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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
最終章
23/32

前日、回鍋肉、風呂

10月20日 夕方


時は遡ること10月20日。この日は朝から野球部の練習があった。練習試合で他校と対戦したりと、なかなか充実した練習であった。昂大は代打として1打席だけレギュラーの試合に出た。結果はストレートをピッチャー返し、シングルヒット。まあまあの活躍である。


「今日も疲れたー」


昂大は体を伸ばして深呼吸をする。目の前にはボロアパートの階段。ゆっくりと登って自分の部屋の前に行くと、鍵を開けた。手にはスーパーのタイムセールで買った豚肉の大パックと炒め野菜セットが入っていた。


「今日は回鍋肉っと。」


昂大はノリノリで家にあった回鍋肉の元を棚から出してくると早速手を洗ってからフライパンで油を熱し始める。そして豚肉を引き、焼き始める。


「ふんふんふーん。」


なんの歌かもわからないへたくそな鼻歌を歌いながら豚肉を焼いていく昂大。少し焦げ目がついてカリカリになった方がお好みのようだ。豚肉を皿に移し、次は野菜を炒めると豚肉、回鍋肉のもとを入れて混ぜ合わせ完成である。1食約400円とお手ごろだが、量はかなりある。


「チーン。」


ラップに包まれた大量のご飯を冷凍庫から出してくるとレンジで次々とチンしていく。昂大の家には1人暮らしでは普通置かない大きさの炊飯器があった。暇なときに炊いてはラップに包んでストックするのである。


「いっただっきまーす。うんうんうめえ。」


昂大はものすごく幸せそうに肉とご飯を一緒に頬張っていく。おなかがすいていたのかかなりの量のご飯を解凍していた。その量約8合。しかし一瞬でそれを平らげる。


「ごちそうさまでした。」


昂大は満足げな表情で皿を洗い、さっさと片付ける。そしてタオルと着替えをカバンに入れるとさっさと部屋を出る。その手つきはかなり手慣れたものだ。

徒歩2分のところに銭湯〈辰ら湯〉がある。外観は昔ながらの情緒あふれるものとなっている。


「こんばんは。」


男湯ののれんをくぐるとすぐに受付がある。


「いらっしゃい、昂大君。」


受付にいたのは70代くらいのおじいさん。この銭湯のオーナーのようである。


「じゃ、あいつものように150円ね。」

「いつもありがとうございますっ!」


言うまでもないが格安である。昂大はもはや常連なのでいつもよしなにしてもらっているのだ。昂大は嬉しそうに笑うと鍵を受け取って中に入っていく。


「あんな顔されたらタダにしてあげたくなるねえー」


おじいさんも満足そうににこりと笑う。」


「ふうー」


勢いよく出るシャワーを肩にかけるととても気持ちが良い。今日は珍しく日曜なのに客が少なかった。時刻は午後8時。ちょうどお風呂時の時間であるが、ここの閉店時間は8時半、つまり閉店時間ぎりぎりである。昂大は先に頭と体をきちんと洗ってから富士山の巨大な絵の前で肩までしっかりとお湯につかる。さぶーんとお湯が大きな湯船からあふれるのが分かる。


「やっぱり風呂はいいよなー」


昂大は人がいないことをいいことに独り言を言う。少し平泳ぎをしたくなったが、理性で押さえ、そのままつかり続けていると、


「いやー昔ながらの銭湯もいいよね。」

「うわ!」


突然昂大の隣から聞いたことのある声が聞こえた。


「えっ?朱雀さん?」


今まで誰もいなかったと思っていたのに急に隣に現れたので昂大は飛びあがる。


「い、いつのまに。」

「ずっといたよ?君が入ってくる前から。」


朱雀は何でもお見通しと言わんばかりにニヤニヤしている。


「ま、まじかよ・・・恥ずかしい。」


昂大はいつになく顔が赤くなった。


「のぼせたの?顔が真っ赤だよ。」


朱雀はお構いなしに突っ込みを入れる。


「おれ、上がります・・・」


昂大はゆっくりと湯船から上がり軽くシャワーを浴びて風呂から出た。


「そんなに見られて恥ずかしいのかねぇ。男なのに。」



「くーっ!やっぱり風呂上りはコーヒー牛乳だよなー」


朱雀が風呂から上がると昂大は満面の笑みでビンに入ったコーヒー牛乳を飲んでいた。


「あ、ずるい。私にも一つ。」


朱雀も100円を自動販売機に入れてコーヒー牛乳を購入する。ガコンと下から出てきたビンはキンキンに冷えていた。


「くーっ。うまいねぇ。」


朱雀は一気に一ビン飲み干すと、1回100円のマッサージ機に座る。


「ふふ、満喫しすぎでしょ。で、なんでおれの行きつけの銭湯にいるんすか?」


昂大はすごい勢いで風を送る扇風機で顔面に風を浴びながら質問する。


「あいたたたたた・・・」


朱雀は質問に答えない。なぜか悶絶している。


「聞いてるんすか?」


どうやら朱雀はマッサージ器のせいで答えられないらしい。


「こ、このマッサージ器は鬼か!?あーいたたたたた・・・」


昂大は悶絶している朱雀の姿があまりにも面白くて笑ってしまう。


「強さ調整できますよ?」

「え、そうなの?先に言ってよそれ。」


朱雀の手元にあったコントローラーで強さを弱にすると朱雀はようやく落ち着いた。


「ふー。ちょっと私にはハードすぎるねこの機械。そうそう、本題なんだが今から私の家に来なさい。これは命令ね。」

「はあ?何でですか?」


質問の答えがそれでは少々不満そうな昂大。


「なんでもだよ。ほら行くぞ。」

「明日学校あるんすけど。」

「うん、じゃあ休もうね。」

「なんでじゃー!」


嫌がる昂大を強引に引っ張って銭湯の駐車場に連れて行く。


「旦那様、少々遅すぎではないですか?お体に悪いですよ。」


そこには長身でとても姿勢のいいダンディな老執事、村上が主を待っていた。


「いやーちょっとマッサージ器に乗っていて・・・」

「なんですって?」


村上は鷹のような鋭い眼光で朱雀を睨みつける。


「ま、まあコーヒー牛乳でも・・・」


朱雀はさっき2人で飲んでいたコーヒー牛乳を強引に村上に渡し、車の後部座席に昂大を投げ入れた。


「村上は怒るとちょっとおっかないんだよ。」

「はあ、あなた様ほどではないですよ。」


村上は呆れたように車に乗り込み、エンジンをかける。


「昂大君。旦那様のわがままをどうかお許しください。今から屋敷へ向かいます。」

「い、いえ。大丈夫っす・・・。」


昂大はまだ状況をイマイチつかめていない様子である。


「なんで行くんですか?おれなんか悪いことでも・・・ああ、この間の事は本当に悪かったというか、油断していたというか。」

「ん?君は何か勘違いしてるんじゃないか?今回君を呼ぶのは新たな任務について説明するためだが。」


朱雀は冷静な顔であっさりと言い放つ。


「そ、そうなんすか・・・」


車内は何とも言えない不思議な緊張感に包まれて、夜の新田川市内を走っていく。



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