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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
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二人の過去


 馬車にて、向かい合うように座るジークとヨシュア。

 二人の両隣にはそれぞれ女の子が二人ずつ座っている。まさに両手に華、という状況なのだが、二組の様子は大きく異なっていた。


 ジークたちは、それはもう大いに盛り上がっていた。バカ騒ぎと言ってもいい。ジークが語る武勇伝にエスカたちは大げさに反応を返し、その反応を見て気分を良くしたジークが声の調子を更に上げていくのである。


 対するヨシュアたちは妙に静かだった。理由は分かっている。リコッタの口数があまりにも少ないせいだ。

 リコッタの顔は赤く、視線は下へ。右手はヨシュアの左手をぎゅっと握りしめている。時折こちらをちらっと見ては、また視線を下げ、恥ずかしそうに俯く。これではまるで……



【まるで恋だね】


「なっ!?」



 脳内にいきなり響くジークの声。

 その声に驚き、戸惑い、思わず漏れ出た声に、リコッタとミントは不思議そうな顔でこちらを見てくる。



【それは恋だよ。ボクが言うのだから間違いないね】



 ジークはこちらを一切見ることなく、隣りの女子たちと喋りながら<念話テレパス>を送って来ている。なんとも器用な奴だ。

 しかしながらヨシュアは、ジークのからかいの言葉を否定できずにいた。思い当たる節もある。むしろ否定するほうが難しいというものだ。









 そんな調子で馬車に揺られること実に五時間。ようやくマーセナルの街に戻って来た。日はとうに沈み、薄暗くなった街を街灯の暖かな光が照らす。


 大通りを抜け、ギルドのある酒場近くの馬車乗り場まで乗せてもらった一行は、運転手に礼を言って別れを告げる。


 「さて、お腹もすいたし晩御飯でも食べていこうか」とジーク。いつもなら酒場で夕食なんて食べないのに、今日は美女とご一緒するらしい。


 大きな荷物を肩に担ぎ、ジークの後を追って酒場に向かおうとしたヨシュア。ふと視界の片隅に、長いすに座る人影が見えた。それは馬車を待つ人々が座る椅子なのだが……



「あれ? もしかして…… マト?」



 その椅子に座るのはマトだった。

 ────けど、何故こんなところに?


 どうしたんだ? と気軽に声を掛けようとしたところで、彼女の異変に気付く。どういう訳か表情が妙に暗いのだ。彼女のこんな顔は見たことが無い。…… いや、一度だけあるじゃないか。


 そうだ、あの時、ロイとひと悶着あった時も彼女の表情は悲しみに沈んでいた。あの時と一緒だ。


 マトがヨシュアを見た。その目は赤く腫れていた。ついさっきまで泣いていたのかもしれない。でも、もしそうだとしたら原因は何だ?


 ヨシュアは後ろを振り返り、皆に先に店に入っておいて欲しいと伝える。ジークが気を利かせてくれたみたいで、リコッタをなだめつつ、先にギルドホームに向かってくれた。




 二人きりになると、ヨシュアはマトの隣に静かに腰を下ろした。

 目の前に見える景色は違えど、いつもと同じ彼女の左側である。



「何があったのか聞いてもいいか?」


「その前に、その…… ごめんなさい。ペンダント無くしちゃった」



 マトの言葉を受けてヨシュアは彼女の胸元あたりを見た。マトの言う通り、そこにあるはずのペンダントが無い。

 だから気落ちしていたのか、と納得しかけるものの、マトが「その前に」と言ったことを思い出す。それはつまり、本題は別にあるということだろう。



「ペンダントの事は少し残念だけど、無くしてしまったものは仕方が無い。それで…… 他にも何か伝えたいことがあるんだよな?」


 

 ヨシュアが尋ねるとマトはコクリと頷いた。そして、少し考えこんだのち、重たい口を開く。



「話すべきか少し迷うのだけど、今朝起きたことを聞いて欲しくて。ペンダントにも関わることだから」


「…… 分かった。ゆっくりでいいから聞かせてくれないか?」



 マトはまた一つ頷くと、静かに語り始める。 



「今日の朝、私がいつもの長いすに座って本を読もうとしたときにね、後ろからロイ君に声を掛けられたの」



 ────ロイ…… か。

 彼の名を聞くだけで、何とも嫌な気分になる。



「それでね、最初は何事も無かったというか、あの時の事も”ごめんな”って謝ってもらえたし、その言葉を聞けて嬉しかったし、何より昔みたいにお話できたことが楽しくて…… 」



