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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
60/154

シモンズ劇団の女座長


 日が西に沈みかけた夕暮れ時、長旅を終えてアリストメイアに到着したヨシュアたちに用意されていたホテルは、それはそれはとても立派なものだった。


 <ホテル・ベルフォール>

 レンガ造りの情緒あふれるそこは、創業百周年を優に超え、著名人も頻繁に利用する、名実ともにこの国の首都を代表する宿泊施設である。



「あの…… 私たち、こんな素敵なホテルに泊まれるのですか?」



 エスカはジークの左腕に手を回しながら、その立派な赤茶色のレンガ造りのホテルを呆然と見上げている。



「そうさ! 今回のために特別に予約したこの国一番のホテルさ! さぁみんな、中に入ろうではないか!」



 ジークは立派な外観にも気後れすることなく、堂々と中へ入っていく。それに引き換えエスカとリディは、普段なら絶対に利用することの無い宿泊施設を前に、落ち着きなく辺りを見渡していた。

 このホテルはジークからの一種のサプライズプレゼントと見ることもできるかもしれない。

 が、二人には少々場違いで、ジークの隣に並び立つことすらも不相応に見えて可哀そうになってくる。(もちろんヨシュア自身も、自分がこのホテルにふさわしいとは思えなかった)







「ここ…… だよな」



 受付にて鍵をもらったヨシュアは、自分に割り当てられた部屋の扉を開ける。

 レトロ調で統一された温かみのある部屋は、一人用の部屋と説明を受けた割にやけに広い。

 光沢が美しいテーブル、立派な肘掛が取り付けられた椅子、大きなふかふかのベット、真っ赤な絨毯など…… どれも一目見ただけで明らかに高価なものだと分かる。もし壊したり何かこぼしたりして弁償することにでもなったら、一体いくらくらい費用が掛かるのだろう。考えたくも無い。


 集合は三十分後、ホテルのロビーにて。そのあとすぐに出発して劇団の警護に当たる。それまでは各自ホテルの自室にて休息だ。

 ヨシュアはベットのそばに着替えなどが入った大きな鞄を置くと、ため息とともに椅子に深く腰かけた。



(────何もしてないのに疲れた。一体あの二人の目的は何なんだ?)


 ここまでただ馬車に揺られてきただけで何もしていない。

 けれど、リコッタとミントからの執拗なボディタッチのせいで落ち着いた時間を過ごすことができなかった。本の内容が頭に入ってきたのは最序盤だけ。ミントがその豊満な胸を押し付けてきてからは、ただ単に文字をなぞっていただけになっていた。完全に読み直し。いい迷惑だった。


 それにしてもよく頑張って平静をよそおえたものだ。

 先にアルルと出会って鍛え上げられて(?)いなければ、二人の誘惑に簡単に乗ってしまい、今ごろ色々と恥ずかしい勘違いをしていたに違いない。


(俺のことが好き…… なんて、間違ってもそんなことはないよな。なにせ好かれる理由が何も無い)


 ヨシュアに恋愛経験はない。人を好きになったことも…… たぶん無い。それでもリコッタとミントが恋愛感情からヨシュアに近づいてきたわけでないことぐらいは分かる。だから気味が悪いのだ。



 うーん……

 やはり落ち着かない。


 椅子に腰かけたまま、ただぼーっと宙を見つめていても、どうも馬車でのやり取りを思い出してしまうのだ。特にあの柔らかな胸の感触…… 。アルルもそこそこ胸は大きいはずだが、ミントはさらに大きい。フレイヤさん並みだ。あの年であれは反則だろう……


 そんな感じで落ち着かないヨシュアは、鞄から本を取り出して初めから読み直すことにした。

 集合時間まではまだ少し時間がある。はじめの一章ぐらいは読めるだろうか……







「見て! リコッタちゃん! 大きなベット!」



 ふかふかのベットを目の前にミントははしゃいでいた。部屋に入るや否や、荷物を適当に床に置いてすぐさまベットにダイブする。想像以上に深く沈むベットにミントは満足げな表情を浮かべる。


