二人の過去
馬車にて、向かい合うように座るジークとヨシュア。
二人の両隣にはそれぞれ女の子が二人ずつ座っている。まさに両手に華、という状況なのだが、二組の様子は大きく異なっていた。
ジークたちは、それはもう大いに盛り上がっていた。バカ騒ぎと言ってもいい。ジークが語る武勇伝にエスカたちは大げさに反応を返し、その反応を見て気分を良くしたジークが声の調子を更に上げていくのである。
対するヨシュアたちは妙に静かだった。理由は分かっている。リコッタの口数があまりにも少ないせいだ。
リコッタの顔は赤く、視線は下へ。右手はヨシュアの左手をぎゅっと握りしめている。時折こちらをちらっと見ては、また視線を下げ、恥ずかしそうに俯く。これではまるで……
【まるで恋だね】
「なっ!?」
脳内にいきなり響くジークの声。
その声に驚き、戸惑い、思わず漏れ出た声に、リコッタとミントは不思議そうな顔でこちらを見てくる。
【それは恋だよ。ボクが言うのだから間違いないね】
ジークはこちらを一切見ることなく、隣りの女子たちと喋りながら<念話>を送って来ている。なんとも器用な奴だ。
しかしながらヨシュアは、ジークのからかいの言葉を否定できずにいた。思い当たる節もある。むしろ否定するほうが難しいというものだ。
◆
そんな調子で馬車に揺られること実に五時間。ようやくマーセナルの街に戻って来た。日はとうに沈み、薄暗くなった街を街灯の暖かな光が照らす。
大通りを抜け、ギルドのある酒場近くの馬車乗り場まで乗せてもらった一行は、運転手に礼を言って別れを告げる。
「さて、お腹もすいたし晩御飯でも食べていこうか」とジーク。いつもなら酒場で夕食なんて食べないのに、今日は美女とご一緒するらしい。
大きな荷物を肩に担ぎ、ジークの後を追って酒場に向かおうとしたヨシュア。ふと視界の片隅に、長いすに座る人影が見えた。それは馬車を待つ人々が座る椅子なのだが……
「あれ? もしかして…… マト?」
その椅子に座るのはマトだった。
────けど、何故こんなところに?
どうしたんだ? と気軽に声を掛けようとしたところで、彼女の異変に気付く。どういう訳か表情が妙に暗いのだ。彼女のこんな顔は見たことが無い。…… いや、一度だけあるじゃないか。
そうだ、あの時、ロイとひと悶着あった時も彼女の表情は悲しみに沈んでいた。あの時と一緒だ。
マトがヨシュアを見た。その目は赤く腫れていた。ついさっきまで泣いていたのかもしれない。でも、もしそうだとしたら原因は何だ?
ヨシュアは後ろを振り返り、皆に先に店に入っておいて欲しいと伝える。ジークが気を利かせてくれたみたいで、リコッタを宥めつつ、先にギルドホームに向かってくれた。
二人きりになると、ヨシュアはマトの隣に静かに腰を下ろした。
目の前に見える景色は違えど、いつもと同じ彼女の左側である。
「何があったのか聞いてもいいか?」
「その前に、その…… ごめんなさい。ペンダント無くしちゃった」
マトの言葉を受けてヨシュアは彼女の胸元あたりを見た。マトの言う通り、そこにあるはずのペンダントが無い。
だから気落ちしていたのか、と納得しかけるものの、マトが「その前に」と言ったことを思い出す。それはつまり、本題は別にあるということだろう。
「ペンダントの事は少し残念だけど、無くしてしまったものは仕方が無い。それで…… 他にも何か伝えたいことがあるんだよな?」
ヨシュアが尋ねるとマトはコクリと頷いた。そして、少し考えこんだのち、重たい口を開く。
「話すべきか少し迷うのだけど、今朝起きたことを聞いて欲しくて。ペンダントにも関わることだから」
「…… 分かった。ゆっくりでいいから聞かせてくれないか?」
マトはまた一つ頷くと、静かに語り始める。
「今日の朝、私がいつもの長いすに座って本を読もうとしたときにね、後ろからロイ君に声を掛けられたの」
────ロイ…… か。
