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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
二章
15/32

幕間 昂大、風邪をひく


 「こほ、こほ。」


 なにか体調がすぐれない、と昂大は思った。部活はかろうじてやったがなかなかのしんどさである。


 「おいおい、大丈夫か?顔真っ赤やで。」

 「え、まじっすか。」


 先輩に言われて鏡を見てみると、確かに顔がトマトの様に真っ赤だ。それを見てなんだか余計体調が悪くなるような気がした。


 「とりあえず保健室行けば?」

 「はい・・・」


 というわけで保健室に行くことになった。保健室に入るのは入学して以来初めてである。


 「こんにちは・・・ごほっ。」


 恐る恐る扉を開けるとそこには普通の保健室の景色が広がっている。ただ少し違うのが入って右手にカウンセラー室と書かれた小さな扉があることだ。


 「どうしたの?って顔真っ赤じゃない。」


 保健室の久保田先生は心配そうにあわてて体温計を持ってくる。


 「ありがとうございます。」


 それを受け取りわきに挟む。しばらくしてアラームが鳴ると体温は38,9度だった。


 「これは病院に行くしかないわね。これから行くならこの近くの〈薮クリニック〉が一番近いけど・・・少し遠い〈吉見医院〉の方がいいかもしれないわね。」

 「いや、しんどいんで近くでいいです。」

 「そう?じゃあ簡単に地図かくわね。」

 そう言って久保田先生は地図を描いて昂大に渡す。

 「ありがとうございました。」

 「気を付けるのよ。」


 よろよろしながら立ち上がる昂大を見て心配そうに見送る久保田先生。その時昂大は横のカウンセリング室から出てくる男子生徒に気が付かず、どんとぶつかってしまった。


 「すいませ・・・」


 ふと顔を見た瞬間、昂大は何か異様な気配を感じて言葉を濁してしまった。そのまま何も言わず、見向きもせず部屋を出て行く。


 「がちゃん。」


 昂大は確かに見た。男子生徒の顔がまるで魂が抜けたような顔をしていたことを。


 「ごほっ。テストの点悪かったんかな?」


 昂大は特に深入りすることもなく続いて部屋を出て行く。



 「こんばんわー」


扉が開くと同時に受付の女が抜けた声であいさつをする。


 「お願いします。こほ。」

 「はじめてですか?」

 「はい。」

 「こちらの問診票を書いてお待ちください。」


 そう言われたので昂大は問診票を書く。書き終わると、


 「少々お待ちください。」


 院内に人は誰も待っていないのになぜか待たされる。


 (しんどいのになぜ待たされなきゃいけねえんだろ。)


