嘘と勘は刑事の華
「じゃあ情報を整理していきましょう!」
新田川署の地域課のホワイトボードを引っ張り出してきた大谷は何やら気合い十分である。
「そうだな、まとめていくか。」
椅子に深く腰掛けてタバコをふかしながら藤堂刑事はホワイトボードに向かう。
「俺は橋本米の事を少し調べた。あの学校に赴任する前は市の教育委員会に十年間務めていた。なにやら予算にかかわる仕事をしていたらしいがその他怪しいところは特になかった。」
「俺はあのキモイ格好の教頭調べたんすけど、めっちゃやばいことみつけましたよ。なんとあの教頭若い時今の市長の秘書やってたらしいっすよー。すごくないっすか?」
大谷は自信満々に言い放つが藤堂の顔はとても冷たい。
「それだけ聞いても何もわからんだろ。」
「ええーそうっすかね?」
大谷は不満そうに藤堂を見つめる。
「これだけでは薄いな。やはり平本から攻めるか。」
「ええー、絶対あの二人の方が黒幕わかるのに。」
「その根拠は何なんだ・・・じゃあ調べてみろよ。」
そう言って藤堂はなにやら書類に目を通し始めた。
「わかりましたよ!先輩を納得させる証拠持ってきてやりますよ!」
そう言って大谷が地域課を出て行こうとしたその時、
「はい、お二人ともちゃんと地域課の仕事をしてから捜査してくださいね。」
いかにも貫禄のありそうなおばさんが立ちふさがる。
「い、いやー帰ってからやりますよ。」
「あ?」
メラメラと怒り沸騰の婦人警官が威圧してくる。その一言だけで何も逆らえない。
「は、はい・・・」
大谷と藤堂の2人には大量の書類の束が与えられてしまった。
「あと、ここは禁煙ですよ!」
そう言って藤堂がくわえていたたばこをひょいとつまんで火を消した。
「まったく、喫煙者にはつらい社会になったことだ・・・」
藤堂は少し不満そうだ。
「ちょ、なんすかこの量。」
「これを今日一日でやってくださいね。」
そう言い残して婦人警官は去っていく。
「今日は暗殺戦隊コロスンジャーの日なのにー。先週の放送で怪人ヌルパスが・・・」
「うるさい。」
「あ、はい。」
泣きそうになりながら大谷は渋々取り掛かる。
「ふう・・・やれやれ。」
藤堂は大谷に半ばあきれながら自分の仕事に取り掛かる。
☆
「ええ、厳しい人でしたよ、あの人は。それは誰でもわかることだと思います。あの人の指導を受けた身なら。」
外で隊員たちがランニングをしている。それとは対照的なクーラーの効いた涼しい部屋で藤堂は三十代前半の男から話を聞いている。
「何か悪い話は聞いたことなかったですか?隠れて何か不正をやってるとか。」
「そうですね、たぶんありえませんね。とにかく曲がったことが大嫌いでしたから。昭和の古風な男って感じで、でもとても信頼されていました。厳しいけど隊員のことを何よりも考える人でしたから。」
少し窓の外を眺めながら新田川駐屯地の山本隊員は何やら懐かしそうに窓の外を眺める。
「そうですか・・・お忙しいところありがとうございました。」
藤堂はそう言って立ち去ろうとする。その様子を見ながら山本はため息をつく。
「あの人がどうかしたんですか?」
ふいに山本は藤堂にそう聞いた。それは純粋な質問であった。
「・・・彼は許されないことをしました。でもこのままでは法で裁くことができない。だから今捜査をしているんですよ。」
藤堂は振り返らずにそう言った。
「そうですか・・・」
藤堂が去った後、山本はしばらく考え込む。そういえばあの後どこの部署に飛ばされたかわからない。急に辞令が下りていなくなった。もしやなにかあったのではと、一抹の不安がよぎる。
「次はここだな。」
藤堂が次に訪れたのはなんと中部方面総監部がある伊丹市の伊丹駐屯地である。
「さすがにここはやばいかな。」
一人で苦笑いしながらゆっくりと藤堂は入り口に近づいていく。
