仕合②
「────両者、分かってると思うけど、これはあくまで仕合だからね。殺し合いじゃないから、相手に一生モノの傷が残るような危険な行動は禁止だよ、いいね?」
仕合を取り仕切るジークの言葉に、ヨシュアとロイは黙って頷く。
ヨシュアとロイは向かい合うようにして立つ。
その距離およそ五メートル。
大勢の人々が見守るなか、ヨシュアたちは静かに試合開始の合図を待っていた。
期せずして、お互い聖騎士見習い試験の時と同じ装備だった。
訓練用の剣に、盾、マジックワイヤーの三つ、それがロイの装備品だ。
対するヨシュアも、剣こそ持てないが、盾とワイヤーの二つを装備している。
試合はどちらかが有効打を入れた方が勝ち。その判断はジークに委ねられているが、この期に及んで自分に不利な判定を下すことは無いだろうと、ロイは確信していた。勿論、ジークもそんなつもりは毛頭ない。
ジークが深く息を吸う。
右手を高々と上げ、そして────
「始め!」
仕合開始の掛け声。
その合図とともに距離を詰めたのはロイだった。盾を前面に押し出しつつ駆け寄ると、横薙ぎ一閃に斬りかかる!
────だが、その剣は見事に弾かれてしまう。
(ちっ、これが噂の…… )
話には聞こえていたが、まさか初見でタイミングを見切られるとは思わなかった。でも、全く予期していなかったわけでは無い。ロイはそのまま落ち着いて間断なく攻め立てる。そしてヨシュアはその全てを<衝撃吸収>で防ぎきる。
(確かに凄いセンスだが、守ってばかりじゃ勝てないんだぜ?)
仕合開始前こそ動揺していたロイだが、今はこれ以上ないほどに戦いに集中していた。
ロイは相手の出方を見ながら激しい剣戟を浴びせていく。それでも守りを固めるヨシュアを中々に崩せずにいたが、焦りを感じることは無い。むしろヨシュアの反撃を待つ心の余裕があった。
(…… ここだっ!)
大ぶりの一発が防がれ、少しばかりバランスを崩した。
その隙を逃さず反撃に出るヨシュアだが、それもロイの作戦の内だった。
盾を押し出すように突撃してくるヨシュアを、大きく横に飛んで躱す。
そして、そのままくるりと反転しつつ────
「マジックワイヤー、ハードウィップ!」
鞭のようにしならせたワイヤーで、ヨシュアのガラ空きの背中を狙い打つ!
しかしヨシュアはそれを寸前のところで屈んで躱すと、素早く上体を起こして再び防御態勢を整えた。
人垣の中からヤードの「惜しい!」という声が聞こえてきた。ロイも同感だったが、ヨシュアの表情を見るに、まだ落ち着きが見て取れた。
(あれぐらい余裕ってことか…… ?)
それならと、ロイは盾を前面に左足を前へ、腰は低く落とし、剣を引いて構える。狙いは最短距離から繰り出す最速の突きだ。一方の対峙するヨシュアは動かない。あくまで迎え撃つ気なのだろう。
「────いくぜっ!」
大きく地面を蹴って一気に距離を詰めるロイ。右手に持つ剣を突き出し、ヨシュアの顔面目掛けて攻撃を繰り出した。ヨシュアはその攻撃に対し、盾を少し持ち上げつつ<衝撃吸収>で完璧に防いで見せる。
盾が光った。淡い緑の光だ。けど、ロイは気にせず右足に力を込める。
ガシッと、木製の盾同士がぶつかり合う乾いた音が響く。突きと刹那だけ拍子をずらした突撃にタイミングを合わせられず、ヨシュアは後方へとよろける。突き攻撃を弾かれてもなお攻め手を緩めない、ロイの強引な攻めが、ヨシュアの防御を崩した瞬間だった。
「そこっ!」
ロイは間髪入れずに、右手のワイヤーの<ポイントショット>をヨシュアに向けて放つ。狙いは、よろけるヨシュアの足元だ。
しかし、この攻撃もまた防がれてしまう。何とヨシュアはロイが放つワイヤーの先端に向け、自分もマジックワイヤーを射出。<ポイントショット>同士をぶつけ合い、絡めとってしまったのだ。それは攻撃のタイミングを完璧に見切るヨシュアならではの、高度な防御法だった。
(なんだこいつ? 今まで戦った誰よりも攻撃の糸口が見えない)
反撃が少ないヨシュアからはそれほどプレッシャーを感じない。それなのに、聖騎士見習い試験で味わった時と同じような、先の見えない絶望のようなものを感じる。
ロイは首を激しく横に振った。悪いイメージを振り払うように。そしてキッとヨシュアを睨む。
そして、またしてもロイの方から接近すると、高く跳びあがり前方にくるりと一回転しつつ、ヨシュアの脳天目掛けて遠心力たっぷりの一閃を見舞う!
