プレゼントは世界に一つだけのオリジナルで
職人から術式の模様にまつわる興味深い話を聞いたヨシュア。
世界樹の謎は、物事にあまり興味関心を示さないヨシュアでもさすがに気になる。
でも今ここで考えてもきっと何も分からない。今はせっかくアルルと二人で加工場の見学に来てるのだから、少しでも多くのことを見て学ぼうと思う。
ヨシュアはアルルと共に職人に礼を述べて、この工場の社長と共に次の加工場を見て回ることにした。
「ここも<魔法結晶>の加工場だけど、先ほどの技術とはまた違った技術を使って製造しているんだよ」
マーカスさんに案内されたのはまたしても<魔法結晶>の術式を刻む加工場。ただ、こちらは魔法の杖に使われるものでは無くて、マジックワイヤーのための加工場だった。
多くの人が身につけるマジックワイヤー用のクリスタルを大量に生産するため、こちらでは特殊なスタンプのようなものを用いて、とても小さなクリスタルに術式を刻んでいる。作業しているのは先ほどの職人よりも随分と若い男性だ。
アルルは作業を興味深そうに観察しながら、その男性に親し気に話しかける。
「初めまして。作業中に失礼してます。あの、質問いいですか?」
「えっ、あ…… どうぞ…… 」
「そのスタンプのようなものはとても便利そうものに見えますが、彫刻のように彫って術式を刻むのとどう違うのですか? 違いが無いのなら大きいクリスタルも含めて皆そうすればいいのにと、どうしても思ってしまうのですが……」
アルルは先ほどの職人の作業を思い返しながら質問をしているようだった。確かにこちらの作業の方が判子のようなものを押すだけだからずいぶんと簡単そうに見える。
若い男性はいきなり話しかけられて少々戸惑いながらも問いかけに答えてくれた。
「これは<記術盤>といって、見た目通りクリスタルに押し付けるようにして術式を刻むんだけど、浅く細い傷しかつけられないから、効果が薄いんだ。マジックワイヤーには十分だし、むしろ小さなクリスタルには<記術盤>でないと無理が生じるけれど、キミが持つ魔法の杖にはとてもじゃないがこの方法は役不足で使えない」
「深く彫るほうが効果があると?」
「うん、その通り。ある程度ハッキリと浮かび上がるくらい紋様を刻む方が効果が高いんだ。それに魔法の品だからかな、クラフトナイフを使って手間暇かけた方がなぜかずっと品質がいいんだ」
「それは…… 確かに不思議ですね」
クラフトナイフとは恐らく先ほどの職人が使っていた道具だろう。隣では、アルルが話を聞きながら興味深そうに頷いている。男はアルルの反応を確かめながら話を続けた。
「だから<記術盤>の性能が上がって、もっと色々な製品にこの技術で作られたクリスタルが応用されたとしても、クラフトナイフで作る技術が不要になることは無いんじゃないかな。僕もいつか師匠みたいにクラフトナイフの技術を受け継ぎたいと思ってる。まだずっと先だろうけどね」
ヨシュアとアルルは他にも色々と質問した。ヨシュアが特に興味を持ったのはマジックワイヤーに刻む術式。
一般的には『ポイントショット用の術式』と『魔力増幅』『命中補正』の三つ、もしくは捕縛に便利な電流を流すための『雷』の四つが使われているらしい。
それに比べて、聖騎士用には『変形補正』『魔力増幅』『命中補正』『射程増加』『炎』『雷』と、六角柱の面の全てに術式が刻まれているそうだ。
また術式は刻めば刻むほど値段が高くなる。これは手間賃とか付加価値によるものとかだけでなく、『特許』が関係している。
新たに開発された術式は魔法省という、術式を管理している国の機関に登録され、その術式を組み込んで商品を販売する際には『使用料』としてお金を払わなければならないそうだ。だから何に対しても術式を盛り込めるだけ盛り込めば売れる、というわけでもないらしい。
