ホームパーティ
ここがアルルの家…… か。
その日ヨシュアは、魔法文に添付された地図を頼りにアルルの家までやって来た。見上げたそこは二階建ての建物。しかも一階部分は薬局になっているらしい。彼女は一人暮らしだと言っていたが、家の外見を見ると、思った以上に立派な家に住んでいるようだ。
────そう、今日は待ちに待ったヨシュアの誕生日会である。
村に住んでいた時、誕生日は家族に祝ってもらうことはあれど、友人にホームパーティーを開いてもらったことは無い。だからヨシュアにとって初体験で、祝ってもらう側にも拘わらずかなり緊張していた。
早く来すぎてはいけない、という注意書きを守り、指定された時間ちょうどにアルルの家のベルを鳴らす。
魔法文によると、アルルは他に何人かパーティに招待したらしいが、誰が来ているだろうか? アルルの知り合いならハールやケイト、それにマトあたりか? マトが来るならロイも来るだろうか?
────なんて考え事をしていると、玄関のドアが開き、隙間からアルルがひょっこりと顔を覗かせる。
「こんにちは、ヨシュアさん! さすが、時間ピッタリですね! どうぞお入りください!」
アルルの笑顔に導かれるように、大きく開かれた扉をくぐって家へとお邪魔させてもらう。玄関は思いのほか殺風景で、少し予想と違う。なんにでも興味を示す彼女の家なら、物で溢れていそうだと思ったからだ。
でもその理由はすぐにわかった
ヨシュアが物珍しそうに内装を見渡していると、アルルが言った。
「この家の一階部分は、元々薬屋を営んでいた老夫婦が住んでいまして。私はその老夫婦から部屋を借りている、という立場になります。今は旅行で二か月ほど留守にしているので、ここにはいませんけどね。私が住んでいるのはこの二階です。さぁどうぞ」
なるほど、通りで、なんて風に思いながら、アルルの後ろをついて歩く。
一階部分は薬店と老夫婦が住む部屋。二階部分は元々は老夫婦の息子夫婦が住んでいたが、もう別の島へ引っ越したらしく、今はアルルが使わせてもらっているそうだ。アルルはこの家に住みながら薬学を学ばせてもらっており、現在は老夫婦の留守を預かっている。薬店は隔日時短営業を行っており、ギルドへの薬の納品だけはきちんと行っている…… といった話を手短にしてもらった。
「さぁ、パーティー会場に着きましたよ! 皆さんお待ちかねですから、どうぞ開けてみて下さい!」
「俺が?」
「もちろん! なんてったって、今日の主役ですからね!」
天真爛漫な笑みを見せるアルル。主役だと言われると、また余計に緊張してきた。
ヨシュアはドアノブに手をかけ、大きく扉を開ける。
「ヨシュア、お誕生日おめでとー!」
「おめでとー!」
「…… えっ?」
目の前に現れたのはなんとリコッタとミント。しかも何故か猫耳がついたパーカーを着ている。
訳が分からぬまま双子に引っ張られる形で部屋の中へと入るヨシュア。
「あっ、マト」
「お誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう。でも、なんでみんな猫耳?」
「アルルさんが今日はみんなこれを着てお祝いしようって。ほら…… 」
そう言ってマトは部屋の片隅を指さす。そこには猫耳パーカーを着たハールとケイト、それに────
「そのうしろ姿、もしかしてロイか?」
見事に言い当てられて諦めたのか、ロイがゆっくりと振り返り、そしてヨシュアをじろりと睨む。…… かなり不機嫌そうだ。猫耳も心なしか垂れている。その何もかもが可笑しくて、ヨシュアは笑いをこらえきれずに噴き出した。
「笑うなっ!」
憤慨するロイ。その怒りに合わせるように猫耳が頻りに動く。やはり恥ずかしいのか、顔は真っ赤である。
ロイの隣でケイトが茶化す。
「いやいや、笑うなって方が無理でしょ。美味しいポジションだし、今日はどんどん笑われて行こうよ、ね?」
「…… やっぱ帰る」
「もう、ロイ君?」
機嫌を損ねて早くも帰ろうとするロイにマトが詰め寄る。彼女に諭されるとロイも黙って従うしかない。
ここ数日で分かったが、ロイはマトの事が好きすぎて、彼女の頼みは断れないのだ。今日猫耳を被っているのも間違いなくマトにお願いされたからだろう。
…… それにしても、あのロイが猫耳とは傑作だな。
ヨシュアはあらためて部屋を見渡す。
室内は色紙や魔法の電飾などで綺麗に飾り付けられており、中央に並んだサイズも形も違う二つのテーブルの、その上には豪勢な料理の数々が並ぶ。装飾の一つ一つをよく見ると、とても手間がかかっていそうで、これらすべてが自分の為に用意されたと思うと、胸が熱くなってくる。
