魔封じの光剣
「その魔法の名前は”魔封じの光剣”だよ。『魔を封じる光の剣』という意味だ」
少しの気恥ずかしさを胸の内に隠しながらヨシュアは言った。技の名前を考えるのは苦手で、知られるのが何となく恥ずかしく感じたからだ。ジークが必殺技に名付けた「ファイナルランサー」のような安直な名前は避けたかったが、結局似たり寄ったりの名前になってしまったのがちょっと悔しい。
この魔法はアルルと共に開発した発現魔法だ。図書館で借りた本から得た着想と、ジークの必殺技「グングニル」を基に二人で編み出した。まだ安定はせず、試行錯誤の途中ではあったが、相手は大人数。出し惜しみをしている場合ではないと判断した。
「へー、なるほどね…… 。それで? この剣はあと何本出せるの? 効果時間は?」
「それは教えられない」
「ふむ。見た目通り固い性格なんだね」
効果時間はまだ不安定。本数はそれなりに多く出せるが、コントロールするには三本が限界(すでに刺さったものは別として)。発動時には並外れた集中力を要するため、戦いながら発動できないのも難点だ。
当たりさえすれば、当たった個所の魔力を封じることが出来る。身体能力もある程度封じることが出来るし、足の甲と地面を同時に突き刺せば、その場で相手を固定することも可能だ。
その代わり、この剣は魔法であるが故に<魔法無効化>で掻き消されてしまうのが難点の一つである。その点では、最初の攻撃でエンデュランスの両手を封じることが出来たのはヨシュアにとって幸運だった。
────などという事をベラベラと喋る程、ヨシュアはお人好しでは無い。
「光の剣にはなにやら術式が刻まれているようだけど、このような複雑な式をあなたが構築できるとは思えないな。この技は一体誰が考案したんです?」
「それも教えられないな」
「何故です?」
「何故って、此方が不利になる様な情報を教えられないのは当然だろう? それともあんたたちは”刃を通さない”というその肉体の秘密を教えてくれるのか?」
「ああ、この体ですか…… 」
くくくっ、とエンデュランスは可笑しそうに笑った。そして白衣のポケットをまさぐると、先程とは別の小瓶を取り出した。中には液体ではなく、カプセル状の薬がギッシリと詰まっている。
「ゼムロイド、と呼ばれる新薬です。開発者は勿論このボク。まぁ、開発に当たって協力者はそれなりにいますが、ボクが開発したといっても差し支えないでしょう。この薬の効果は肉体強化。と言っても、あなたたちが使う<身体強化>とは比べ物にならない程の身体能力向上が見込まれる、まさに夢のような薬ですね」
終始得意げな顔をしてエンデュランスは語った。隣で筋肉質の男────ザウィードも頻りに頷いている。「夢のよう」とエンデュランスが評する薬の効果に大層満足しているらしい。
「まだまだ改良段階でしてね。効果時間は一時間ほど短いですが、その間はずっと肉体の強度は上がり筋肉量も倍増します。高揚感もそれなりに得られると思いますよ。なんなら一粒試してみますか?」
エンデュランスは小瓶をジャラジャラと振って見せる。ヨシュアは首を横に振った。
「ふーむ。それは残念だ。見たところあなたは片腕のようですし、それなりに苦労してそうなのでお声を掛けてみたのですが、何か気に食わないみたいですね」
エンデュランスは「まあ、新しいものに恐怖するのは人間の性質を考えれば当然か」などとブツブツ言いながら、一人で勝手に頷いている。
その隣でザウィードがしびれを切らしたようで「アイツ、どうするんだ? 潰していいのか?」とエンデュランスに尋ねている。
「ええ、そうですね。聞きたいことは山ほどありますが、それは両足を折ってからで問題ないでしょう。生かしておけばニアをおびき寄せる道具にもできますしね」
「やっぱりエンデュランスさんは頭いいな」とザウィードが感心する。そしてヨシュアに向き直り「半殺しにしてやるから覚悟しな」と言った。そのニヤケた面は、自分が負けるという可能性を微塵も感じていない様子である。見たところ「与しやすそうな単純馬鹿」といった所だが、ニアからの忠告もある。油断せずにいこう。
ザウィードが一歩前に進み出た。それを見てヨシュアは頭の中で術式を展開。自身の頭上に新たに<魔封じの光剣>を三本出現させる。何の前触れもなく一瞬にして姿を現した光の剣を見て、エンデュランスは「おおー」と感嘆の声を上げた。
ザウィードが足を止めた。その目はヨシュアの頭上一メートルの高さにある光の剣を睨んでいる。恐らくザウィードが唯一警戒しているヨシュアの技だ。
三本の光剣は全て切っ先をザウィードに向けている。方向も角度も自由自在で、出現させる場所もある程度選べる。先程エンデュランスに放った時は体の前に出現させたが、今回は自身の真上に展開した。攻撃に角度を付けた方が相手の意識を散らせると判断したためだ。