さらに難しい術式を組み込み過ぎると、術式同士が干渉しあってうまく効果を発動できないことがしばしばあるという。これもまた不思議だ。
そのあと、術式を刻まれたクリスタルの細かい塵やゴミを流水で洗い流して乾燥させた後、コーティング液という無色透明な液体をハケでムラなく塗る作業を見学した。ちなみにコーティングとはハリーに聞いた、クリスタルを傷から守るための薄い魔法の膜である。
ここでは若い女性が鼻歌混じりに作業している。女性が言うには、コーティング液は無色透明ではあるが、厚く塗りすぎるとクリスタルが持つ透明感が損なわれるので意外と繊細な作業らしい。
この作業を終えて、あとはコーティング液を綺麗に自然乾燥させればようやく<魔法結晶>として売りに出すことができるそうだ。必要に応じて製造過程も多少変わるそうだが、基本的にはこの通りだとマーカスさんは教えてくれた。
一通り見学を終えた二人にマーカスさんが面白いものを見せてくれるという。案内された先にあるのは『焼き窯』だった。しかも燃えている炎の色が赤や青ではなく緑色をしている。
気になったアルルがさっそく尋ねる。
「これは焼き窯に見えますが、いったい何を作るところですか? 炎の色も普通とは違うようですが?」
「実は…… これなんだよ」
「おや、割れたクリスタルでしょうか?」
依頼人が手に持つのは深く傷が入ったものだったり、割れて製品としては使えないような透明なクリスタルの欠片だった。
後ろで作業している坊主頭の若そうな男を呼ぶと、その男はなにやら小さな籠を持ってきた。
その籠を覗いてみると────
「あ! これ、もしかしてアクセサリーですか!?」
「そのとおり! まだ計画段階なんだけど、うちの会社では割れて製品にできないようなクリスタルも、形を変えてアクセサリーとして販売しようとしているんだ。けれど、驚くのはまだ早い」
籠の中にはアクセサリー用として様々な形に加工されたクリスタルが籠いっぱいに詰まっていた。
依頼人がその籠の中からアクセサリーを一つ選んで取り出す。そして服の内ポケットから、小さな携帯用の小さな細い杖を取り出すと、窯の炎に向けて杖を軽く振る。すると深緑色だった炎はたちまち紫色に変化した。
さらに続けて依頼人は二人に言う。
「ここからよーく見てて────」
依頼人は紫色の変化した炎の中に無色透明なクリスタルを投げ入れる。すると炎はクリスタルに吸い込まれるようにみるみる小さくなっていき、やがて完全に消えた。
残ったクリスタルを見てみると────
「あれ!? もしかしてクリスタルの色、紫色に変わってる?」
「取り出してさわってごらん? 決して熱くないから」
依頼人の言葉にアルルは恐る恐るクリスタルに指でつついて触れてみる。そして熱くないことを確認すると、窯から取り出して手のひらに乗せた。
「ホントだ、ちょっと温かいけど全然熱くはない! それにとってもきれい! クリスタルと言えば深緑色か無色透明のどちらかでしたけれど、この色違いの炎を使えば紫にもなるんですね! これは売れますよー!!」
アルルは物珍しそうにクリスタルを眺める。右手の人差し指と親指ではさんで頭の上に掲げ、照明の光にも当ててみる。半透明の紫色のクリスタルに光が差し込んで、より幻想的な輝きを放つ。
「ははは。ありがとう。アルルちゃんに言ってもらえると本当に売れそうに思えてくるよ。現在特許申請中の特別な魔法窯を使えば、もっと色々な色のクリスタルができるんだ。よかったら二人ともオリジナルを作ってみるかい?」
「いいんですか!?」
アルルは今日一番と言っても過言ではないくらい嬉しそうにはしゃいでいる。
「ヨシュアさんも一緒に作りましょう! ねっ!?」
「いや、俺は男だからアクセサリーは別に…… 」