 一方のリコッタは何やら浮かない表情だ。理由はミントにも分かっている。それは、簡単に堕とせると思っていたヨシュアを思うように攻略できていないからだ。同世代の男を仕留められないばかりか完全に無視されるなど、姉にとっては初めての経験なのだ。



「リコッタちゃんはふかふかのお布団にダイブしないのー?」


「後でするー…… 」



 姉のテキトーな返事が聞こえてきた。

 椅子にすら座らず、落ち着きなく部屋中をうろうろと歩き回る様子からも、姉がヨシュアのことで相当悩んでいることが分かる。


 ミントはリコッタほどヨシュアに固執していない。それに大抵のことでは動じないつもりだし、この高級ホテルにも特に引け目を感じてはいない。

 ただ、ミントは姉のことが大好きだ。だから二人部屋で本当に良かった。ミントは幸せそうにベッドに顔をうずめながら、悩める乙女の顔を眺める。







 ヨシュアたち一行は予定通りロビーに集合した後、ホテルから徒歩数分の劇場まで足を運ぶ。今日この劇場で公演を行うのは『シモンズ劇団』というところらしい。ヨシュアは特に詳しくないが、今年で結成四十周年になる有名な劇団だと聞いた。


 会場に到着すると、劇団員が舞台上で演技の最終チェックを行っているところだった。ベルフォールと同じ時期に作られたというこの会場はかなり広く、二階席まである座席数は二千を超える。高い天井は開放感を演出し、建物の造りからか音の反響も凄い。



「やぁ、来てくれたんだね、ジーク」


「ああ、久しぶりだね、メレフ。相変わらず美しい」



 劇団員の一人がこちらに気づいて舞台上から降りてきた。

 メレフと呼ばれた黒髪が美しい令嬢がジークと握手を交わす。

 お互い顔見知りのようで、会話内容からヨシュアはすぐにこの人が、今回の依頼人の女座長だと分かった。


 メレフの声色やしぐさ、落ち着いた振る舞いなどからは気品を感じさせる。決して派手な装飾を身にまとっていないにもかかわらず、だ。こうしてジークと並び立っていても全く遜色がない。声が少し低めということもあって、男装なんかも似合いそうだ。



「一番後ろで立ち見ということで、あまり良い席ではないかもしれないが……… 今日はぜひゆっくりと楽しんでいってくれ」


「なに、こちらも一応『警備』という名目で来ている。素晴らしい会場にて、こうして有名なシモンズ劇団の公演を見せてもらえるだけでボクらは幸せさ」



 ────うん? どういうことだ?

 ヨシュアはジークの言葉に疑問を感じる。



「……そうそう、これはキミへのプレゼントだ。たしか先日はキミの四十歳の誕生日だったろう?」



 ジークはオシャレな深紅の手提げ袋をメレフに手渡す。コルクの付いたボトル型の容器が見えるから、プレゼントは恐らく赤ワインだろう。



「これはこれは、嬉しいね。公演の後にでもぜひ一緒にいただきたいものだ。ただ、皆の前で女性の年齢を口に出すことだけは感心しないな」


「キミがそれだけ美しいということさ。歳を重ねるごとに魅力が増す。まるでワインのような深みのある女性だからこそ、年齢もまた誉め言葉になるというものだよ。



 お互いにこやかな雰囲気で挨拶をかわす。

 隣を見るとリコッタが目を輝かせて二人のやり取りを眺めていた。その様子を少し意外に感じるヨシュア。馬車での様子から、ジークが女性と会話することを不満に感じていると思ったが、もしかしたら別世界の住人のような二人の会話を前に、嫉妬という感情すら湧いてこないのかもしれない。