 そこまで言って彼女は声を詰まらせる。

 その目には涙をいっぱいに溜めていた。



「────それで、話の途中でロイ君に聞かれたの。”そのペンダントは誰からもらったんだ”って。私、その時、聖騎士の試験のこともあって”ヨシュア君の名前を出すとロイ君嫌かな?”って思って、咄嗟に「お母さんにもらったの」って嘘ついたの。でも、その嘘はすぐにバレて…… 」



 マトは眼鏡を一度外すと、いつの間にか頬に流れ落ちていた涙を拭い、話を続ける。



「────そこからはずっとヨシュア君との関係を聞かれ続けて、”何も無いよ”って言っても信じてくれなくて、それから、それから…… 」



 再び言葉を詰まらせるマト。

 それでも彼女は懸命に言葉を絞り出すようにして言った。



「────ロイ君がおもむろに私の首に手を伸ばして、ペンダントの紐を引きちぎったかと思うと、川に向かって投げ捨てちゃって…… 」



 ヨシュアは黙ってマトの話を聞いていた。

 何か優しい言葉をかけるべきなのだろうが、気の利いた言葉の一つも出てこなかった。



「私、捜したんだけど、いくら捜しても見つからなくて、どうしても、見つからなくて…… 」


「分かった。もう、充分だ」



 涙声で話すマトの言葉に耐えきれず、ヨシュアは話を途中で遮った。

 小さく肩を震わせるその姿が愛おしくて、優しく抱きしめてあげたい衝動に駆られる。けど、抱き寄せようにも右腕が無くて、虚しくて、結局ヨシュアは何もできずにいた。



 重たい沈黙。

 一体どうすればいいのだろう?


 ただ、ここで重要なのは”マトがどうしたいのか”だと思ったヨシュアは、出来るだけ優しく彼女に尋ねてみる。



「なぁ、マト。マトはどうしたい?」


「どう…… って、そんなのわからないよ…… 」


「ロイには謝って欲しい? 仲良くなりたい? それとも、もう会いたくないか?」



 ヨシュアに「もう会いたくないか?」と尋ねられると、マトはハッとしたかのような表情を浮かべ、首を横に振って「それは嫌だ」と強く否定する。



「会えなくなるのは寂しいよ」


「そっか。あれだけ酷いことされても、嫌いにはなれないんだな」


「…… うん。ちょっと自分でも可笑しいと思うけど」


「いいや、そんなことはないよ」



 ヨシュアは少しばかり嘘をついた。今はそうすべきだと思ったからだ。



「そうだな…… 良かったらさ、昔のロイの事、話してくれないか? できればマトとロイが仲良かった頃の話がいい」



 ヨシュアに思いがけず昔話をせがまれたマト。

 少し意外そうな顔をしたものの、落ち着いた口調で話し始める。



「仲良かったのはちょうど二年ほど前、聖騎士の試験を受けるまでは結構仲良かったんだ。あっ、でも、一度試験に落ちた後も会話する機会は減っちゃったけど、まだ仲は良かった…… ように思う。でも、やっぱり二年前辺りが一番仲良かったかな。ここ最近のヨシュア君と同じように、毎朝川のほとりまで会いに来てくれてたし」


「ロイが?」


「うん。ヨシュア君と同じように、朝の鍛錬のついでだったけど」



 ────そうだったのか……

 自分から尋ねておきながら、何だか穏やかな気分でいられなかった。

 そう、たぶんこれは”嫉妬”という感情だ。



「性格は、気の強い部分とかは今とそう変わらないけど、でも優しいところも多かったよ。どんなお話にもちゃんと耳を傾けてくれたし。ロイ君のお話は、聖騎士への憧れを語るものばかりだったけどね」



