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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
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 その日は朝から雨だった。

 詳しい人に聞けば、この雨はおそらく翌日まで降り続けるらしい。



 昨日の夕方、ロイとの間で起きた騒動の後、マトは終始うつむいたままマスターの奥さんに連れられて酒場をあとにした。


 あの日、ロイが店を勢いよく出て行くと、マトはすぐにヨシュアに駆け寄って何度も何度も謝った。もちろんヨシュアは、マトは何も悪くないと知っていたので彼女に謝らないで欲しいと言った。それでもマトはまるで全ての責任は自分にあるかのように「ごめんなさい」と、「きっと私に原因があった」を繰り返していた。






「色々と話したいことがあったのにな…… 」



 どんよりとした曇り空が広がり、しとしとと雨が降り続けている。こんな日でもヨシュアは今日もウルプス川の岸辺のいつもの長いすに一人で座る。毎朝の走り込みのためとはいえ、ここまで気乗りしない日は初めてだった。それでも、『もしかしたらマトに会えるかも』という一縷の望みから足を無理やり運んだものの、やはりこの雨では彼女の姿を見ることは叶わなかった。


 昨日の一件は少なからずヨシュアにも原因がある。ロイが苛立ったのは恐らくヨシュアの存在が気に入らないからだ。だからできるだけ早くマトに会って直接謝りたかった。

 それに昨日の朝、その日一日の出来事を、『見て・聞いて・感じたこと』を彼女と共有しようと約束したばかりだった。昨日別れた時には、今日ここでまた話せることを楽しみにしていたのだが────



「この雨じゃ、そりゃここで待ってるはずないよな…… 」



 約束はしたが、それは当然ながら晴れた日の朝が大前提だ。それなのに今日はこの雨ときたもんだ。「雨だから仕方がない」と割り切るにはあまりにもタイミングが悪すぎやしないかと、少しばかりこの世の神を恨みたい気分だった。





 マトがいない長いすに座り、いつものようにぼんやりと川を眺めた。そして気づくとヨシュアはまたギルドのホームまで来ていた。ずぶ濡れのままだといらぬ心配を招くと思い、店内に入る前に<瞬間乾燥ドライ>の魔法できっちり髪も服も乾かした後、店に入ってそのまままっすぐカウンター席に座る。マスターの奥さんがいつものように笑顔で「おはよう」と言ってくれた。



「おはようございます……あの、昨日あの後、マトさんからなにかありましたか?」


「いや、マトちゃんからは何も。ただやっぱり昨日のことはショックみたいでね、母親から連絡があったんだけど、『大事をとって数日の間休ませたい』って」


「そうですか……」



 ヨシュアは少し残念に思う。もちろんマトのことを想えば、無理せずゆっくり家で休むのはとても良いことだと思うのだが……


 それからいつものようにカウンター席にてサンドイッチとコーヒーを頼んで、静かに朝の時間を過ごしながらこの後の予定を確認する。

 今日の依頼はマナクリスタル採取のお手伝い。場所は昨日と同じこの町の南にある<トーレス山>で、集合場所もこのギルドホームの前の馬車乗り場になる。このトーレス山は昔からこの街の産業を支える鉱山でもあり、この二週間の間に何度もお世話になる予定だ。



 ヨシュアは一つため息をつく。あまり今日は仕事をしたい気分じゃない。鉱山の中なので雨が当たらないのがせめてもの救いか。



 こんな日は…… そう、鍛錬に打ち込みたい。<魔法人形マギアドール>のレベルを思いっきり上げて極限まで自分を追い込みたい。そうすればこの鬱陶しい雨も少しは気持ちよく感じることだろう。



 けど、そんな妄想をしても始まらない。依頼人からもらった仕事は大切なものだ。雨だから、気分じゃないからとか言ってる場合じゃないなと、ヨシュアは気持ちを切り替える。

 「ごちそうさまでした」と告げてから店を出て、少し早いが馬車乗り場まで歩いていく。そして待合室となっている小屋の中でまた長いすに座って静かに皆が来るのを待つ。



「そういえば…… はぁ、ほんと最悪だな…… 」



 ヨシュアは明日の予定を思い出す。明日からは隣の島の首都アリストメイアにて泊りがけの依頼がある。たしか最近人気の劇団の移動公演がアリストメイアにて行われるとかで、その警備の依頼だったはずだ。


 明日の朝も雨、酒場も休み、そして明後日の朝から数日間はアリストメイアにいるからマトには会えない。つまり早くても会えるのは、最短で五日後になるわけだ。まったくもってタイミングが悪すぎる。



 

