濃密な日々の終わりと始まり
「いらっしゃいませー! 焼き立てパンはいかがですかー!」
「卵をふんだんに使ったふわふわたまごサンド、美味しいですよ!」
「オープン記念半額セールも実施中でーす!」
アルルの良く通る明るい声が響いている。ここ三時間ほど、ずっと声を張り上げっぱなしだというのに疲れを微塵も感じさせない彼女の元気な姿に、ヨシュアも負けてはいられないと張り切っていた。
朝の開店時は静かで客足も悪く、少しばかり焦ったりもしたが、時間が経つにつれてどんどん店に押し寄せるようになり、今では広い店内にお客さんが溢れかえっている。客層としては女性客が多いだろうか。店の外に併設されたイートインスペースも好評のようで、コーヒーを楽しむ若い女性客の姿が目立つ。
入り口前で情宣をしていると、この店のおススメを聞かれることが度々あった。そんな時もアルルのおかげで自信を持って答えられた。単純だけど、お客の為に役に立てたことが実感できて、こちらまで嬉しくなってくる。だからその度に何度も心の中でアルルに感謝を述べていた。後できっちりと口に出して伝えないといけない。
また、店に来るより前にビラを手にしたお客さんも多かった。きっと街の広場にてマトとロイがビラ配りを頑張っているのだろう。二人の努力の成果が目に見えて、ちょっとしたことだけど胸が温かくなった。
(…… でも、ロイの接客の姿ってまるで想像できないんだよなー。あとでマトに様子をこっそりと教えてもらおうか)
昼食は違う種類のサンドイッチとコーヒーを差し入れとして頂きつつ、そのまま夕方まで。そうして開店からおよそ八時間後の十六時過ぎ、見事、予定していたよりも一時間早く完売を達成することが出来た。
後から後から焼き立てを追加することで、九百近くは用意したというパンも、全て綺麗に売り切れたのだという。その数字が凄いのかどうか、ヨシュアには判断できなかったが、そんなことは些細なことだ。関わった人たちの笑顔を見ていると、成功は間違いないのだから。
『パン屋のオープニングセールの呼び込み』という一風変わった依頼も無事に終わり、マトたちとも合流。後はギルドホームの受付に報告すれば終わり。二週間という長きにわたったジークからの依頼の日々にさよならを告げることになる。
少し早いけど四人でご飯を食べに行きませんか、と提案してくれるアルル。なんとも心揺られるお誘いなのだけれど、ヨシュアはそれを断った。
「ごめん! このあとギルドホームにて報告任務があって」
「ならその後でも」
「その後はジークに食事に誘われてて…… 」
ヨシュアがジークの名を出すと、ロイが「なんでアイツに?」と、尤もな疑問を口にする。
「いや、俺も良く分からない。けどまあ、今日はいないけど、二週間ずっと一緒に依頼を受けてきた最終日だから、その辺が関係してんのかなーと勝手に思ってるけど」
そう、ヨシュアも何の要件なのかイマイチわかっていないのだ。
でも誘いはずっと前、予定表を手渡された時から『この日は空けておくように』と言われていたのだ。だから安易に断るわけにもいかない。
◆
名残惜しくもアルル達と別れたヨシュアは、ギルドホームまでゆったり目のペースで走った(といっても一般人からすれば相当速いがペースだったが)。
受付にて簡単な報告任務を済ませ、予定より少し早く指定された店に行く。街外れの喫茶店だ。するとそこには早くもジークが長い脚を組んで新聞片手に待っていた。
「やあ、少年。早かったね」
「ジークさんこそ」
「パン屋が盛況で早めに店じまいしたと噂に聞いてね。少し早めに来てみたんだが、どうやら正解だったようだ」
ジークはいつものように紅茶を啜っている。皿の上に食べかけのサンドイッチも置かれていることから、本当に今来たところなのだろう。
「今日は用事があるみたいでしたけど、どうしたんですか?」
「ん? 何となく理由は分かるだろう?」
「えっと、ロイを引っ張り出して、マトと一緒の時間を作るため」
「うん、半分正解」
ジークは新聞に目を通しながら答えた。
「────で、残りの半分は何ですか? …… って聞き給えよ」
「いえ、なんとなく察しているので大丈夫です」
きっとジークの事だ。ヨシュアとアルルもペアにしてあげた、なんて恩着せがましく言うのだろう。
ヨシュアとしては確かに楽しいひと時を過ごせたので感謝しても良かったが、それでもジークの思い通りに事が運ぶのも少し癪に感じた。敢えて残りを尋ねないのはちょっとした抵抗のつもりだった。
