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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
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世界樹と三人の英雄


 シモンズ劇団が演じるのは、この世界に古くから伝わる伝説、<世界樹と三人の英雄>という演目だった。

 それは、かつてこの世界で実際に起きたとされる出来事で、アリストメイアをはじめ、エテルマギア、ニルローナの三か国の始まりの物語であると伝えられている。

 真偽のほどは誰にも分からないが、この世界に住むものなら幼い子供でも知っている、有名な逸話だ。





 語り部の老人の静かな声と共に舞台が始まる────



 今から千年以上も昔、後に伝説となる三人の冒険家が初めて出会うところから物語は始まる。

 まだ環状列国が国としての機能を成していなかった時代に、北の大地、つまり、今でいうエテルマギアがある場所の酒場にて三人は出会った。



 一人は勇敢なる冒険者アデル。

 大喰らいで大酒飲み、大きな体に大雑把な性格の頼れる剣豪だ。劇中では半袖のシャツを着た大柄な男性が、背中に自慢の大剣を背負って自身ありげな笑顔を浮かべている。


 一人は聡明なる学者ルーカス。

 慎重派で堅実な男だが、人一倍野心が強く、世界樹攻略を最初に持ちかけたのはルーカスだった。学者ということで、劇中では痩せ型の演者がダボダボの服にターバンのような帽子を被っている。


 一人は好奇心旺盛な魔女イザベラ。

 人懐っこく、正反対の性格を持つアデルとルーカスの仲を取り持つ貴重な存在。舞台上には、銀色の長く美しい髪の小柄な女性が、魔導書らしきものを片手に紫のローブを羽織って登場している。



「────誰もが無理だと諦めた世界樹攻略。でも、だからこそ挑戦する価値があるのだと僕は思う。前人未踏の世界樹の頂上を、どうしても僕はこの目で見たいんだ! 誰でもいい、僕に力を貸してくれ!」



 酒場にて、テーブルの上に立って大きな声で夢を語るルーカス。物語でも特に有名なシーンだ。

 この時、その場に居合わせた誰しもがルーカスの夢を笑い飛ばすのだが、アデルとイザベラだけは違った。皆に笑いものにされ、力なく俯き、その痩せた肩を落としながら酒場を去るルーカス。二人はその後を追ってルーカスを励まし、寒い夜空の下で熱い抱擁を交わすのだ。







 一度舞台が暗くなった。どうやら場面転換のようだ。

 ────なんて思っていると、すぐに舞台上が明かるくなった。


 驚いたことに、そこには世界樹の太く大きな幹を模した立派なオブジェが出現していた。

 高さ五メートルはあろうかという巨大なそれは、舞台の進行に合わせて演者を乗せながら回転する、大掛かりな舞台装置でもある。

 物語の中核を成す世界樹の登場に、ひときわ大きな歓声と拍手が会場を包み込んだ。


 歓声が一段落する頃を見計らって、ナレーションと共に劇が再開される────







 少ないながらも仲間を得たルーカス。

 だが、当然ながら世界樹攻略は困難を極める。

 一説では現代ほど魔物は少なく、大きさも今ほどでは無いという話もあるが、それでもとてつもない苦労があったことは想像に難くない。



 街での準備を終え、背中の鞄いっぱいに荷物を詰め込んだ三人は、いよいよ世界樹攻略を目指す。


 世界樹には木の幹を覆うように太く大きなツルが複雑に絡みついており、三人はそのツルを坂道に見立てて、アデルを先頭に続いてルーカス、そしてイザベラの順に登っていく。足場として利用したツルは、太いと言っても幅は一メートルも無い。踏み外せば一巻の終わりだ。


 一応三人はそれぞれの体をロープで結び付けて行動するが、命綱にしてはあまりにも心細いものがある。

 それに、この時代にはマジックワイヤーなどといった便利な代物も無いようだ。他の二人はともかく、もしもアデルが足を踏み外せば、ルーカスとイザベラではその巨体を支えることは叶わず、皆まとめて真っ逆さまに落ちることだろう。


 ルーカスとイザベラはひたすら上を見上げながら、登るためのルートを頻繁に話し合う。もしも行く先の途絶えたルートを選んでしまったなら、また戻って登り直しだ。アデルはともかくルーカスとイザベラにそんな余裕は無い。



 人語を話す鳥。

 巨大な毒蜘蛛。

 ずっと後ろをついてくる猿に似た不思議な魔物。


 行く手を阻む奇妙で珍妙な生き物たちに出くわしながらも、三人は頂上を目指し進んでいく。



 確実に世界樹を攻略していた一行だったが、半分を超えたあたりで早くも食料が底をついた。ここまで辿り着くのに一週間という期間を要していたのだが、これはルーカスが当初予定していたペースよりも随分と遅い。