彼の名を聞くだけで、何とも嫌な気分になる。
「それでね、最初は何事も無かったというか、あの時の事も”ごめんな”って謝ってもらえたし、その言葉を聞けて嬉しかったし、何より昔みたいにお話できたことが楽しくて…… 」
そこまで言って彼女は声を詰まらせる。
その目には涙をいっぱいに溜めていた。
「────それで、話の途中でロイ君に聞かれたの。”そのペンダントは誰からもらったんだ”って。私、その時、聖騎士の試験のこともあって”ヨシュア君の名前を出すとロイ君嫌かな?”って思って、咄嗟に「お母さんにもらったの」って嘘ついたの。でも、その嘘はすぐにバレて…… 」
マトは眼鏡を一度外すと、いつの間にか頬に流れ落ちていた涙を拭い、話を続ける。
「────そこからはずっとヨシュア君との関係を聞かれ続けて、”何も無いよ”って言っても信じてくれなくて、それから、それから…… 」
再び言葉を詰まらせるマト。
それでも彼女は懸命に言葉を絞り出すようにして言った。
「────ロイ君がおもむろに私の首に手を伸ばして、ペンダントの紐を引きちぎったかと思うと、川に向かって投げ捨てちゃって…… 」
ヨシュアは黙ってマトの話を聞いていた。
何か優しい言葉をかけるべきなのだろうが、気の利いた言葉の一つも出てこなかった。
「私、捜したんだけど、いくら捜しても見つからなくて、どうしても、見つからなくて…… 」
「分かった。もう、充分だ」
涙声で話すマトの言葉に耐えきれず、ヨシュアは話を途中で遮った。
小さく肩を震わせるその姿が愛おしくて、優しく抱きしめてあげたい衝動に駆られる。けど、抱き寄せようにも右腕が無くて、虚しくて、結局ヨシュアは何もできずにいた。
重たい沈黙。
一体どうすればいいのだろう?
ただ、ここで重要なのは”マトがどうしたいのか”だと思ったヨシュアは、出来るだけ優しく彼女に尋ねてみる。
「なぁ、マト。マトはどうしたい?」
「どう…… って、そんなのわからないよ…… 」
「ロイには謝って欲しい? 仲良くなりたい? それとも、もう会いたくないか?」
ヨシュアに「もう会いたくないか?」と尋ねられると、マトはハッとしたかのような表情を浮かべ、首を横に振って「それは嫌だ」と強く否定する。
「会えなくなるのは寂しいよ」
「そっか。あれだけ酷いことされても、嫌いにはなれないんだな」
「…… うん。ちょっと自分でも可笑しいと思うけど」
「いいや、そんなことはないよ」
ヨシュアは少しばかり嘘をついた。今はそうすべきだと思ったからだ。
「そうだな…… 良かったらさ、昔のロイの事、話してくれないか? できればマトとロイが仲良かった頃の話がいい」
ヨシュアに思いがけず昔話をせがまれたマト。
少し意外そうな顔をしたものの、落ち着いた口調で話し始める。
「仲良かったのはちょうど二年ほど前、聖騎士の試験を受けるまでは結構仲良かったんだ。あっ、でも、一度試験に落ちた後も会話する機会は減っちゃったけど、まだ仲は良かった…… ように思う。でも、やっぱり二年前辺りが一番仲良かったかな。ここ最近のヨシュア君と同じように、毎朝川のほとりまで会いに来てくれてたし」
「ロイが?」
「うん。ヨシュア君と同じように、朝の鍛錬のついでだったけど」
────そうだったのか……
自分から尋ねておきながら、何だか穏やかな気分でいられなかった。
そう、たぶんこれは”嫉妬”という感情だ。
「性格は、気の強い部分とかは今とそう変わらないけど、でも優しいところも多かったよ。どんなお話にもちゃんと耳を傾けてくれたし。ロイ君のお話は、聖騎士への憧れを語るものばかりだったけどね」
そう言ってマトは可笑しそうに笑う。
当時の事を振り返るマトは少し楽しそうで、良い笑顔で、幸せそうで、それだけで二人の関係が良好だったと推察できる。
「私、あんまり聖騎士のこと知らなかったから、図書館で本を借りて、少しずつ勉強もしたんだよ」
────なるほど、通りで……
