の携帯で時刻を確認する。時刻は午前8時45分。もう全校集会が始まっている時間である。昂大は血の気が引いていくような気がして焦りに焦った。いったい何が始まろうとしているのか。実験、という言葉を聞いて頭をよぎったのはあの現実離れした兵器工場、化学教師たちが根城にしていた研究室。あの学校にはなにか恐ろしい陰謀が隠されていると思ってはいたが、この間の襲撃ですべて終わったと思っていた。しかしまだ終わってなどいなかったのである。


「くそっ!」


昂大は小声で自分を奮い立たせると、廊下を全力でダッシュし、屋敷から出て行こうとする。


「どこへ行くのかな?血相を変えて。」


昂大の勢いはたったその一言で打ち砕かれる。殺気に満ちたその声の主は言うまでもないが、全身に冷や汗をかくほど威圧的であった。昂大は蛇ににらまれた蛙の様に動きが止まる。


「・・・さっきの話は、どういうことなんですか?」


昂大は腹の底から力を込めてそうつぶやく。威圧で呼吸が止まりそうになる。


「聞いていたのか。盗み聞きはよくないね。で、なに?それがどうしたのかな?」


朱雀の声は無気力同然であった。心がない、というより言霊が宿っていなかった。


「何って決まってるじゃないですか!みんなを助けに行かなくちゃ。おれだけ黙って見てるなんてできません。」


昂大は必死に叫ぶ。本心だった。


「言ったよね?今回の君の任務は今日一日この家にいることだと。」

「それでも!そんな話を聞いたら・・・」


昂大は足に力を入れる。こうなったら逃げるしかない。


「そうか、では君にはこの国の闇そのものと戦う覚悟があると、そういうことかね?」


昂大にはその言葉の意味はさっぱり解らなかった。


「あります。」


しかし力強く、冷静に昂大は返事をした。額から変な汗がにじみ出て来るのを感じた。言葉などこの際どうでもいい。ただこの場を逃れるためならどんな手でも使う。そんな気分だった。


「・・・いいよ!では行きなさい。その代り少しいいことを教えてあげよう。」


しかし突如として朱雀は今までの威圧とは一転、にこっと笑うと昂大の肩を叩いた。


「今日、新田川市では大きな騒動が起こる。今朝のニュースでやっていただろう?あれもその一環だ。それに乗じて行われるのが実験だ。新田川高校の全校生徒を対象に行われる洗脳実験。あの科学者たちが研究していた分野だ。あそこの兵器工場は表の顔。本来はこの国の闇・・・洗脳の実験を行う研究所。そしてまだあの研究室は稼働中だ。」


昂大は唖然とした。兵器工場だけでも許されることではないのに、洗脳実験だなんて。正直信じられないものだった。


「なんで、あなたがそれを知って・・・」

「それはあの任務を依頼したのが私だったからだよ。私が君たちに指示を出した。」

「そんな・・・」


朱雀はニヤッと笑って昂大に背を向ける。


「では約束してくれ、生きて帰ってきなさい。そしてもう一つ、現実を知りなさい(・・・・・・・・)


朱雀はそう言い残して自分の部屋に戻って行った。昂大の頭はぐちゃぐちゃになった。意味が解らない。だがすぐに本能的に自分が今何をすべきかどうかを認識する。


「いかなくちゃ。」


考えることをする前に行動に移した。昂大は階段を駆け下り、エントランスに向かい、着の身着のままで飛び出した。


「・・・!!」


昂大は扉を開けたところで立ち止まった。


「おい、どこに行くんだ?」


目の前にいたのはあの時の影。あの蛇の面は忘れない。昂大を路地裏でフルボッコにした暗殺者、シェイドだった。


ちょいと小話ですが、朱雀さんと村上さんは、のちの厳夜&老紳士のプロトタイプだったりします。こういう関係性が昔から好きだったようです。

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