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グラップルファンタジー  作者: 無為無策の雪ノ葉


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14 いちねん!

「はぁい、上路ぃ!」

 ホームルームが始まる前の騒がしい教室――俺は雷人に朝の挨拶をする。

「あ?」

 だが、雷人はこちらを一瞥しただけで挨拶を返さない。コイツは、小学校で挨拶は返しなさいって習わなかったのかよ。


「挨拶は返さないのかい」

 雷人はこちらを無視している。

「今ならボールペンを上げるよ」

 俺はブレザーのポケットからボールペンを取り出す。百円で十本入りが買えちゃうような品質のボールペンだ。


「ち」

 舌打ちしている雷人の前にボールペンをかざす。そのまま中指と親指でボールペンの中心を摘まみ上下に動かす。どうだ、ぐにゃぐにゃと曲がる奇跡のボールペンだぞ。


「うぜぇんだよ!」

 雷人がボールペンごと俺の手を振り払う。なんてヤツだ。


「それならもう一つボールペンをつけるぞ」

 俺はブレザーのポケットからもう一つボールペンを取り出す。百円で十本入りが買えそうな何処にでもあるボールペンだ。そのボールペンも中指と親指で摘まみ上下に動かす。ほうら、ダブルで曲がるぞ。歪んで見えるぞ。


「さっきからなんなんだよ!」

 雷人が睨むような目でこちらを見る。まったく、コイツはボールペンをプレゼントしようという俺の好意が分からないのかよ。


「なるほど。二本じゃあ足りないってコトだな。三つか、三つ欲しいのか」

 俺はブレザーのポケットからボールペンを取り出す。雷人の机の上に叩きつけるようにのせる。これで三つだぞ。何が不満だって言うんだい。


「さっきからよぉ。何が言いたい」

 雷人が血管が浮き出るほどの眼力でこちらを睨んでいる。睨み続けている。

「何? 何って噂だよ。どーなってやがる」

「あ? 知るかよ」

 知ってろよ。


「ちょっと、どいて」

 俺と雷人がそんなやり取りをしていると後ろから声がかけられた。振り向くよりも早く、俺の体が押しのけられる。

「お、おう? なんだよ」

 俺を押しのけたのは知らないヤツだ。眼鏡をかけた真面目そうな――ガリ勉君のような雰囲気を持っている。


「上路雷人君だよね」

 その眼鏡君は俺を無視して雷人に話しかけていた。てーめー、俺を無視とは良い度胸だなぁ。

「あん? 誰だよ」

 雷人も俺を無視して眼鏡君と会話している。


「僕はA組の佐伯だよ。上路君に話があるんだ」

 眼鏡君。俺は無視ですか。

「おーい、酷くね?」

「上路君の噂を聞いたんだ」

 眼鏡君は俺を無視して話を続ける。


「噂だぁ? 話って何だ?」

 雷人も俺を無視して話を続けている。無視、無視とな。ひでぇヤツらだぜ。

「二年を倒した上路君に一年のトップをやって欲しいんだ」

「あ?」

 雷人が改めて眼鏡君の方を見る。睨んでいるような顔だが、その目はちょっと嬉しそうだった。


「おーい、何故、俺を無視するんですかー」

「あ、ああ? トップ、トップってよ、どういうことだよ」

「上路君しかいない!」

 眼鏡君が握り拳をつくっている。トップってアレか、番長か。番長的なヤツなのか。


「いやあ、あのよぉ、トップってよぉ、俺がトップに相応しいって誰が言っているんだよ」

「皆が言っているよ。あの二年を倒したのは痛快で愉快な話だったからね」

「いや、それは……」

 何故か雷人が俺を見る。仕方ないなぁ。


「俺の出番だな!」


 眼鏡君が一瞬だけ俺の方を見る。


「それで上路君、どうだろうか?」

 ……。


 無視された。


「あー、いや、よぉ」

 そこで雷人は一つ小さな咳払いをする。

「や、やらねえよ。俺は群れねぇ。だが、困ったことがあったら言え」

「そんな上路君……」

 困ったことがあったら言え、か。男らしいなぁ。いじめっ子だったくせにやるじゃん。


「いやー、雷人君ー、俺、困っているんだけどー」

 雷人君が俺を無視して困っているので助けてください。助けてくださいよぉ、雷人さん。


「おい、こら」

 腕を組み大物ぶって格好つけていた雷人が俺の方を見る。

「助けてくださいよぉ、番長の雷人さんよぉー」

「さっきから君はなんだい! 僕と上路君の話の邪魔をしないで欲しい」

 眼鏡君。真面目そうで勉強が出来そうな眼鏡な――眼鏡オーラを纏っている眼鏡君。だが! そう、だが、だ。ここは湖桜高校(クラウン)だ。そう、湖桜高校(クラウン)なんだよなぁ。


 どれだけ真面目そうで、勉強が出来そうでも! ここが湖桜高校(クラウン)だということを忘れては駄目だ。


 つまり、馬鹿なんだよなぁ。トップとか言い出すくらいだからな。うん、充分、馬鹿だ。


「俺、俺か? 俺は有馬太一。頼りになるぜ!」

 そう、俺はそこの雷人よりも頼りになる男なんだぜ!


「上路君の友人か知らないが……上路君も友達は選んだ方が良いよ」

「こいつは……友達じゃねえ」

「おう。俺も雷人と友達になった覚えはないぜ」

 眼鏡君は分かっていますという顔で眼鏡をクイッと持ち上げ、そのまま俺を追い出すように手を伸ばす。なかなか早い。だが、俺はその手を避ける。


 ひょいっとな。


 突き飛ばそうとした手が何も触れなかったことに眼鏡君は驚きの表情を作る。だが、それは一瞬だった。すぐに真面目な眼鏡顔に戻り、雷人の方へと向き直る。


「それで上路君……」

 この眼鏡君はあくまで俺を無視するようだな。

「上路君の気持ちは分かったよ。でもA組の皆は上路君がトップだと思っているから。良かったらA組の方に顔を見せに来てよ」

「あ、ああ。あん? ああ」

 雷人は腕を組んで偉そうだ。


「待ってるよ」

 眼鏡君はそれだけ言うと自分の教室へと戻っていった。もうすぐホームルームだもんな、遅刻は出来ないよなぁ。


 ……。


 で、だ。


「雷人番長ー。どうするんですかー」

「う、うるせえよ」

 しかしまぁ、A組の教室に来てくれ、か。面倒事の予感しか無いな。番長っておだてて厄介な頼み事をしようと考えているんじゃねえか? まぁ、俺には関係ないことだけどな。


 さてさて、この番長な雷人はどうするつもりなのやら。

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