届かぬ声
<金色の鬣>のギルドホームを後にしたヨシュアとロイは、昼食を取るべくオルリベスの街を散策していた。だが、お昼時だというのにどの店も廃れていて活気がない。
ロイもいまいち乗り気でないのか、郊外まで戻ろうと言い始めた。
「この辺のオンボロな店より、あっちの方がなんか美味いもんがありそうだ」
「そうだな。宿も考え直した方がいいかもしれない」
「確かにな。でもさっきお前、受付嬢に連絡先渡したばっかじゃねーの?」
「あっ。そうだった」
しまったなぁ、とヨシュアは少し後悔する。
本来ならあの場でギルドの登録でもして、カードも発行してもらって、受付嬢とフレンド登録すれば連絡も気軽に取り合えたのだが、ヨシュアたちはそうしなかった。
というのも、聞くところによると、この街でギルドに登録するのは少々面倒事が多いらしい。何でも一風変わった入団試験が行われるとかなんとか……
結局郊外まで歩いて戻った二人は、定食屋らしき店に入る。メニューの一番上に書かれたおすすめ品を二人して注文すると、出てきたのは肉団子がたっぷり入った醤油ベースのスープとパンのセットだ。これがまた結構美味い。こっちまで戻って来て正解だった、と二人して笑った。
「さあて。これからどうするかね」
腹を満たしたロイが背もたれに体を預けながら言った。
「手がかりも無くなったしな」
「無いことは無いだろ? 面倒なだけで」
ロイの言う通りだ。ギルドの入団試験に合格すればいい。そうすれば、少なくともニアたちが依頼した内容を知ることが出来る。
「ニアたちが依頼を出したのはちょうど一週間前らしい。だから一週間前に何か事件が起きたか聞き込みするのはどうだろう?」
「それこそ面倒じゃねーの? ニアたちの目的自体分かんねーんだから、何聞けばいいかも分かんねーし。それよりは、あの気弱そうな受付の女に、仕事終わりにでも情報を聞き出せないか試した方がよっぽどいいだろ」
「仕事の規則を破らせるってことか? それはアミーテに迷惑がかかるだろう」
「じゃあ、ギルドの試験受けるしかねーな」
ロイは手をひらひらと振りながら言った。俺は別にそれでも構わない、といったスタンスだ。
ギルドの入団試験。それは向こうのギルドの<緑のカード持ち>相手に一分間攻撃を凌ぎきる事。ようは、ちょっとした力試しをさせられるという訳だ。しかしながら、噂ではただの新人虐めらしく、手加減無しで殴られるそうだ。
「まさかビビってんのか?」
「そうじゃないけど、ニアの行方を知りたいだけなのに、大ごとにはしたくないなって」
「逆だろ。ニアの行方を知りたいだけで連中と仲良くする気は無いから、だからこそ遠慮なくぶっ飛ばせるんじゃねーか」
「聖騎士を目指す者だとは思えない発言だな」
「まだ聖騎士じゃねーからな。今のうちに遊んどくんだよ」
ロイの発言にヨシュアは呆れてため息をついた。けれど、考えてみても入団試験を受ける以外に道は無さそうだ。
ここオルリベスの街は<金色の鬣>が統治している。ギルドの許可無しに勝手な行動は出来ない。
街自体も閉鎖的で、他の自治体との交流もほとんどない。むしろ、統治をより強固にするために進んで孤立しているらしい。だから同じ島でありながら<浮雲の旅団>との交流は全く無いし、この街の依頼が<浮雲の旅団>に持ち込まれることも無い。
(もしこの街にニアたちの目的があるなら、ニアが<浮雲の旅団>の力を借りないのも頷ける。むしろ、それ以外の理由が見つからないぐらいだ。だからこの街に絶対手掛かりがあるはずなんだ…… !)
