起きた昂大、飯を食う
目が覚めるとそこは見知らぬ天井。正直昂大には先ほどのことがあまりにも急でよくわかっていなかった。昂大はゆっくりと体を起こす。
「痛って!」
腹に激痛が走る。何度蹴られたか定かでないが、相当蹴られたので内臓が破裂したのではないかとふと心配した。
「お目覚めですか?」
不意に椅子から立ち上がった長身の老人を見て昂大は少し驚いた。
「い、いたんですか。」
「ええ、旦那様に言われて僭越ながらずっと看病させていただいておりました。」
村上はぺこりと一礼をする。
「・・・なんかすみません。」
「いえいえ、ご無事で何よりです。」
昂大は申し訳なさからばたっとベッドに寝そべる。
「おれ、どれだけ寝てました?」
「三時間ほどは。偶然ある男性があなたの倒れていたところで介抱なさっていたので私が旦那様の別荘に運んだ次第です。幸い大した傷にもなっておらずよかったです。ただおなかだけは青あざができるかもしれませんね。」
村上はにこっと笑って部屋を出て行く。昂大は頭を振り絞って敗因を考えてみる。と同時にあの男が何者なのかを考えてみる。あの蛇の面、どこかで見た気がしたのだが。
「お、大丈夫かい?」
そう言ってひょっこり現れたのは朱雀だった。
「ほ、本当にすみませんでした!」
「いいよいいよ、君が弱いことがよくわかったし。」
朱雀は満面の笑みで皮肉を言うので昂大はショックを受けた。
「反省します・・・」
「そうだね、で敵はどんなやつだったんだい?」
「声的に男でした。それにフードの下から蛇の面が見えました。それに妙なことも言っていました。なんで肩入れするのかとか、何とか。」
「ふーん。私には正直よくわからないね。」
そして急に朱雀は真剣な顔になる。
「でもこれだけは言える。君は鍛えれば強くなる。だけど今のままだと無理。だからいろんなことを経験するといい。」
みるみるうちに朱雀の声のトーンは低くなっていく。昂大が初めて朱雀と会った時に見たあの気味の悪い表情でそう言ったのだ。
「じゃ、あとで夕食を食べに行こうか。」
そう言って部屋を出て行った。残った昂大はなにやら妙な気がしてならなかった。
☆
「カランカラン」というどこか懐かしい音とともに扉は開く。店内はデミグラスソースのほのかな香りとタバコの臭いでどこか哀愁を感じさせる。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
店の若いウエイトレスはにこっと笑う。2人は窓側の2人席に通された。
「あの、村上さんはいいんですか?」
昂大は決まりが悪そうにそう言うが、
「いつも誘うんだが聞かないんだよ。」
朱雀は呆れて少しため息をつく。
「じゃあビーフかつめしを二つ、あと一つはご飯大盛りで。」
全くメニューを見ないで注文するので、昂大は焦る。
「ここはね、私の行きつけなんだよ。かつめしなんて食ったことないだろ?」
「ま、まあ。ないっすけど。」
静かに注がれたお冷が2人の前に置かれる。
「そ、それであの蛇の面の男はいったい誰なんですか?なんでおれを、それによくわからないことを言ってました。まるで俺の事を知っているような・・・」
昂大はお冷をちびっと口にする。
「うん。君のことを知っていたとなると恨みでも買われたのかな?ただ、こんなところに来てまで襲うなんてかなり執念深いやつだね。私から言えることはこれくらいだが。」
「蛇の面についてはどうですか?」
「・・・うーん。」
朱雀は腕を組む。
「一人心当たりがなくもない。」
「はい、ビーフかつめしとごはんです。」
朱雀の話をさえぎるようにおいしそうな湯気が立ち込める。
「わあーうまそー。」
昂大はそれを見るや否や満面の笑みになる。
「ささ、食べなさい。」
「いっただっきまーす。」
ソースのたっぷりかかったカツにがっつくと、甘辛いデミグラスソースの芳醇な香りが口いっぱいに広がる。
「うんめー!」
昂大はどんどんと食べていく。
「こらこら、もう少しゆっくり食べなさいよ。」
と、言いながら朱雀もすごいスピードで食べていく。
2人ともすぐに食べ終わってしまった。
「うまかったー」
2人ともにこにことあまりにも幸せそうに食べるので横目で見ていたウエイトレスは苦笑い。
「あ、そうだ。心当たりってのは?」
「ああ、忘れていたよ。」
朱雀はお手拭きで口元を拭く。
「うん、蛇の面ってことで業界で有名なのはマンダかな?」
「マンダ?」
「ヨーロッパでねトータルスコア100人以上っていうやり手の殺し屋で毒殺を得意としているんだ。」
「うーん、違うんじゃないっすかね?だって正面から殴ってきたし。」
「そうだよねー」
朱雀はニヤニヤしている。
「日本人でいません?それも若者で、声が若かった気がしたんですよ。」
「・・・一人いるよ。」
「え?」
朱雀は静かに、「シェイド」とだけ言った。
