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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
三章
19/32

めがみ教捜索隊


 「あーつかれた。」


 夕方、新田川署内の休憩所で警官の制服姿の大谷がコーラを飲みながらダラダラしている。


 「何言ってんだ。交番勤務は警察官の基本中の基本だろう。それにお前は基本がなってないから勉強しなきゃだめだ。」


 その横でタバコをふかす藤堂。


 「なんで応援俺だけなんすか。先輩も手伝ってくださいよー」

 「それはお前の日ごろの行いが悪いからだろう。」


 藤堂は笑うとスッ立ち上がる。


 「そんなことより何かわかったんすか?今日も先輩は捜査してたんでしょ?」

 「ああ、だが正直手詰まりだ。完全にこれ以上調べようがない。平本は行方不明だし、あの学校の地下はもう二度と行けないしな。」


 藤堂は冷静を装っていたが、明らかに苛立っていた。これまでの捜査から確実に何かを隠ぺいしていることは分かったのだが、それが証明できない。証拠が皆無なのだ。


 「少し、気分を変えるか。」

 「え?」


 大谷にも聞こえないようにつぶやくと藤堂はそそくさとタバコを灰皿の上で押しつぶし、立ち上がる。」

 「・・・」


さすがの大谷も藤堂の後を追えなかった。

藤堂が地域課に戻ると窓口で何やら女性と男性がいきり立っている。


 「本当に迷惑なんです!」

 「何とかしてください!」


 などと断片的に聞こえてきたので藤堂は対応を変わることにした。


 「どうしたんですか?」

 「あの変な宗教施設本当にうるさいんです。何やら毎日大きなトラックが深夜出入りしていて、夜も寝れない。なんなんですかあの施設。」

 「宗教施設?詳しくお話を聞かせていただけますか?」


 話によると、その施設は新田川市北の山裾に大きな土地を持つ宗教施設で土地は広いが、住宅地に接しているという。その施設は宗教法人VIMPATIOR(ヴィンパティオ)という団体の持ち物だそうで、頻繁に人が出入りしているらしい。大音量で奇妙な音楽を流したり、夜大型トラックが出入りしていてとてもうるさいとのこと。そんなわけで近隣住民の方が迷惑しているそうだ。以前町内会で宗教施設に訴えに言ったらしいが、全く取り合ってもらえなかったそうだ。こんな話を藤堂は聞いて、よくある近隣トラブルかと思っていたが、宗教法人VIMPATIOR(ヴィンパティオ)と言う名前に違和感を覚えていた。


 「わかりました。その旨こちらからも伝えてみます。」


 普通なら民事不介入の警察がこのような問題に口を突っ込むことはできないのだが、藤堂はそう答えてしまった。


 「え?藤堂さん。近隣トラブルに介入しちゃ・・・」


 先ほど対応していた受付の署員にそう言われたが、


 「いや、何かわかるかもしれない。それに少し気分転換ですよ。」


 そう微笑んだ。この微笑みの裏にはむしゃくしゃした気持ちがあった。



 「ここか。」


 目の前にそびえ立つは大きな門。その奥には広い西洋風の庭、そしてその奥に大きな白い建物があった。なにやら小奇麗で高貴な印象の建物だと藤堂は思った。


 「ここが近所迷惑な宗教施設っすか?」


 大谷は少し機嫌が悪いのか、ムスッとした顔で門を見ている。


 「話を聞くだけだ。そんな顔をするな。」


 そう言ってインターフォンを鳴らす。


 「すみません。警察の者なんですが、少しここの責任者の方とお話がしたいんですが。」


 警察だと名乗るとインターフォン越しではあるが動揺しているとわかる。


 「はい、少々お待ちください。」


 そう言って会話が途切れる。藤堂は門の中をじろじろと物色し始める。


 「先輩―俺宗教とか嫌いなんすよ。なんか胡散臭いし。」

 「お前の興味なんてどうでもいい。」


 藤堂はバッサリと切り捨てる。


 「それよりも見てみろよ。あちらこちらに監視カメラ、それに囲いには鉄格子に電気が流れる仕掛け。ただの宗教法人でこんなことするか?」

 「だーから胡散臭いんすよ。」

 「ふっ。本当に胡散臭いかもな。」


 そんな会話をしている内に門が自動で静かに開いていく。


 「お待たせいたしました。私、案内役のシズカと申します。どうぞこちらへ。」


 そこには深々とお辞儀をする全身黒い服を着た女性が立っていた。


 「えっ?シズカさん?」

 「はい、シズカでございます。」


 聞き返されても何も動じることなくシズカと名乗った女性はぺこりとお辞儀をする。


 「いやーすみませんね。こいつあなたが苗字を言わずに名前をおっしゃったから驚いたんですよ。すいません。」


 藤堂はさりげなく大谷をフォローする。


 「いえいえ、驚かれるのは慣れておりますので。VIMPATIOR(ヴィンパティオ)では出家した際に苗字を捨てなければなりません。つらいことですが仕方がないのです。」

