二人と二人
ロイとの問題を解決したあの日を過ぎてからというものの、時間の経過が妙に早く感じた。肉体と精神の両方を酷使する「討伐系の依頼」が前半に集中していた影響もあるのかもしれない。でも、やはりそれ以上に、任務に集中できる環境と、旅団の中にロイたち以外にも仲間と呼べる存在が出来たことは、ヨシュアにとって非常に大きい。
残りの日程の中で意外と大変だった任務といえば『環状根の修繕作業』である。
白く枯れたマナの根が集まってできた天然の橋、それを平らに加工したものが『環状根』なのだが、やはり根の部分を削るだけでは平らにならず、窪みは石灰などで塗り固める必要がある。
肝心の作業自体は技術的な意味でそれほど難しくはない。ただ、環状根自体が非常に長いのが問題だ。専用の魔法を使うので石灰はすぐに固まるものの、修繕個所も多く、根気強く作業を行う必要がある。しかも交通量の激しい道路ということもあって、交通整備が地味に苦労した。一生懸命働いているにも拘らず、先を急ぐ業者からの苦情も多く、あの時は少し悲しい気分になった。
あとは『コルト諸島の生態調査』。この任務も一日中歩き回ったこともあり、大変だったと言えるかもしれない。
ナハノさんという四十代手前の好奇心旺盛な依頼人の女性と、これまた珍しいものに目が無いアルルがどんどんと奥地へ入っていくので、付いて行くのが思いのほか大変だったのだ。
パーティメンバーは<緑のカード持ち>で固めていたので特に危険な状況にはならなかったものの、常に歩きっぱなしで、ジークも延々と泣き言を言っていた。まぁ、ヨシュアとしては楽しそうなアルルを見れたので、あまり疲れを感じることも無かったのだが。
一番印象的だった依頼と言えば『孤児院の子供に稽古をつけてやって欲しい』というものだ。しかもこの仕事、依頼人はなんとジークエンデ本人である。
このマーセナルの街には、昔から傭兵業が盛んだった弊害で、幼くして親を亡くした子供が多数いる。そんな孤児たちのために、ジークの家は代々長年にわたって支援を重ねてきたそうだ。そしてジークの代になり、孤児院を設立。物資や金銭面だけでなく、衣食住の全てを面倒を見ることにしたそうだ。ヨシュアが不思議に感じていたジークの人望の謎も、彼の背景を知れば自ずと理解できた。
初め、ヨシュアを見た子供たちは、ヨシュアに片腕が無いことをすぐに馬鹿にしてきた。「変なのー」とか「よわそー」とか、好き勝手言ってくれたのだ。
でもそれも、稽古の場で実力を見せると、その蔑むような目はすぐに羨望の眼差しへと変わった。
「うわっ! ピカって光った!」
「スゲー! 今のどうやんの!?」
「俺も盾使いになりたい!」
「なー、あっちで駆けっこして遊ぼう?」
良くも悪くも子供は純粋だった。入れ代わり立ち代わりでヨシュアに「遊ぼう!」とせがむので、ひたすら子供たちに振り回され、お陰でへとへとになるまで走り回ることになった。「また遊びに来て」なんて嬉しいことを言ってくれたが、一人だと大変なので、次はロイ辺りも巻き込もうと思う。
◆
そうして迎えた最終日。パン屋開店セールのお手伝いだ。実に傭兵らしくない任務だが、浮雲の旅団らしい任務ともいえる。昨日は雨が降っていたが、今日は何とか一日晴れそうだ。
パン屋の朝は早い。ヨシュアたちの仕事内容は呼び込みということで仕込みを手伝うことも無いが、それでも早い。今日はマトも手伝ってくれるということになっていたので、いつものウルプス川のほとりで集合したのち、そのまま一緒にパン屋へと向かった。
パン屋のある場所はアルル達が住む街<ウィンベル>の、その近くの馬車乗り場のすぐ隣にある。これから馬車に乗って旅に出かける人々や、長旅を終えた人々をメインターゲットにサンドイッチやコーヒーなどを提供しようとしたのが、開業するきっかけだったそうだ。
今日のメンバーはヨシュア、マト、アルル、そしてジークのはずだったが……
「────あれ、ロイ? どうしてここに?」
なぜかそこにはロイがいた。しかも若干不機嫌そうだ。隣を見るとマトも不思議そうにロイを見ていることから、どうやらマトも知らなかったようだ。
「どうしてって、今朝いきなりジークに呼ばれたんだよ。今日どうしても無理になったから、代わりに来いって」
「へー、そうなんだ。珍しい。でも、急な呼び出しにも拘わらず、よく断らなかったな」
「それはお前…… 」
そこまで言ってロイは口ごもった。その様子を見て、ヨシュアはなんとなく直感した。ヨシュアとマトの二人が同じ空間にいることが気が気でなかったのだろう。
そしてこれは何の根拠もないヨシュアの憶測になるが、ジークがこの場に来ない理由はロイを引っ張り出す為。ロイとマトのデートをサポートする気なのだろう。
ロイがポケットに手を入れ、何やら紙切れを差し出す。元々は魔法文だったようだが、上半分が乱暴に千切られていた。何か見られては困るような、もしくは見られて恥ずかしいような内容でも書かれていたのだろうか。
魔法文の差出人はジークだった。そこには今日の依頼についての指示が書かれてあり、「二人一組となって店の呼び込みを行うこと。ヨシュアとアルルは店の前で、ロイとマトは広場で呼び込むように」といった内容だった。ペア決めまで指定されていることから、どうやらヨシュアの推察は当たっていたらしい。
一足先に配布用のビラを貰っていたロイが言う。
「まぁそう言う事だから、俺らビラ持って向こう行ってくるわ」
そうしてロイたちは二人仲良く並んで広場へと向かった。
その背中を見送っていると、隣りでアルルが「微笑ましいですね」と笑顔を浮かべて言った。裏表のないその笑顔につられ、ヨシュアは「そうだな」と素直に頷いた。
「私たちもビラを貰いに行きましょうか」と言うアルルに連れられ店に入る。既に焼きたてのパンが所狭しと並んでおり、何とも美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。
店主に声を掛けると、カラフルなイラストが添えられたビラと、あとT字型の手持ちの看板を渡された。ヨシュアとしては片手でビラを配るのは無理があるので、看板を掲げるという役割を貰えるのは有難い。
開店時間まであと少し。それじゃあ俺たちも行こうか、なんて声を掛けようとするヨシュアの隣で、アルルがビラを熱心に見つめている。何か面白い事でも書いてあるのだろうか?
