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偽りの惑星―fake planet―  作者: 過去(10年前)のくろひこうき
二章
12/32

遠足に行こう。昂大はハモる。


 九月、蒸し暑い体育館に全校生徒は集められていた。パラパラと持続的に降り続ける前線の小雨は空気に多大な湿度をもたらし、この体育館中を不快な色に染め上げている。あの衝撃的な事件から一週間、生徒たちは少しいつもとは違い、浮ついた雰囲気はどこにもなかった。壇上には新校長となった黒田がマイクを取っている。


 「みなさん、校長代行の黒田と言います。あの悲惨な事故が皆さんの心に深く根づいていることでしょう。忘れろとは言いません。それは無理です。しかし我々は前を向いて前進しなければなりません。私は君たちにはそれができると思っています。あきらめないでください。くじけないでください。何でも我々教職員に相談してください。一緒に悲しみを乗り超えて行きましょう。そして何があっても我々は運命に立ち向かっていきましょう。ではこれで私の話は終わります。」


 黒田の魅力的とも言える話術で生徒たちの心をつかんだのだろうか、生徒たちからの大きな拍手が巻き起こった。黒田は身長180センチでルックスもしかり、人を抱き込む力があった。それまで沈みこんでいた生徒たちの目に少しだけ光が宿った。黒田はそのままマイクで続ける。


 「ここで皆さんにお知らせがあります。このたび化学科の小林先生、森本先生、永井先生が一部都合により退職されたので新たに三人の先生をお招きしましたので紹介します。」


 黒田が壇上から促すと2人の男と一人の女が壇上に上がる。


 「では三人に自己紹介をしていただきましょう。では、先生方お願いします。」


 そう言って黒田は一番近くにいた男にマイクのある壇上を譲り渡す。男はマイクを少し自分のもとに調整すると、


 「えー、はい皆さん。こんにちわっ!」


 突然軽快な口調であいさつをするので生徒は皆驚く。


 「私は日向智明(ひゅうがともあき)と申します。よろしくっ。」


 40代はいっているであろうおじさんが妙なしゃべり方をするので会場に少し笑いが起こる。


 「えー、このたびは急に、赴任することになり少し不安でしたが、皆さんの笑顔を見ることができてとてもうれしいです。これから打ち解けて行こうと思うのでみんなよろしくねっ!」


 少し頭がハゲかかっているのと相まって生徒は皆笑う。


 「みなさん、こんにちは。私は淡路真須美(あわじますみ)と申します。」


 次にマイクを持ったのは、どこか妖艶な魅力を携えた30代ぐらいの女である。右の口元にあるほくろがかなり印象的である。


 「皆さんとは早く信頼関係を気づいていきたいです。よろしくお願いします。」


 女は一礼をして後ろに下がる。よく見ると胸がかなりでかい。男子生徒の目線はかなり釘づけであろう。


 「皆さん・・・こんにちは。私の名は加賀誠(かがまこと)と申します。コホッ。えー、精一杯頑張りますのでよろしくお願いしまゴホ、ゴホッゲホ!」


 顔色は青白く、頬はやせ細っている。明らかに体が弱そうである。その上声が小さく、生徒たちはあまりに加賀の話が聞き取れていない。


 「えー、ゴホッゴホッ。わたゲホ。なかよガハッ。ゲボッガハッ。」

 「こほん、えー三人ともありがとうございました。皆さん仲良くしてくださいね。」


 さすがの黒田も加賀の咳には耐えられなかったようだ。そそくさと三人を壇上から下げる。


 「あともう一人、体育科の平本先生が少し長期休養を取られるということなので代わりにある先生をお招きしております。ではどうぞ!」


 謎に黒田がハイテンションで紹介するのでこの場にいた全員がこう思った。


 「ジョーンJじゃないだろうな!」と。


 だがその期待は無論裏切られるのであった。


入って来たのは、なんと外国人であった。しかもかなり大柄で身長190センチ以上あるであろう。体育館の入り口で頭を下げながら入ってくる様子に体育館中空いた口が塞がらなかった。顔が濃く、無精髭を生やしている様子はなんともダンディで女子生徒はメロメロである。男は校長に促され壇上に上がる。


