10 かくとう!
「こ、このやろう!」
二年の先輩たちが怒り出す。今にも弾けそうな、こちらへと襲いかかってきそうな勢いだ。
「いやいや、先輩。暴力は良くないと思うんだよなぁ。まずは話し合いだぜ。話し合いしようぜ」
「あーんー?」
先輩方が汚い声を上げる。
「手を出しておきながら何をぉ言ってやがる」
「そうだぜ」
「一年坊がよぉ!」
先輩方は今にも爆発しそうだ。
「いや、ほら、俺は平和主義だからさ。これは、ちょっと確認したかっただけですよ」
俺は立ち上がり、肩を竦める。
「あ? ふざけんな」
「この数にびびってんのか?」
「一年坊がよぉ!」
「許して欲しかったら土下座しろ、土下座」
「半殺しで今日のところは許してやるぜ」
先輩方は話し合いに応じてくれそうにない。残念だ。しかも、今日のところってなんだよ。これから毎日ボコろうぜ、とか考えているのか。俺、また引き籠もっちゃうじゃん。
その騒ぎの中、ぱぁんと竹刀の音が響く。猫屋だ。中央に座っている猫屋が竹刀を地面に叩きつけていた。その音を聞いた先輩方が一斉に口を閉じる。
「確かに、そいつは嘘吐きだったようだ」
猫屋が喋る。
「だがな、一年坊に舐められて、はい、解散とはいかねぇんだなぁ」
生意気な一年は雷人だけだと思うんだよな。俺は平和主義で謙虚だからさ。
「あー、舐めているのは、この雷人だけなんで。そういうことで俺は帰って良いですかね?」
「おい、こら、デブイチ」
雷人が不満そうな声を出す。いや、お前は二年の先輩を舐めていたんだろ? じゃあ、仕方ないじゃあないか。それと、デブイチ呼び二回目だな。後で覚えていろよ。
「あん?」
だが、何故か猫屋に睨まれてしまった。
「いやいや、先輩。ぴかぴかの一年二人を相手にして、その数を集めるとか情けなくないですかね。その方がメンツを潰していると思いますよ」
「言うじゃねえか。俺を挑発しているようだな」
猫屋はこちらを睨んだままだ。
俺は手を振る。
「いやいや、大勢で少ない数をボコるのはかっこ悪いって言っているだけですよ。それに、今は授業中じゃないんですかね。これだけの数が授業を抜け出して大丈夫なんですか?」
猫屋が笑う。
「俺たちを心配してくれるとか優しいなぁ。俺たちは部活優先で授業を免除されてるだけだからな。これも新人勧誘という部活動の一環よ!」
部活、か。この部屋に入った時、かなり煙臭かった。とてもではないが、まともな部活をやっているとは思えない。
「新人勧誘は来週からだと思ったんですが」
「ああ? 面倒くせぇな。それなら部活体験中の新人の稽古ってことにしろや」
竹刀を持った猫屋が立ち上がる。
大きい。
猫という名前だが、まるで熊みたいだ。これで学ランを着ていたら番長と呼ばれるのが相応しい感じだったかもしれない。
「心配するな。こいつらは手を出さないからな。お前たちが逃げないためよ」
二年の先輩方がニヤニヤと笑いながら俺たちを囲むように円を作っていく。
「先輩、ここは何部なんですか?」
「当ててみろや」
猫屋が襲いかかってくる。
「雷人、ちょっと離れてろ」
俺は叫び、猫屋を待ち構える。
猫屋が竹刀を捨て、殴りかかってくる。その右拳を手の甲で受け、ひねり、そのまま手首を回転させ、受け流す。弾く。
殴りかかってきた?
次の瞬間、猫屋の左手が迫っていた。
「掴まえたからな!」
こちらへと覆い被さるような猫屋の巨体から伸びた左手が俺のブレザーを掴む。
何!?
猫屋がこちらを掴んだまま、まわる――背を向ける。これは……不味い。投げられる。
俺は猫屋に投げられるよりも早く、自分で跳ぶ。飛び上がり、掴まれた猫屋の背を乗り越えるように、その勢いのまま向こう側へと着地する。
「!?」
猫屋の手が外れる。
飛び上がりながら、ブレザーを掴んでいた猫屋の指を捻っておいた。折れてはいないだろうが、ちょっとは痛いだろう。
「こ、この野郎がぁ!」
猫屋が叫ぶ。
「先輩、柔道ですか。柔道部員が竹刀をもってるとかありなんですか」
「随分と体が柔らかいようだが、このガキが! お前は軽業師か何かか」
ガキって。一年しか違わないじゃねえかよ。お前だって同じようなガキじゃん。
にしても、柔道か。掴まれるのは不味いな。いかにも掴んでくださいと言わんばかりの格好だからなぁ。ここで全裸になる訳にもいかないし、困ったもんだよ。
俺は腰を深く沈め、両手を伸ばし、軽く手を開く。
「あ? お前はレスリングか。倒すだけの投げ技しかないレスリングが柔道に勝てると思ってるのか?」
猫屋が笑う。
そして、襲いかかってくる。
巨体を活かし、こちらを掴もうと上から手を伸ばしてくる。背が低いってのも、体格で負けているってのも不利だよなぁ。
こちらを掴もうとしている手を弾く。筋力でも負けている。そのままでは弾けない。勢いと回転をつけ、打撃のように相手の手を打ちながら弾く。
何度も弾く。何度も手が迫る。
掴ませたら投げられるな。不味いな。
「掴んだぜ」
しかし、あっさりとブレザーを掴まれてしまう。猫屋がニヤリと笑う。巨体、上から、筋肉、全て負けているからな。これは仕方ない。
だがッ!
余裕ぶってすぐに投げないのが――ま、経験と覚悟の差だな。
俺は猫屋が動くよりも早く飛び上がる。
「掴ませたんだよ」
掴んだ猫屋の手に絡むように飛び上がり、足で相手の腕の肘を逆になるように決め、そのまま体重をかける。
今の俺の体重は60キロほどだ。半分まで減量が成功しているからな! それプラス、パワーアンクレットが8キロ。その重さが掴んだ猫屋の腕に――肘にかかる。
来ると分かっていれば耐えられたかもしれない。だが、これは不意打ちだ。
軽快な音がして猫屋の腕が変な方向に曲がる。折れてはいないだろう。関節が外れただけだ。だが、かなりの激痛だろう。
俺は手を離し、着地する。
経験豊富な柔道家相手だったなら通じなかっただろう。そのまま投げられていたはずだ。まぁ、今の俺が、そんなのと相手しても勝てないだろうからな。その時は逃げるだけだ。
「先輩、レスリングがぁ、とか、柔道の方が上がぁ、とか言っていたみたいですがね、俺は正直、どの格闘技が上とかないとか思っているんですよ。結局は、どの格闘技が強いとか上とか下じゃなく、そいつが強いかどうかだと思うんですよ」
格闘技の上下なんて馬鹿らしい。
要は……、
「強ぇヤツは――極まったヤツってぇのは、どの格闘技でもいるんだよ。強ぇヤツは強ぇ、それだけだ」
そう、結局は、そいつ個人の力だ。




