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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
ニアからの依頼編
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プレッシャー

 瓶が割れ、辺りに液体が飛び散る。するとその液体は一瞬にして膨れ上がる白い煙へと変わり、ヨシュアの視界を遮った。

 ヨシュアはエンデュランスの姿を完全に見失っていた。しかもその間にもエンデュランスの手下たちは馬車の目前まで迫っていた。


(落ち着けよ…… )


 すぐにでもニアたちのもとへ駆け付けたいが、今は何よりもエンデュランスを自由にさせてはいけないと、ヨシュアの直感が告げていた。優先順位を間違えてはいけないと耳元で囁くのだ。



 煙を吸ってしまわぬようにとヨシュアは息を止め、後ろへ大きく下がる。それから全神経を集中させるようにして耳をすませた。<感覚強化センスブースト>によって聴覚を研ぎ澄まし、煙の向こう側にいるはずのエンデュランスの足音を聞くためだ。


 それなのに────


(可笑しい。煙の向こう側からは何も音が聞こえない…… !)


 そんな訳が無い。今にも襲い掛かってくるか、もしくは馬車に向かって走りでしていないと可笑しいのだ。それなのに音が聞こえないなんて…… 



 いや、違う。だからこそだ。



 ヨシュアは既に展開していた<魔封じの光剣(シールズ・エッジ)>を一本だけ残し、残りの二本をエンデュランスではなく、遠ざかっていく男たちへと向けて放った。後方から襲われた男は光剣に気付かず、二人の男は足を封じられることとなる。



 ヨシュアはその間ずっと立ち込める白い煙を睨んでいた。どんな物音も聞き逃すまいと耳を傾けていた。

 やがて薬品の効果が切れたのか、煙はそれ以上増えなくなった。そして風によって煙は流され、目の前にエンデュランスが姿を見せる。


 そう、この男は一歩も動いていなかったのだ。煙に紛れて奇襲するチャンスがあったにもかかわらず、エンデュランスは動かなかった。いや、絶好の機会だからこそ、敢えて動かないことでヨシュアを惑わそうとしたのだ。



「よく我慢して、私が此処にいると見極めましたね。普通なら馬車の様子が心配で動き回ってしまうのに」


「もし向こうを助けに行けば、お前に背後を突かれることになるからな」



 エンデュランスはいつものように微笑を浮かべている。その目の奥はじっとヨシュアを見ている。

 エンデュランスは、その表情とは裏腹に少しの油断もしてはいなかった。たとえ一本でも<魔封じの光剣(シールズ・エッジ)>を手元に残しておいて正解だった。



「ええ、勿論そのつもりでした。でも、いいんですか? 馬車にはまともに戦える人はいませんよ?」


「いいや、ニアとライさんがいる。二人がいれば十分だ」


「はははっ、またまた御冗談を。ライは一命をとりとめたばかりで、まともに動けないでしょう。それにニアだって何も出来はしないでしょう」



 確かにその通りかもしれない。心に深い傷を負ったニアは、もう以前のようには戦えないかもしれない。

 けれどヨシュアは首を横に振った。



「お前は何も分かっていない。今のニアでも三人ぐらい余裕さ」


「ほう? その根拠は?」


「後ろにライさんがいる。ライさんが見てる前でニアが負けるはずない」


「はははっ! キミは何を言っている。ニアはついこの前にも、無様に敗北したばかりじゃないか!」


「いいや。あの時だってニアはまだ負けて無かった。俺たちが邪魔しただけだ。実際、ニアはまだ何一つ失っちゃいない」


「それは詭弁というものですよ」



 「だが事実でもある」とヨシュアは答えた。苦しい言い訳だとは自分でも分かっていたが、不思議と今のニアが負けるとも思っていなかった。心配があるとすればニアの精神面だが、ライの前でニアが諦めるはずが無いからだ。



「まあいいです。自ずと結果はついてくるものですから、後で自分の判断の過ちを悔いるといい。アミーテたち家族の件も含めてね」



 ヨシュアは「そっちもロイが向かった。だから何も心配してないよ」と言った。勿論これも嘘だったが、今は信じるほかない。そしてエンデュランスの心理攻撃の前に、少しも隙を見せる訳にはいかない。


 エンデュランスはつまらなそうにヨシュアを一瞥する。それからもう一度眼鏡に手をやると、その場に投げ捨て、右足で眼鏡を踏みつぶす。



「あなたがそれでいいならボクもそれでいい。ボクとしても、そろそろこの高ぶる感情を押さえ付けるのは限界なんでね」



 そう言うと、エンデュランスは今一度ヨシュアに鋭い眼差しを向けた。穏やかな表情は消え去り、刺さる様な殺気がヨシュアの全身に浴びせられる。顔はみるみるうちに紅潮し、体がさらに一回り大きくなった。着ている服はもうはちきれそうだ。

 その変貌ぶりはまるで、鳴りを潜めていた彼の凶暴性が一気に溢れ返ったかのようだった。それはヨシュアが初めて感じるほどに強烈なプレッシャーだった。<巨大な両腕の大熊ジャイアントアームグリズリー>を目の前した時ですら、此処までの脅威は感じ無かった。


 それでもヨシュアは一歩も引かない。ニアがライを置いて逃げないのと同じように、ヨシュアもまた、ニアたちを置いて逃げる訳にはいかないからだ。


 意識を集中し、<魔封じの光剣(シールズ・エッジ)>を再び展開したヨシュア。頭上に現れし三本の光剣は燦然さんぜんと煌めき、エンデュランスへと狙いを定める。盾を押し出すように体の前に構え、姿勢は低く、両足はしっかりと大地を噛みしめる。相手に気圧されないようにと、両目は大きく見開いた。


 ────此処で負けるわけにはいかない。


 不安も怒りも今は感じない。ただ目の前の男を倒すことだけに全力を尽くす。今のヨシュアの頭にあるのはそれだけだった。

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