「シェ、シェイド。どっかで聞いたことあります・・・」
「私の孫。」
「そう、朱雀さんの孫・・・ええーー!」
☆
夜、朱雀は自分の別荘の窓から外を眺めていた。外には数本の樹と夜景が広がっている。
「まだお休みではなかったんですか。」
はあ、とため息が出んばかりの声で村上は言う。
「いいじゃないか。少し私が若かったころのことを思い出していてね。」
朱雀は窓から身を乗り出すと何やら哀愁にふけっている様子である。
「沖田昂大君ですか。あの子は純粋で真っ直ぐですね。暗殺稼業には向かないのでは?」
「ふふ、あまいねー村上。あれは逸材だと思うぞ?なにせ強そうでないのだから。お前のように見るからにオーラをまき散らしたりしていない。」
「それは悪かったですね。気をつけます。」
「ほーら!お前はまじめすぎるんだよ。」
終始、朱雀は村上の事をからかう。
「で、沖田昂大は寝たのか?」
「・・・ええ、ぐっすりと。スースー寝ています。」
それを聞くと朱雀はニヤッとして、
「残念。私のシナリオ通りにいかないものだねーまったく。」
その時だった。急に部屋が真っ暗になってなにやら影が朱雀を背後から襲う。
「旦那様!」
村上はすばやく窓に向かうがその時にはもうすでに朱雀の姿はなかった。
☆
「で、私に何の用かね?パイライト」
暗い小屋に拘束された朱雀はニヤニヤしながらトランシーバーのような機械に話しかける。
「お久しぶりです朱雀さん。今日伺ったのは他でもない。」
パイライトという者は落ちつた口調で朱雀に語り出す。
「近いうち、我々は行動を起こします。いよいよです。」
「ふん。協会への復讐かね?君の悲願がとうとう叶うと?」
「ええ、そうです。私だけではありません。全メガミ教徒の念願でもあります。我々はこの国の裏側、協会が明治以来、裏で支配してきたこの世界を叩き潰します。」
その声は、静かで強くトランシーバー越しからも決意の強さがうかがえる。
「プ、プププププ。いひひひひひゃははは!!それは傑作だね!面白い。応援するよ?その愚かな勇気。」
朱雀はあきらかに嘲笑している。まるで挑発するように。
「ええ。わかっていますよ。それがどんなに愚かであるかも知っています。ですが私は今までそのために生きてきたのです。」
パイライトは全く動じない。
「で、なぜそれを私に?しかもこんなくだらない犯行声明文を私に送って。わざわざ私を誘拐するようなまねをせずとも良かったんじゃないかな?」
「それは、私の決意を示すためですよ。それにあなたが頼んできたのでしょう?沖田昂大の力を・・・」
「そこまでだ。下郎。」
そう言いかけた時であった。小屋の木製の扉が一瞬で粉々に砕け散った。というより切り刻まれた。
「誰です?」
「ん?私のセバスチャンだよ?」
「ああ。村上さんですか。」
次の瞬間には扉の近くにいたメガミ狂徒2名の首が飛んでいた。血が噴水の様に入り口付近で噴き上がる。
「いやー私のセバスチャンはやる男なんだよ。ほんとはね、沖田昂大が代わりに君の部下たちを殺る予定だったんだけど、本当にまじめだからねー村上は。」
そして流れるように朱雀の周りにいたメガミ狂徒たちを韋駄天の如く駆け抜け、斬り捨てる。
「でもいいだろ?君が私に無礼を働いた罰として沖田昂大はおあずけだ。来たるべき日のお楽しみとしてね。」
村上は残っていたメガミ狂徒たちにも全く反撃の隙すら与えず、神がかったスピードで次々と切り捨て、小屋を制圧する。その姿はまるで鬼。いや、裁きを下す天使であろうか。
「フフ、あなたたちを侮っていた訳ではありませんがやはり改めて敵に回したくありませんね。ご無礼をお許しください。確かにこんな回りくどくはしなくてもよかった。命を無駄に散らせてしまった。」
「・・・この者たちの命が失われてから言うとは。愚かですな、パイライト殿。」
村上はギッとトランシーバーを睨む。
「暗殺教団。くれぐれもお互いの邪魔はしないようにしましょう。それが我々のためであり、あなたたちのためでもある。それをゆめゆめ忘れないように。では失礼します。」
そう言って通信は切れた。朱雀も村上もなにやら煮え切らない様子である。
「パイライトの奴め。結局それが言いたかったのだろう。メガミ狂徒を我々が殺ったことを棚に上げて、我々の良心に訴えかけるとは考えたな。というより、暗殺者に命の重さをわざわざ考えさせるなんて、そんなことをしたのは奴が初めてだよ。」
そう言って朱雀は呆れ笑いをする。
「この者たちはどういたしましょう?」
「お前の好きにしろ。」
「かしこまりました。」
朱雀はのそっと立ち上がると、屋敷に戻ろうとする。
「・・・旦那様。」
「なんだ?」
村上はふうっと息をつくと、
「やはり、昂大君にはこのまま純粋に育って行ってほしい。それが私の気持ちです。生意気を言って申し訳ありません。」
と言った。朱雀は何も言わずに屋敷に向かうのだった。




