攻防戦は自滅に注意
アリストメイアにて迎える二日目の朝、リコッタは朝早くからホテルの自室にて忙しそうにしていた。今日の集合時間まで、まだ随分と時間はあるにも関わらずだ。
その物音に、同じ部屋で寝ていた妹のミントも起きてきた。
「…… ふぁ…… おはよう、リコッタちゃん。早いねー…… 」
「おはよう、ミントちゃん! 起こしちゃったかな?」
「ううん、気にしないで…… ぐっすり眠れたから…… 」
そうは言いつつもミントはまだまだ眠そうだ。目をこすり、大きく腕を上げて伸びをしている。
「あー…… やっぱりお弁当作ってたんだ…… 」
「そうよ、今日こそアイツを攻略してやるんだから!」
リコッタは朝から張り切っていた。テーブルの上にはわざわざ家から持ってきた魔法の料理道具の数々が並んでいる。
ホテルの自室にキッチンが無いことも想定済みだったようで、火が無くても強火で調理できる魔法のフライパンをはじめ、汚れの付かないテーブルクロスや、水を入れて常温放置するだけでお米が炊ける魔法の釜なんかも鞄に押し込んで持ってきていた。
もちろん、これらはジークのために用意したもの…… だったが、今はヨシュアを堕とすための秘密道具と化していた。
食材はホテルのシェフに話を通してわけてもらった。もちろん用意周到なリコッタは、わざわざ今日のために、前日の夜にはすでに約束を取り付けていたのだ。
さすがに調理場こそ使わせてもらえなかったが、「彼氏のためにお弁当を作りたいんです!」と甘えた声でお願いすると、すぐに許可が下りた。やっぱり男という生き物はこうでなくては。
「何作ってるの? もしかしてオムライス?」
「そうよ! 私の得意料理で勝負するんだから!」
「おおー。リコッタちゃんの得意料理だー…… 絨毯とか汚さないようにね」
「わかってるって!」
リコッタは手際よく料理を進めていく。男を落とすにはまず胃袋から、という考えのもと、よく家で練習した、リコッタとっておきのオムライスだ。
それは、食欲をそそる赤いチキンライスに薄焼き卵をかけて、その上からケチャップをかける、シンプルながら家族からも好評の自慢の逸品だった。
ホテルではお金さえ払えば、二階の大広間で朝食バイキングを食べることができる。たいていの宿泊客は皆、普通はここで食事する。おそらくヨシュアもだ。
だからリコッタは、なんとしてもヨシュアが朝食バイキングを求めて部屋を出る前に、この弁当を完成させて、ヨシュアの部屋の前で待ち伏せしなければならなかった。
なんとか目標としていた朝の七時までに、自分たちとヨシュアのためのお弁当三つを完成させることができた。見渡す限り部屋の汚れも無し。完璧だ。この時間ならまだヨシュアも部屋を出ていないことだろう。
さっそくリコッタはミントを連れて部屋を出ると、別の階のヨシュアの部屋まで足早に移動する。そして扉の前で立ち止まって部屋の番号を確認すると、胸に手を当てて軽く深呼吸をした。
「もしかして、ちょっと緊張してる?」
「なっ、馬鹿言わないで」
ミントの言葉に動揺するリコッタ。口では否定したが、確かにかなり緊張していた。男をからかうことには慣れていたが、さすがに父親以外の男性のために弁当を作ったのは、リコッタにとっても初体験だった。
(そうよ、たかがヨシュア相手に緊張することなんて何もないじゃない……!)
リコッタは気を取り直し、弁当片手にヨシュアの部屋の扉をノックする。
コンコン……
はやる気持ちを抑えて、丁寧にノックしてみたが、しばらく待ってみても返事が無い。まだ寝ているのだろうか。リコッタは少し強めにノックしてみる。
コンコン……! ……コンコン!
────やはり反応が無い。
寝坊するタイプには見えないが、意外と朝は弱いのだろうか?