 「ええー!そんなの意味わからないっす。」


 大谷は大きな声を出す。


 「おい。失礼だぞ大谷。すみませんねほんとに。でもなぜ苗字を捨てるんです?」

 「私たちが信仰するメガミ様は、万物に名前を付けたとされています。だから、俗世の名前を捨て、新たに洗礼を受けるのが習わしとなっています。」

 「そ、そうなんですか。」


 藤堂は少し話が大きすぎて面喰っているようだ。


 「私たちはここで共同生活を送りながら女神様への信仰を深めているのです。

 「そ、そうなんですか。」


 見ると前からシズカと名乗る女性と同じ服を着た男や老人、子供までもがやってくる。彼らは通りかかる藤堂たちに気持ち良く挨拶をしていく。


 「なんで黒い服着てるんすか?」

 「黒という色は何物にも染まらない色でございます。私たちの思いはどんなことがあっても変わらないという意思の現れです。」

 「みんな同じ服とかちょっと気持ち悪いっすね。」


 大谷は笑いながら正直にそう言うと周りの者に聞こえたらしく、一斉に立ち止まり今までの笑顔とは全くかけ離れた表情で睨みつけてきた。


 「す、すいませんね。こいつ本当にバカでもう・・・」


 あまりにもシーンとしたので少し恐怖を感じた藤堂はとっさに笑い飛ばそうとする。


 「・・・いえ、あなたがおっしゃっていることは確かに正論かもしれません。しかし私たちは本気で信仰しておりますのでそこのところご理解ください。失礼しました。」


 シズカという女性は静かにそう言うので大谷もさすがに申し訳ないと思ってしまい、


 「すいません。」


 と謝った。

 ここでは軽はずみな態度をとるとなにやら大変そうな雰囲気を感じる。藤堂はふうと安堵の息を漏らした。


 通された部屋はそこまで広くはなく、ソファーと机が置いてある。普通の部屋とは違うのは、部屋の奥のガラス越しで謎の礼拝が行われていたことだ。藤堂は落ち着かなかった。


 「お待たせして申し訳ありません。警察の方、でしたか?」


 少し時間をおいて現れたのは黒い服を着た小男であった。


 「はい。新田川署地域課の藤堂と言います。こっちが大谷です。」


 藤堂は警察手帳を小男に提示する。


 「私はVIMPATIOR(ヴィンパティオ)の副代表をしております、小岩井と申します。」


 そう言って小岩井は名刺を藤堂に手渡す。


 「どうぞ、お座りください。」


 促され、ソファーに腰かける2人。


 「警察の方が私たちにどのようなご用でしょうか?」


 真顔で早々に本題に入って来たので藤堂は少し驚いてしまった。しかし顔には出さない。


 「そうですね。実は少し住民の方から苦情が出ておりまして、例えば夜中に大音量の不協和音が聞こえるとか、トラックの出入りがうるさい、とか。ああ、こんなのもありました。化学物質の臭いがする、とか。」

