ロイと聖騎士見習い試験
ロイは生まれた時からずっとマーセナルの街に住む、十七歳の少年だ。
幼い頃はよく近くに住む同い年のヤードや、二つ年下のマトと一緒になってウルプス川のほとりでよく遊んでいた。
ロイの父親は、今では引退したものの、かつては<浮雲の旅団>の一員として剣をふるう凄腕の傭兵だった。
そのこともあってロイは、物心がついた時から父親と一緒に自然と剣の稽古を積んできた。
小さい頃から地元では負けなしだったロイ。
いつしか彼は父親を超えるため、この国で最強の称号を欲しいままにする<聖騎士>になることを夢見ていた。両親もロイのまっすぐな夢を応援してくれた。だからロイは自分は将来立派な聖騎士になれるものだと何一つ疑うことなく日々鍛錬に励んでいた。
十五歳になって<聖騎士見習い試験>を受けることができるようになった。ロイは当然のようにさっそく親にお願いして手続きを済ませて、アリストメイアで行われる試験を受けることにした。
苦手な筆記試験さえうまく乗り切れば合格するはずだったし、その筆記試験もちゃんと勉強してきたおかげで自信を持って試験に臨めた。実際に筆記試験を終えてみて、確かな手ごたえを感じていた。
(────ここまでくればあとはラクショーだな)
当時のロイは、筆記試験を終えた段階でもうすでに見習い試験の合格を確信していた。なぜならマジックワイヤーも基礎魔法も剣術も、どれをとっても同世代の人間に負けたことが無かったからだ。
だが、その自信はすぐに打ち砕かれることになる。
初めに受けた実技試験はマジックワイヤーだった。
ロイははじめ、他の受験生の試験を高みの見物をするかのように、軽い気持ちで見ていた。
しかし、試験が始まってすぐ、その考えが間違いだと気付いてしまった。
聖騎士見習い試験を受けに来る受験生は皆ハイレベル。初めに試験を受けた者は、試験官が用意した<魔法盤>をほとんどミスなく次々と落としていった。しかも一人だけじゃない。受けに来た全員が、マーセナルに暮らす子供たちなんかよりずっと優れた実力者だったのである。
とはいえ、ロイだってマジックワイヤーには自信があった。
だから自分の力を信じで実力を出し切ることに集中すればそれでよかった。
────なのにこの時、ロイの心はすでに折れてしまっていた。
他の受験生の凄さに圧倒されてしまったのだ。
試験の結果は散々だった。
続くスイムの試験も、基礎魔法の試験も……
一番配点が高いとされる<決闘>の試験を受ける前に不合格だと、誰が見ても分かる程の成績だった。周りの生徒がくすくすと笑う声が、ロイの耳にもハッキリと聞こえてくる。
今まで身分なんて気にしたことが無かったのに、ここにきて急に自分自身が恥ずかしくなった。
マーセナルみたいな田舎出身の自分が受けに来るような試験では無かったのだと思い、周りの目が気になり始めたのである。
ロイはすぐにでも逃げ出したい気持ちだった。
けれど、そんなことは当然許されない。
ロイは覚悟を決めて<決闘>に臨む。
相手は二つ年上でアリストメイア出身の貴族の娘だ。大勢の受験生が見守るなか、狭いフィールドの中で相手と向き合うロイ。
(いくら年上の貴族出身だからって女なんかに剣術で負けねぇ!! そもそも聖騎士なんて剣術の腕があってこそ。そうさ、剣術で圧倒してやればいいんだ!! そうすれば今からでも…… )
一番偉そうな試験官が決闘開始の合図を出す。
その合図とともに勢いよく駆けだすロイ。
作戦はシンプル。特攻から組み付いて剣術で圧倒するというものだった。一気に接近して、その勢いのまま剣を振り上げる!
「そこだぁぁーー!!」
ロイの振り下ろした剣を女は盾を頭の上に構えてこれをなんとか防ぐ。
渾身の一撃を防がれたロイだが、それぐらいはもう想定内だ。
見事に接近して組み付いたのだから何も問題ない。勝負はここからだ……
しかしその一瞬の油断が命取りだった。
最初の一撃を女は左腕の盾でなんとか受け止める。同時に、すぐに右手に装備したマジックワイヤーを伸ばして、ロイの大股で踏み込んだ左足をからめとり、そのままワイヤーを巻き取るように強く引く!
(はあ? …… 何が起こった?)