 そう言ってマトは可笑しそうに笑う。

 当時の事を振り返るマトは少し楽しそうで、良い笑顔で、幸せそうで、それだけで二人の関係が良好だったと推察できる。



「私、あんまり聖騎士のこと知らなかったから、図書館で本を借りて、少しずつ勉強もしたんだよ」



 ────なるほど、通りで……


 この前図書館で見つけた騎士を題材にした本。

 その大半を既に読み終えていると聞いて、あの時はてっきり、そんなにも本が好きなんだな、という感情しか持たなかった。けど、今の話を聞いて、それだけでないと理解した。…… なんだかやっぱり複雑な気分だ。


 でも、ヨシュアはマトが語る昔話を黙って聞いておくことにした。

 二人の関係を知る事こそ、今回の件を解決する糸口になる気がしたからだ。


 そして一通り話を聞き終えたヨシュアは、失礼だと分かっていながら敢えて踏み込んで質問してみる。



「一つ聞いてもいいか?」


「うん」


「マトは、ロイの事が好きだったのか?」


「えっ…… ?」



 驚いた表情のまま固まるマト。

 対するヨシュアは努めて穏やかに振る舞う。

 ロイの追及とは違い、脅迫めいたものではないと分かったマトは、少し俯きながらも自分の気持ちを正直に話す。



「二年前はそうだったかも。今は…… 分からないや」


「そっか」



 答えを聞いたヨシュアは優しく笑いかける。作り笑いだったけど、そこまで不自然ではないはずだし、別にバレても構わなかった。

 マトも笑った。たぶんマトの笑顔も悲しみを隠した作り笑いなのだろう、とヨシュアは感じた。







 その後も昔話を中心に話を聞いて、それからマトを家まで送った。彼女は一人でも帰れると言ったが、暗い夜道の中、落ち込む彼女を一人にするのは気が引けて、ヨシュアはついて行くことにしたのだ。



 その後、ヨシュアはギルドホームまで戻って来た。

 マーセナルの街に戻ってきてから二時間ほどは経過していた。多分みんなもう帰っただろうけど、もしも待たせていたなら申し訳ないと思い、こうして戻って来たのだ。


 大きな扉を開け、店内を覗く。一階部分の酒場は遅い時間にも拘わらず満席だ。(奥の席ではワレス達がはしゃいでいた)


 やっぱりジークたちはいないか、と思いつつ、一応二階席も覗いてみる。

 すると────



「やあ、少年。遅かったじゃないか」



 と、手を挙げてこちらを呼ぶジークがいた。


 ジークは二階席の端、二人客用のテーブル席にて待ってくれていた。さすがに他のメンバーは帰ったみたいだけど、それでも待っていてくれたのは有難い。

 実を言うと、ヨシュアはマトとの話を聞いて感じたことをジークに聞いてもらいたいと、その上で何か意見が欲しいと感じていた。相談者としてジークを選ぶのはどうかとも思ったが、良好な人間関係を築くという点で、彼の右に出る者はいないはずだ。


 ジークはメニュー表を差し出し「今日はおごりだ」と言ってくれる。まぁ、こうして食事をする際はいつも奢ってくれているから、「今日は」では無く「今日も」なのだが。


 「有難うございます」と礼を述べつつ二品、それと一緒に紅茶のお代わりも注文する。

 頼み終えると、さっそくジークが尋ねてきた。



「さて少年。キミはボクに何か尋ねたいことがある。それもロイ君絡みで。違うかい?」


「────マトとの会話を聞いてたんですか?」


「いいや。でも、この前酒場で起こった騒動は耳にしている。人徳もあるからね。情報は自然と集まってくるんだ。例えば、今日マト君が無くしたペンダントを必死に探していたことも、既に把握済みだよ」



 ヨシュアは素直に感心した。

 まだこの街に戻ってきて二時間足らずだというのに、既に重要な情報はあらかた収集済みだということらしい。



「おいおい。そんな意外そうな目で見るなよ。ボクが出来る人間だと、キミもよく知っているだろう」


「そうですね。ついつい忘れそうになりますが、そうでした」


「…… 意外と辛らつだな、キミは。やっぱりミスト君に似てきたんじゃないだろうね? 困るから止めてくれよ?」



 ジークはそう言って苦笑いを浮かべる。

 かと思うと、今度は一転して真剣な顔つきでヨシュアに尋ねた。



「さて、ある程度予想はつくが…… 今日聞いた内容と、キミがどう思ったか、マト君がどう思っているか、話を聞かせてくれるかい?」


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