45 きつねか!
さて、これから、この木刀君とやり合うワケだが忘れては駄目なことがある。木刀を渡したヤツがいるってことだ。
つまり、仲間が居るッ!
俺をそれを忘れず戦う必要があるッ!
「なぁ、素手の相手に武器を扱うのは卑怯じゃあないかい?」
「悪の言葉には耳を貸さない。これは悪を滅するための刃!」
「悪……ねぇ」
悪だ、正義だ、裁くだと好き勝手に言ってくれるな。
まぁ、アレだ。この年頃なら良くあるアレだな。大きくなってから思いだして転げ回る類いのアレだ。俺も昔は……。
……。
コイツも大きくなってから転げ回るがいいんだよ!
ま、その前に俺がコイツの餓鬼みたいな幻想をぶちのめしてやるけどな!
って、今は俺もコイツと同じ年齢だった。俺には消すべき過去なんて無いッ! 無くなった! 何も無かったッ!
俺は構えた拳で殴りかかる。
木刀君が俺の動きに反応する。木刀が動く。予想通りだ。反応が良すぎる。俺は途中で手を止める。
フェイント。
だが、そのフェイントにすら反応する。木刀の軌跡が変わる。コイツ、フェイントを読んでいたワケじゃない――フェイントだと気付いた瞬間、無理矢理、木刀の軌道を変えやがった。
神がかった反射神経、そして、その反射神経を加速させるゴリラみたいな筋力。
コイツ、才能の塊かよッ!
俺はとっさに木刀を蹴り上げる。だが、その蹴り足が途中で止まる。
木刀君が驚きの顔で俺を見る。
「止めた!?」
「止めたら悪いかよ! この靴の靴底は丈夫なんだぜ!」
なんたってかつての重量級の俺の体重を支えてくれていた靴だからな! たくっ、止めたって、叫びたいのはこっちだっての!
木刀君が振るう木刀を靴底で受け止める。次々と飛んでくる斬撃を俺の体重に耐えてくれていた靴底で受け止める。人間の体重を支えている足は腕の数倍の力を持っているって良く言われているよな。
その足だからこそ、対処できる――出来ている。
コイツ、どんだけ怪力なんだよ!
「次々と剣撃が足に止められて! だけど腕の方が小回りが利く!」
斬撃が早くなる。
そうだよな。
分かっていたさ。
そして、靴底にヒビが入り、靴がぱっかりと真っ二つになった。
耐えきれなかったか。
「終わりだ」
木刀君がそれをチャンスと見て大きく振りかぶった一撃を放つ。真っ二つになった靴では受け止められない! もう片方の足で受け止めようにも靴がベロンベロンで踏ん張れない!
これはピンチだ!
……。
なんてな。
パシン。
俺は大きく上段から振り下ろされた一撃を手と手で挟み取る。
真剣白刃取りッ!
こいつが持っていた得物が真剣なら手のひらが切れて終わりだったろうが、これは木刀だ。
見え見えの一撃を挟み取るなんて楽勝なんだよッ!
「分かっていた」
木刀君が呟く。
何が?
ん?
見る。
木刀君は俺が挟み取った木刀を片手で持っている。そう、片手だ。
もう一方の手は?
!?
もう一方の手にはいつの間にか新しい木刀が握られていた。
二刀流。
そのもう一つの刃が放たれる。
もう駄目だ。
おしまいだ。
……。
「なんてな。知ってたッ!」
そう来ると思っていたぜ!
もう一人隠れていると思っていたからな。木刀の受け渡し役が居ると思っていたからな! 何処かで動くと思っていたぜ!