「何の御用でしょうか?」
藤堂を睨みつけ、完全に怪しんでいる番兵。手にはかなりごついマシンガンを持っている。
「京都みやこ新聞の記者の藤堂と申します。今日は戸田陸将に取材があってきたのですが・・・」
かなり下手にしゃべっている。その上身分を偽った。かなりリスキーである。
「・・・少々お待ちください。」
終始感じの悪い番兵だ、と藤堂は思った。
「本来そういった取材はお受けしていないのですが、今回は確認が取れましたので、どうぞ。」
門が重々しく開いていく。
「ふう。」
藤堂は肩を一周回して中に入っていく。
☆
「今日は貴重なお時間ありがとうございます。藤堂と申します。」
「いやいや、こちらこそ中部方面総監の戸田です。」
2人は厚く握手をする。
「名刺を・・・あれ?」
藤堂はわざと名刺を忘れたふりをして全身のポケットを触って見せる。
「いえいえ、結構ですよ。どうぞ座ってください。」
「すみません、失礼します。」
そう言ってふかふかのソファーに静かに腰を下ろす。
「今日はどうして私どものような地方紙の取材を受けていただけたのでしょうか?」
この質問は藤堂がシンプルに思ったことである。
「いやーそんなにかしこまって考えないで欲しいものですな。私はかねてより市民の皆様と一体となった開かれた自衛隊を目指しているつもりです。そのためにできることはなんでもやるつもりですよ。」
戸田はにこにこと笑う。
「そ、そうなんですかー。とてもすばらしいことだと思います。」
藤堂は少し引きつりながらそう答える。
「で、私について聞きたいことはなんですか?」
急に真顔でそう言われたので藤堂は少し困惑したが、形式的な質問を開始する。
「まずは陸将の推進するクリーンな自衛隊の意気込みを・・・」
二十分ほどあらかじめ用意していた質問をし終わってから藤堂はついに本題に移行する。
「・・・実は最後に関係ないのですが個人的な質問をしてもいいですか?」
「ええ、もちろん。何でも答えますよ。」
戸田は終始にこやかにほほ笑んでいる。
「では少し失礼ですが、平本剛司という男をご存知ですか?」
そう質問した後、明らかに戸田の顔色が変わる。
「・・・いえ?誰ですその方は?」
「元陸上自衛隊の一等陸佐で五年前までこちらの基地所属だったかと思うのですが、ご存じないですか?」
戸田の顔色は明らかに悪い。
「あ、ああ・・・そうでしたね、平本一佐の事でしたか。少々ど忘れしていました。」
「・・・では当時、彼は急に退職したことになっているのですがどちらに出向されたのですか?そもそも定年退職の歳ではないですよね?その後行方不明なのですがご存知ですか?」
少しの間沈黙が部屋を支配する。
「・・・実は平本一佐はかねてより教職に興味があったようで、相談を受けておりました。そして採用されたのでやめたいということだったんですよ。たしか新田川高校にお勤めとかなんとかきいたことがありますよ?」
うまくかわされてしまった、と藤堂は思った。
「すみません、変な質問して。今のは忘れてください。」
藤堂はそう言って一礼した後部屋を後にする。
「ふん、完全に何か隠しているな。」
重々しく扉は閉じられた。
☆
「いや、無理言ってすみませんでしたね。」
藤堂は頭をかきながら外の車の中で待っていた男に話しかける。
「ほんとですよ、まさか記者になりきって潜入するなんて。藤堂さんはぶっ飛んでますね。」
そう言った男に藤堂は先ほどの質問内容が書かれた手帳を手渡す。
「褒め言葉として受け取っておきます。ちゃんと頼まれた質問はしてきましたから。」
「ありがとうございます。で、あなたの聞きたいことは聞けました?」
「ええ、うまくかわされましたが。でも収穫はあったんで。こちらこそありがとうございます。」
「それはよかった。」