 「えっ?」


 大谷は最後の化学物質の話だけは全く聞き覚えがなかったので少し困惑した。


 「・・・そのようなことを住民の方がおっしゃっていたと?正直私どもといたしましては全く自覚はないのですがね。」


 小岩井は少しむっとした表情を浮かべている。


 「ええ、警察としましてもあまり民事の事に介入はしたくないのですが、内容が内容ですしね。特に化学物質の臭いは・・・」

 「化学物質と言うのはどのような臭いでしょうか?我々が何か公害を起こしているとでも?」


 なにか癇に障ることを言ったのかと藤堂は思った。それだけ化学物質という言葉に小岩井は過剰反応したように思えたからだ。


 「うーん。具体的には私たちも把握していないのですが、そういった相談が寄せられたのは事実です。」


 藤堂は嘘をついていた。そのような相談などない。ただ新田川高校の事件のことを思い出していた。


 「そうですか。私たちとしましては地域住民の方と理解しあえる関係を目指していたのですが・・・残念です。」


 小岩井はふうとため息をつくと力を抜いた。


 「わかりました。深夜の騒音に関しては注意したいと思います。わざわざありがとうございました。」


 藤堂はなにやらぶっきらぼうな言い方だと感じたが、それも無理はないとどこか納得した。


 「ところで、さっきシズカさんから聞いたんですが、ここはどういった施設なんですか?ああこれは純粋な個人的興味です。」


 藤堂は笑って場を和ませようとする。


 「・・・我々VIMPATIOR(ヴィンパティオ)は世界平和を超越的観点から実現しようと、二年前代表の六本木が創設しました。最大の特徴は信者たちが各地の施設に出家して共同生活をすることです。その際自分の名字は捨てます。」

 「シズカさんもそうおっしゃっていました。何か意味があるんですか?」

 「苗字を捨てることでよりメガミ様の寵愛を受けることができるからです。」


 正直藤堂は小岩井の話が全く分からなかった。何か話が適当であるように感じたのだ。


 「そ、そうですか。そろそろ私たちは失礼いたします。くれぐれも騒音はお気を付けください。」


 藤堂は隣の大谷が明らかにくだらなさそうにしていることもあり、さっさとこの空間から出て行きたいと思っていた。


 「わかりました。徹底します。」


 小岩井は少し俯いた後、2人の刑事が部屋を出て行く様を静かに見ていた。


 「・・・あの刑事、何か知っているな。」


 小岩井は静かにそう言い放つとどこかへ電話を掛ける。


 「私だ。まさかとは思うが、警察が勘づく可能性がある。計画を早めた方がいい。」


 小岩井は携帯を切ると何やらポケットから装置のリモコンを取り出して押す。するとガラス越しの景色がみるみるうちに変わっていった。そこでは子供から大人まで大量の人間が張り付けられ、頭にヘルメットのようなものを装着させられている。


 「・・・不協和音だと。まさかな。」


 フッと笑いスイッチを再度押すと装置が作動し、ヘルメット越しに激しい光の羅列と、不協和音で装着した者に何かを作用させ始める。


 「音など完全に聞こえないのだがな、装着者以外は。まあいい。全く計画に支障はない。ほぼ研究は完成だね。もうすぐだ。もうすぐ我々が世界を変える。」


 部屋には小岩井の狂気的かつ静かな笑いがいつまでも響いていた。



 「稀代の新興宗教!めがみ教。我々はあなたの味方です。だって。ウケますよね?」


 大谷は地域課のデスクに足を乗せ、組みながらググッと体を伸ばす。手にはめがみ教の勧誘パンフレットを持っている。あれからもう一度めがみ教について調べてみたが、ただの新興宗教と言うこと以外何もわからなかった。


 「くそ。証拠がない。これ以上は悔しいがお手上げだな。」


 藤堂はタバコに火を点け、いつもより深く吸い込んだ。


 「あの小岩井って奴何者なんすかね?警察のデータベースにはヒットしなかったんで前科はないと思うんすけど。」

 「ああ、俺も奴は気に入らん。腹の底で何か隠してやがる。まあ勘だがな。」

 「てか先輩って勘だけで動いているんすか?」

 「確かにな。だが勘はいいぞ。人間、野性的な勘が最も信用できる。」


 藤堂は自前のポケット灰皿に灰をササッと落とすと、タバコの火を消す。


 「もうすぐお昼っすね。」


 現在の時刻は11時45分。


 「今日はカツ丼食いに行きましょうよ。」

 「は?またカツ丼か。好きだなお前も。」

 「いいじゃないっすか。こういうやりきれない時はカツ丼で決まりっすよ!そういえばあの時もカツ丼食べたっけ。元気にしてるかな、平本さん。」

 「・・・さあな。」


 藤堂はふと平本の別れ際の表情を思い出していた。あの人生に疲れてしまったような顔。あの人も組織に利用され、捨てられた哀れな人間なのか。そんなことを藤堂は考える。今頃人生に絶望していなければいいが。ふと暗い考えが頭をよぎった。


 「じゃあ早めにお昼行きましょう。」


 大谷がぐいぐい腕を引っ張ってくる。


 「わかったから離せ。」


 2人が席を立とうとしたその時だった。藤堂は地域課の前に立っている一人の男と目が合った。


 「お、お前・・・!」


 メガネをかけ、長身。灰色のスーツに紺色のネクタイを締めた男はくいっとメガネを上げ、


 「お久しぶりです。藤堂さん。」


 と言ったのだ。


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