30 たいけつ!
俺は大きく息を吸い、吐き出す。
体の中に酸素を取り込む。血が激しく体の中を巡り体の中へ酸素を送り込んでいく。酸素を取り込み体が目覚める。
筋肉が呼び覚まされる。太く硬く目覚める。
まぁ、これだけでムキムキになれるワケじゃないけどな。
「はぁぁぁぁぁ!」
溜めた息を大きく吐き出し、ヤツを狙う。
「大声を出したからって強くはならないよ」
ヤツは肩を竦めている。ヤツは随分と余裕だ。
俺は腕をぐるんぐるん回して殴りかかる。
ぐるんぐるん。
「ヤケクソ?」
ヤツは冷めた目でこちらを見ている。大回転だぞ。駄々っ子みたいだろう?
「ああああぁぁぁぁぁっ!」
俺は腕を回し叫ぶ。
「はぁ」
ヤツは大きなため息を吐き出している。吐いてろ。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
ぐるぐるパンチで殴りかかる。さぁ、どう反応する?
「はぁ、そんな見え見えで、もうちょっとやるかと思ったのにがっかりだよ」
ヤツはため息を吐き出しながら後ろへステップする。こちらのぐるぐるパンチが届かない距離へと逃げる。
まぁ、そうするよな。こんな馬鹿みたいな攻撃を防御して受けるのも馬鹿らしいし、弾いて捌くのも手間だ。ギリギリで躱すのは何かをされるかもしれないリスクがある。
余裕を持って距離を取る。
それが正解だ。格闘技を習っているヤツなら誰だってそうするだろう。
だけどさ、忘れてないか? ここは綺麗な道場じゃない。廃墟になったライブハウスだ。床はボコボコでゴミが散らばっている。
「ん?」
ヤツが少しだけ顔をしかめる。そうだよな、注意して踏まないと、踏ん張りが利かないよな!
俺はそこを狙い、蹴る。
ヤツは腕を持ち上げ防御する。そうだよな、回避ではなく防御を選ぶ。足元が悪いからそうなるよな!
まぁ、上半身だけ動かしてスウェーで躱すって方法がないワケじゃあない。だが、蹴りの間合いだ。スウェーをするには難しいよなぁ。足元が不安だとスウェーはしたくないよなぁ。
足元、間合い。全てが揃っている。
だから、ヤツは俺の蹴りを防ぐ。
だから、俺は、その防御ごと、その防御の上から蹴る。
ヤツの体が地面を滑る――俺の蹴りの威力によって防いだ体ごと滑り動く。
通ったッ! 芯まで通った一撃だ。
防いだ腕が俺の蹴りの威力で動かなくなったのか、ヤツは腕をだらんと垂らしている。
ヤツは驚いた顔でその動かない腕を、そして、俺を見る。うんうん、その顔が見たかったんだよ。
「な、何をしたの!?」
「何って、蹴ったんだよ。分からないか?」
元デブをなめるなよ。
俺の体重を支えてくれていた足は芯から丈夫だ。俺のかつての自重が足を自然と鍛えてくれていた。そして、足のパワーアンクルは外していない。
もちろんそれだけじゃあない。
足の動き、体の動き、大地から運動する力を蹴り足に伝える回転の動き。全てが噛み合ってこその破壊力だ。天才連中はこれを無意識にやってくれるようだが、俺にそれは無理だ。だが、集中して、無意識を凌駕するほどの意識で考えて行動すれば出来ないことはない。
これが瞬間の破壊力。
脳みそが焼き切れるほど疲れるからやりたくなかったが、仕方ない。これもこの戦いに勝つためだ。
防ぐように意識を誘導する。そして、その腕を壊す。
これが経験の差だ。
知識の差だッ!
ま、正解は蹴り足を掴むだったな。そうさせないよう意識を向けさせていたんだけどさ。それに、だ。もし掴んできたとしても、その掴んできた腕ごと蹴り潰すつもりだったしな。この一撃はそれだけの威力を秘めている。俺の必殺の隠し技だ。
まだ、片腕を潰しただけだ。だが、その差は大きい。
ヤツが無事な方の手を持ち上げ、こちらを掴もうと襲いかかってくる。俺は動かない方の腕の側へ周り、掌底を放つ。ヤツは腕を持ち上げ防ごうとするが、その腕はプルプルと震え動かない。
ヤツの顔に掌底がヒットする。
ヤツの顔からぱぁんと小気味よい破裂音がする。
俺は油断しない。ヤツが防げない場所から――死角から掌底を放ち続ける。
パアン、パアンと音が響き、ヤツの顔が腫れていく。視界を奪っていく。
これは戦いだ。やられて弱っていく方は取れる手段がなくなり、不利になっていく。スポーツのような逆転劇は殆ど起こらない。
だが、それは殆ど、だ。逆転がないワケじゃない。だから、俺は油断しない。
防ぐ腕を奪い、視界を奪い、次は……。
俺はヤツの大きくなった死角からローキックを放つ。次は足を殺す。動けなくする。
「はぁはぁ、何だよ。急に動きが、こんなの知らないよ。行動が読めない。師匠の技にない……」
ヤツはふらふらだ。掌底は脳を揺らす。思考も奪う。
「俺は、その遠野虎一なんて知りませんからね。そんなヤツの技術は知りませんよ。これは俺の考えた、俺の喧嘩殺法でしかないから、さっ!」
足を殺し、動けなくなったところで俺は飛びかかる。体を、ヤツの関節を極める。
「先輩、悪いね。これは格闘技じゃないんだ。喧嘩なんだよ」
「あ、が、が、が」
ヤツが俺の腕を叩く。
そのまま極める。
……。
このまま落とそうかと思ったが、そこで俺は手を離す。
これ以上は大人げないよな。まぁ、俺は餓鬼なんだけどさ。
「これ、俺の勝ちで良いよな? ギャラリーのお二人さんもそう思うよな?」
巨漢とカオル先輩は驚いた顔でこちらを見ている。だが、反応が薄い。
「洗った先輩、俺の勝ちですよね? これ以上やるとちょっと危ない領域に入りますよ」
洗ったが無事な方の腕を握り、拳を作る。そして、その拳を持ち上げようとして――下ろす。
「負けたよ」
そのままあぐらを掻いて座る。
「はい。これで俺の勝ちなんで、今後は喧嘩を控えてください。他校と仲良くしましょうよ」
洗った先輩があぐらを掻いたまま大きく息を吐き出し、呼吸を整える。
「分かったよ。それと洗ったじゃなくて、アラタだからね。正確には新田だよ。まぁ、洗ったでもいいけどさ」
あー、洗った先輩は新田先輩でしたか。
名字だったのかぁ。まぁ、どうでも良いか。
にしても、かなりギリギリだったな。結果的には勝てたが、筋肉に負担がかかる無理矢理のパンプアップ、脳が焼き切れそうな瞬間爆発、場所、経験、知識……キツい勝ちだ。この先輩、今のまだまだ成長途中の俺が戦うような相手じゃねえよ。じゃなかったよ。
はぁ、ホント、キツかった。
ま、でも、勝ちは勝ちだ。
これでゆっくり休めそうだ。
俺はそのまま大の字に寝転ぶ。もう限界だ。
勝った俺の方がボロボロだってぇの。
2020年1月20日誤字修正
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