この男は荒川高志といって本物の京都みやこ新聞の記者である。藤堂とは前からの知り合いで、藤堂が協力を依頼したのである。
「・・・待っている間調べておきましたよ、戸田俊行陸将について、かなり驚くべきことがわかりましたよ。」
そう言って荒川は自信満々のドヤ顔で手帳を見せる。
「・・・まさか、お手柄だな、大谷のやつ。」
藤堂は急いで車を発進させるのであった。
☆
急ぎ足で新田川署に帰った藤堂は大谷が自分の席で何やら作っているのを目撃する。
「おい大谷。お前、お手柄だぞ。」
そう言ってわざと強めに大谷の背中を強くたたいた。
「わっ、ちょっとなにするんすかー」
大谷は驚きすぎて慎重に塗っていたプラモの塗料を豪快にプラモの本体にぶっかけてしまう。
「わー!俺お手製のフラッグシップDONPERI号が・・・どうしてくれるんすか。弁償してくださいよーー!!」
大谷は藤堂に詰め寄る。
「ちっ。貸せ。」
藤堂はそう言って強引にプラモを奪い取ると、地面にたたきつけ踏みつけた。
「ぎゃーーーーー」
大谷はへなへなとその場に座り込む。
「いくぞ。」
「そうやってまた去る~~」
大谷は亡霊のように後をついていく。
☆
「ここだ。」
藤堂はニヤッと笑う。
「え?市役所っすか?」
大谷はなぜか首をかしげる。
「橋本、吉田、そして自衛隊。これら三者をつなげるものが一つだけあった。それがお前の言うここ、市役所だった。」
「ええーまじっすか。」
「お前が初めに言ったんだろ・・・」
大谷のボケっぷりに少し困惑する。
「まあいい、今から急だが市長に話を聞く。」
「まじっすか。」
「しっかりしろよ。」
そう言って早速車を出て行く藤堂。
「市長と自衛隊って何の関係があるんすか?」
足早と市役所に入って行く。
「知り合いの記者に戸田陸将について調べてもらった時に興味深いことがわかってな。彼は実は新田川市出身なんだが、今の市長とかなり交友が深いそうだ。市長の支援者パーティなんかにもたびたびゲスト出演しているようだ。」
「でも、それだけでかかわりがあると決めつけるのは・・・」
「たしかにな、俺の勘だ。」
勘と言いつつ藤堂の足は何かに取りつかれたかのように堂々と動いていく。
「話をさりげなく聞いてみるだけだ。」
エレベーターに乗り込む2人。
「えっとー確か6階っすね。」
大谷は目の前にあった車いす用のボタンの方で6階を押す。
「絶対にボロを出させてやるさ。」
チーンと音が鳴り、扉が開いた。
☆
「お忙しい中申し訳ありません。お時間を作っていただいて。」
藤堂は一礼をして跡部に近づいていく。
「まったく、警察が何の用ですか?私は忙しいんですよ。」
「すみませんねー少々市長のお耳に入れておきたいことがありまして。」
跡部は少々不機嫌であったが、2人の刑事を促すと、席に着く。
「で?なんですか。」
「はい、では早速。まずあの学校を少し我々が調べたところ、地下に施設があることを発見しました。」
「な、なに?」
突然思いもよらなかったことを言われて跡部は机をたたいて立ち上がる。
「しかもそれは自衛隊と政治家が共同して運営しており、様々な兵器を作っていました。」
「な、なに・・・」
跡部の顔色が悪くなる。警察がここまで調べているとは微塵たりとも思っていなかったのだ。
「おや、えらく動揺していますがどうなさったんですか?まさか、何か知っているのではないでしょうね。」
「う、うう。」
跡部は焦って声も出ない。
「我々はその首謀者を特定しています。詳しいことは言えませんが自衛隊の関係者、さらには、相当のポジションについている方、とだけはお伝えしておきます。」
藤堂は勝負に出た。もし藤堂の勘が当たっていなければ懲戒免職ものであろう。しかし藤堂は相当の自信があった。根拠はなかったが、今までの情報から考える上でその勘に掛けたのだ。
