40 とっちめ!
「それで僕をどうするつもりなの?」
江波は俺を見ている。先ほどまでの何処かおどおどしていた雰囲気は消えていた。大層な演技派だ。
「何も」
俺がそう言うと江波に睨まれた。
「あ、いや、うそうそ。言ってみたかっただけ。これだ」
俺は江波にそれを投げる。
「これは……」
江波が受け取り、それを見る。
「そう、それだ」
「ただのボールペンに見えるね。しかも百円くらいで買えそうな」
え?
……。
「あ、ごめん。間違えた。そっちじゃない、こっちこっち」
俺は改めてそれを江波に投げ渡す。
「あのー、有馬君、わざとやってない?」
そう言って苦笑していた江波だったが、受け取ったものを見て笑いを止め、その目を細める。やはり、知っていたか。
それは例の薬だ。会長が飲み込んでいた良く分からない薬。眼鏡の会長は力を得る薬だとか言っていたな。
「あの眼鏡の会長が持っていたものだ。締め上げた時にポケットから、こっそりと、そう、こっそりと借りておいたんだよ」
「そういうのは盗んだって言うと思うよ」
江波は最初の時と同じ顔で苦笑している。
「江波なら知っていると思ったんだよ、それ」
「へー」
江波は俺を見ている。
「だから、出所を掴んで貰えないか?」
「え?」
そして、続いた俺の言葉を聞いた江波は驚いた顔をしていた。
「え? って、駄目ってことか? 江波の力なら可能だと思ったから頼んだんだけどさ」
江波は頭を抱え横に振っている。
「いやいや、普通は僕が広めたとか疑うと思うんじゃないの? そのために僕の正体を暴いたんじゃないの?」
「あー、うん、確かにそれも疑った。でもさ、それ、江波にメリットがないだろう?」
「そうかな。この馬鹿高を混乱に陥れることが出来ると思うけど……」
「あー、それは江波の目的を考えた時に何か違うなって思ったんだよ。で、改めて聞いてみてやはり違うなって思った」
支配することが目的のヤツが混乱を求めるか? 求めないよな。いや、もちろん、混乱させて、その事態を収拾させることでそいつの地位を高めるとか、そういうことが出来ない訳じゃない。だけど、それには、この薬は少し危険過ぎると思うんだよな。
今まで慎重に正体を隠していたヤツがそんな危険な綱渡りみたいなことをするとは思えないんだよ。
俺の言葉を聞いた江波は驚いた顔のまま大きく――大きなため息を吐き出している。
「それで……」
「有馬君、場所を変えよう。ここでは不味い」
俺は江波の言葉に頷きを返す。
ここは湖桜高校だ。周囲に生徒の姿は見えないが、何処で誰が聞いているか分からない。
これ以上は聞かれて困る内容なのだろう。
江波がこの学校を裏から支配しようとしているってのも聞かれたら充分不味い内容な気もするんだけどなぁ。あー、でも、そっちは誤魔化せるのか。
さっきの内容だって、実家からはそう言われているんだけど困っちゃうよねーって感じで笑っていれば良い。それで疑うものは居ないだろう。だって、ここは湖桜高校だからな!
と言う訳で江波と二人で移動する。
場所は喫茶店だ。
学校帰りに喫茶店に寄るなんて不良だぁ。って、俺たちはその不良なのか。いや、俺は不良じゃない。いじめられている側だからね!
「ここは僕の息がかかっている店だから安心だよ」
俺は江波の言葉に驚く。
「お、お前……」
「どうしたの?」
「高校生で自分の息がかかった店だと!?」
「そこ、驚くこと?」
驚くことだろうが。俺も言ってみたいよ、そんな言葉。くそう、さすがは組の跡取り息子。住む世界が違うなぁ。
「で、その薬、分かるのか?」
江波が頷く。
「この薬の名前はフラット。僕もサンプルしか見たことはなかったんだけどね」
フラット?
聞いたことがない名前だ。
「一般には出回っていない薬だよ」
「つまり、違法ってことか?」
「そうだね」
江波は肩を竦めている。
「うちの組でも売りさばかないかって話があったらしいけど、儲けにならなさそうだったから断ったみたいだね」
儲けにならない、か。
江波はこうして俺と普通に話してくれているが、別に正義の味方じゃない。それどころか一般的な法律に照らしてみれば悪の側だろう。そういう世界で生きている――生きてきたヤツだ。
「つまり、中毒性がないってことか」
「ご明察」
中毒性がないか、あっても気にならない程度なのだろう。
「無敵の兵隊を作りませんかって話だったらしいけどね。売りさばくのも、組の連中に使うのも、どっちにも使えないでしょ」
無敵の兵隊かぁ。まぁ、現代では要らないか。力を持って暴走するような兵隊なんて必要としないだろう。それに、だ。こんな胡散臭い薬に頼る時点で足元を見られる。こういう世界はなめられたら終わりだからな。
「お金にならないんじゃあ、必要無いよね」
江波は笑っている。だが、その目は笑っていない。
「その取り引きを持ちかけた相手って誰だ?」
「さあ? さすがにそれは言えないよ」
江波は肩を竦めている。
言えない、か。もしくは知らない、だな。江波の言葉は先ほどから『らしい』とか『みたい』とか伝聞ばかりだ。その場にいなかったのか、そこまで直接関われなかったのか、どちらにせよ、江波は関わっていない。
「で、有馬君はどうしたいの?」
「出所を掴みたい」
「それでどうしたいの?」
「とっちめる」
俺の言葉に江波が目を丸くする。
「それはいい!」
そして、膝を叩いて笑い始めた。
「いや、だってさ、湖桜高校を馬鹿にしているだろう。こんななめられたまま終われるかよ。これは湖桜高校のメンツの問題だぜ」
「確かに。分かったよ、出来うる限り協力するよ」
こうして俺は江波の協力を得ることが出来た。
真の仲間だぜ……多分。




