18 せんとう!
「あ? 馬鹿にしてンのか」
「馬鹿高だけあって数がわかンねぇようだな」
湖南高校の連中は好き勝手なことを言っている。数を集めたからか随分と強気だ。
俺は手を広げて、ゆっくり連中へ近づいていく。
「あン?」
「マスクなンてつけてんじゃねえ」
「マスク野郎は動画でも撮ってろよ」
動画? 何を意味の分からないこと言ってやがる。俺が実況動画でも撮っているように見えるのか。
連中の中でもなるべく背が低いヤツの前に立つ。百七十くらいか? 手を伸ばせば届く距離だ。
「あ?」
「そのマスクをはぎ取ってやるぜ」
連中は変わらず好き勝手なことを言っている。
コイツらは油断している。このまま先制攻撃だぜ。
右拳を軽く握り、大きく振りかぶる。相手の顔面を狙い――放つ。
「あン? そんなへなちょこな拳をよォ、喰らうかよ」
目の前のヤツは俺のへなちょこな拳を――余裕を持って回避する。回避されても構わない。俺は右拳を振り切るだけだ。
カツン。
俺は振り切る瞬間に右肘を曲げる。余裕を持って躱したと思った相手の顎を肘が掠める。
「あン? そんなのが効くか……よ、よ、よ、よ? あン、だ」
相手がふらりと揺れ、倒れる。
「漫画とかで見たことないか? 脳を揺らされると立ってられなくなるんだぜ」
顎を掠めた一撃によって頭が揺らされ脳震盪を起こす。まぁ、実際は漫画ほど簡単じゃない。だけど、やろうと思えば出来ることだ。
「たっくん! あ、こンの野郎が!」
「何してくれてンだ!」
連中が叫ぶ。
俺はすぐに回れ右をする。
走って逃げる。いくら俺でも三十人を一度に相手して何とかするのは難しい。まぁ、無理とは言わない。言わないけどさ。三十人居ようが一度に襲いかかってくることが出来るのは三、四人くらいだろう。だから、そいつらだけを相手して確実に数を減らしていけば――何とかなる。
でもなぁ。それは机上の空論だ。三、四人でも一人で一度に相手するのはキツい。連中の全部が全部、雑魚なら良いが、もし、喧嘩なれしているようなのが複数居ればさらにキツくなっていく。
そして、一番の問題は三十人と戦いきる体力だ。俺は持久力に自信がある。そりゃあね、毎日、走り込んでいるからな。だが、人と戦うってのは――喧嘩は、かなり体力を消耗する。普通の運動じゃない。囲まれた状態で消耗する体力は凄まじいものになるだろう。
だから、俺はそんな無茶をしない。
勝てる方法を選ぶ。
だから、俺は走って逃げる。
「ンだと!」
「逃げンな、コラッ!」
「待て!」
「たっくんをこんなことしてタダじゃおかねぇ」
連中が追いかけてくる。
走って逃げる。
足には――持久力には自信があるんだよ!
走って逃げる。
走る。
「へへ、馬鹿がよォ! 俺は足に自信があンだよ!」
だが、追いついてくるヤツもいる。陸上部くずれだろうか。随分と足が速い。
後ろの集団から抜け出て、一人だけ俺に追いついている。
んんー。追いつかれたかぁ。
そいつがこちらへと手を伸ばす。このままだと捕まってしまう。
だがッ!
「狙い通りなんだよ!」
その伸ばしてきた手に腕を回し、逆に掴む。掴み相手の懐に入る。そのまま体を沈め背負い上げ――投げる。一本背負いだ。
走り自慢君は背中から舗装された地面に叩きつけられる。
「あがあがっ」
動けない走り自慢君を踏みつけてトドメを刺し、蹴り飛ばす。まぁ、数日は大変だろうが病院に行くほどでもないだろう。
これで二人。
すぐに俺は逃げる。
走って逃げる。
「よっくん!」
「こン野郎が!」
連中が追いかけてくる。
走る。
「追いついたぜ!」
「もう逃げらンないぞ」
「死ね」
今度は三人だ。走り自慢君の相手をしたことで、距離を詰められ、すぐに追いつかれてしまったようだ。
だがッ!
追いついてきた奴に回し蹴りを放つ。走って勢いのついた状態では躱せないだろう。とっさに手を上げ防ごうとする。だが、俺は、その手ごと蹴る。そして、蹴り足を軸としてさらにまわる。まわって浴びせるような蹴りを放つ。これを防ぐことは出来ないだろう。
俺の浴びせ蹴りで三人組の一人が沈む。
着地する。
「ンだと!」
その着地した俺を掴もうと二人が手を伸ばしてくる。俺は地面に両手を伸ばし、バック転のように後ろへと飛ぶ。その勢いのまま二人を蹴り上げる。
「あがッ!」
「げひッ」
顎を蹴り上げられ二人が倒れる。
これで五人。
俺は軽く息を吸う。
ふぅふぅ。
……。
って、マスクが辛い。マスクをはぎ取る。マスクをしながら動き回るとか、心臓を鍛える特訓をしている訳でもないのに、俺は馬鹿か。キツすぎるだろうが。
「待て」
「待ちやがれ」
走って逃げる。
連中が追いかけてくる。
追いついてきた奴を順番に投げ飛ばし、蹴り飛ばし――倒す。繰り返しだ。一度に相手をしない。それだけだ。
そうやって十四人ほど倒したところで連中が集まりだした。まとまって俺を追いかけることにしたようだ。バラバラに追いかければ各個撃破されると気付いたのだろう。まだ半分ほどなのに意外と早く気付かれてしまったな。
さて、どうする。
ここらで満足して、このまま逃げるってのも有りだ。後は雷人に譲っても良いだろう。
だけどなぁ。
俺は立ち止まり、息を整える。
すーはー、すーはー。
「追いついたぜ」
「このショボサングラス野郎がよォ!」
「この卑怯者がよォ!」
ショボサングラスとは酷い言われようだ。俺の百円プラス税で買ったサングラスを馬鹿にするのか。許せんヤツだ。このサングラスを馬鹿にしたヤツ、お前は最後にしてやる。
「一人を相手に負けてるヤツらが卑怯者とか言ってんじゃねえよ」
俺はヤツらを笑う。
「ンだと!」
「息が上がってンじゃねえか?」
「この数相手に勝てるつもりか、ン?」
後、十二ってところか。
まだ、ちょっと多いな。
だが、何とかなるだろ。
何とかしてやるぜ。
だが、まぁ、その前に、と。
「まぁ、待てよ。何でもかんでも暴力で解決しようとするのは良くないな。対話は重要だぜ。今回の件、湖桜高校狩りを詫びて謝るなら許してやるよ。なー、んー」
うん、対話は重要だ。話すことで誤解が解けるかもしれないからな。
「ンだと!」
「調子にのンじゃねえ」
「何言ってやがる。この人数に怖くなったか、あ?」
あー、会話で解決は無理だったか。これは仕方ない。
仕方ない。
俺はヤツらに指を突きつける。
「分かったぜ。それなら、しょうがない。かかってきな」
そのままその指を裏返し、くいくいっと曲げて挑発する。
「あンだと!」
「死ね」
連中が襲いかかってくる。連携もクソもない好き勝手な攻撃だ。
軍隊じゃないんだから、まぁ、こんなもんだよな。




