軍隊蟻討伐戦③
軍隊蟻討伐戦もいよいよ大詰め。残すは女王アリと、その脇を固める十三匹の軍隊アリのみである。ただ、正面突破するには敵の数が多い。そこでジークは、またもヨシュアを囮として敵の分断が出来ないかと試みる。
作戦開始の合図を受け、一人軍隊アリの下に近づいたヨシュアは茂みに隠れつつ、先ほどまでと同じように杖を用いて、甘い香りで何匹かだけ誘い出そうとするが────
【────ダメです。釣られないですね】
ヨシュアの言葉にジークは【まぁ、これは予想通りだね】と、その上で【戻っておいで】と<念話>で指示を出す。その声には余裕が感じ取れた。
一同は合流すると、敵の軍勢から二百メートルほど離れた場所を陣取る。この場所から軍隊アリがいる広場までは、獣道のような、邪魔な木々が少ない一本道になっている。
ジークはこの場所が迎え撃つための絶好のポイントだと言った。
「囮作戦が通じればよかったんだけど、無理なものは仕方が無い。ということで、当初の計画通り魔法で先手を取って攻撃していこうか。ここから目標まではちょっと遠いけど、的も大きし、二人なら問題ないよね?」
ジークの問いかけに魔法使いの二人が頷く。確かにここなら見通しもよく、若干下り坂となっているので、魔法で狙いを定めるのに適している。遠巻きに敵の数を減らすにはもってこいの場所だ。
続けてジークはヨシュアと、それからアレンとワレスに向かって言う。
「一応細い道には誘導するけど、今までみたいに一列になって向かってくるとも限らないから、前衛組は臨機応変に対応してね」
「了解です」
ヨシュアの返事にジークはニンマリと笑う。
ヨシュアたち前衛組三人は、ジークや魔法使いたち後方組を守るために、敵と味方のちょうど中間地点辺りで迎え撃つ。目的は足止め。魔法使い達の為に時間を稼ぐ役割だ。
「うん、いい返事だ。攻撃は魔法使いの炎弾が主軸になるから、できるだけ木々が邪魔にならない場所に敵を誘導できればベストだけど…… やれそうかい?」
「なるだけ努力はしますけど、数で負けてるんで難しいですね」
「────キミ、意外と冷静だね。若者なんだから”気合で頑張ります”ぐらい言えばいいのに。あっ、でもでも、ハール君とケイト君は、敵の数が減るまでボクと一緒にここで待機ね」
ジークに念を押されて黙って頷くハール達。仕方が無いとはいえ、コルト諸島の一件に引き続き待機を言い渡された二人は、今この瞬間何を想うのだろうか……
「さて、それじゃあ仕上げだ。最後まで油断せずに行こう!」
◆
【────命中。お見事だね】
マナの木によじ登り、双眼鏡を覗き込むジーク。
二人の炎弾が命中したことをパーティメンバーに伝える。
【こちらも確認した。…… ぞろぞろと来てるな】
アレンが<念話>を返す。視界の先では確かに、勢いよく燃え盛る炎の柱が二匹の軍隊アリを包み込んでいた。
戸惑いを見せる軍隊アリたち。
その後ろで女王アリが両手を高く、そして左右に大きく広げ、配下のアリたちに向けて「静まれ!」と言う────かのようなポーズを見せる。(もちろん実際のところは何を意味するかヨシュアには分からないが)
女王アリはその手に持つマナの木の枝を、指揮者がもつタクトの様に振ると、軍隊アリたちはこちらを向き、一斉に襲い掛かって来た。
「すぐに来るぞ」とアレン。
「ああ、うじゃうじゃとな!」とワレスが返す。
奴らは先ほどまでの綺麗な一列とは違い、広く散らばる様にこちらに向かってくる。上手く統率が取れていない、と見ることが出来るかもしれないが、ヨシュアたちとしてはその方が困る。
(どこまでが女王アリの指示なんだ?)
魔法を扱えるほどに知能が高い女王アリが相手だ。数の優位を活かし、わざと兵隊を分散させたのでは? とすら思えてくる。
中央から五匹、左右からはそれぞれ三匹ずつ、後衛組を攻め立てようと向かってくる。
その動きを見てジークとワレスが即席で作戦を立て始める。
【これ以上広がられると厄介だね】
【おい、ジーク。どっから攻めるよ?】
【左右の伸びを押さえたい。左の敵をワレスとアレンで。右は少年だ。それぞれ上手く気を惹きつつ、敵を足止めしてくれ】
【中央はどうすんだ?】
【魔法使い二人で迎え撃つ。さっき仕掛けた<術式地雷>もあるし、いざとなればボクもいるから大丈夫さ】
【…… 分かった。時間もねーしな。それでいこう】
ワレスはそこまで言うとヨシュアに向き直り「ボウズ一人ってのはちっとばかし不安だが、大丈夫か?」と尋ねてきた。だからヨシュアは敢えて笑って答えてみせる。
「足止めだけなら問題ないです」
「へへっ。心づえーな。じゃ、また後でなっ!」
ワレスはそう言いつつバシッと、ヨシュアの背中を力強く叩く。その後押しが信頼の証である、そうヨシュアは感じて嬉しくなる。
ヨシュアはワレスたちと別れ走り出す。
奴らは木々の隙間を抜けて後衛を脅かそうとしている。そんな軍隊アリたちの行く手を先回りし、足止めしなければならない。ヨシュアはついさっきジークが言っていたことを思い出す。
(────まずは敵の気を惹くこと、それが大事だ)
敵は三匹。
一匹は確実に足止めできるとして、残り三匹に逃げられては、この右翼を任せてもらった意味が無い。
(初めの当たりで奴らに脅威を感じてもらわないとな…… !)