見つめる先は青い空。
ロイは無様にも仰向けに倒れ込んでいた。
左足を強く引かれ、バランスを崩して為す術なく転んだのだ。
青空のもと、あまりの早い決着に、周りで見ていた受験生から歓声のようなものが聞こえてくる。
女はロイを見下すように見ている……
もちろんこれはロイの視点からはそう見えただけ。
実際は、女は敗者のことなど特に気にしていなかったのだが、ロイはこの時確かに見下されたような錯覚を覚えたのだった。
その後、二戦目もあっけなく敗れたロイ。
しかも今度は接近することすら許されず、その前に相手のマジックワイヤーでまた派手に転んだ。
確かに単純な剣術勝負ならロイにも勝ち目はあったかもしれない。けれど、マーセナルでは強いマジックワイヤーの使い手などおらず、そんな相手と戦ったことなど無かった。その弱点を見事に突かれたのである。
試験の結果は当然ながら不合格
試験の結果発表が終わると同時に、逃げるようにしてその場から立ち去ったロイ。他の受験生と出くわすことを嫌い、すぐ近くの馬車にも乗らずがむしゃらに走った。
結局環状根近くの一番遠いマーセナル行きの馬車乗り場まで走ると、無理言ってすぐに馬車を出発させてもらった。その馬車の中でロイは必死に涙をこらえて、ただただ時間が過ぎるのを静かに待った。
家に帰って、これでもかというぐらい泣いた。
悔しくて
惨めで
弱い自分が嫌で
今までの自分の全てを否定された気分だった。
だから泣き疲れるまで、もう涙が出なくなるまで泣いた。
────それでもロイは翌年も聖騎士見習い試験を受験した。
ロイにとって聖騎士になることはやっぱり一番の目標で、簡単に諦められる夢では無かったからだ。
もうロイに慢心は無い。自分の実力を認め、一から自分を徹底的に鍛え直した。我流ではあったがマジックワイヤーの練習もひたすら繰り返した。もう引退していたとはいえ、この時すでにロイの剣術は、あれだけ強かった父親を超えていた。
筆記試験はもちろん、マジックワイヤーの試験もスイムの試験も、それから基礎魔法の試験も順調だった。ここまで飛びぬけていい成績を残せたわけではないが、最後の<決闘>で十分挽回できる位置につけていた。
だがこの年もロイは試験に落ちた。
三試合行われた<決闘>の結果は一勝二敗だった。
結果ほど内容は悪くなかったが、二試合とも相手の方が少しだけ上手だった。
けれどロイは不幸にも気づいてしまった。
強くなる程分かる圧倒的な実力差。わずかに思えるその差を埋めることが絶望的に思えた。一度目に受けた試験とは、また違った挫折を味わうことになった。
────いや、今回の試験の方がロイにとって受け入れがたい事実だった。
もう上を行くものには追い付けない。
自分は聖騎士になれる器ではなかったのだ。
だから三度目となる今年の試験は受けなかった。二十歳までは聖騎士見習い試験を受けることができるが、もうきっと受験することは無いだろう。
それにロイは<浮雲の旅団の傭兵>として過ごしたこの一年で気づいてしまった。
それは、この浮雲の旅団の中でなら自分は最強クラスだということ。
しかも赤のギルドカード持ちは<浮雲の旅団>ではたったの二人しかいない。そいつらを除けば自分は最強だ。
ジークは口だけで、グングニルしか取り柄が無いから、実戦では間違いなく自分の方が強い。
もう一人もほとんどギルドに姿を見せない
<赤のカード持ち>の次に強い<緑のカード持ち>は何人かいるが、聖騎士を目指していたロイの相手では無かった。
そう、実質このギルドで最強はロイなのだ。
だから、あとからニアとライとかいう緑のカード持ちがギルドに加わったことは正直言って不愉快だった。アイツらは見ただけで強いと分かる。もしかしたら自分よりも……
しかもニアはロイより一つ年下だ。いままで最年少の緑のカード持ちだった身としては当然面白くない。
けれどあの二人は、なぜかうまくギルドのみんなと馴染めていないようだった。
だから結局みんなが頼るのはロイだった。
ニアたちなんかじゃない。
そう、このギルドで実質最強なのは俺だ。
そしてあと何年かすれば名実ともに俺がこのギルドのトップだ。
ロイがヨシュアに出会ったのはまさにそんな時だった。
珍しく別の人間の視点。
しかも回想話でした。
もう一話だけロイ視点が続きます。




