21 ふっかつ!
「かーんぜーん、復活!」
完治だ。
腕を回す。腕が動く。痛くない。
ジャンプして足で拍手をしてみる。パチ、パチっとな。飛んで、飛び跳ねても痛くない。
頭の包帯も取れて、縫った糸も抜けたし、うんうん。
最近、ずっと喧嘩が続いていたような気がするからな。体を休める間がないほどの喧嘩の連続――俺は喧嘩を望んでいないのになぁ。ま、でも、仕方ない。湖桜高校でなめられないために、湖桜高校がなめられないために、だからさ。
こいつぁ、不可抗力ってぇヤツだよ。
でも、これで完治完全元気一杯だ。
笑う。
がっはっはっは、と腹に力を入れて笑う。
笑っても体に響かない。痛くないぜ。
うん、若いと回復力が違うなぁ。いや、俺は、僕が、若くて、それは当然なんだけどさ。
「兄貴、うるさいっ!」
妹の声が聞こえる。うーん、ちょっと完全回復したことが嬉しくてはしゃぎすぎたか。飛び跳ねて、大声で笑っていたからな。反省、反省。
妹は、最近、俺のことを兄貴と呼ぶようになった。以前は――引き籠もっていた頃は『あれ』とか『これ』とか、物みたいな扱いだった。今も顔は合わせてくれないが、それでも兄貴と呼んでくれるのだから、最低限、兄と認めてくれるようになったのだろう。
うんうん、良い傾向だ。
高校に通い始めたことと痩せたことが大きいのかもしれない。
これは大きな進歩だろうか。
ま、今でもご飯は自室で食べているし、学校に通っている時以外はトレーニングで部屋に居ることが多いから――引き籠もりと変わらないか。
さて、と。
明日は三年の教室に行ってみよう。例の『あ』なんちゃら先輩とやらに会ってみる必要があるだろう。名前は、あ……何だったかな。『新しい』とか、そんな感じの名前だったような気がする。
そして、次の日。
俺は我が物顔で二年の教室を抜け、三年の教室がある階へ向かう。初めての三年の教室だ。普段来ない場所に来ると、ちょっとワクワクするな。
三年も一年と同じくA(阿呆)B(馬鹿)Cの三つの教室しかないようだ。
さあ、どうしようか。
ん?
俺はそこで廊下を歩いていた、ひょろっと背の高い眼鏡君に声をかける。
「あ、えーっと、そこの眼鏡先輩、新しいとか、そんな感じの名前の先輩の教室って分かりますか?」
教室は三つしかない。だが、その新しい先輩の教室が、そのどれか分からない。顔も、姿形も分からないのに、いちいち探すのは面倒だ。
それなら聞いた方が早いもんな。
「君は新一年だよね」
「あ、はい。うっすー」
とりあえず軽く頭を下げる。弱そうなひょろ眼鏡君だけど、一応先輩だからな、頭は下げるぜ。
……。
って、強そう、弱そうで判断するとか、俺も随分と昔の記憶に引っ張られているなぁ。
「君が言っているのはアラタ君のことだろう。それならB組だよ」
ひょろ眼鏡の先輩が教えてくれる。意外にも、その洗った先輩はB組のようだ。クレイジーなC組じゃないんだな。馬鹿の方だったか。
「あざーっす」
もう一度軽く頭を下げる。
「でも、最近は学校に出てきていないようだけどね」
あんですと。
しまったなぁ。
完全復活まで待ったのが逆に仇となったか。
「何処に居るか……なんて分かりませんよね」
「それはさすがにね」
ひょろ眼鏡先輩が眼鏡をクイッと持ち上げ、肩を竦める。
せっかく三年の教室がある階まで来たのに、完全に無駄になってしまったな。
さて、どうやって探す?
誰に聞けば分かる?
……。
ああ、そうか。
……雷人か。
あいつなら知ってそうだ。
「あー、先輩、あざーした」
最後にもう一度軽く頭を下げ、三年の教室を後にする。
「まったく。またあの馬鹿に憧れる愚かな一年が一人。早く僕が何とかしないと……」
その俺の背後で、ひょろ眼鏡の先輩のそんなつぶやきが聞こえた。聞こえてしまった。
……。
う、うーん。ヤバい先輩だったのか? ま、まぁ、湖桜高校にまともなヤツが居る方がおかしいか。おかしかったか!
一年の教室に戻る。そのままクレイジーな自分の教室に入る。だが、そこに雷人の姿はなかった。
……あいつ、サボりかよ。
さて、どうする?
三年の洗った先輩が学校に来るまで待つか? しかしまぁ、洗った先輩も雷人も学校をサボって出席日数が足りなくなったらどうするつもりなのかね。留年するのか、それとも卒業を諦めるのか。
まったく何のために高校に通っているんだか。
楽しく遊ぶためだろうに卒業出来なかったら意味がないじゃん。
意味ないじゃん。