 仕方なく三人は世界樹に住む虫や爬虫類、それから飛んでいる鳥を捕まえては、それを軽く火であぶって食べた。なぜなら調理する場所も道具も無いし、魔法はできるだけ温存しておきたかったからだ。厳しい選択だが、女性であるイザベラは何も言わなかったと、むしろこの状況を一番楽しんでいたと、後にルーカスが記した書物に逸話として残されている。



 三人にとって最もピンチに陥ったのは、出発からちょうど十日目、イザベラが高熱で倒れそうになった時だった。

 その日の朝、イザベラはなかなか目を覚まさなかった。

 ルーカスが心配そうにイザベラの顔を覗き込む。その顔はいつにもまして赤く、呼吸も乱れている。体調が悪いのは明らかだった。無理もない。ここまでまともな休息も取れず、しかも登るにつれて上空の空気は冷たく体に染みてくる。いくら魔法の補助があったとしても、普段から体を鍛えていたわけではない彼女にとって、この長旅が辛くない訳が無い。


 それでもイザベラは起き上がると、懸命に足を前へと運ぶ。ルーカスはイザベラと順番を入れ替わり、アデルと二人で挟み込むようにして彼女をなんとか支えて頂上を目指す。

 だが、それもすぐに限界が来た。その場でうずくまってしまうイザベラ。

 彼女は今にも泣きだしそうな声で二人に言った。



「────ごめん…… ホント残念だけど、私はここまでみたい。…… ねぇ、私を置いて先に進んで。…… 足手まといにだけは…… なりたくないの」


「何を言うんだ、イザベラ! キミ無しで頂上にたどり着いたって何の意味も無い。少し休んでいいから、みんなでたどり着くんだ!」


「ルーカスの言う通りだ。もう無理だっていうなら俺が背負ってでも連れて行ってやる。荷物ももうほとんど無いし、鞄はもういらんだろ。ほら、俺の背中に乗れ!」



 アデルは大事な荷物だけルーカスに預けると、背負っていた鞄を豪快に投げ捨てた。

 そして代わりに、首を横に振って断るイザベラを無理やり背負うと、足取り確かに前へ前へと進んでいく。

 弱ったイザベラを見て好機と思ったのか、翼竜たちが三人に襲い掛かるが、アデルはそんなことはものともせず、両手で持つはずの大剣を右手一本で自在に操っては、魔物を切り裂いていく。

 ルーカスはこの時のアデルほど頼もしい存在はいないと思ったそうだ。



 そうして、数々の困難を乗り越えた三人は、無事に雲の上の世界樹の頂上にたどり着く。

 正確には、頂上付近にある世界樹の内部へと入る道を見つけたのだ。



 三人は高鳴る鼓動を胸に、慎重に世界樹の内部へと入っていく。

 それは、自然にできたものとは思えない、天空にそびえる遺跡のような場所だった。

 進んだ先で見つけた開けた空間には、大きな魔法陣らしきものが床一面に描かれ、そしてそのすぐ側には、ずっと上まで続いているように見える半透明の螺旋階段があった。

 魔法陣を見つけたルーカスは自然と走り出していた。そして魔法陣に駆け寄ると両手と両ひざをつき、指で術式をなぞりながらイザベラに声をかける。



「見て、イザベラ! 魔法陣だ! これは凄い…… ! なんなのか僕にはまるで分らないが、とてつもなく複雑な術式で構成された魔法陣だということは分かる」


「そうね。私にも何のための術式か分からない…… けど、この術式の構成は…… 」


「何か思い当たることでも?」


「ええ、もしかしたらだけど、これ、空間転移の魔法陣じゃないかしら…… 」


「なんだって!? それが本当なら凄い発見だ!!」



 ここまでどんな時でも常に冷静だったルーカスが子供のようにはしゃいでいる。いや、イザベラは知っていた。酒場で初めて会ったあの時から、ルーカスはいつも胸に熱い想いを秘めている男だと。



「────おい、二人とも上を見ろ。誰か降りてくるぞ!」



 アデルの声にルーカスとイザベラは螺旋階段を見上げた。こんな場所で誰が近づいてくるのだろうかという期待と不安を胸に。

 この時ルーカスは、てっきり螺旋階段から降りてくるものだと思っていたが、その予想は見事に裏切られた。視界の真ん中に映るその人は、空からゆっくりと浮遊するように降りてきた。