今日来てくれたのはマトとロイ、ハール、ケイト、そしてリコッタとミントの双子の姉妹である。特にリコッタたちがいたのは完全に予想外だったので、いきなり面食らう形になった。しかも、揃いの黒猫を模したパーカーを着ているのだから、余計に驚かされた。
「ヨシュア君、後ろ…… 」
マトに促されてヨシュアは振り返る。
振り返った先、つい今しがたヨシュアが自分の手で開けた扉の奥にいたのは……
「あっ…… 」
────可愛い。
それ以外の言葉が見つからない。
そこには猫耳パーカーを被ったアルルと、アルルに手を引かれる幼い少女の姿があった。
「もしかして、ティアかい?」
「うん、こんにちは、ヨシュアお兄ちゃん!」
アルルと一緒に部屋にやって来たのはティア。以前アルルが助けた女の子である。ティアはすっかり元気になったようで、皆と同じように猫耳パーカーを着て笑っている。
立ち尽くすヨシュアにアルルが尋ねる。
「どうですか、似合ってますか?」
「う、うん。とっても良く似合ってます。でも、どうやって全員分用意したの?」
猫耳パーカーなんてこの街は勿論、ニューポートでもアリストメイアでもこんな目立つ服は見かけなかった。
「ああ、これは私が姉に頼んだんです。姉はデザイナーなので」
これはまた予想外の答えだ。確かに以前アルルから、家族全員が全く異なる職業に就いているという話は聞いていたが、まさかデザイナーとは……
「姉が服のデザインをして、術式師の兄が術式を刻印する。だから安上がりなんです」
そう言ってアルルは魔法で猫耳をぴょこぴょこと動かして見せる。隣でティアが真似て猫耳をぴょこぴょこさせているのがまた可愛らしい。
「今回の誕生日パーティのことを話したら、姉がぜひ何かデザインしたいと。その案に兄も協力してくれて、感情の動きに合わせて猫耳が動くように改良してくれたんです。二人ともヨシュアさんが”コルト諸島で私を助けてくれた恩人”だと、よく知っていますから」
「わざわざ話していたのか?」
「”わざわざ”じゃないですよっ! 大事なことですから!」
わざとらしく怒って見せるアルル。頬を膨らませるその表情も、ぴょこぴょこと動く猫耳も、反応に困るぐらいいちいち可愛い。
「それじゃあパーティ始めましょうかっ! はい、どうぞ、ヨシュアさん!」
おっと、これまた予想できなかったな……
差し出されたのはヨシュア用の猫耳パーカーだった。視界の奥でロイがほくそ笑むのを、ヨシュアは見逃さなかった。
◆
アルルに笑顔で促され、別室で着替えてきたヨシュア。さっそくとばかりテーブル席に座らされる。両サイドには双子の姉妹が我先にと座った。リコッタはヨシュアの取り皿を勝手に奪う。
「取ってあげる! 何が食べたい?」
「えっと、じゃあ唐揚げとピザと…… あれは何?」
「海老を使った生春巻きね」
「何それ、美味しそう。海老が入ってるなら食べてみたい」
「オッケー! 取ってあげる!」
リコッタと軽快なやり取りをしていると、ミントが隣で囁くように言う。
「”生春巻き”とはお目が高いですね。それ、リコッタちゃんがヨシュアさんの好みを調べたうえで手作りした料理なんですよ」
「ちょっと、ミントちゃん!? 聞こえてるから! というか余計なこと言わないっ!」
相変わらずの双子のやり取りに苦笑いを浮かべるヨシュア。でも素直に嬉しい。
目の前に座るアルルが何やら楽し気ににこっと笑う。
「ふふっ。楽しそうですね、ヨシュアさん」
「うん、おかげ様で」
「今日のメニューの半分以上はリコッタさんが作って下さったんですよ」
「そうなのか?」
ヨシュアがリコッタを見ると、頬に手を当て恥じらいを見せる。
「ちなみにこちらのローストチキンはワレスさんからの差し入れです」
「え?」
「それからサンドイッチはティアちゃんのお母さんの手作りです」
「えぇ?」
「更に言うと、この生ハムとチーズとブドウジュースはジークさんからです」
「えぇ!?」
────どうしてこんなに?
ヨシュア目を丸くして驚いた。
「私の家でヨシュアさんの誕生日会を開くと話したら、皆さんが進んで差し入れを下さったんです。きっと皆さんも、ヨシュアさんのお祝いがしたかったんですよ!」
言葉が出なかった。
たった一月しか関りが無かったはずなのに、こんなにも良くしてくれるなんて。ロイが「泣くなよ?」なんて茶化すけど、でも、ちょっと油断したら本当に泣いてしまいそうだった。
アルルがあらたまって言う。
「ヨシュアさん。今日は十六歳ということで一区切りのお祝いパーティになりますけど、これからまた一年、ううん、その先もずっとずっと、よろしくお願いしますねっ!」
「ああ、勿論だよ。今日は本当にありがとう。それと、これからもどうぞ宜しく」
「…… はいっ!」
次から第四部になります。
これからもどうぞ宜しく、です