 「皆さん、こんにちは。私はヒュー・フリーマンといいます。突然こんな男が入ってきて驚かれたことでしょう。」


 なんと流暢でダンディな声だろう、と皆は度肝を抜かれたことだろう。


 「これから皆さんと仲良くしていきたいと思っています。どうかよろしく。」


 言葉はたったそれだけだったが、あまりにも強烈なインパクトを残してしまった。その見た目とは裏腹にとても優しそうな声を出したことにギャップを感じる者も多かった。


 「ヒュー先生には英語を受け持ってもらいます。というわけで皆さん。四人の先生を見かけたらぜひ、声をかけてあげてくださいね。」


 黒田の声は少し落ち着いていた。



 7限目、1年5組ではLHRが行われていた。


 「いいかー、今から遠足の班決めをする。今回はまあ男女別でもいいか。」

 「ヨッシャー!」

 「イェーイ!」

 「ういー。」


 生徒たちは歓喜の声をあげる。


 「じゃあ自由に決めてくれ。」


 という訳で生徒たちによる班決めが始まった。これをノリノリで取り仕切っているのは中辻智暉である。


 「おーい、将人。一緒の班なろーぜー」

 「ええでー」


 この二人はなかなか仲がいい。クラスでもよくおちゃらけた発言を繰り返しており、いわゆる面白系キャラである。


 「おれもいれてーや。」

 「はーい、はーい。」


 そう言って近づいて来たのは2人、岡島と倉本である。2人は野球部で、仲が良く、割と二人でいることが多い。


 「おう、ええでええでー」


 そんな感じで中辻班はこのほかに源匠(みなもとたくみ)という男を入れ、一瞬で決定した。

 一方女子は男子に比べてかなりまとまるのが早い。


 「なあ雛子―組もー」

 「私も桜と組みたいと思っててん。」


 湊川桜と片村雛子は同じ陸上部ということもあり、かなりクラスでも仲がいい。おまけに片村は生徒会に所属しており、インテリ系キャラである。


 「うちも入れて!」


 そう話しかけたのは同じ陸上部の柳まやである。やはり同じ部活同士仲が良い。


 「じゃあおれらも入れてーや。」


 そう言ったのは山路未来と山本夏樹であった。


 「これで決まったわー」

 「早すぎやろ。」


 などと笑い合っているところは男子と同じだった。自分から人に積極的に話しかけられる人間ほど友達は多いものだ。

 一方昂大はLHRの際、一度も起きていたことがないというひどい有様であった。無論本当に寝ている時もあるのだが、大体の場合寝たふりをしていて割と話だけは聞いている、ということが多い。今日は後者であった。


 「じゃあ、あと余ってんのは・・・」


 中辻の声が聞こえる。どうやら余り者で班が決まるらしい。昂大はこういう時心の中ではいやだと思いながらも、こんな時は妙にプライドが邪魔して参加しないのである。


 「キーンコーンカーンコーン。」


 チャイムの音がまるでそんな昂大を擁護するかのようなタイミングで鳴り響く。


 「じゃあこの組みで遠足行くからな。ちゃんと各自誰が買い物行くか決めて明日に買い物行けるようにしとけよー」


 その声とともにクラスは波の様に動き出す。昂大はまだ顔を伏せたままだった。



 放課後、一日中降りしきっている小雨は無論野球部の生徒たちに水抜きという行為を考えさせないほどである。いつもなら室内練習という名のウエイトトレーニングを行っているが、今日は部員全員が第一会議室という少し広めの部屋に集められた。いわゆるミーティングというやつだ。部員たちは皆、重要だがあまり楽しくない筋トレをしなくていいということに感激していた。そのためか一年生から三年生までがやがやとおしゃべりをしている始末だ。


 「ガラガラ。」


 静かに扉の開閉音がしたことに気づいた者は最前列の三年だけであろう。


 「なんだこのふざけた態度は。」


 その声は怒鳴ったわけでもないのに部屋の隅まで行きわたる。生徒たちが一瞬にして凍りつくその声はなんとも凶器のような不思議な力があった。そしてその声の主が意外な人物であることに気づくのは二の次であった。


 「平本先生が急に休職されたからそんなにふわふわしてんのか?まったく低レベルな連中だなお前らは。」


 あえて部員を挑発するような言い方でずかずかと入って来たのは若い男であった。


 「おい、キャプテン誰だ。」


 若い男は第一会議室のパイプ椅子に腰かけて足を組んでいる。その姿は何とも威厳がにじみ出ている。


 「はい、自分です。」


 最前列に座っていた現キャプテンの相馬直人は恐る恐る前に進み出る。


 「お前、もういい。出て行け。騒がしいのを注意できないお前にキャプテンの資格はない。」

 「・・・。」


 唐突にそう言われて相馬は何も言うことができずにおどおどしている。


 「す、すいませんでした!」


 これがようやく相馬が絞り出した言葉だ。


 「ほかの奴らもいいぞ、やめて。どうせ筋トレしなくていいから笑ってたんだろ?」


 若い男の言うことは当たっていた。それゆえ素直な部員たちは反論することも許されない。


 「やらせてください!」


 さすがキャプテンである。突如として静寂の空気を切り裂くのはいつも決まって真面目な部員である。


 「やらせてください!」

 「お願いします!」


 それに便乗して次々と口々に部員たちは声をあげる。


 「だったら、行動で示せ!いいか、今後一切休みなんて作らねえからな。」

 「「はい!」」


 そうして一目散にウエイトトレーニングに向かうわけだが、その中で「ふふっ」と笑った者が2人。沖田昂大と宮原陽翔である。時折人は全く同じタイミングで言葉や行動が重なることがある。これを俗にハモるというのだが、この緊迫したお説教の時に笑いをかみ殺していたものが同時に出てしまったことはさらなる笑いを生み出してしまった。


 「ははは、お前もなんかおもろかったんか?昂大。」

 「いや、あれはおもろすぎだろ。」


 ケラケラと2人して何が面白かったのかよくわからないが笑っていた。世の中には怒られている時に限って笑いがこみ上げてくる人間が結構いるのである。


 「おい・・・お前ら。」


 その声はとてつもない殺気を含んでいた。2人の笑いは苦笑いに変わる。


 「お前らだけグランド50週して来いーーー!!!!!」

 「すいませんでしたーーー!!」


 こうなるのは当然である。2人は命からがら逃げ出し、雨でぐちゃぐちゃのグランドに向かう。


 「「へへ。」」


 2人はまた顔を見合わせて笑った。



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