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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
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三人の物語


 仕合に敗れたヨシュアは、口をぎゅっと一文字に結び、ロイがその場を早足で立ち去るのを呆然とした表情で見送っていた。



「────良かったのかい、これで?」



 道端で胡坐を掻いて座るヨシュアに、ジークが右手を差し伸べる。その手を取りながらヨシュアは「もちろんですよ」と答えた。寂しさと虚しさを同時に感じているものの、後悔は無かった。


 仕合が終わったにもかかわらず、まだ多くの人々がヨシュアたちを中心に人垣を作っていた。その人垣を何とかしようと、ギルドホームからわざわざ出てきた受付嬢のミストが「終わったのなら解散しなさい!」などと促している。


 仕合を見ていた観衆の一人、スキンヘッドが眩しいワレスがヨシュアに声をかけてきた。



「なんだ、ボウズ、結構派手にやられたな。俺はてっきりボウズが勝つと思ってたんだが…… 」


「すみません、期待に応えられず…… 」


「いや、別に賭け事してたわけでもねーから、別に俺はいいけどよ、でも、マトちゃんのことはいいのか?」


「はい、何も問題ないですよ」



 あっさりと諦めを口にするヨシュアに対し、ワレスは顎に手を当てつつ疑いの目を向ける。



「さてはおめー、初めからこれが狙いか?」


「これ、とは?」


「とぼけんなよ。ロイ坊とマトちゃんの仲を取り持とうとしたのかって聞いてんだ。酒場での一件は俺も目にしたからな。二人がぎくしゃくしてるのは知ってるんだ。だから隠そうったって無駄だぜ」



 意外と鋭い指摘に少しばかり困惑の表情を浮かべていると、隣りに立つジークが冗談交じりに言った。



「実は少年もマト君の事が大好きなんだよ。でも残念なことにマト君はロイの事が好きだった。だから少年は、ロイがマト君の彼氏に相応しいか試したのさ」


「てーことは、なんだ、実はもうフラれてたのか」



 すっかりジークの言ったことを信じたのか、憐れむような目で見ながら肩にポンと手を置くワレス。



「いやいや、ワレスさん。今の全部ジークさんの作り話なんで信じちゃダメですよ」


「ん? そうなのか? なんだ、何が本当か分かんなくなってきたな」


「目の前で起きたことが全てですよ」


「いいや、それは違う気がすんだよなー…… 」



 ワレスは何処か納得のいかない顔をしている。

 とりあえずとばかりにワレスは、ヨシュアの左腕を掴んで酒場へと強引に引き込もうとする。

 正直、今は食事を楽しむ気分になれなかったものの、今日は決して逃さないぞと言わんばかりの圧を感じて、ヨシュアは諦めて引きずられるがままに店へと入る。


 一人の女性を賭けた決闘に敗れたヨシュアは良い話のネタだったのだろう。入店するなり皆から手荒い歓迎を受けつつ店内中央のテーブル席に座らされた。それからは奢りだのほどこしだのと言って、ヨシュアの前に沢山の料理が並べられていく。



「ほらほら、たっぷり食えよ!」

「そうだぜ。フラれた時は美味い飯と美味い酒に限るんだから」

「ちょっと、男ども! ヨシュアはまだ十五なんだから酒を進めちゃダメよ!」



 失恋した男をオモチャに、みんな好き勝手に騒ぎ、楽しそうに笑っている。でもお通夜みたいに暗い食事会になるよりは、こんな風にバカ騒ぎ出来る方がずっといい。少なくともこの時のヨシュアは、寂しさや虚しさを忘れることが出来ていた。







 次の日の朝がやって来た。もちろんヨシュアにも。



「────今日はどうしようか」



 ベッドの上で上体だけを起こしたヨシュアは、誰もいない狭い部屋の中で一人呟いた。朝の日課を欠かす気は無いが、今日ぐらいはウルプス川の近くを走るのは止めておこうか、なんて考えが過ったのだ。


 とりあえずカーテンを開ける。…… うん、まぶしい。天気は快晴。走らない理由は何もない。


 ヨシュアはパパっと着替えを済ますと宿を出た。そして軽やかな足取りで白い石畳の上を走り始める。

 外の澄んだ空気を肺いっぱいに送り込み、代わりに体の中に溜まった悪いもの全部を吐き出すように大きく息を吐く。すると胸の内のモヤっとした感情がすぅーっと消えていくような感じがした。やっぱり走ることは気分がいい。



 足の向くまま、気の向くまま。そうして結局ウルプス川のほとりまで来てしまったヨシュア。いつもの長椅子にはマトと、その隣には一人の男の姿があった。


(まぁ、予想はしていたけどな)


 見なかったことにして回れ右することも出来る。けど、これから毎朝気を遣い続けるのはしんどい。それならとヨシュアは、楽しげに話す二人の背後にそっと忍び寄ると、ロイの背中を思いっきり押し出し長いすから突き落とす。

 不意に背中を押されたロイは、前のめりになりながらも何とか転ばずにすんだ。でも、長いすから離れた一瞬の隙に、マトの左隣をヨシュアに取られてしまう。



「おい、ヨシュア! お前な…… !」



 怒っているのか戸惑っているのか、それともマトと二人でいるところを見られて恥ずかしがっているのか。とにかくいろんな感情が混じったような複雑な表情をしている。とりあえずロイの顔色は真っ赤であることだけは確かだ。



