ギルド<金色の鬣>
新章突入です!
────ガタンガタン
馬車が揺れている。木々の隙間を縫うように続くこの道は、トーレス山を迂回し、この島の南の街<オルリベス>へと続いている。マーセナルとオルリベスを繋ぐ大事な道路の割には整備が行き届いておらず、馬車に乗る人々はお尻が痛い思いをしていることだろう。
そんな馬車を走って追い越そうとする二人の男がいた。
ヨシュアとロイだ。
「はぁ…… はぁ…… 、やっぱお前、ちょっと早すぎ…… 」
文句を言いながらもしっかりついてくるロイ。走りには自信があるヨシュアにぴったりついて走るロイは、言うまでも無く相当速い。ロイ曰く「本土の人間に走り負けるわけにはいかない。俺たちは泥臭く行かねーと」だそうだ。
馬車から小さな女の子が手を振っている。ヨシュアは馬車と並走しながら、その子に笑顔で手を振り返す。女の子のお母さんと思われる女性が目を丸くしているのがなんだか可笑しい。
ロイが再び聖騎士を目指すと宣言してから、もう既に一月以上経過していた。その間に、ヨシュアとロイは毎朝の様に鍛錬を共にするようになっていた。互いに得意分野が違うので、お互いがそれぞれの師となり、手取り足取り教え合うのである。
まぁ、ロイの口の悪さは相変わらずなので、傍からは仲良く鍛錬しているようには見えないだろう。けれど、喧嘩することはほとんど無い。なぜなら、鍛錬を行う場所はウルプス川のほとりであり、晴れた日はマトも一緒だからだ。彼女の前では、ロイの暴走気味の性格も鳴りを潜める。
傭兵業の仕事も、たまにだが一緒にこなすことがあった。ジークとの二週間で知り合いも増え、興味のある依頼は片っ端から受けた。だから依頼人との人脈も増えた。日々の充実をヨシュアは毎日のように嬉しく思う。
そうしてここ一月ほど、朝は鍛錬を、昼以降は傭兵業を中心に活動を続けていたヨシュアの下に、一通の魔法文が届いた。手紙の差出人はジークである。つい二日前の出来事だ。
手紙にはジークからのお願い事…… では無くて、ヨシュアが知りたがっていた情報について有力なものが得られたという内容だった。
ヨシュアが知りたがっていた情報。
それは『ニア達の行方』である。
そして、最後にニアたちを見たという目撃情報があったのが、今二人が目指す街のギルドということらしい。
ただ、オルリベスの街には悪い噂がある。その事が妙に気になっていた……
何度かの休憩を途中で挟みつつ、マーセナルから三時間ほどで目的地であるオルリベスの街に辿り着いた二人。第一印象は『緑が多いのどかな街』といったところだろうか。
けれど、その印象が正しいのは、街外れの住宅地にしか当てはまらないことがすぐに分かった。
「汚ねー街だな」
「確かに。なんか荒んでるな」
「山超えたとはいえ、同じ島とは思えねぇぜ」
緑は消え、地面は舗装されておらず地肌が剥きだし、ゴミがそこら中に散らばり荒れ放題である。時刻はちょうど正午を過ぎた頃だが、人の行き来は非常に少ない。みんな太陽の下を歩くのを嫌っているみたいだ。
「見ろよあの川。ゴミがうようよと浮いてるぜ」
「ホントだ。ウルプス川とは大違いだ」
「マーセナルなら誰かが川のゴミ拾いの依頼を出す案件だな」
皮肉にも聞こえるロイの言葉にヨシュアは頷くしかなかった。この街の管理者はいったい何をしているのだろう? 治安が悪いと噂されるニューポートでも、ここよりずっと綺麗な街だった。
「とにかくギルドに行ってみようぜ」と言うロイと共に、地図を頼りに更に町の中心地へと進んでいく。日陰で休む周囲の地元民たちから嫌な視線を感じつつ、歩き続ける事約十分。ようやく目当てのギルドに辿り着く。
────ギルド<金色の鬣>
古い木造の大きなだけの建物は<浮雲の旅団>のギルドホームとは似ても似つかない。手入れが行き届いておらず、看板も汚れており、蜘蛛の巣もそこら中に張り巡らされている。自立式の看板を見るに、ここも酒場と一体になっているようだが……
「ここ、やってんのか?」
「窓の外から見た感じでは、人は結構いるみたいだぞ?」
「へー。じゃあ入るか」
ロイは自分の家に入るかのように、特に気後れすることなくギルドホームの扉を開けた。見知らぬ土地において、彼のような物怖じしない性格の仲間が一人いるだけでも心強いなと、ヨシュアは思う。
扉を開けて中に入ると、酒場にいた人々がこちらをジロリと見た。まずは見慣れぬその顔を、次に二人の装備を品定めするかのように眺めている。きっとヨシュアが片腕だということに気付いた者も多くいるだろう。内容までは分からないが、こちらを見ながらひそひそ話をするグループも見られた。
ロイも不穏な空気を感じ取ったらしく、怪訝そうな表情を浮かべている。
「なんだこいつら?」
「…… 行こう。用があるのは受付だ」
「だな」
埃っぽい店内を見渡すと、店の左端に受付が見えた。偶々だろうが、ちょうど浮雲の旅団のホームと同じ場所だ。
受付には大男が二人、先に受付嬢と話していた。受付の黒髪の女は、背は高いが細くて、地味で、気弱そうで、何ともこのギルドに似つかわしくない容姿をしている。
二人の男は恰好から察するにこの街の傭兵らしく、腕っぷしが強そうだ。ヨシュアたちは男の後ろで話が終わるのを大人しく待つつもりだったが、どうも会話の内容が可笑しい。
「なあ、アミーテ。こんなところに突っ立てて楽しいか? あっちで酒でも飲もうぜ?」
「い、いえ。お酒飲めませんし、それに今は仕事中なんで」
「客とかいねーじゃねーか」
「あ、あの、後ろに…… 」
アミーテと呼ばれた受付嬢はこちらの存在に気付いてくれているようだ。だが、男たちは後ろを振り返るも、「誰もいないじゃねーか」と馬鹿みたいに笑いながら言った。
「なぁ、只の雑談ならさっさと順番変わってくれるか?」
しびれを切らしたロイが声を掛けるも、大男たちは無視を決め込む。アミーテは可哀そうに、どうしたらいいのかと慌てている。
ロイが近い方の尻を蹴り上げる!