「あの、メイリィさん!」
アルルが店主に声を掛ける。「メイリィさん」と呼ばれた店主はこの町に住む三十代の太ましい女性で、人柄もよく、料理上手と評判だ。かねてから自分の店を持ちたいと思っていたそうで、今日ようやく念願が叶うことになった。ちなみに独身らしい。
「なんだい、アルルちゃん?」
「この中ではやはり一番上に描かれた”たまごサンド”がおススメなのでしょうか?」
「そうね。一番売り込みたいのはその商品かしら。あとはコーヒーと野菜たっぷりのベーグルサンドも自信があるの。だからその辺りを宣伝してもらえると助かるわ」
「なるほど。…… あの、良ければでいいんですけど、後でお金払うので、先に商品の味見をさせて貰えませんか? 味を知っておいた方が宣伝しやすいと思うので」
アルルが提案すると、メイリィさんは目を見開いた。
「確かにそうよね! ごめんなさいね、気が利かなくて。すぐに用意するから待ってて!」
「すみません、開店前の忙しい時間に。一つずつで構いませんので、よろしくお願いします」
「いいのよ、いいのよ♪」
メイリィさんは自分の商品に興味を持ってもらえたのが嬉しかったのか、鼻歌混じりにパンを用意してくれた。
店内は忙しそうだからと、店先の長椅子に並んで食べることとなった二人。それぞれの商品を半分ずつ分け合うなんて、まるで恋人みたいだなと思う。ジークがこの場に居たら、間違いなくからかわれていただろう。
「はい、こちらがヨシュアさんの分です」
半分に千切ってくれたパンを受け取るヨシュアは、まずはたまごサンドから頂くことにする。
────ぱくっ。
うん、美味い!
ふわふわの卵とマヨネーズの相性が絶妙で、いくらでも食べられそうだ。卵が変に甘くないのもヨシュアとしてはポイントが高い。きっと男性にも人気が出るだろう。他人に勧める前に味を知ることが出来て良かったと思う。きっかけをくれたアルルに感謝しなければならない。
次に野菜たっぷりのベーグル。こちらは上手く半分にできそうも無いということで、先にかぶりつかせてもらうことになった。
────ぱくっ。
おお! これまた美味い!
シャキシャキレタスと新鮮なトマト、それにチーズとケチャップのハーモニーが素晴らしい。ちょっと食べにくいし形も崩れやすそうなので持ち運びには向かないかもしれないが、店先のカフェエリアで食べるなら十分おススメできる商品だ。
「あっ、ヨシュアさん、コーヒーもどうぞ! ミルクたっぷりの甘めのコーヒーです。苦みが苦手な人でも飲みやすいので、ぜひ!」
そういってベーグルサンドと交換する形で手渡されたアルルの飲みかけのコーヒー。
────って、何を意識しているんだ、自分は。
ふと隣を見ると、ヨシュアの食べかけのベーグルサンドにアルルがかぶりついている。何とも美味しそうな顔して食べるなぁ、なんて眺めていると、アルルと目が合った。
「コーヒーのお味はどうでしたか?」
「え? あ、ごめん、まだ…… 」
ヨシュアは慌ててコーヒーを飲む。
確かにマスターが淹れてくれるコーヒーよりも随分と甘い。別の飲み物にすら感じる。
「うん、こっちも美味しいよ。普段コーヒーを飲まないような人でも美味しく頂けると思う」
「ですよね! 私もそう思います! …… あら? ちょっと動かないで下さいね…… 」
何事かと思うヨシュアの顔の辺りにアルルの手が伸びてくる。
────ぴとっ。
口元に触れるアルルの指。
胸の鼓動が今までに感じたことの無いぐらいに高鳴っていた。
「────はい、取れましたよ、ケチャップ!」
へ?
あっ、そういうことか。
少し拍子抜けというか、勝手に期待した分だけ落差が大きいというか、何事も無かったことに少しほっとしたというか……
────と思ったら、指に付いたケチャップをぱくっ。その可愛い仕草と表情だけで、一度収まりかけた胸の鼓動がまた一気に早くなった。
「どうしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
不思議そうに首を傾げるアルル。そのきょとんとした顔がまた……
なんてことの無いやり取り。だけどこの時ハッキリと分かった。自分はアルルが好きなのだ。ヨシュアはその事を、今になってようやく自覚したのであった。