俺はパカパカになった方の靴で振るわれたもう一つの木刀を蹴る。
「その靴では受け止められない」
「ああ、知ってるぜ」
だから、俺は靴から解き放たれ自由になった足の指で木刀を挟み込む。俺の足の指は器用で力強いんだぜ。
「え?」
相手が驚いた一瞬、その一瞬で捻りを加え、足の指で挟み込んだ木刀を捻り取る。
「え? え?」
これは隙だ。
白刃取りをしていた手を離す。そのまま手を伸ばし、驚いた表情の木刀君の腕を取り、ねじり上げ、関節を極める。
「がっ!」
「はい、俺の勝ち」
ふぅ、何とかなったぜ。
木刀君が驚いてくれて良かった。あのまま力を入れられていたら俺の足が指から裂けていたな。反応が良いからこそ、騙されてくれた。そして、経験値が足りないからこそ、判断をミスってくれた。だから勝てた。
ホント、何なんだ、この木刀君は。これで戦いの経験値を溜めたら手に負えなくなるんじゃないか。人じゃあ勝てなくなるぞ。それこそ、猛獣とかが相手じゃないと……。
「くっ、殺せ」
木刀君は何だか女騎士みたいなことを言っている。いや、殺さないから。
俺はパッと関節を極めていた手を離す。
「え?」
「いや、あのさー、もう一度言うからな。俺はあいつらの仲間じゃない。誤解だからな。俺もあいつらを追ってたんだよ。それを君が邪魔したの」
「え? でも、あいつらと仲が良さそうに……」
「あの場で初めて会った連中と仲が良い訳ないじゃん。あいつら、俺を盾に使うためにそう見せようとしていたのかもな」
あいつら、意外とずる賢い。
「たくさー、誤解せずに、あの場で俺と君が協力してればさー、あっさりとっちめることが出来たのかもしれないの」
「くっ」
木刀君が自分の勘違いに気付いたのか膝を折りうちひしがれている。
「あー、あー、俺もせっかく辿り着いた手がかりだったのになぁ。正義君のせいで、せっかくの、せっかくの手がかりが逃げちゃったなぁ」
「う、う……」
何だか木刀君は泣きそうだ。
「あー、優ちゃんをいじめるのはそれくらいにしてくれへん?」
え?
俺は声のした方へと振り返る。
だが、そこには誰もいない。
瞬間、俺はとっさに両の手のひらを重ね顎下を守る。そこに風が走る。殴られる!
だが、衝撃は来ない。
そして、俺の頭の上をポンポンと叩かれる。
え?
んだ、と。
「誰だ?」
「んー、優ちゃんの仲間、かな?」
かな? じゃねえよ。
姿が見えない。声はするが、姿が見えない。何だ、コイツ。この木刀君も異次元の化け物かと思ったが、さらにヤバいのがいやがったのかッ!
くそ、今の俺では勝てないぞ。
俺の前世の全盛期なら……くそっ! 無い物ねだりをしても仕方ない。
考えろ。
逃げるしかないが、そのためにどうするか、考えろ。
「安心して。どうにかしたりはしないから。優ちゃんはまだ中学生なんだから、いじめないでって言いたいだけなんよ」
は?
ん?
中学生?
同じ一年って言ったじゃん。
ん?
えーっと、確か進学校って。
市内の進学校?
えーっと、確か、エスカレーター式で小中高一貫校だったよな。
……。
いやいや、マジですか。
同じ一年でも中学一年かよ! 中一でコレかよ! そりゃあ、経験値が足りないワケだ!
んで、この声だけ聞こえる人はお目付役か? どんな漫画の世界の住人だっての! そりゃあ、黒歴史を発症させて中二病に目覚めるワケだよ!
いや、それよりも、だ。
俺はこのクソヤバいヤツからどうやって逃げるか、だな。
俺はうちひしがれている木刀君を見る。
……。
この木刀君を盾にして……。
「それをやったら戦いになるかなぁ」
相手の声はのほほんとしたものだ。だが、俺の行動が読まれている。
戦い、か。コイツは喧嘩ではなく、戦いと言った。
はぁ。
何だかなぁ。
「いや、あのさ。この件、俺に任せてくれないか? 俺もさ、あのクソ野郎どもになめられて腹が立ってるのよ。手を引いてくれるなら、俺はそっちに何もしない」
「んー。交渉できると思ってる?」
思ってない。
唇の端が歪む。
ヤバいヤバい、いかんいかん、思わず笑いそうになっている。
コイツはヤバい相手だ。全盛期の俺で、かつての俺でも勝てるかって相手だろう。そうだ。喧嘩で終わらない。戦いになるだろう。
いかんなぁ。
俺は平和が大好きなのになぁ。
駄目だなぁ。
「はーい、分かった。手を引くよ。任せた!」
へ?
え?
そして、気配が消えた。
え?
俺は周囲を見回す。だが、何処にも気配がない。
まるで狐にでもつままれたような……。
!
と、そこで改めて木刀君の方を見る。
……。
木刀君の姿も消えていた。
は?
はぁ!?
ふざけんな。
ふざけんなよ!
マジか。
あり得ねぇ!
2020年1月20日誤字修正
以外とずる賢い → 意外とずる賢い