この前図書館で見つけた騎士を題材にした本。
その大半を既に読み終えていると聞いて、あの時はてっきり、そんなにも本が好きなんだな、という感情しか持たなかった。けど、今の話を聞いて、それだけでないと理解した。…… なんだかやっぱり複雑な気分だ。
でも、ヨシュアはマトが語る昔話を黙って聞いておくことにした。
二人の関係を知る事こそ、今回の件を解決する糸口になる気がしたからだ。
そして一通り話を聞き終えたヨシュアは、失礼だと分かっていながら敢えて踏み込んで質問してみる。
「一つ聞いてもいいか?」
「うん」
「マトは、ロイの事が好きだったのか?」
「えっ…… ?」
驚いた表情のまま固まるマト。
対するヨシュアは努めて穏やかに振る舞う。
ロイの追及とは違い、脅迫めいたものではないと分かったマトは、少し俯きながらも自分の気持ちを正直に話す。
「二年前はそうだったかも。今は…… 分からないや」
「そっか」
答えを聞いたヨシュアは優しく笑いかける。作り笑いだったけど、そこまで不自然ではないはずだし、別にバレても構わなかった。
マトも笑った。たぶんマトの笑顔も悲しみを隠した作り笑いなのだろう、とヨシュアは感じた。
◆
その後も昔話を中心に話を聞いて、それからマトを家まで送った。彼女は一人でも帰れると言ったが、暗い夜道の中、落ち込む彼女を一人にするのは気が引けて、ヨシュアはついて行くことにしたのだ。
その後、ヨシュアはギルドホームまで戻って来た。
マーセナルの街に戻ってきてから二時間ほどは経過していた。多分みんなもう帰っただろうけど、もしも待たせていたなら申し訳ないと思い、こうして戻って来たのだ。
大きな扉を開け、店内を覗く。一階部分の酒場は遅い時間にも拘わらず満席だ。(奥の席ではワレス達がはしゃいでいた)
やっぱりジークたちはいないか、と思いつつ、一応二階席も覗いてみる。
すると────
「やあ、少年。遅かったじゃないか」
と、手を挙げてこちらを呼ぶジークがいた。
ジークは二階席の端、二人客用のテーブル席にて待ってくれていた。さすがに他のメンバーは帰ったみたいだけど、それでも待っていてくれたのは有難い。
実を言うと、ヨシュアはマトとの話を聞いて感じたことをジークに聞いてもらいたいと、その上で何か意見が欲しいと感じていた。相談者としてジークを選ぶのはどうかとも思ったが、良好な人間関係を築くという点で、彼の右に出る者はいないはずだ。
ジークはメニュー表を差し出し「今日はおごりだ」と言ってくれる。まぁ、こうして食事をする際はいつも奢ってくれているから、「今日は」では無く「今日も」なのだが。
「有難うございます」と礼を述べつつ二品、それと一緒に紅茶のお代わりも注文する。
頼み終えると、さっそくジークが尋ねてきた。
「さて少年。キミはボクに何か尋ねたいことがある。それもロイ君絡みで。違うかい?」
「────マトとの会話を聞いてたんですか?」
「いいや。でも、この前酒場で起こった騒動は耳にしている。人徳もあるからね。情報は自然と集まってくるんだ。例えば、今日マト君が無くしたペンダントを必死に探していたことも、既に把握済みだよ」
ヨシュアは素直に感心した。
まだこの街に戻ってきて二時間足らずだというのに、既に重要な情報はあらかた収集済みだということらしい。
「おいおい。そんな意外そうな目で見るなよ。ボクが出来る人間だと、キミもよく知っているだろう」
「そうですね。ついつい忘れそうになりますが、そうでした」
「…… 意外と辛らつだな、キミは。やっぱりミスト君に似てきたんじゃないだろうね? 困るから止めてくれよ?」
ジークはそう言って苦笑いを浮かべる。
かと思うと、今度は一転して真剣な顔つきでヨシュアに尋ねた。
「さて、ある程度予想はつくが…… 今日聞いた内容と、キミがどう思ったか、マト君がどう思っているか、話を聞かせてくれるかい?」