 そんな感じで長いすに腰かけながら薄暗い小屋の中、一人虚しく出発の時を待っているヨシュアのもとに、ふらっと近寄ってくる人影が見えた。



「あら? ヨシュアさん! おはようございます!」


「…… おはよう、アルル。早いね」



 朝早く、この雨の中というのにアルルは相変わらす元気だ。まだ出発までにはけっこう時間があるはずなのに、こんなに早くにどうしたのだろうと疑問に思う。

 けど、その疑問はお互い様だったようだ。



「ヨシュアさんこそ早いですね! それに、こんな暗い小屋の中でぼーっとして。表情も心なしか暗いような…… 。なにかあったんですか? 私の勘違いならいいんですけど。あっ、ちなみに私は朝早く起きるのが苦手なので、前日から気合入れて起きようと思ったら早すぎた、ってだけです」



 アルルはそう言って少し恥ずかしそうに笑った。そして持っていた傘を軽く振り、水滴を落とし魔力を込める。すると、傘はひとりでにくるくるとまとまりスリムになった。

 傘をたたみ終えるとアルルはヨシュアの隣に座る。妙に距離が近いからか、アルルからふわっといい香りが漂ってくる。石鹸だろうか、香水とはまた違った女性特有の香りに思わずどきっとする。



「────ヨシュアさん?」


「えっ、ああ…… いや、なんでもない」



 ────何を一人で焦っているんだろう。

 ヨシュアは一人で勝手に恥ずかしがってまた自滅しそうになっていた。ホントこの年上のお姉さんは心臓に悪い。

 ヨシュアは咄嗟に何か話題はないかと探す。



「そういえば魔法のことなんだけど、お兄さんから返事返ってきた?」



 ヨシュアは三日ほど前の夜にアルルの兄に宛てた魔法文について尋ねる。

 アルルの兄は<術式士>と呼ばれる魔術式を作成する仕事をしているのだが、ここからだいぶ遠くの島のニルローナに住んでいるらしいので、まだ返事は返って来ていないだろうなとは思っていた。けれど、とりあえず思いついた話題がこの件だったのだ。



「それがまだなんです。すみません。返事が届いたらすぐに連絡しますので!」


「うん、お願いするよ」


「発現魔法として使う魔法のイメージについてはどうですか?」


「うーん、それがなかなか…… 。ここ数日移動で馬車を使うことが多かったから、馬車に揺られながらのんびりと考えてはみたんだけど、自分の頭の中でだけではどうしても描ききれなくて。なにか思い浮かぶきっかけのようなものがあればいいんだけど」


「思いつくきっかけ……。そうですね、想像力といえば本を読んでみるのはどうでしょう? この街にも図書館ありますし。本といえばマトちゃんも詳しいので、おススメしてもらうのもいいと思いますよ!」


「うーん、マトか…… 」



 ヨシュアが言いよどむ。

 当然アルルは気になって理由を尋ねる。



「マトちゃんがどうかしましたか? まさか…… 喧嘩でもしました?」


「いや、喧嘩じゃないんだけど、実は────」



 昨日のことはあまり広めるような話題でもないが、必要以上に隠すことでもないと思い、ヨシュアは昨日の一件を簡単に話し始める。そのうえで酒場でマスターの奥さんに聞いたマトの近況や、ヨシュアがマトにできる限り早く会って直接謝りたいと思っていることを話した。

 アルルはヨシュアの話を静かに聞きながら何度も頷く。その後、ロイとの接点はあまりないと前置きしつつこう切り出した。



「なるほど、それは災難でしたね。マトちゃんも、それにヨシュアさんも。でも、話を聞いた限りだと二人に落ち度もないようですし、今度会った時は特に気を遣いあう必要はないと思いますよ? 悪いことをしたわけでもないのに無理やり謝罪の言葉を絞り出し合うなんて虚しいだけですし」


「うーん、たしかに。ちょっと難しく考えすぎてたみたいだ」



 ロイがマトにきつく当たったのは『ロイがヨシュアのことが気に入らないから』であり、マトは何も悪くないと、だからヨシュアは彼女に謝りたいと思っていた。

 でも、アルルに指摘されたように、そもそもヨシュアもマトも何も悪いことはしていない。ロイが勝手にヨシュアに対してイライラしていただけなのだから、二人はもっと堂々としていればよかったのだ。



「────決めた。今度マトに会えたら体調の心配だけして、あとはいつも通りに過ごすよ。でもってマトと図書館に行って、何か参考になりそうな本を紹介してもらうことにする」


「それがいいですね! あとは会えない間に経験したことをお土産話とすればパーフェクトだと思いますよ!」



 アルルがまたいつものように明るく笑った。ヨシュアもつられて笑う。

 まだ外は雨が降り続いていたが、ほのかに日の光が差してきたように感じた。


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