「そこ、俺の席だぞ! どけよ!」



 口調こそ怒っているようだが、実際は違う。恥じらいを隠すためにわざと怒っているようにしか見えないのだ。だからか、憤慨するロイを見るとニヤケが止まらない。



「おい! 笑うな! マトもだぞ! というかさっさとそこどけ!」


「いやいや。最近の俺の定位置はマトの左隣と決まってるんだ。そうじゃなきゃ俺の一日は始まらない。右が空いてるんだから、そっち座りなよ」


「何好き勝手言ってんだよ! 昔からマトの左は俺の特等席なんだよ!」



 何ともくだらない言い争いだった。

 中々席を譲らないヨシュアに業を煮やし、ロイは実力行使とばかりにヨシュアの左袖を掴んで、強引に長いすから引きはがそうとする。

 そこでヨシュアはロイに向かって言ってやる。



「いいのか? 俺がマトの右隣りに座るってことは、彼女と手を繋ぎたい放題だってことだぞ?」



 その一言にハッとした表情を浮かべるロイ。



「…… って、なんか納得しかけたけど、メチャクチャな理屈こねてんじゃねーよ!」


「で? いいのか、手繋いで?」



 再び迫るヨシュアに対し「ちっ」っと舌打ちすると、ロイは結局マトの右隣に座った。腕を組み、不服そうにしているが、その一挙手一投足が何故か可笑しくて笑ってしまいそうになる。



「────なんだよ、二人とも。ジロジロこっち見やがって」



 ロイがじろりとこちらを睨むので、ヨシュアとマトは何でもありませんとばかりに首を横に振った。


 


 それからヨシュアは朝の爽やかな風に吹かれながら、何を話すでもなくぼんやりと川を眺めていた。とりあえずロイをからかうついでに席を奪い取ってみたものの、二人と何を話せばいいか分からなかった。


(二人隣り合って座ってるから、昨日の内にどっちかが告白して付き合ってはいるのは間違いないのだろうけど、だからって俺から”おめでとう”というのも違うしな…… )


 隣に座るマトとロイの間にも会話らしい会話が生まれていない。やっぱりお邪魔だったかなと思い、特に気のきいたセリフも浮かばないので、ヨシュアは席を立つことに決めた。



「あっ、待って」



 マトはヨシュアを呼び止めると、ロイの太もも辺りをポンポンと軽く叩く。ロイは極まりが悪そうにマトを見たが、彼女の無言の圧力に負け、ロイは渋々ながらに立ち上がるとヨシュアの方を向いた。



「ああ…… その、なんだ。何かと突っかかって悪かったな」



 ヨシュアは目を丸くした。失礼ながら、ロイが自分から謝るなんて思ってもみなかったからだ。



「それと、マトから聞いたんだが、俺たち二人を付き合わせるために色々とお膳立てしてくれたんだろ?」


「え?」



 ヨシュアは驚き、思わずマトの方を見た。



「私の推測だけど、間違ってないよね? だって、そうでないとタイミングが良すぎるもの。だからちゃんとお礼が言いたいなって。ね、ロイ君?」


「お、おう。まぁ、そういうことだ」



 二人からお礼を言われるとなんだか背中の辺りがかゆくなってくる。でも、決して悪い気分じゃなかった。



「…… それから、お前には一応宣言しておこうと思うんだが、俺、来年は聖騎士見習い試験受けるから」


「本当か!?」


「ちょ!? なんでお前がそんな嬉しそうなんだよ。なんかキモいぞ?」



 そう言ってロイは興奮気味に話に食いつくヨシュアを制する。



「いや、だって、同じ街に仲間ができるって嬉しいことだし。本島の人間以外で一緒に受験する仲間って貴重だから」



 試験を受ける人間はアリストメイアに暮らす者が大半だ。勿論家柄で合格かどうか決まるわけでは無いが、幼少期からの英才教育がものを言う世界なので、結局は裕福な家庭に生まれたものが有利なのだ。そんな中で自分と似た境遇にあるロイの存在は大きい。



「まぁ、それは分かるけどな。…… だからって訳じゃねーけど、良かったら毎朝ここで稽古の相手になってやってもいい」


「いいのか!?」



 またしても話に飛びつくヨシュアに、ロイは呆れた表情を浮かべる。



「おいおい、だからそんなにはしゃぐなって。…… まぁ、俺としてもお前と稽古するのはメリットがあるというか…… お前も言った通り実力の近い相手は貴重だしな。でも、稽古の時は絶対に手を抜くなよ? 昨日みたいに手加減したら怒るからな?」


「え? それって…… 」


「バレてんだよ。俺たちが付き合うのがお前のシナリオ通りってことは、初めからテキトーなタイミングで負けるつもりだったんだろ? じゃなきゃ、あんな苦し紛れの攻撃が当たるかよ」



 ────ロイの言う通りだった。

 あの時、盾を外した瞬間にロイの攻撃をある程度予測できたので、躱そうと思えばいくらでも攻撃を躱せたのだ。作戦の為にわざと負ける必要があったのだが、既にロイにはバレていたみたいだ。それなら今更取り繕っても意味が無い…… か。



「分かった。訓練の時は昨日みたいに最後の最後まで気を抜かないと誓うよ」


「…… あくまで昨日はわざと負けたって認めないってか。まぁいいけどな。次は勝つだけだから」



 力強い宣言と共にロイがヨシュアを指さす。

 俺も負けないよ、とヨシュアも指をさし返す。


 そんな二人の姿をマトは微笑ましく眺めるのであった。 


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