苛立ち
またロイ視点になりますが、回想ではありません。
その日、ロイは同い年で幼馴染のヤードとギルドホームの酒場で食事をしていた。二人は今日の依頼を終えたあと、三十分ほど前からギルド二階の丸テーブルの席に向かい合ってのんびりと食事を楽しんでいた。
まだ二人は十七歳で酒は飲めない。けれどこの酒場は料理がうまい。それだけで食事をするのには十分すぎる理由だ。
それに、どうせ依頼の報告は受付で済ませないといけないのだ。だから終わったらそのまま食事をしていく。それはロイたちに限らず、このギルドメンバー全員の定番コースだった。
この酒場には幼馴染で二歳年下のマトも働いている。以前はマトのことを、ただ自分の後ろにおとなしくついてくるだけの小さなやつ程度にしか思っていなかった。けれどここ一年で妙に可愛くなったように思う。ちょうどマトがこの酒場で働き始めた頃からだろうか。
そんなわけでロイは、最近ひそかにマトのことが気になり始めていた。もちろんこのことはヤードにも内緒だ。
ロイは手を挙げて店員として働いているマトを呼ぶ。
────ただ注文するだけだ。別に他意はない。
「マト、アイスティー二人分おかわり」
「かしこまりました」
注文を受けて厨房に伝えに行くマトの後ろ姿を、ロイはぼんやりと眺める。いつもと違って、店員として働くマトは自分に対して敬語で話してくる。それが妙にロイを興奮させた。
「マトちゃん、最近可愛くなったよなー」
何気ないヤードの一言。だが、ロイは過剰に反応してしまう。
「はぁ? どこがだよ」
「えっ、いや…… なんとなく? 全体的にというか、胸も少し大きくなってきたと思うし、年頃の女の子らしくなったとは思うけど、まぁでも俺はジルさんがいいな! あの明るい声と優しい表情、それにポニーテールがもうたまらん!」
「お前な…… この前はフレイヤさんがいいとか言ってなかった?」
ヤードは女の子なら誰でも可愛いというから困る。好みもころころと変わるらしい。
でも、そんな性格だからこそ、そのうち本当にマトのことが真剣に可愛いと思い始めるかもしれない。そう思うと、あまり良い気がしなかった。
そんなことを考えていると、入口の方から聞きなれた大きな笑い声が聞こえてきた。
「ガハハハッ! 今日はよく働いたなー! …… うん? 一階は満席か? 仕方ねえ、二階の席行くか!」
その特徴的な笑い方から、声の主がワレスだとすぐに気が付いた。どうやらワレス達はロイたちがいる二階にやってくるらしい。
下の様子がなんとなく気になったロイは、ちょうど吹き抜けのすぐ近くに座っていたこともあり、そこから顔を出して眺める。
下には七人ぐらいの団体の姿があった。
そしてそこにはヨシュアもいた。
(はぁ? 何でアイツがここにいるんだよ)
ロイは思わず舌打ちをした。今一番嫌いな男を見てしまったからだ。
そのまま下の様子を眺めていると、ヨシュアは視線感じたのか、ふとこちらを見上げてきた。
不意にロイとヨシュアの目が合う。
だが、ヨシュアはその視線がロイのものだと気が付くと、気まずかったのかすぐに視線を逸らした。それがまたなんとなくロイの気持ちを逆なでした。
ワレスが下で誰かと話している。(吹き抜けの関係で誰と話しているかロイからは見えなかったが、下で食事をしていた男というのは何と分かった)
やはり気になったロイは少し耳をすまして聞いてみる。
「ワレスさん、えらくご機嫌じゃないか!」
「おおよ! この七人で軍隊蟻百匹始末という大仕事を終わらせてきたとこだからな!」
ワレスは大きな声で得意げに語る。その声はもはやロイが注意して聞き取らなくてもいいほどに上の階にまで響いていた。まだ一滴も酒を飲んでいないにもかかわらず上機嫌なご様子だ。
「またまたー! すぐワレスさんは話を大げさに語るんだからなー」
「ほんとだってーの! 見せてやりたかったぜ、ボウズが大活躍するところをよー!! なぁ、ケイト?」
「うん! もう、ほんっ……………… とに凄かったんだから! ヨシュアったら自ら進んで囮になって軍隊蟻の大群を一人で引き連れて、そんで山の中をすごいスピードで駆け回ったんだから! もうほんと凄いの!」
ワレス達の会話にヨシュアが苦笑いを浮かべている。
────この話を聞いたロイは当然ながら不愉快だった。
(なんだよ、何なんだよアイツ!! …… 百匹の軍隊蟻相手にたった七人で、しかも”緑のカード持ち”は二人しかいないのにだと!? ありえねぇ…… アイツ何したんだ?)