 昂大はこう思ったが今更仕方がない。しばらく待って、


 「どうぞー」


 少し抜けた声の女に呼ばれたので診察室に入る。


 「はいはいはいはい、私は薮千鶴(やぶちずる)と申します。今日はどうされました?」


 無駄に早口な中年の医者が診察室で待ち構えていた。驚くことに白衣を着ていない。昂大は少し戸惑ったがとりあえず、


 「ちょっとしんどくて体がだるいんです。」


 と言った。すると、


 「へー、へえ、ほえー、それは大変ですねえ、へー」


 無駄に「へー」を連呼してやはり早口でまくし立てる。昂大は心の中で、なんなんだこいつ、とかなりドン引きしている。


 「それで、他には?」

 「なんか咳も出て・・・」

 「へー、へえー、はー。それは大変ですね、ええ。」


 言葉を遮るようにかぶせて話をする。はたして本当に聞いているのか。


 「そうですねー完全に風邪ですねえ、はいはいはい、へー風邪ですね。」

 「そ、そうですか・・・」


 昂大はもう帰りたいと思ってしまっている。

とにかくこのよくわからない空間から逃げ出したいと思っている。そんな状況の中、薮千鶴は驚愕の一言を言い放つ。


 「ええ、ええ、そそそ、そんなん病院行かれたらよろしいのに。」

 「・・・え?」


 しばらくの間、妙な沈黙が診察室を支配した。



 「ははは、だからうちに来てくれたのね。」


 とても小奇麗な診察室の中で吉見医院の医院長の吉見洋(よしみよう)は面白そうに笑う。


 「冗談じゃないですよまったく。」


 昂大は真っ赤な顔で不満げである。


 「まあね、あそこの先生は少し変わっているから。でもさすがにそれはやばいわね。」


 吉見先生はまだ三十代くらいの若い先生である。しかも誰がどう見ても美人だ。


 「ちょっと服あげてね。」


 そう言って吉見先生は聴診器で昂大の体を調べたり、喉を見たりした。


 「すごく鍛え上げられているわね。野球してるの?」

 「は、はい・・・一応。」


 昂大は少し決まりが悪そうに目をそらす。


 「まあ、よくある季節の変わり目の風邪ね。心配はしなくてもいいわ。お薬出しておきますね。」


 そう言って吉見先生はにこっと笑った。


 「はい・・・ありがとうございました。」


 昂大はそう言って診察室を後にする。


 「がんばってね。応援してるわ。」


 吉見先生は昂大の後ろ姿を見てにやっと笑った。



 暗い部屋、その中には何人の人間がいるのか定かではない。しかし皆何かに取りつかれたかのように何かをつぶやきながら礼拝を行っている。その光景は何とも不気味で異常である。


 「いやー、何とも言えない光景ですねー。これってみんなメガミサマのためにお祈りをしているんすか?」


 その部屋をガラス越しにまじまじと見つめていた男がニヤニヤしながら話しかける。


 「そうだ。皆はメガミサマの寵愛を受けたいがために祈りをささげている。」


 真顔で静かに言い放った男はいつの日か新田川高校にも訪れたことのある小男である。


 「へえ、でもこの人たちは本当に本人の意思でこうしているんすかね?俺にはそう見えへんけどなー」

 「何が言いたい。」


 小男は目の前の小生意気な高校生を睨みつける。


 「いやいやー冗談っすよ。ここまで人望があるメガミサマっていったいどんな人かなって思って。よっぽど素敵な人なんでしょうねえ。」


 暗い部屋で楠木将人は腕を組む。


 「メガミサマは人ではない。あのお方は万物の頂点。すべてをお決めになるお方。あまり挑発的な態度は慎みたまえ、楠木将人。私は許しても、信徒たちは許さない。そうなれば一瞬で、殺されるぞ。」


 小岩井はあまりにもあっさりと、そしてきっぱりとそう言い放った。


 「すみません、気をつけますわ。俺も早死にはしたくないんで。ていうか人は殺してもええんですね。」


 楠木将人は相変わらずへらへらとした態度を崩さない。


 「ふん、でどうなのだ。勧誘活動は。」

 「・・・そうっすね、順調ですよ。」


 小岩井は立ち上がり、ガラスの向こうの黒い集団を眺める。


 「一年生は8人、二年は5人、三年が2人入りました。いずれも生徒会メンバーが中心ですが、マジであの機械(・・・・)の性能はいいっすよ。洗脳効果がとても高いです。」

 「そうか・・・さらに勧誘しろ。」

 「はーい了解ですわ。じゃ、俺はそろそろ行きますー」


 将人は勢いをつけて椅子から立ち上がるとそそくさと部屋から出て行こうとする。


 「待て。」

 「なんです?」


 そう言って将人が振り返った瞬間、


 「!!!」


 首元にきらりと光るナイフが、そして四方八方から銃口が差し向けられた。いつの間にかこの部屋に所せましと黒づくめの者たちがまるで影の様に冷たく立っている。


 「おいおい、なんの真似っすか。」


 さすがの将人もこの時ばかりは驚きの色を隠せない。


 「私は、まだお前の事を信用したわけではない。気に入らないんだよ。その臭いが、我々はメガミから寵愛を受けている。しかしお前はどうだ、お前からは全く寵愛が感じられない。」


 小岩井はナイフを将人の首元から徐々に頬に移動させる。


 「一つ聞こう。お前は間者か?」


 ナイフは将人の頬を少しづつ切り裂いていく。


 「メガミに愛されない者には死を。」


 冷たく部屋の中にその言葉が響く。


 「・・・メガミに愛されない者には死を。メガミに愛されない者には死を。メガミに愛されない者には死を。メガミに愛されない者には死を。メガミに愛されない者には死を。」


 一斉に部屋の中の黒い者たちはそう言い放つ。


 「・・・俺は間者じゃないっすよ?だとしたらとっくにあんたたちに殺されてるでしょ。恐ろしいメガミ狂徒に。」


 将人は殺気を放ちながらそう言うと小向のナイフの力が弱まる。


 「・・・忘れるな、我らはいつでも異教徒を殺すことができる。お前たちを含めてな。せいぜいしっかりと働くんだな。楠木将人。」


 そう言うと一斉に黒い者たちは暗闇の中に霧散する。


 「・・・怖い怖い。ばれてるし。」


 部屋を後にする将人の額には汗がにじみ出ていた。


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