けれどヨシュアも黙っていない。
ヨシュアはロイが跳びあがるのとほぼ同時に左回りにその場で一回転。スピンと同時に頭の斜め上あたりでロイの剣を、左腕に巻き付けた盾で受け止めた! 当然のように<衝撃吸収>も成功させつつ、である。
しかもヨシュアは、スピンの勢いそのままにロイの脇腹に左後ろ回し蹴りを決めて、ロイを空中で蹴落としてしまった!!
その様子をたまたま人垣に混じって見ていたマシューは思わず舌打ちした。
ヨシュアの技は、以前マシューが<這い出る土竜>相手に決めた回転蹴りと同じものである。確かにあの時ヨシュアは妙に食いついてきたが、まさかここまで完璧にコピーされるとは思ってもみなかった。
蹴り落とされ、そのまま固い地面に叩き落されたロイ。
痛みで顔を歪ませつつ、反射的にジークの方を見た。けど、まだジークは勝者の宣言をしない。それはつまり、勝負はまだ続いていることを意味する。
(…… 当たり前だ。こんなんで有効打になんかなるもんかよ)
ふらふらと立ち上がるロイ。痛みは感じるものの、まだ全然平気だった。
けれど、どうすればヨシュアの守りを攻略できるか、その足掛かりを掴めずにいた。
それなら、とロイはヨシュアに向けて叫んだ。
「おい、ヨシュア! 告白するって派手に宣言した割には、カウンター狙いの攻撃しかできないのかよ。そんなんでよく大口をたたいたもんだな! それとも、自分からは怖くて攻められないか?」
唐突に話しかけられヨシュアは訝しむような表情を浮かべる。
が、ロイの発言にも冷静に言葉を返してきた。
「これが俺の戦闘スタイルだ。いくら挑発されても、戦い方を変える気は無いぞ」
「へー。なるほどな。つまり”今までも、そしてこれからもずっと”って訳だ。まあ別にいいけどよ、でも、相手の懐に飛び込む怖さも知らないような、自分から攻める勇気も無いようなヤツなんかに、聖騎士が務まるもんかねぇ?」
馬鹿にするロイの一言に、ヨシュアは眉間にしわを寄せた。
でも、ヨシュアも黙ってばかりではない。すぐさま反論に出る。
「攻める勇気って…… お前も無かったろ?」
「は? 何処がだよ? 終始俺の方が攻めてたじゃねーか」
「いやいや、俺が言いたいのは、”好きな人に告白する勇気は無かっただろう?”ってこと。違うか?」
「なっ…… !」
ロイは思わず黙ってしまう。すぐ側でジークがくすくすと笑うのがロイの神経を逆なでた。
「くっそ…… !」
ロイは汚い言葉を吐き捨てると、両手を前に突き出し、二本のマジックワイヤーを同時に操って攻め立てる。距離を置いての攻防なら自分に分があると踏んだのだ。
ロイの考えは間違いじゃなかった。でも効果的でも無かった。ロイのワイヤー捌きは、レオに遠く及ばない。ヨシュアからすれば避けるのは容易いのだ。右へ左へ、ワイヤーをギリギリで躱していく。一見するともう少しで直撃しそうに見えるが、ヨシュアの心には余裕があった。
そうとは知らず攻めるのに必死だったロイ。目の前にいきなりワイヤーが飛んできて慌てふためく。ロイはそれを何とか盾で防ぐが、ワイヤーはポイントショットだったようで、ヨシュアは盾に吸着したそれを利用して、ロイの体勢を前のめりに崩す。
膝をつくロイ。
一気に接近してくるヨシュアに対し、ロイは右手のワイヤーで迎え撃つものの、これも簡単に躱されてしまう。
そしてヨシュアはロイの盾をワイヤーで封じたまま左側面に回り込むと、膝をつき頭の下がったロイの頭部目掛けて右膝蹴りを見舞う!