「痛って!?」
二人同時に振り返る。二人のうちの一人、背の高い金髪ロン毛の男が少し屈みながらこちらを睨み、喧嘩腰で言った。
「あ? 誰だテメー?」
「余所者だよ。だから大人しく待っててやろうと思ったけど、チンタラ話し込むんなら後にしてくれや」
一歩も引く気が無いロイ。喧嘩なら買ってやる、とでも言わんばかりである。いや、先に蹴ったのはロイの方だから、喧嘩を売ったのはロイになるのだろうか?
とにもかくにも、不用意に目立つのはヨシュアとしては避けたいところだが、それも中々避けられそうにない。
まぁ、簡単にロイがやられる訳が無い。男たちは力こそありそうだが、とても強そうには見えない。喧嘩になったら、むしろロイの方を止めないといけないだろう。
とりあえず大男たちはロイに任せてその場からこっそり抜け出すと、ヨシュアはアミーテの横に立つ。少し驚いた表情の彼女に、左手の人差し指を立てて「しーっ」と、騒がないで欲しいとジェスチャーで伝える。
「ごめんな。連れが騒がしくしちゃって」
「いえ、こちらこそうまく対応できなくてすみません」
「俺たち人を探してるんだ。ギルドなら情報が集まってくると思って、キミと話したかったんだよ」
「そう…… だったんですね」
まともに話せそうな相手だと分かって安心したのか、アミーテは胸に手を当て、ほっとしたような表情を浮かべた。歳が近そうに見えるアミーテは、背はたぶんヨシュアより十センチほど高いが、その仕草は可愛らしい少女そのものである。
「探してるのは”ニア”って名前の女の子と、その連れの”ライ”という男性なんだけど、二人のこと何か知ってる?」
「あっ、知ってます! けど…… 」
「けど?」
「随分と前にここへやって来て、でもそれ以来一度も見て無いです」
目撃情報は確かだった。けれどもうこのギルドに顔を出していないらしい。もしかしたらこの街を既に去っている可能性もある。
ロイたちが隣で喧嘩を始めた。目の前で男たちが二人掛かりでロイと争い始めたので、アミーテは落ち着かない様子だ。けど、ヨシュアは全く気にすることなくアミーテに尋ねる。
「ニアたちがどうしてこの街に来たのか、何か聞いてないか?」
「あ…… えっと、依頼を出していました。人を捜していたようです。でも、結局誰も依頼を受けなかったので、恐らく自分たちで捜しに行ったのかと。一週間ほど前でしょうか?」
一週間前? ニアたちがマーセナルからいなくなってもう一月以上経つ。その空白の期間は何があったのだろうか? 質問を重ねても、ニアたちの足取りが中々見えてこない。
「依頼内容見せてもらってもいい?」
「えっと…… すみません。ギルド関係者しか見せることが出来なくて」
「あっ、そうなんだ」
アミーテは申し訳なさそうに頭を下げる。この辺りは<浮雲の旅団>と勝手が違うらしい。でも、それだと情報が途絶えることになって非常に困る。ヨシュアは口元に手を当て、何か他に質問できないか考えてみる。
(いつもならフレンドコールを行えばいいのだけれど、<浮雲の旅団>のカードはここでは使えないしな…… 。仮にここでギルド登録しても、ニアたちとは<金色の鬣>のカードでフレンド登録を行っていないから、結局連絡手段が無いし…… 。相手の居場所が大まかにでも分からないと<念話>も意味無いしな…… )
そんな時だった。
ヨシュアの足元に男が転がってきた。アミーテが「きゃっ!?」と短く悲鳴を上げる。ロイが「あ、わりー」なんて言いながら頭を掻く。
やっぱり喧嘩はロイの圧勝だったようで、二人して床に突っ伏している。
「なんか情報聞けたか?」
「いや、これと言って特には」
「じゃあ一旦出るか」
「ああ、そうしよう」
ヨシュアはアミーテに礼を述べると、「何か分かったらここに連絡して欲しい」と、宿の連絡先だけ伝え、一度ギルドを後にすることにした。