「別に男の人でもアクセサリーつけてもいいと思いますよ? それにオリジナルの手作りアクセサリーなんてプレゼントにぴったりですし」
自分で身につけるのは少し気が引けるが、確かにプレゼントなら何も不自然なことは無い。せっかくここまで来て体験するチャンスを逃すのも少しもったいない気がするので、ヨシュアもプレゼント用にいくつか作ってみようかと思った。
「たしかに、言われてみるとそうかも。じゃあ、日ごろお世話になってるマトとニアと、それから…… 」
「何言ってるんですか、ヨシュアさん!? こういうのは世界に一つだけ、一人のために作るから意味があるんです! だから、マトちゃんかニアさん、渡すならどちらかお一人、ちゃんと決めてくださいね!!」
いきなり二択を迫られるヨシュア。これじゃまるで今から本命の恋人に向けてプレゼントを作るみたいじゃないか。そして、選択肢にアルルを含めてはいけない流れになってしまった。
「そ、そういうアルルは誰のために?」
「わ、私は私のためですけど…… いけませんかっ!?」
「いえ! そんなことないです!」
恋人へのプレゼントと意識してしまったヨシュアは、ついアルルが誰にプレゼントするのか気になってしまった。誰のためでもなく自分用だと、ある意味当たり前の答えを聞いて、ほっとしたような、少し残念なような……
(いやいや、何を勝手に勘違いして残念がってるんだ。そもそも前提が違う。これは恋人用じゃなくてただの感謝の気持ちを込めたプレゼント。いや、ただのお土産といったところだ。それなら今回のお土産話とセットでマトに渡すのが一番自然か?)
ヨシュアは自分自身に謎の言い訳をしながら、とりあえず今回はマトに向けてアクセサリーを作ろうと思う。
マトはよく紺色のセーターを着てきているように思うから、青系統の色が好きなのかもしれない。それならクリスタルも青色か紫に染めるのがいいか────
「誰に送るか決めました?」
無色のクリスタルを片手に何色に染めようかと悩んでいると、隣りでアルルが尋ねてきた。いつものように口角を上げた表情で、じっとこちらを見て返事を待っている。アルルの手のひらを見ると、なぜか三つもクリスタルを手にしていた。
「なんで三つも?」
「ああ、これはですね、小さい二つを薄いピンク色、残りの少し大きなクリスタルを薄い紫色に染めて、紫がピンクとピンクの間に挟まるように紐でつなげて首飾りにしようかと!」
「なるほど、そういうのもありなのか」
「で、誰に送るんですか?」
アルルは再度ヨシュアに尋ねる。さりげなく話を逸らしてみたものの無駄だった。どうやらヨシュアが答えるまで延々と尋ねるつもりらしい。なんとなく、そんな目をしている。
(別に下心のあるプレゼントでは無いのだから隠す必要もないか)
「えっと、マトに向けて、お土産話を添えてプレゼントしてみようかと思ってる」
「おおー! 素敵ですね! お土産話とセットとは、意外とプレゼントの極意を心得ていらっしゃるようで。それで、色は決めましたか?」
「うん、マトは朝方は寒いのか、よく紺色のセーターを羽織っている姿を見かけるんだ。だから青色が好きなのかなと思って、青系統の色にしようかと迷っているんだけど……」
「紺色のセーターに合わせるなら、赤系統の色も映えるからいいかもしれませんね!」
なるほど、普段着る服と組み合わせた時に映えるかどうかも重要なのか。
アルルの言葉を聞いて、ヨシュアはいつものように右隣に座るマトを想像してみる。ウルプス川の河川敷の長いすに座って微笑む彼女の、紺色のセーターを纏ったその胸元に一番似合う首飾りの色は────
「……うん、赤がいい。赤にするよ! シンプルに大きめのクリスタルを一つ使って」