◆
<金色の鬣>のお昼時は今日も静かだ。男たちのせせら笑う声だけが店内から聞こえてくる。活気なんてこのギルドには無い。
でもそれでいい。騒がれるよりよっぽどいい。受付にて一人静かに立つアミーテは、今日という日が何事も無く終わることを祈っていた。
アミーテがこのギルドで働くのは、他に選択肢が見当たらないからだ。そもそも街には選べるほど働き口が無い。閉鎖的なこの街は、人口減少に伴い、あらゆる産業が衰退しているのだ。
アミーテの父は幼い頃に死んだ。だから母が女で一つで育ててくれたのだが、それでも家計はかなり苦しい。四つ下の弟のことを考えると、アミーテも働かなければ生活できない程に追い詰められていた。
アミーテは一人の男を見ていた。スキンヘッドの男は、何を想ったのかテーブルの上に靴を履いたまま立っている。そしてビールジョッキを両手に一気飲みを始めた。
(うぅ…… 止めてよ。何かあったらマスターに怒られるの私なんだから…… )
アミーテは目をつむり、これ以上厄介なことが起こらない様に手を合わせて祈った。多分無駄だろうなと、半分諦めながら。
────ジリリリ♪
突然鳴り響くベルの音。
ちょうどアミーテの真上からだ。
(緊急コール!? しかもコールの差出人はニアさん!?)
今日尋ねてきた二人組が探していた女の子だ。アミーテは間の悪さを感じる。どうしようか? でも、急ぎの救援要請なのだから、この酒場にいる人たちに助けを求めるのが先決だろう。そう思ったアミーテはテーブルの近くまで走って駆け寄ると、酒場にいた人々に向けて叫んだ。
「あのっ! すみませんっ!」
救援要請を伝えることは、受付嬢として当然の行為だ。
それなのに……
一人の男がアミーテの胸ぐらを乱暴につかむ。
先ほど行儀悪くテーブルの上に立っていた男だ。
「なんだ!? 俺のショータイムを邪魔する気か!?」
「ち、違います…… 救援要請が…… 」
あのうるさいぐらいに鳴り響くベルは皆にも聞こえていたはずだ。それなのに誰一人として気にする様子が無い。
(こんなの、おかしいよ…… )
辛くて、怖くて、悲しくて、アミーテは泣きそうになっていた。
「でぇ!? 誰だよ、そのコールをよこして俺の邪魔した野郎は!?」
「ニ、ニアさん…… です…… 」
「はぁ? …… ニア? ニアって、あの生意気な女か! ははっ、こりゃ傑作だ!!」
男はアミーテを投げ捨てると、上を向いて大声で笑い始めた。周りの男たちも愉快そうに笑っている。
けほっ、けほっ、と咳き込みながらもアミーテは立ち上がると、もう一度勇気を振り絞って詳細の説明を始めようとする。
「救援要請があった場所はトーレス山のふもと辺り…… きゃあ!?」
スキンヘッドの男の前蹴りによってアミーテは蹴り倒された。さらに男はあろうことか、持っていたビールジョッキをアミーテの頭の上で逆さまにする。飲み物をかけられたアミーテを、周囲の男たちは馬鹿にしたように笑った。
「おめー、ずっと思ってたけど馬鹿だろ? ニアの事助ける奴なんかこの街にいる訳ないだろ?」
アミーテは唇を噛みしめる。正しいことしているのに、どうして馬鹿にされなきゃいけないんだろう? 悔しくて堪らなかった。
(────そうだ。あの二人組なら…… !)
思い立ったアミーテは立ち上がり、ギルドを抜け出そうとした。が、その前に後ろから蹴られてうつ伏せに倒れ込むと、背中に足を乗せられ、押さえ込まれ、何をしても動けなくなってしまった。アミーテは背丈こそあるが、非力で、ちょっと押さえつけられただけで何も出来なかった。
「ど、どいてください!」
「アミーテ。お前、まさかとは思うが昼間きた男たちに頼もうとか、思ってねーよな?」
スキンヘッドの男がアミーテを睨む。その瞳は、余所者を頼ることだけは絶対に許さないぞ、と言っているようで、アミーテは恐怖で声が出なくなってしまう。
その時だった。
パリン、と窓が割れる音がしたかと思うと、スキンヘッドの男は後ろ向きに盛大に転んだ。割れた窓の奥から緑の線状の物が伸びている。
(あれはマジックワイヤー?)
傭兵ギルドで働いているアミーテはそれが何なのか、何となくだが分かった。
ドアが大きく開け放たれる。
うつ伏せに倒れるアミーテが見たのは、昼間訪れた二人組の若い男たちだった。
ストックが少ないのでこれからしばらく更新が不定期になりますが、完結まで頑張りますので、応援よろしくお願いします!