「では、失礼いたします。次にお会いする時は警察署でないことを強く祈っておきますよ。」
「貴様!どうなるかわかっているのだろうな。」
跡部の顔から汗がしたたり落ちる。
「え?今のは私の作り話ですよ?それなのにその動揺。やはり市長、何か知っているのですね。わかりました。」
それだけ言い残すと藤堂は部屋を出ていく。
「先輩・・・あんなこと言って大丈夫なんすか?」
「フフ、大丈夫ではないだろうな。」
なぜか藤堂は笑っていた。
「何か作戦があるんすか?そうっすよね、先輩のことだから何か考えがあるんすよね。」
「いや、ない。」
「ええー」
藤堂はきっぱりとそう言い放つ。
「ただ、これで市長は少なくとも何か知っているということはわかった。あの態度、おそらくは施設のこともしっているのだろう。これでやつは必ず俺たちに圧力をかけてくる。捜査の進展も事細かく調べるだろう。それが市長が関わっているという大きな証拠になるだろう?」
「で、でもそれじゃあ証明はできないっすよね?」
「それはわかっている。だが、今はこれくらいしかできないのも現状だ。だがな、必ずあの学校の地下の存在を暴く。今も子供たちがあの上で勉強していると思うと反吐が出る。」
藤堂の表情はとても暗い。しかし力強い意志を大谷はひしひしと感じていた。
「そうっすよね、俺たちで暴いてやりましょう!」
「お前はほぼ何もしてないけどな。」
「そ、そんなー先輩の完璧なサポートをして・・・」
「早く帰るぞ。」
大谷の言葉をさえぎるように藤堂はスタスタと進んでいく。
「ちょ、ひどいっすよー」
二人の刑事は孤独ながらも進んでいくのであった。
☆
黒くて広い部屋、いや空間という方が正しいかもしれない。そんな空間の中に縦に長くとても幅のある机、そして順番に丁寧に並べられた椅子。どれも古ぼけたアンティーク調のものである。そして上には少しずつ滴れていく蝋が机に溜まっていく、そんな蝋燭の光が揺れている。しかし勘違いしてはならないのが人がいる空間ではない、ということだ。蜘蛛の巣が椅子には絡めついており、机には埃が大量にたまっている。そんな空間に一筋の光が椅子の上に差し込む。少しずつ大きく広がり、次第にホログラムのようになる。それは部屋から入って一番奥の椅子であり、いわば主人が座る席である。そこから見て右斜め前の席でも、同様にホログラムのように光が湧き出す。
「報告しろ。」
主人の席から突然電子音のような声が発せられる。
「漸次、計画は進行中です。すべてはうまくいっております。」
右斜め前の席から報告するのはこの間将人をビビらせた男、小岩井である。
「新田川高校の生徒を対象とした洗脳実験は進行中ですが、10数人の生徒をメガミの信徒にすることに成功しております。あとは時が経つのを待つだけかと。」
小岩井は終始、落ち着いて報告をする。そこにはあまり感情がこもっていないようだ。
「そうか、今回メガミ教徒たちを率いるのはコードネーム“悪魔”に決定した。お前にも参加してもらうぞ。それがメガミからの福音だ。」
「悪魔ですか・・・まあしかたがないですね。」
「いやなのか?」
「いや、そういうわけではないのですが、あの男はかなり頭がイカれてるでしょ?心配なんですよ。」
「フフ、安心しろ。他にも人をつける。今回の計画に失敗は許されんからな。そこのところは万全にしておく必要がある。コードネーム“死神”を付けるから安心しろ。」
「死神まで・・・そこまで必要でしょうか?」
「お前は文句が多いな・・・」
「いえいえ、冗談ですよ。」
小岩井は先ほどとは違って、笑っているようだ。
「まあいい・・・では決行日は追って連絡する。」
「わかりました。メガミの加護がありますように。」
ぷつりと光が途絶える。そこは再び静寂に包まれた。