ヨシュアはマナの木々を利用し、敵の死角である背後から近づくと、挨拶代わりとばかりに先頭を行く軍隊アリの首にマジックワイヤーを巻き付ける。
「喰らえ…… 炎上導火線!」
ワイヤーを伝って伸びていくオレンジ色の炎。
その炎は軍隊アリの首元を焼き、そのまま炎は全身に燃え広がる。
奴は必至に動き回ってワイヤーを引きちぎろうとするが、体の構造上、両の前足は首に巻き付くワイヤーを断ち斬ることが出来ないでいた。
炎の威力自体は、魔法使いの二人が扱う炎に比べて数段劣る。けれど、素早くワイヤーを解除できないアリどもには十分な脅威となるはずだ。
炎に包まれた軍隊アリの動きがスローモーションになる。
仲間の二匹も動きを止た。そしてこちらをジロリと見たかと思うと、反転してヨシュアに襲い掛かってきた。奴らにとっても炎を扱うヨシュアを無視できないらしく、標的をこちらに変更してきたようだ。その動きを見て、狙い通りだと笑みを浮かべるヨシュア。
近づいてきた一匹が前足を大きく振り上げる。ヨシュアから見て左の前足だ。
ヨシュアはワイヤーを解除し、それを右に大きく跳び余裕を持って避けると、そのまま二匹の軍隊アリを中心に反時計回りで駆け出し、背後を取ろうと回り込もうとする。
そんなヨシュアに対し、今度は別の個体がヨシュアを斬り刻もうと襲い掛かってくる。左回りに円を描くように走るヨシュアの動きを止めようと、鋭い前足を振り上げた。今度はヨシュアから見て右側の前足だ。
<黒い二刀流の軍隊蟻>の振り下ろされる黒光りの剣!
対するヨシュアは踏み込み距離を詰めると、頭の上に盾を構える。
不自然に弾かれる黒刀!
続けざまに左から薙ぎ払うように前足が襲い掛かるが、これもヨシュアは盾できっちりとガードする!
(────よし、大丈夫だ。ちゃんとこいつらの攻撃にタイミングを合わせられる。体も反応してくれる。それに上手く立ち回れば、二匹同時に相手にしなくても良さそうだ)
軍隊アリは統率の取れた危険生物に違いない。
が、図体がデカいため、囲まれさえしなければ連携が取れず、波状攻撃を受けることも無い。
それに加え奴らの攻撃は、上から振り下ろすか、体の内側に向かっての薙ぎ払い、それと接近して噛み砕くという三択しかない。きっちりと距離をとり、ヨシュアから見て敵の右斜め前に立ち続ければ、腕の無い右側からの攻撃を封じることすらできる。対策さえ取れれば戦い易い相手だ。
そうして軍隊アリの側でまとわりつき、二匹をその場に釘付けにすることおよそ一分。ジークからの<念話>が飛んでくる。
【待たせたね、少年! 今からモレノ君がキミを援護するよ!】
その言葉通り、ヨシュアの背後からマナの木々を避けながらやってくる、湾曲する炎弾の姿が見えた。モレノの<追尾する炎弾>による援護射撃だ。
ヨシュアはギリギリまで敵を引き付けつつ、後方に大きく跳んで逃げると、次の瞬間には炎弾が命中した。
すぐさま燃え上がるオレンジの炎。
黒い煙を上げつつ激しく燃え盛る。
残るもう一匹は炎に気を取られていた。
その隙にヨシュアは奴の背後に忍び寄る。
「────炎上導火線」
背後から<ローピング>で首元にワイヤーを絡め、すぐさまワイヤーに魔力を流し込む。たちまち最後の一匹も淡いオレンジの炎に包まれた。
軍隊アリは苦しそうにもがく。ワイヤーを外そうとしているらしい。が、それは酷く虚しい抵抗だった。どうやっても触れられないワイヤーを断ち斬ることなど出来ないのだから……
その時、背中越しに突風を感じる。
何事かと振り返るヨシュア。
そこには杖を掲げ、仲間の仇を撃たんとする女王アリの姿が見えた。