 目の前に降り立ったその人は、とても不思議な空気を纏った神々しい姿をしていた。地上の世界では見慣れない深緑色の髪が見とれるほど美しい。

 見たところ中性的な顔立ちで性別は分からないが……

 いや、そもそも人なのか、それとも……



「やあ、こんにちは。よくここまでたどり着いたね。一応、歓迎するよ」



 意外にも向こうから話しかけてきた。言葉も分かる。相手が合わせてくれているのだろうか。

 理解が追い付かず、ぽかんと間抜けな表情を浮かべて立ち尽くすルーカスの脇腹をアデルが小突く。そうだ、何か対話を……



「あなたはこの世界の神ですか?」



 初めの質問にしてはいきなり踏み込んだ、不躾な質問だったかもしれない。それに相手に尋ねる前に、まずこちらから名乗るべきだった。アデルも同じように考えたのか、またしてもルーカスの脇腹を小突く。

 だが、その神々しい生き物は愉快そうに笑うと、ルーカスの質問にこう答えた。



「キミが神だと思うのなら、そうなんじゃないかな」



 三人はその言葉を聞いて驚きのあまり立ち尽くしてしまう。

 その様子にまたしても無邪気な表情を浮かべて笑う。



「ふふ、みんな唖然としちゃって、そんなに驚くことだったかな? 神なのかと聞いたのはキミ達なのに、神だと認めると驚くなんて、全くおかしな話だね。まぁ、別に信じなくてもいいけどね。神じゃないかもしれないし、やっぱり神なのかもしれない。そんな曖昧な存在と思ってくれたらいいよ。ただ、せっかく来てもらったところ悪いんだけど、ここはキミ達が長く居ていい場所じゃない。下まで魔法で送ってあげるから、早く自分たちの世界へお帰り」


「待って下さい! ボクはあなたにまだ聞きたいことがたくさんあって……!」



 ルーカスは当然のように神に等しい存在に食い下がる。

 だが、神は悪戯っぽく笑うだけだった。



「これを持っていくといい。地上の世界では決して手に入らない貴重な品で、とてつもない力を秘めた魔法の宝石さ。ここまで辿り着いた証とするといいよ」



 三人の手にそれぞれ一つずつ宝石を手渡す。

 深緑色に光り輝く不思議な宝石には、見たことも無いような術式の模様が刻まれている。



 いつのまにか足元の魔法陣が光っている。

 ルーカスは神の言葉とイザベラの推察から、転移魔法で飛ばされることを予感し、最後に必死になって神に問いかける。



「僕の名前はルーカスだ! そしてこっちはアデルとイザベラ! あなたの名前は!?」



 ルーカスは本当に必死だった。

 もう二度と会えないであろう、その人の名前をどうしても聞きたかった。

 けれど神は微笑みを浮かべるだけ。


 ついに辺りは深緑色の眩い光に包まれて────





 そして気が付くと、三人は初めて出会った酒場のテーブルの上に転移していたのだった。


 光と共にいきなり現れたルーカスたちを目の当たりにして驚く客たち。あまりの驚きと戸惑いに誰一人声を上げることができなかった。ルーカスたちも不思議な体験を終えて呆然と立ち尽くす。

 ……これが三人の旅の終わりである。


 その後三人は、それぞれ宝石を持って自分たちの国へと帰る。やがてルーカスは宝石の力を用いて、北の大地でエテルマギアを建国。時を同じくしてアデルはアリストメイアを、イザベラはニルローナを建国したのだった。








 暗くなった会場にナレーションの声が響き渡る。


 老人が最後の言葉を語り終えると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。隣でリコッタとミントも拍手を送っている。

 そういえば、いつのまにか双子はヨシュアの腕を離していたことに、今更ながらに気づいた。きっとヨシュアにちょっかいをかけることを忘れるほどに、演劇に魅せられていたのだろう。



「素敵な舞台だったね、ヨシュア…… 」


 

 リコッタがヨシュアに話しかける。この一言は恐らくだが、リコッタが初めてヨシュアに語る本心からの言葉だろう。だからヨシュアも、舞台を見て感じたことを素直に言葉にして返す。



「そうだな。素敵な舞台だった。だから、片腕の俺の分まで、代わりに拍手を届けてくれないか?」


「……うん、わかった。そうする」



 ヨシュアの言葉に少しばかり悲しそうな表情を浮かべるリコッタ。

 いつまでも鳴りやまない拍手の中で、舞台の余韻とリコッタの横顔が、なんとも言えない想いとなって入り混じり、ヨシュアの胸の内に溢れていた。


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