19 けんかだ!
殴る。殴り返される。小さく屈み躱す。殴る。躱す。殴る。躱す。殴る。躱す。殴る。殴られる。殴る。蹴る。躱す。足を蹴る。倒す。蹴り飛ばす。殴られる。殴る。躱す。相手の殴ってきた腕を掴み投げる。殴られる。蹴る。躱す。掌底。距離をとる。跳び蹴り。そのまま首に足を回し投げる。蹴られる。殴る。掴まれる。掴まれた腕に飛びつき蹴り倒す。殴る。蹴られる。躱す。殴る。防ぐ。蹴る。蹴った足が掴まれる。そのまま体を捻り掴んだ相手の腕を捻る。着地する。防ぐ。殴る。片足を持ち上げ防ぐ。蹴られる。防ぐ。殴る。躱される。防ぐ。防ぐ。防ぐ。防ぐ。蹴る。防ぐ。
……。
「おいおい、息が上がってンじゃねえか」
「終わりだぜ」
好き勝手なことを。
はぁはぁ。
確かに少しキツい。
頭の傷が開いたのか血が額を伝って流れ落ちている。血を拭う。
残りは何人くらいだ? 五人か? 六人か?
「あ、たっくん」
「たっくんが来たからには、もう終わりだぜ」
最初に倒したヤツが復活して来たようだ。
「あ、だらァ! 追いついたからよォ!」
「が、は、がァ!」
「もっくん、ろっくん、さすがの根性ンだぜ」
倒したヤツも甦ってくる。
「グラサンがよォ! 攻撃が軽いンだよ!」
「効かねぇンだよ!」
湖南高校のヤツらが次々と甦ってくる。半分屈んだようなヤツや中腰のヤツ、立っているのがやっとのヤツ。どいつもこいつも無駄に根性を見せて立ち上がって来やがる。
今の湖桜高校のヤツらよりもコイツらの方が、余程、根性があるのかもしれない。
はぁ、最悪だ。
最悪の喧嘩だ。
「おい、コラ。何を笑ってやがンだ!」
はぁ。
拳を下げ、空を見る。空が紅い。もう夕方だ。
俺はサングラスを外し、投げ捨てる。
ふぅ。
「これで俺の視界は回復した! もう、お前らの攻撃は当たらないからな!」
そう、サングラスが邪魔だったんだよな。しかし、コイツらもたいしたことがないな。まぁまぁ殴られたが、それでもサングラスを守り切れるくらいの攻撃でしかなかったんだからな! ま、それでもさ、頭の傷は開いてしまったけどさ。
「あ? コイツ、馬鹿かよ」
「行動も考え方も、やっぱ、馬鹿高なンだぜ」
言ってろ。
ふぅ。
「ちょっと待て、な?」
俺は湖南高校の連中に待ったをかける。
「あ?」
「命乞いか?」
俺は首を横に振り、肩を竦め、すぐに手首のパワーリストと足首のパワーアンクルを外す。それを見た湖南高校の連中が驚きの表情に変わる。
「あ? コイツ、そンなのつけてたのかよ!」
「馬鹿だぜ!」
「本当の馬鹿かよ!」
……。
「う、うるせぇ。馬鹿って言うヤツが馬鹿なんだよ! ふぅ、見てろよ。ここからが俺の本気だぜ」
本気を出すには少し遅すぎたかもしれない。
ふぅ、はぁ。息を整える。
でも、俺の記憶の中にある最悪じゃあない。もっと酷い場面はいくらでもあった。そうだ、俺は覚えている。そう思えば、俺は、僕は――まだまだやれる。
「あンだと! さっきのお返しだ! 死なすぞ」
復活してきた最初に倒したヤツがそんなことを叫んでいる。
「死なねぇよ」
「調子にのンじゃねえ」
そしてそいつが俺の前に立つ。そのまま体を横に傾け、肩を前に出し、とんとんと跳び跳ね始めた。
殴る。躱される。
「もう喰らわねぇンだよ」
なので、そのトントンと飛び跳ねている足を払う。
「あ、ン?」
そのままくるんと一回転して転ける。コイツ、馬鹿だろ。そんな転がしてくださいといわんばかりに飛び跳ねてどうするんだよ。
すぐに起き上がってこようとしていたので、みぞおちを蹴って再起不能にする。
「おごおごおご……」
「寝てろ。次だ、次」
「バテてふらふらンくせによォ!」
次のヤツが襲いかかってくる。掴みかかってきた手を取り、そのまま極めて関節を外す。
「誰がバテてるって?」
疲労とダメージの蓄積で確かに動きは鈍っている。だが、重しを取り払った分でチャラだ。うん、そうに違いない。差し引きゼロだと思い込む。
「あン! この人数に勝てるつもりかよ!」
そうだな。
「そうだよ。お前ら、一人相手に卑怯じゃねえか。な? 少しは手加減しろ」
「あンだと。仕掛けてきたのはそっちだろうが」
「うるせぇよ」
関節を極める。打撃中心から組み技へ変える。
へし折ってやる。
なるべく早く関節を極めるように動くが、組み付いている以上、どうしても動きが止まってしまう。足が止まってしまう。
そこを狙われる。
殴られる。
蹴られる。
だが、そんなことはお構いなしだ。
極めて落とす。
極めて外す。
極めて折る。
殴られて蹴られて、頭が、意識が朦朧とするが気にしない。とにかく手を伸ばし、掴まえる。極める。
「これなら復活出来ないだろうがよ!」
後はもう根比べだ。
俺が意識を失う前に、コイツらを倒しきれるかどうか――それだけだ。
極める。
殴られる。
手を伸ばす。
殴られる。
手を伸ばす。
蹴られる。
手を伸ばす。
極める。
もう自分でも何をやっているのか分からない。少し前までは引き籠もっていたのに、何で、こんな場所で喧嘩をしているのだろうか。良く分からない、良く分からないな。
もう良く分からない。
湖桜高校に通い始めたのが悪かったのか?
ああ、分からない。
俺はふらふらと手を伸ばす。だが、その手が空を切る。
腫れて重たくなったまぶたを無理矢理こじ開けて周囲を見る。
立っているヤツは誰もいなくなっていた。
湖南高校の連中が呻き声をあげて倒れている。
倒しきった……?
「おもいいじっだが、ごのやろう」
俺の勝利だっ!
指で鼻を押さえ、鼻血を飛ばす。
落としたパワーアンクルとパワーリストを拾う。サングラスは……折れ曲がっていた。所詮、百円のサングラスか。今度は踏んでも大丈夫なサングラスにしよう。
さ、帰るか。
これでコイツらも大人しくなるだろう。




