これからのこと
<真夜中の子羊亭>で食事をしてから三日経った。ロイの思い付きのような提案に促されるままやって来たのはオルリベス。そう、再びのオルリベスの街である。ニア達にとってはあまり良い思い出の無い街ではあるが、そんなことお構いなしとばかりにロイはこの街を指定した。
ヨシュアたちがエンデュランスを捕らえた後、この街はリーダーを失っていた。ギルド<金色の鬣>はまだ残っているが、エンデュランスもザウィードもいなくなったギルドはまともに機能しておらず、ギルドホームは大いに荒れていた。その代わり<三つ首の番犬>という別のギルドが新たに組織され、一応街の治安は保たれているようだった。此処はひとつ、新しい組織に期待したいところだ。
ルフレが参加していた研究施設も、ジークエンデの指揮のもとに解体された。そこにはルフレの他にも何人か研究者が働いていたそうだが、いずれもエンデュランスたちに無理やり働かされていた人々、つまりは被害者だったらしい。それでも軽い罪には問われるということだが、そればかりは仕方が無いとジークは言う。
支配者であるエンデュランスがいなくなったことで、街は変化しようとしている。だが問題も山積みだ。土地は荒れているし、貧困にあえぐ人々も多い。何より外部との交流を行ってこなかった街だ。今更頼るところも無いのである。街の人々は自力で何とかするしかなかったが、その方法が分からず途方に暮れていた。支配されることに慣れていた人々は、自分の頭で考えることを今まで放棄していたからだ。
ヨシュアたちが訪れたのは、まさにそんな時だった。
◆
「しかし、ロイがまさか進んでゴミ拾いを提案するなんてな」
「ホントよね。アタシ、ちょっと見直したかも」
ヨシュアたちは今、二手に別れて街に落ちているゴミを拾い集めていた。それはロイが取ってきた<三つ首の番犬>からの依頼だった。ペアを組むのはニアだ。
ロイはあの日の夕食後、ジークに声をかけたらしい。ジークもロイの提案を受け入れ、すぐさまギルド<三つ首の番犬>に働きかけた。ギルドは大々的に人員を募集し、ロイもその仕事の依頼を受けた。そうして今日、ヨシュアたち五人と、同じように依頼を受けた多くの人々とで、一斉に街の大掃除が始まったのである。
報酬自体は決して多くない。むしろ労働時間に見合わない程に少ない。依頼主は裕福な人間では無く、ギルドマスターを含む街の人間であり、多くのお金を用意できなかったためだ。
だがそれでも街の人間はこぞって参加している。これも自分たちの街を自分たちの手で蘇らせようという、人々の熱意の表れなのだろう。
「何でもやりゃ、少しでも前に進んでんだよ、こういうのは」とロイは言った。それは停滞する街の人への言葉だったのか、それとも「恩を返さなければ前へ進めない」というニア達への言葉だったのか。ロイはそこのところをハッキリとはさせなかった。でも、みんな晴れ晴れとした良い表情をしている。
ふと視線を上げると、見覚えのある顔が目に映った。此方に近寄ってくるのは、この街の住人であるアミーテだ。彼女も弟と一緒にゴミ拾いに参加しているようで、手元の袋は大きく膨らんでいる。
「こんにちは、ヨシュアさん。それにニアさんも。街の為に来てくださってありがとうございます!」
元気の良い挨拶に、ニアは「アミーテには色々と助けてもらったからね。役に立てて嬉しいよ」と満面の笑みで返す。白い歯を見せて笑うニアは、ここ数日で一番素敵な表情を浮かべている。ニアとしてはアミーテもまた恩義を返さないといけない一人だと感じていたはずだから、少しでも彼女の力に成れることが本当に嬉しいのだろう。
それからはアミーテたちを加え、四人で街を歩き回った。大通りから脇道、市場の方に至るまで、長年放置されたゴミはそこら中に溜まっている。だから何度袋を取り換えてもすぐにいっぱいになる。それでもアミーテは「袋を満タンまで溜めるごとにお金がもらえるから、とてもやりがいがありますよ」と笑みを見せる。
途中、川の清掃を担当しているロイたちの姿も見かけた。あちらはあちらで中々に大変そうだったが、文句を言う声は誰からも聞こえなかった。むしろ笑い声が聞こえてくるほどで、それは先日街を訪れた時には無かった光景だ。
「…… あっ!」
ちょうど橋の上から眺めていると、何かに足をとられたのだろうか、ルフレが派手に転んで尻餅をついた。かなりの浅瀬なので溺れる心配は無いが、全身ずぶ濡れの御様子。これには見ていたニアも呆れるしかない。
「まったく、うちの親はホント鈍いんだから」
「でも、優しそうなお父さんじゃないか」
「まあね。優しさしか取り柄が無いから。そこが変わってなかったのは良かったよ。でないとお母さんのこと、きっと許せてなかったと思う」
「きちんと聞けてなかったけど、ルフレさんはどうしてお母さんが亡くなった後も戻って来なかったんだ? エンデュランスたちに何か関係があるのか?」
「うーん、なんて言ったらいいかな。最近までお母さんが亡くなったことは知らされていなかったんだって。しかもアタシ達が家を売ったことも知らずにお金を送り続けていたみたい。エンデュランスが情報を遮断していたから、エンデュランスのせいでもあるけど、でも知ってからも組織を抜け出す勇気が無いんだから、やっぱりダメ親よ」
そう言ってニアはルフレを非難するものの、びしょ濡れになった父親を見る目は温かみで溢れていた。ルフレも橋の上で見ていた此方に気が付いたようで、無邪気に手を振っている。それがまた何だか可笑しくて、ヨシュアたちは顔を見合わせて笑った。ルフレは子供が持つ純粋さを大事に抱えたまま大人になった、珍しいタイプの人なのだろう。
「まあ、何はともあれ良かったよ」とニアは少し恥ずかしそうに言う。「今度時間ができたら、うちの馬鹿親を連れて一度エテルマギアに戻ろと思うんだ。それで、家族三人でお墓参りに行こうかなって」
「うん、とってもいいと思う。お母さんもきっと喜ぶよ」
「そうだね。お母さんはどんな時もお父さんを責めなかった人だし、元気な姿見せたら安心すると思う。だから一度、時間を掛けてでもきちんと会いに行こうと思って」
ここアリストメイアとエテルマギアは戦争中なので簡単には行き来出来ない。だから環状列島を反時計回りに大きく迂回する必要が有る。もちろん戻ってくるときも同様だ。
ふとヨシュアは疑問に思う。父親捜しという目的を果たしたニアは、この後どうするのだろう?
「もしかして向こうに行ったら、もうこっちには戻ってこないのか?」
「実を言うと、そこはまだ決めてない。でもエテルマギアにはもう帰る家が無いから、あそこに長居する気は無いよ。決して住み心地の良い国でも無いしね。力に成ってくれそうな親戚はいるから、向こうにいる間はその人たちを頼ろうと思うけど、いつまでも世話になる訳にもいかないしさ」
「そっか。それなら俺は、マーセナルの街でニアたちの帰りを待ってるよ」
ありがとう、と言ってニアは頷いた。
かと思うと、改めてヨシュアの方を向いて一言。
「それじゃあアタシ達が帰ってくるまでの間、街の安全は任せたからね。片腕の盾使いさん!」




