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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
ニアからの依頼編
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手のひらの上

「────お世話になりました」


 

 ライが目を覚ましてから五日後の朝、今日はようやく立ち上がって動けるようになったライと共に、馬車に乗ってこの街を去ることになっていた。

 その別れ際、ヨシュアたちはアミーテの家族に改めて礼を言った。ほとんど見ず知らずだったはずの四人を一週間近くもの間泊めてくれたこの家族には、感謝の気持ちを感じずにはいられなかった。


 特にニアとライはアミーテたちに事あるごとに礼を述べていた。すぐにはムリだけど、必ずお礼をする為に戻ってくるとも約束していた。



「ホントありがとね、アミーテ」



 ニアはアミーテの両手を取り、しっかりと目を見て感謝の言葉を口にする。その後ろでライが「大変お世話になりました」と静かに頭を下げる。もう何度目になるか分からないその言葉に、アミーテは「困った時はお互い様です」とにこやかな笑みを浮かべて言う。重荷を感じさせまいと笑う彼女の気遣いは、きっとアミーテが思う以上にニアたちの心を救っているはずだ。



 アミーテの家を後にした四人は馬車乗り場まで足を運ぶ。そこから出発予定の馬車は、この街で唯一マーセナルまで運行してくれる。

 まだ本調子ではないライに合わせるため、普通なら二十分ほどで着くところを一時間以上かけて歩く。それでも早めに出発したので時間には余裕がある。何だったら途中で立ち止まって休憩しても大丈夫だ。


 街は相変わらず汚かった。

 漂う腐臭。生ゴミをついばむカラス。街にやって来た時にも見た川にはやっぱりゴミが浮かんでいた。


 この街の様子を見て誰も心を痛めないのだろうか?

 ヨシュアは単純な疑問として納得がいかなかった。それは街を取り仕切るギルド<金色の鬣>のせいなのか、それともこの閉鎖感が漂う街の空気がそうさせるのか。いずれにせよヨシュアは、この街を好きになることはなさそうだと思った。



 無事馬車乗り場まで辿り着き、大人しく出発の時刻を待つ。もうすぐで時間だというのに、この場所にはヨシュアたちの他には誰もいない。一日に二本しか運行していないことを考えると、利用者はよっぽど少ないみたいだ。


 時間になると、乗せてくれるという運転手の男が軽く挨拶をしてくれた。頬がこけた痩せ型の男だ。歳は五十前後。白髪交じりの黒い髪は短くカットされている一方で、口元には無精ひげが生えている。男は白シャツにベージュのパンツを組み合わせた無難な格好をしているが、サイズが合っていないのか少々野暮ったい。せっかくのシャツもシワだらけだ。ずぼらな性格なのかもしれない。



 馬車の荷台部分はそれなりに広い。平べったいだけで椅子も何も無いが、詰めて座れば八人ぐらいは座れそうだ。そこへヨシュアは胡坐を掻いて座る。せっかくなので広々と使わせてもらおうと思う。


 出発間近になって二人組の親子がやって来ては馬車に乗り込んだ。三十過ぎの母親と十歳かそこらの男の子だ。走って来たからだろう、二人とも肩で大きく息をしている。それでも男の子の方は母親に眩しいぐらいの笑顔を向けている。そんな仲睦まじい親子の姿をヨシュアはぼーっと眺めていた。頭の片隅ではエンデュランスとの会話を思い出していた。


「────君たちはまだボクの手のひらの上ってことなんだよ」


 確かにあの時エンデュランスはこう言った。そしてヨシュアは、もしかして今なお奴の手のひらの上なんじゃないか、今も何処かで奴の手先がずっと監視しているのではないか、アミーテは味方だと信じたいが、実はアミーテの母親はエンデュランスと繋がっていたのではないか、などという嫌な想像をここ数日ずっと繰り返していた。街を出る今になってもまだ、心の何処かでは安心していなかった。

 


 ガタンゴトン、と馬車は揺れる。きちんと舗装されていない山道はでこぼこでお尻が痛い。馬車はトーレス山を迂回しながらも、狭く細い上り坂に差し掛かったところだ。


 国境まではあとどれくらいだろうか?

 早く国境を抜けてマーセナルへと辿り着きたかった。嫌な予感が止まらない。けれど自分の足で走るのと違って、ヨシュアがいくら焦っても馬車の速さは変わらない。それが何だかもどかしい。

 そしてヨシュアがずっと感じていた嫌な予感は、最悪の形で当たることとなる。



 それはちょうど目の前の上り坂を上り終えた時だった。

 下りに差し掛かった丁度その時、急に馬車が止まった。こんなところでどうして止まるのだろうと思ったヨシュアは立ち上がって前を向く。すると、五十メートルほど先に見えるのは十数名の男たちだ。しかもその中心にいるのは──── 



「…… エンデュランス」



 ヨシュアは思わず呟きを漏らす。その呟きが聞こえたのか、ロイとニアも荷台の上で立ち上がった。視界の隅では二人組の親子が何事かと此方を見ている。けれど、ヨシュアは気にせず前を見据え続ける。


 馬車の進路を塞ぐように立つ十数名の男たち。狙いは間違いなくニア達だろう。だが、その集団をよく見るとザウィードがいない。少なくとも視界の先にはいない。それに取り巻きの子分たちの数も前回と比べると少ない気がする。もしや、何処かのタイミングで奇襲を仕掛けようと潜んでいるのだろうか? それとも、薬の副作用のせいで体に異常が起きたのか?