ザウィードがヨシュアから見て右に歩いていく。その目は光の剣を睨んだままだ。そして光の剣の切っ先はザウィードを追って絶えず向きを変える。
いつの間にかザウィードの顔からニヤケたような笑顔が消えている。案外戦いになると慎重を期すらしく、どうやら光の剣をじっくりと観察しているみたいだ。
ただこの時、ヨシュアは自分の魔法が警戒されているという事実を嬉しく思っていた。ザウィードが見せる反応は、守り一辺倒だった頃では有り得ない光景だからだ。そして、片腕の盾使い相手に初めから全力で向かってきてくれるのが嬉しいのだ。
ザウィードが再び足を止めた。そして両膝を折り曲げて深く沈み、かと思うと、跳ね上がるようにして一気に此方へ向かってきた。あまりの速さに男が被るフードは脱げ落ち、白色の短髪が露になる。
シンプルな突撃。いや、自分の強みを理解した攻撃といった所か。
ヨシュアはその足を止めようと、三本ある<魔封じの光剣>の一本だけをザウィードに向けて放つ。
斜め上から一直線に降り注ぐ光の剣。それをザウィードは寸前のところで横っ飛びで躱す。そして着地と同時に足にぐっと力を込め、また跳びかかって来た。
二人の距離はザウィードからすれば「あと三歩」と言った具合だろうか。
ヨシュアは充分に相手を引き付けると、左腕の盾を構えつつ、残りの二本をザウィードに向けて放つ。この距離ならば簡単には躱せないはずだ。
今度はザウィードは躱さなかった。その代わりに、左腕を素早く払うように振り回すことで、二本同時に攻撃を左腕で受けた。その一方で、反対側、右手の拳は固く握られている。つまりは左腕を犠牲に、右腕で攻撃を仕掛けるつもりらしい。
ザウィードは右腕を大きく振りかぶる。鋭い眼光はヨシュアに向けられ、歯をキツく噛みしめている。手加減なんて一切無し。全身全霊、という表現がピッタリだ。
そしてザウィードは盾もろとも貫いてやろうとばかりに、渾身の右ストレートをヨシュアに向けて繰り出す!
しかしながら、その瞬間にザウィードの体はふわっと、後ろに逸らされることになる。
目を点にするザウィード。口は半分ほどぽかんと開けている。何が起こったのか全く理解できていない様子だ。
そこへヨシュアは盾ごとタックルをかますと、不安定な体勢だったザウィードはあっけなく尻餅をついて倒れた。
「ザウィードさん! 畳みかけて!」
少し離れたところからエンデュランスの声が聞こえてきた。するとザウィードはハッとしたような表情を浮かべ、かと思うと素早く立ち上がり、またしても此方に一直線に向かってきた。
繰り出される右ストレート。ローキック。後ろ回し蹴り。左腕をだらんと下げたままのショルダータックル…… 。攻撃を受け止めるたびに盾がチカチカと光った。
その場その場の思い付きのような、身体能力任せの攻撃を、ヨシュアは一つ一つ丁寧に<衝撃吸収>で凌ぐ。それでもザウィードは無力化されることもお構いなしに攻撃を続ける。
バックステップからの前方回転蹴りをヨシュアは難なく躱す。攻撃は確かに不規則だが、殺気が漏れ過ぎていて、攻撃のタイミングは至極読みやすい。
そうしてヨシュアは懐に潜ると、秘かに握っていた左手のナイフでザウィードの脇腹を素早く斬りつける! …… だが、やはりというか、切り裂いたのはザウィードの服だけの様で、ナイフの刃には血の一滴もついていない。
「ハハッ! どうよ、俺の鉄壁は!」
ヨシュアはその言葉を無視して、攻撃をまた丁寧に無力化していく。その間、ザウィードも休むことなく攻撃を続ける。くるくると回りながら連続で攻撃を仕掛けるその様は、まるで独楽のよう。
「知ってるぜ、その技! <衝撃吸収>っていうんだろ!? まったく、驚かされたぜ、初めはなぁ!!」
そう、初めだけ。
今は戸惑う事無く攻撃を続けている。無力化されることを前提にして、此方が<衝撃吸収>を失敗するまでプレッシャーをかけ続ける気なのだ。やはりザウィードが恐れているのは鉄壁の体でも防ぐことのできない<魔封じの光剣>だけ、という事らしい。
けれども、こうも絶え間なく攻め続けられると<魔封じの光剣>を展開する暇がない。だからヨシュアは根気強く耐え続けるしかなかった。
いつまでも続くかと思われた二人の攻防。
だが、戦いの終わりは唐突だった。
何度目かの右ストレートをきっちりと<衝撃吸収>で防ぐと、何故かザウィードが突然膝をついたのだ。よく見るとザウィードの額は汗びっしょりで、呼吸もかなり荒い。
「ハッ、ハッ、ハッ…… 」
ザウィードは苦しそうに胸に手を当てている。顔は苦痛に歪んでいる。
そしてザウィードは「うぅ…… 」と小さく呻き声を上げてその場に倒れ込んでしまった。何が起きたのかヨシュアにはまるで分らなかった。
そこへ、向こうからエンデュランスが此方へゆっくりと歩いてきた。そして奴はこう言った。
「ふーむ。思ったより早く”薬の副作用”が現れましたね」