怒りを抑えきないロイ。右ひじをテーブルにつきながら、拳が紅くなるほど強く握りしめた。けれど、ヤードはそんなロイの様子に気が付かずに話しかける。
「へー、あの片腕そんな凄いんだ…… 。ねぇロイ、あいつも聖騎士目指してるんだって。しかもあの腕で。ロイは知ってた?」
「…… 知ってるよ。でもアイツのこととかどうでもいいだろ? つーか、二度と俺に聖騎士の話題を振るなってこの前も言ったよな?」
「…… ごめん。忘れてた」
ヤードは怒られてすっかり落ち込んでしまった。逆鱗に触れたのだから仕方がないとはいえ、昔からヤードは空気を読むのが苦手で、よくロイを怒らしていた。
とはいえ、ロイもヤードとは付き合いが長い。この性格にも慣れている。だから特に悪気が無いのは知っていた。なので、ため息交じりに「もういいから」と言って許すことにした。
────しかし、ロイにとって不快な出来事はまだ続く。
それは見なくてもいいのに、ついつい一階の様子が気になって下を覗き込むロイがいけなかったのだが……
マトはロイからの注文を受けてお盆に二つのアイスティーを乗せていた。
けれど、二階に上がる前にヨシュアの存在に気が付いたようだ。そしてあろうことか途中で足を止め、ヨシュアに自分から話しかける。
「お疲れ様、ヨシュア君」
「マトの方こそお疲れ様。二階はまだ席空いてる?」
「うん。まだ夕方の早い時間だから空いてるよ。席をくっつければ七人とも座れるから、少し待っててくれるかな?」
「いいよいいよ。注文の途中みたいだし、それぐらい自分たちでやるから、ねぇ、ワレスさん?」
「ん? おう、もちろん!」
ワレスは他の男と会話しながら適当にヨシュアの言葉に返事をしている。
────はたから見れば何気ない会話。
しかしこの会話はロイをさらに苛立たせた。
(なんなんだアイツは! なれなれしく話しやがって!)
ロイの苛々の矛先はヨシュアだけでなくマトにも向いていた。
つい先ほどまでは、自分に対し敬語を使うマトに妙な優越感を感じていた。それなのに今は、マトとヨシュアが親しげに話しているのが気に入らなかった。
そうとは知らず二階にアイスティーを運んでくるマト。
「お待たせしました。ご注文の……」
「おせーんだよ!」
「…… ! ごめんなさい…… 」
いきなり怒鳴られたマトは戸惑いつつも、二人の前にアイスティーを静かに置く。
なにかロイの怒りを買ってしまうようなことをしたのかとマトは考えた。けど、思い当たる節は特にない。それでも怒らせてしまったのは事実だからと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だが、ここでも空気が読めないヤードが余計な一言を口走ってしまう。
「マトちゃんて、最近入団したあのヨシュア君って子と仲いいの?」
「え? …… ああ、うん。最近はよくお話しするかな。朝早い時間もよく会うから二人で…… 」
────バシャン!
ついにロイの怒りが頂点に達してしまった。
ロイはあろうことか、たった今受け取ったばかりのグラスにたっぷり入ったアイスティーを手に取り、マトの顔面目掛けて勢いよくぶっかけた。
マトはびしょ濡れになったままその場に立ち尽くす。
こぼしたとか、そんな言い訳もできないロイの行動に、近くで見ていた人たちはみんな静まり返っていた。
ヤードも戸惑いを隠せない。
「お、お前! 何してんだよ!」
「帰る」
ヤードの言葉に一切答えることなく、ポケットから銀貨と銅貨を適当に取り出してテーブルの上に乱暴に置くと、二人を置いて立ち去ろうとする。
だが、階段を降りようとしたロイの前に、階段を駆け上がってきたヨシュアが立つ。
「おい、彼女に謝れ」
「お前には関係ない」
「────本当にそうか?」
ロイはまた舌打ちした。
どこの誰が話したかは知らないが、どうやらヨシュアは、自分が聖騎士見習い試験に落ちたことを知っているらしい…… ということを、ロイは今の短いやり取りで理解した。
「わかってるんならどけよ!」
「その前に彼女に謝れ。彼女こそお前の苛々に関係ないだろう?」
(ほんといちいちムカつく野郎だ…… !!)
ヨシュアはマトに謝るまで立ち塞がるつもりらしい。
「そこどかねーなら殴るぞ」
「それで気が済むなら殴れよ」
ロイの怒りはまたしてもピークに達した。
そのまま怒りに任せて右手を大きく振りかぶると、そのままヨシュアの左頬に強烈な一撃を見舞った!!
体ごとねじ込むようにして放たれた強烈な右ストレートを受け、ヨシュアは大きな音と共に倒れ込んでしまう。
物騒な物音に、呆然と立ち尽くしていたマトは慌てて振り返る。
「ヨシュア君!!」
「来んな!!」
後ろのマトに向かって大きな声で叫ぶ。
その声にマトは怯えて声が出ない。
ロイは倒れたヨシュアを置いてその場を立ち去ろうとする。
でもその前にヨシュアはふらふらと立ち上がった。殴られた左頬は真っ赤に染まっている。それなのにヨシュアは階段の前に立ち塞がると、ロイに向かって言った。
「気が済んだなら彼女に謝れ」
ロイはその言葉に苛立ち、もう一度右手を大きく振りかぶると、先ほどと同じように渾身の右ストレートを繰り出す!!
しかしヨシュアは簡単そうに左の手のひらで受け止めてしまう。
そのままロイの拳を握りつぶさんとばかりに力を入れてきた。
「くだらねぇ!!」
ロイはヨシュアの左手を乱暴に振り払うと、吹き抜けの柵に手をかけ、そのまま階段を使わずに飛び降りた!
一応手すりにマジックワイヤーを引っかけていたロイは、着地する寸前にうまく勢いを殺して降り立った。そして多くの客が注目する中、構うことなく皆を残して店の外にさっさと出ていった。
話しのストックが無いので次から不定期更新になります。
申し訳ないですが、お付き合いいただけると幸いです。