「釣れないなー」などと言いつつ、新聞を畳むジーク。
「さて、ここ二週間の事、色々と聞きたいことがあるだろう? 今日は特別に答えてあげるから、何でも聞いていいよ」
ヨシュアは少し意外に思った。肝心な事は常にはぐらかされていたので、基本的にどんな依頼もなぜ自分が呼ばれたのか分からずにいた。それがここにきて何でも聞いて良いという。
ヨシュアは何から尋ねようかと考えこむそぶりを見せる。
「────うーん。そうですね…… 特に無い、かな」
「おいおい!? そんなことは無いだろう?」
「ははっ、嘘ですよ、冗談です。聞きたいこと、沢山ありますよ」
「嘘だろ?」と焦るジークの姿が何とも可笑しい。
話したがりのジークの事だ、きっと今日のネタ晴らしの日を心より楽しみにしていたのだろう。だからこそ、ジークにとって一番辛いのは「興味が無い」と言われること。この二週間でジークのからかい方も随分と分かって来た。
「まったく、変なとこばかりミスト君に似ないでくれよ?」
「別にミストを真似たわけじゃないですよ? でも、いざ尋ねるとなると、何から聞けばいいやら。そうですね、とりあえず何が目的で俺を連れまわしたんですか? 俺に何を期待してくれたんですか?」
「うんうん。初めの質問としては悪くないね。その話題に触れるためにも、まずはキミが来る前の浮雲の旅団の状況から話そうか。あぁ、そうそう、長くなるかもしれないから、キミも何か頼むといいよ。今日はボクの奢りだから」
”今日も”ジークの奢りということで、メニューを受け取って確認する。
ただの喫茶店だと思っていたが、思いのほか高そうなメニューがずらっと並んでいる。一番上に書かれたお勧めの逸品の欄にはビーフシチューとある。最近食べたメニューとも被らないので、ヨシュアは店員を呼び止めてビーフシチューと、ジークの為に紅茶のお代わりを注文する。
「────さて、それじゃあ本題の前の昔話だ。キミが来る前の<浮雲の旅団>は、実を言うと少しギクシャクしていたんだ」
「仲が悪かったということですか?」
「ちょっと違うけど、そう思ってもらって構わない。具体的に言うと、白と青と緑のカード持ちの間で交流がまるで無くてね。せっかくメンバーは多いのに、皆仲良しグループで固まるのは良くないと思ってさ。特に<白のカード持ち>は中級者以上と交流が無いと、いつまで経っても成長できないだろう?」
ジークの言っている事は何となくだけど分かる。依頼には適正ランクがあるので、必然的にランクの近い者同士で集まってしまう。でも、それだと低ランク者はいつまでも次のランクに上がれない。ジークはそのことを憂いていたのだ。
「それからロイとニアの二人の<緑のカード持ち>も問題だった」
「ニアもですか?」
「ああ。ロイは他人をすぐに見下すし、ニアは他の人を全然頼ろうとしなかったからね。ギルドの高ランクメンバーがそんな様子じゃ、雰囲気が悪くなるのも当然だよね」
そう言えば以前ワレスが「ニアには近寄りがたい雰囲気がある」と言っていたことを思い出す。
「そこでキミに白羽の矢が立ったのさ!」
「突然ですね」
「『片腕の余所者』、『聖騎士見習い不合格者』、『ニアと仲が良い』、『<緑のカード持ち>に匹敵する<白のカード持ち>』、そして困った人を放っておけない『お人好し』。キミにはこのギルドをぐちゃぐちゃにかき混ぜることが出来る面白い要素が沢山揃っていたんだよ」
「…… なんか、あんまり褒められてる気がしないんですが」
「うん、褒めては無いからね。便利だとは思ったけど」
悪びれる様子は一切ないジーク。ただ、ジークのこういった性格にもう慣れていたヨシュアは、気にせず聞き流すことにした。
「そしてボクの目論見はだいたい成功した。キミを中心に上下の交流は活性化したし、ロイの件もキミが上手く治めた。同時にボクの評価もうなぎのぼりだしね。まぁ、ニアの件だけは残念だけど、今はこの街にいないみたいだし、仕方ないね」
「そうなんですか?」
「ああ、ボク独自の情報網によると、この街よりずっと南のギルドに今はお世話になっているらしい」
雨が強く打ち付けるあの日からずっと姿を見ないと思ったら、この街にもういなかったのか。
なんだか深刻そうな顔をして飛び出していったけど、あれから二人は元気にしているだろうか?