依頼人はヨシュアの言葉を聞いて、さっそく準備を始める。魔法窯に火をつけると、普通の赤い炎があがる。色は濃い目か薄目かと聞かれたので濃い赤色にしたいと告げると、火の強さを大きめにしてくれた。どうやら火力で色の濃淡が変わるらしい。
依頼人はヨシュアに携帯用の杖を渡すと、色の変え方を教えてくれる。
「この炎は実はみんなもよく日常で使う数字魔法で変色するんだ。試しに1の魔法を使ってごらん?」
数字魔法とはこの世界の誰もが使える基礎的な魔法で、少なくとも0~20まではみんな使える。1だろうが2だろうが特に何も起こらない魔法なのだが、術式魔法を使う上では欠かせない。
例えば術式が組み込まれたボタンシャツに1の魔法を使うと『下から順番にボタンが閉まる』という効果が、2の魔法を使うと『上から順にボタンが開く』という効果が、3の魔法で『手首のボタンが閉まる』という効果が……など、術式によって数字に割り当てられる効果が違うものの、術式が組み込まれた道具を使う上でこの数字魔法は必須である。
というわけで、当然ヨシュアも数字魔法は使える。ヨシュアは左手に持った杖に1の魔法を込めて軽く振ってみる。
「……あ、緑色だ」
「正確にはマナの色を表す深緑色と言った方がなじみ深いかな? 12番を使えばもっと一般的な緑色になるよ」
依頼人の言葉を受けて数字魔法の12番を意識して杖を振ってみる。確かに微妙な色の違いではあるが、緑色の炎が上がった。
続いて依頼人は何やら『色相環』という十二色の隣り合う色が、色同士で少しずつ変化するように円形状に並んだ図形…… が描かれた紙を取り出した。それぞれ色には一つずつ番号が振られている。
依頼人は目のピントが合わないのか、眼鏡を外して紙を近づけ、目を細めながら図形を見ていた。
「えっと…… 赤は7番だね。ちなみにアルルちゃんはどのイメージが近い?」
「そうですねぇ…… 。私は4番の青紫と6番の赤紫をそれぞれ薄目に作ってみようかな。そういえば『白色』と『黒色』は無いんですか?」
「白は0番、黒は1~12番のどの色でもいいから、極限まで炎を詰め込むと黒くなるよ」
「なるほどなるほど…… 」
ヨシュアは7番の魔力を込めて杖を振る。先ほどの通常の炎と比べても明らかに赤い鮮やかな炎が燃え上がる。何度見てもこの色の変化は不思議とヨシュアを惹きつける。
そうして二人は依頼人の指導のもと炎をうまく変化させ、無色のクリスタルを炎の中に投入する。たちまち炎はクリスタルの内部に封じ込められるように消えて、窯の中には神秘的な輝きを纏ったオリジナルのクリスタルがその姿を現していた。
クリスタルの色は決して均一ではなく、まるで炎の揺らめきをそのまま閉じ込めたかのように濃淡が出来上がっている。この濃淡は二度と同じものは作れないらしい。正真正銘、この世に一つしかないオリジナルのプレゼントに相応しいクリスタルの完成だ。
あとは出来上がったクリスタルに小さな穴をあけてもらい、そこに革紐を通すと、自作とは思えないほど見事な首飾りが完成した。これにはさすがのヨシュアも感慨深げに完成品を眺めていた。
アルルはさっそく出来上がった首飾りを首にぶら下げてみる。金色の髪を両手でかき上げて首に通す仕草は、それだけで美しい。アルルの胸元で淡く光る二色のクリスタルは、黒や紫を基調としたアルルの服と組み合わせることで、より一層素敵に輝いていた。
「どうですか? 似合ってますか……?」
アルルがいつものようにして、ヨシュアの瞳を真っすぐ覗き込むようにして尋ねてくる。
ヨシュアはその眼差しを前に、言葉を飾ることなく思ったことをそのまま口にした。
「うん、とっても綺麗だ」
「ありがとうございますっ!」
ヨシュアの言葉にアルルは少しばかり頬を紅く染めながらはにかむ。
その笑顔を見ることができただけで、今日一日が十分に幸せだったとヨシュアは感じた。