 道を塞がれ、運転手はどうしたらいいか分からず戸惑っている。マーセナルへ向かうためにも、誰かがエンデュランスと話しに行くべきだ。



「俺が行ってくる。ロイたちは此処で待っていてくれ」



 ロイたちは頷いてくれた。ヨシュアが適任だと認めてくれたみたいだ。

 荷台から降りようとしたその時、ニアが微かに震えているのに気が付いた。彼女は両手にナイフを握りしめるが、その手が震えているのだ。それは良く見ないと気付かないほどだが、瞳には焦りの色も見えた。



「ニア、大丈夫だ。もうお前たちに関わる気は無いと伝えて来るよ」


「…… うん」



 そう言ってヨシュアは荷台から飛び降りた。けれど、「大丈夫だ」とは言ったものの正直自信は無かった。

 ヨシュアは奴らに向かって歩きながら「エンデュランス!」とリーダーの名を叫ぶ。



「俺たちは今からこの街を出て行く。もうお前達と関わる気は此方には無い。戦う理由は何も無いはずだ。だから道を開けてはくれないか?」



 ヨシュアが声を張り上げると、エンデュランスはさも可笑しそうに「くくくっ」と手を当てて笑う。取り巻きの男たちも口元に卑しい笑みを浮かべている。


 エンデュランスは言った。「それは交渉ですか?」



「いいや。ただのお願いだ」


「そうですよね。以前あなたが言った通り、交渉や取引をするためには、相手より有利な立場にないといけない。そして今、あなた方には交渉を有利に進めるためのカードが何も無い。つまりあなたたちはボクにお願いするしかない」



 エンデュランスの言う通りだった。けれどヨシュアは負けずに「ただ道を塞いだだけで有利に立ったつもりなのか?」と言った。挑発と捉えられないよう、言い方には細心の注意を払って。



「此方に戦う気は無い。けれど黙ってやられる気も無い。必要なら抵抗はする。痛い目にあいたくないなら────」


「ボクが何も考え無しに突っ立ってるだけだと?」



 ヨシュアの言葉を遮るようにしてエンデュランスは言った。



「そんな訳ありませんよね?」


「…… 違うのか?」


「ええ、勿論。そしてあなたはその事に薄々ながら気付いている。気付いているのに気が付いていないフリをしている。都合の悪い真実から目を逸らそうとしている」



 ヨシュアは黙って聞いていた。エンデュランスがこれから語ろうとしている”都合の悪い真実”が何なのかを見極めようと目を凝らしていた。



「そしてあなたは気になっている。ザウィードが姿を見せていないことを。さて、彼は何処へ行ったと思いますか?」



 ヨシュアは「寝てるんじゃないか?」と答えた。「薬の副作用で動けなくて、家で大人しくしてるんじゃないか?」



「はははっ。それは希望的観測が過ぎますね。勿論可能性の一つとしては充分に考えられますが、今のこの状況を考えれば違うという事はすぐに分かりますよね?」



 ヨシュアはまた黙って聞いていた。そして頭の中ではザウィードの居場所について思考を巡らせていた。


(そうだ。エンデュランスを相手に希望的観測は命取りだ。きっと奴は俺たちにとって最悪の手を打っているに違いない。そう考えると、すぐ近くの茂みにザウィードが隠れているなんて安直な事ではないのだろう。でも、それならそれで奴は何処にいる?)



 ヨシュアたちにとって最悪な事。それはこの場に居る誰かが命を落とすこと。それはニア達だけでなく、馬車の運転手や親子連れも含まれている。彼らを見捨てるなんてヨシュアには出来ない。


「────君たちはまだボクの手のひらの上ってことなんだよ」


 エンデュランスの言葉が脳裏によぎる。


(そうだ、奴はこの街の全て利用して俺たちを追い詰めようとしている。もしかしたら運転手やこの親子も敵なのかもしれない。エンデュランスにあらかじめ命じられていて、今にもニアやライに襲い掛かろうとしてるのかもしれない。もしくは、エンデュランスたちは運転手や親子連れ殺そうとすることで、俺たちの自由を奪うつもりなのかもしれない)



 エンデュランスは余裕の笑みを浮かべている。必死になってザウィードの居場所を探すヨシュアを面白がって観察しているようだった。



 ────そうだ、街だ。

 ヨシュアは一つの答えを導き出した。答えが分かった途端、さっと全身の血の気が引くように感じた。体温が一度以上下がったような気がした。



「なぁ、エンデュランス。もしかしてザウィードはオルリベスの街にいるのか?」



 エンデュランスはその問いかけに答えなかった。けれど首を横に振ることも無かった。口元には笑みを浮かべたままだ。



「なぁ、もしかしてザウィードはアミーテの家にいるのか?」



 エンデュランスはその問いかけに答えなかった。代わりに奴は言った。



「君たちも街も、全てはボクの手のひらの上ってことなんだよ」


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