第57話ー過保護ー
「気に障ったんなら謝るよ。あれが最善だと勝手に……」
「なんでぇ?」
「?」
「別に謝って欲しいわけじゃないわよぉ」
ネロはボロボロのソファに座りながら言う。
「相手が強いのはわかってたけどぉ、それでもあたしひとり逃がすよりしどぉとあたし一緒に戦ったほうが良かったんじゃないのってことぉ」
ソファに座って、うつ伏せに寝そべる。
じっとヒナキを見つめながらそう言った少女の表情には純粋な疑問の色を呈していた。
機嫌が悪いように見えたのはもしかしたらその疑問に対し色々と考えていたからかもしれない。
そのアンニュイで見た目にそぐわない妖艶さに戸惑いながらもヒナキは言葉を慎重に選ぼうとする。
「あの時は」
「ねぇ」
言葉を発そうとしたところでネロが遮った。
「あたしだけでも逃して、自分は死ぬつもりだったでしょぉ」
「死ぬつもりはなかった。絶対に」
「あんな状況でぇ?」
「どんな状況でも」
「んんん……、すっごい不思議なんだけどぉ。どうしてそこまでして守ろうとするのぉ? 会って間もないしぃ。それにあたしどっちかって言うと守られるより守る側ぁ」
ソファにうつ伏せになり、両手を頭に乗せて足をバタつかせながら頭を悩ませている少女。
その様子を見ながらヒナキは言う。
「今まで君の置かれていた環境から考えると俺みたいなのは珍しいのかもしれないけどさ」
「珍しいとかじゃなく、いなかったわよぉ。あたしに触れたり守ったりしようとする人間なんかぁ」
こんな少女がなんの疑問も憂いもなくそんなことをさらりと言うものであるから、ヒナキは改めて兵器として運用されていた少女の境遇に同情を覚えたが……。
少女にとってはそれが当たり前であり今までの日常だったのだから、それに対し自分が少女を助けているのは可哀想だから……などと言えば当然反感を買うだろうしそもそも少女が可哀想だからこうしているわけではない。
過保護気味になっているのはあくまで……ヒナキ自身が内側に抱える過去の後悔からくるものだ。
「こんなこと今まで考えたことなかったから疲れるぅ……。しどぉのせいだからぁ」
「ネロ」
「……なぁに」
「俺はあの時……こっちの世界に来てグレアノイド侵食が進んだ機体から君を引きずり出した時驚いたわけだ。もちろん異形化が進んでいてなんとかしないといけないとは思ってたんだがそれ以上に、こんな美しい少女がこの世にいるのかって」
ヒナキからそう言われ、ソファの座面に押し付けていた顔をヒナキの方に向けて赤い瞳と縦長の瞳孔をもつ目をジトリとさせて向けていた。
頬は少しばかり赤らんでいる。
「……突然そんなこと言われても反応にこまるんだけどぉ」
「性格はまあこれ以上ないくらい野蛮だったわけなんだけど」
「殺されたいのぉ?」
「まあ聞いてくれよ」
背筋を凍らせるような……という表現がぴったり来るくらいの冷たい視線を浴びながらもヒナキは言う。
「こんな小さな子が、ただ因子と適合したって理由だけで兵器として扱われてずっと一人で過ごしてきたんだって境遇を放っておけないんだ。だからまあ……守るのは俺の自己満足であるところが大きいかもな」
ヒナキがそう言うとネロはうつ伏せから仰向けになり、特に何を言うこともなくじっと彼を見つめていた。
「都市の最高戦力としての君は実質、今は小さな民間軍事会社のイチ社員でしかない。俺は君にゲートキーを譲渡した時からある意味兵器としての立場からの解放とそれによる縛りを与えてしまったわけだ。君の意志に関係なく……そこに責任は感じてはいる。だから……」
「だからあたしを管理しようってことぉ?」
「面倒はちゃんとみようってこと」
「ふぅん……。しどぉ、言わせてもらうけどぉ。過保護なのは求めてないからぁ」
ヒナキの言うことをすべて大人しく聞いた上で、少女は言う。
「どうせもうしどぉなしじゃしんどい身体なんでしょぉ。だったらちゃんとしどぉのものにしてぇ」
「俺の……?」
「ネロがしどぉと一緒に居たいと思えるようにしてってことぉ。過保護なの鬱陶しくて嫌になるからぁ」