ニア達に思いを馳せていると、目の前に注文していたビーフシチューが運ばれてきた。
香りからして分かる。これは絶対に美味い。とりあえず一口…… うん、やっぱり思った通り、いや想像以上だ! 肉もホロホロとほどけそうなほど柔らかく、ほっぺが落ちそうなほどに美味しい。
「────さて、ボクがキミを利用した理由は大かた話したつもりだけど、少年にとってこの二週間はどうだったかい?」
ジークが真剣な表情でこちらを覗いてきたので、ヨシュアは一旦スプーンを置いて、少し考えこむ。
「そうですね。俺にとっても多くの人と話す機会を貰えてよかったです。知識や考え方、考える機会を貰えたことも、きっとこれからの人生に役立つ気がします」
「それは、キミを二週間振り回した分以上の価値がありそうかい?」
「はい、間違いなく」
ヨシュアが即答すると、ジークはたいそう嬉しそうに「それは良かった」と顔をほころばせた。
ジークはいつも何か企んでいるように見えるけど、それはどんな時も他の人の幸せを願っているのだろう。下手に褒めると調子に乗りそうだから口に出しては言わないけれど、確かにヨシュアはジークに感謝していた。
ヨシュアがビーフシチューに舌鼓を打っている間、ジークは計画の細部を話し始めた。
例えばジークの元々のパーティメンバーのこと。彼らは決してジークと喧嘩した訳でなく、ジークが二週間不在の間に高ランクの依頼を片付けてくれていた。自分がいなくてもギルドが回る様に手配してたのだ。
三人の受付嬢もジークの計画を最初から知っていたらしい。折を見てヨシュアをサポートするようにと頼まれていたのだ。
情報収集の一環として秘かにマトと接触していたこともあるらしく、ヨシュアの性格や考え方を知ったうえで、依頼を選んでくれていたようだ。日程の中にニューポートやアリストメイアへの旅を無理やり組み込んだのも、ヨシュアに外の世界を体験させるためだったとか。
そんな感じであれこれ話していると、二人が座るテーブルに一通の魔法文が届く。淡いピンク色の可愛らしい便箋が、魔法によって鳥を形どっていた。ヨシュアの目の前で止まったということから、どうやら宛先はヨシュアらしい。
「誰からの手紙だい? 女性からみたいだけど」
「えっと…… アルルからみたいですね」
ジークからも促され、ヨシュアは魔法文に書かれた内容に目を通す。
「なんて書いてあったんだい?」
「えっと…… 次の休みに俺の誕生日会を開いてくれるらしいです」
「へー! そいつは素敵じゃないか!」
ジークはそう言って大げさに祝福してくれた。
手紙には、「ヨシュアさんの誕生日会を兼ねて、次の休みに私の家でホームパーティを開こうと思うのですが、ご都合いかがですか?」といった内容が丁寧な文字で書かれてある。勿論ヨシュアに断る理由は何もない。ヨシュアはもう既に、今から当日が楽しみで仕方がなかった。