「お父様は元気かい? できればこちらからご挨拶に出向きたいものだが」


「ああ、父も相変わらず元気さ。今日もこちらに来ているから後で案内するよ」







 開演の時間が近づいてきた。


 シモンズ劇団の公演を一目見ようと、多くの人々が会場入りを始める。前列の特等席に座るのはドレスを着飾る裕福そうな人々。でも、全体の割合を見ると、意外にも一般のお客さんが大半を占めているようだ。

 後で聞いた話では、シモンズ劇団のチケットは、公演の規模の割にリーズナブルな価格で販売されているらしい。幅広い層のお客さんに楽しんでもらえることも、この劇団の一つの魅力なのだろう。

 

 ヨシュアたちは舞台から一番遠い場所、二階席の最後列のさらに後ろに立って、次々と座席が埋まっていく様子を眺めていた。

 開演まであと十分ほどはある。待っている間にと、ヨシュアは先ほどの会話を聞いて感じた疑問をぶつけてみる。



「ジークさん? 今いいですか?」


「なんだい、少年?」


「さっきのメレフさんとの会話で『一応警備という名目で来ている』って…… あれ、どういう意味ですか?」


「そのままの意味さ。この会場の外や舞台袖には、ちゃんと聖騎士を中心とした部隊が守ってくれている。万が一の事態も起こらないから、安心して舞台を楽しみたまえ」


(万が一の事態も起こらない…… って、それじゃ一体俺たちは何しに来たんだ?)



 ジークの言葉を聞くほどに余計に事態が呑み込めない。

 言葉通り捉えるなら、ヨシュアたちは依頼を通して劇団の公演に招かれたお客さん、ということになる。



「えっ、じゃあ俺たち何もしなくていいんですか?」


「何も起こらないのに、キミは何かするのかい?」



 ジークがいつものように笑みを浮かべながらからかってくる。その両隣でエスカとリディも何やら面白がって笑っている。そんなにおかしな質問をしたとは思えないのだけれど。



 だが、考えてみれば初めから色々とおかしい。

 有名劇団の警護依頼なんて、普通に考えればとても重要な任務なのに、メンバーは<白のカード持ち>でいいという。泊まるホテルは傭兵に似つかわしくない高級な建物であったし、今いる場所も守るべき舞台からかなり遠い。

 それに、エスカとリディ、それにリコッタとミントの装備も申し訳程度の短剣を腰にぶら下げているだけだ。もしかしたら彼女たちは、ジークの性格上、今回の依頼がこういった趣旨であると知っていたのかもしれない。

 もしこのことをヨシュアだけが知らなかったとすれば、先ほどエスカたちに笑われたのも頷ける。





 会場の照明が落とされた。

 いよいよ舞台が始まるらしい。

 


 色々考えても仕方がない。ジークも答えを教えてくれる気は無さそうだし、せっかくなので言われた通り楽しもう。ヨシュアは最後列の壁際に背中を預け、舞台が始まるのを待つ。


 そんなヨシュアの両脇にリコッタとミントがすり寄ってくる。

 そして二人は、他の観客の邪魔にならないよう、耳元で囁くようにして話しかけてきた。



「まもなく始まるね、ヨシュア」

「ね、ヨシュア」


「…… いきなり呼び捨て?」



 いろんな意味で急に距離を詰めてきた双子の姉妹。

 せっかく舞台を楽しもうと思ったのに、今度は一体何を企んでいるんだ……



「同い年だけど…… ダメだった?」

「ダメだった?」


「いや、別にダメじゃないけど」


「あ、始まるよ! ほらよそ見しない!」

「よそ見しなーい!」



 不自然なほど積極的なリコッタが、先ほどとは全く違うアプローチでヨシュアに迫ってくる。しかも、この状況を面白がるようにミントが姉の真似をする。

 暗がりの中で、ヨシュアの鼓動がまた自然と早くなってゆく……

 この三日間、当初の予想とはまた違った意味で決して安全ではないとヨシュアは悟った。


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