(…… 負けたくねぇ!)
こいつにだけは負けたくない。
その一心でロイは右手の剣を手放すと、右の手のひらでヨシュアの膝を受け止める。
しかしヨシュアは、そのガードの上からも遠慮なく、もう一度膝蹴りを繰り出してきた。
(くっそぉ…… !!)
ロイは無我夢中だった。
使い物にならない盾をパージして外すと、左手を前へ、膝蹴りを繰り出すヨシュアに向けてワイヤーを放つ!!
苦し紛れのポイントショットによる一撃は確実にヨシュアを捉えた。
胸元に重たい一撃を喰らったヨシュアはふわっと宙に浮いたかと思うと、そのまま背中から仰向けになって地面に倒れ込んだ。
「────そこまでっ! 勝者、ロイっ!!」
ジークの声が響く。
この声に反して見守っていた人々は静まり返っていた。
どいつもこいつも”何が起きたのか分からない”といった表情を浮かべていた。
でも、混乱していたのはロイも同じだった。
仰向けに倒れ込むヨシュアは苦しそうに咳き込んでいる。
(はぁ…… 、はぁ…… 、俺が勝ったのか?)
まるで実感が無かった。
正直負けたとさえ思った。
(────でも、俺が勝った!)
ロイは立ち上がるとヨシュアを見下した。
だが、ヨシュアは上半身を起こし胡坐を掻くと、口元に微かな笑みを浮かべて言った。
「負けたよ。やっぱり強いな」
充実感に満ちた清々しい言動と表情。
その妙に落ち着いた物言いにロイはムッとして言い返す。
「ちっ。なんだよ。負けたんだからもっと悔しがれよ。告白する権利を奪われたんだぞ?」
「…… だな。でも、俺がロイに仕合を申し込んだ一番の理由は『片腕でも強く成れる』ってことを認めて欲しかったからなんだ」
「…… は? それってどういうことだよ」
「そのまんまさ。強かったか、俺?」
ヨシュアは胡坐を掻いたまま、静かに視線を投げかける。
その瞳は深く澄んでいて、でも何処か物悲しくて……
ロイは真っ先に浮かんだ罵りの言葉を呑み込むと、正直な想いを口にした。
「…… まあ、弱くは無いんじゃねーの」
「…… そっか」
その言葉を聞いてヨシュアは弱々しく笑った。
「マトを待たせてあるって話、本当だからさ、告白するかどうかは別として、会いに行ってやってくれないか?」
「でも、マトはお前を待ってるんだろ?」
ヨシュアは無言で首を横に振る。
「そうだけど、そうじゃない。きっとロイに会える方が彼女も喜ぶよ」
ヨシュアは目を伏せながら、少し寂しそうにそう言った。
ロイはヨシュアの言葉をどう受け止めればいいか少し迷ったが、ため息をつきつつ、「…… 仕方ねぇな。会うだけだぞ」と言うと、踵を返し、マトが待つであろうあの場所へと早足で歩き始めた。