妹のミントが扉越しにヨシュアの名前を呼んでみる……が、これにも反応しない。
「ヨシュアさーん! あれー? おかしいな。もしかして、もう朝ごはんを食べに二階に行っちゃったとか?」
「まさか…… 」
リコッタもさすがに嫌な予感がしてきた。
この時間、これだけ呼んでも反応が無いということは、つまりそういうことだった。
「うーん、ちょっと下の様子を見てくるから、お姉ちゃんはここで待っててよ」
「……うん。ごめんね、ミントちゃん」
「大丈夫、任せて…… って、あれ? ヨシュアさんだ! おはよーございます」
ミントの声に、うつむきがちだったリコッタも顔を上げる。
階段を昇って来た事を思うと、どうやらヨシュアは朝早くから外出していたようだ。まさか、もう朝食を済ませた後なのだろうか……
リコッタに代わってミントが、ごく自然な感じでヨシュアに探りを入れる。
「お早いですね。ヨシュアさんは今までどちらに?」
「ああ、ちょっと外を走ってたんだ。毎朝の日課でね。こんな日でも外に出て走らないと落ち着かないんだよ」
「へー。そうなんですね。素敵な日課をお持ちのようで……。ちなみに朝ごはんはもう食べました?」
「いや、これからだけど」
ヨシュアのこの一言に、ぱっと表情が明るくなるリコッタ。ここぞとばかりに意を決してヨシュアに話しかける。もちろん、ヨシュアのために作ったなんてことがバレないように、あくまでも偶然を装うつもりだ。
「あの、よかったらさ。お弁当食べてくれない? ちょっと作りすぎちゃって」
「えっ、お弁当作ったの? …… ホテルなのに?」
「に、日課よ! 私も毎朝料理するのが日課なの!」
リコッタ自身苦しい言い訳だと思った。でも、ここは強引にでも押し掛けるべきだと、女の勘が囁いていた。
「そういうことなら…… うん、いただくよ。…… えっと、中入る?」
ヨシュアの招きに頷いて部屋に入れてもらうリコッタとミント。リコッタの少し緊張した面持ちに対し、ミントはなにやら楽しそうだ。
ヨシュアの部屋はよく整理されていた。まぁ、もともと高級なホテルなのだし、一晩泊っただけなのだから、荷物を不必要に広げさえしなければ、綺麗な状態で保たれていて当然なのだ。
そう、ここはホテル。ヨシュアの実家でもなんでもないのだから、何も緊張する必要はないと、リコッタは自分に言い聞かせる。
椅子に座り、テーブルに弁当を並べる三人。一人用の部屋にも拘わらず、椅子は四つあって助かった。さすが高級ホテル。用意がいい。
ヨシュアがさっそくお弁当の蓋を開ける。
「あ、オムライスじゃん。美味しそー。えっと、それじゃあさっそくいただき…… 」
「ちょっと待って」
リコッタはヨシュアを遮ると、隠し持っていたケチャップで、薄焼き卵に絵を描いて最後の仕上げをする。
描かれたのはなんとも可愛らしい猫の顔だ。
目の前で行われた最後に仕上げに、ヨシュアも思わず「おー、凄いな」と感嘆の声を上げる。うまく心を動かせたようで、この時リコッタは心の中でガッツポーズをしていた。
ヨシュアはスプーンを受け取ると、リコッタとミントが見守るなか、さっそく一口すくって食べてみる。
「────うん、うまい! 美味しいよ、これ!」
「ま、まあね、毎朝料理してるから、これぐらいは当然ね……!」
リコッタは当然と言いつつも嬉しそうに頬をわずかながらに赤らめている。そんな姉を見つつ、これじゃただのツンデレみたいだなーと思うミントは、めったに見られない姉の反応を秘かに楽しんでいた。
予想以上においしいオムライスを前に、ヨシュアはどんどん食べ進めていく。
だが、さすがに片手ではちょっと食べずらい。残りが少なくなればなおさらだ。
(ふふっ…… チャンス到来!!)
「ごめんね? 食べにくかったよね? ちょっと待って……」
リコッタはヨシュアから少しばかり強引にスプーンを取り上げると、そのスプーンで上手にお米をかき集める。そしてスプーン一杯にお米を乗せると、ヨシュアの瞳を真っすぐ覗き込みながら、
「はい、どうぞ。…… ほら、口開けて?」と言った。
……そう、リコッタの狙いはまさにこれ。甘々なカップルがよくやる、見る方もやる方も恥ずかしい例のあれだ。
リコッタは自分の顔が赤くなっていないことを祈りつつ、ヨシュアの口元に向けてスプーンを差し出す。
これで落ちない男はいない────
…… だが、ヨシュアは意外にもノータイムでそれに食いついた!
全く恥じらうそぶりも見せずに、スプーンに乗ったご飯を食べるヨシュア。そして「美味しかった」と満足そうな表情を浮かべる。見る限り動揺しているそぶりはない。悔しいが、あくまでもいつも通りだった。むしろリコッタの方がダメージが大きいという事実を、彼女自身受け入れざるを得なかった。
────もちろん、この時ヨシュアはかなり動揺していた。
けれど、自分でもよく分からないが、ここが勝負どころだと感じた。守りは得意。こういう戦いなら負けない…… と、なぜか勝手に対抗心を燃やしていたのだ。
そんな二人のやり取りを見てニヤニヤするミント。
本当に美味しいポジションだと我ながら思う。
(これは攻略されるのも時間の問題だなー、…… リコッタちゃんの方が)
ミントは、度重なる自滅により耳まで真っ赤に染める姉の顔を見ながら、堕とされるのは時間の問題だと確信した。




