貿易と欲望の街
「ここがニューポートかぁ」
ヨシュアたち一行は長い長い時間をかけ、この島の首都<ニューポート>の街に辿り着いた。出発から六時間、ようやくと言ったところだ。
立ち往生していたこともあって途中休憩の時間すらも取れなかった。だからずっと馬車に揺られて、皆少しばかり腰が痛い思いをしていた。
「うー…… んっ」
腕を真上に突き出し大きく伸びをする。それから凝り固まってしまった肩や腰を回してほぐす。
これをまた帰りもと思うと、中々に憂鬱な気分になる。一人なら走って帰るが、トムさんの護衛を投げ出すわけにはいかない。
ヨシュアはとりあえずとばかりに、物珍しそうに辺りを見渡す。
「ざっと見渡しただけでも凄い人の数だな…… 」
「ここは港町だから、マーセナルやアリストメイアよりもずっと人が多いわね」
ヨシュアの呟きに、隣りに立つマリーが答える。
土地の面積はマーセナルがある島の約2/3ほどしかないが、人口はおよそ二倍と言われている。人口密度なら間違いなくこの世界一だ。しかも外の世界の人間も多く行きかっており、様々な文化や価値観などが混ざりあっている。エルベール大陸群のなかでもひときわ異端な島だ。
「マリーさんはこの街にも何度か来たことが?」
「あるわ。いずれも今回みたいに行き帰りの護衛の仕事ばかりだったから、あまり長く滞在したことは無いけどもね。でも、たまにこの街で一晩泊ることもあるわ。その時は夕方の空き時間に少し買い物も楽しむことができた。異国の珍しい商品も多いから、今回は時間の都合でゆっくりできないけれど、機会があれば色々と散策するのも楽しいと思うわ」
「異国の人間が多いぶん、もめ事も多いから、注意して歩けよ?」
隣りで話を聞いていたエルクが注意を促す。浮かれている場合では無いと、少し気を引き締める。
ヨシュアだって無益な争いはもともと好まないし、今は依頼人に雇われている身だ。周りの景色に見とれて注意が散漫にならないように気を付けなければ……
ジークエンデを先頭に、一行は今日商談が行われるホテルを目指して進んでいく。
街は白い漆喰が塗られた建物が多い。街のいたるところに幅の狭い川が何本も流れており、そのたびに小さな橋を渡たることになった。
(なんだか全体的に白と青と……それから木々の緑と、なんとも爽やかな街だな)
赤茶色のレンガが敷き詰められたアリストメイアや、木造住宅が多く並ぶマーセナルの街は、この街と比べて全体的にどこか赤っぽい景色が広がる。そこに住む人や文化が違うと、こうも街の色が変わるのかと思想に耽る。
気候も少しばかりこの街の方が暑いのか、トムは頻りに汗を拭っている。すれ違う人々の多くも半袖のシャツを着ていた。マーセナルやレントの村ではあまり見られない光景だ。
◆
白い石畳の道を十分ほど歩くとすぐに目的地には着いた。見上げるほどの大きな白いホテルの一室で行われる今回の商談は、異国の商人を相手におよそ一時間を予定しているらしい。
それまでは自由行動。ここで依頼人のトムと別れて、一同は遅めの昼食をとるために店を探す。
大通りにはたくさんの飲食店がずらっと並んでいた。すでにお昼のピーク時間は過ぎているはずだが、どの店も多くの人々で賑わいを見せる。
立ち並ぶ店に掲げられた看板はとにかく派手だ。壁面も赤や黄色や青など様々な目立つ色で塗られており統一感を全く感じない。メニューの文字なんかを見ると、母国語以外に異国の文字も並んでいることから、外国人客に向けても商売していることがよく分かる。
ジークはどの店を選ぶのだろうかと気になりつつ、黙って後ろからついて歩く。
すると彼は、大通りから一本道を逸れて、人通りがまばらな細い道を歩き始めた。なんでもここに、異国情緒溢れる、知る人ぞ知る名店があるらしい。
店先に掲げられた<暖簾>と呼ばれる一風変わった布をくぐると、すぐさま「いらっしゃい!」という元気な挨拶が店内から聞こえてきた。
マナの木とはまた違った木でできた落ち着いた内装に、カウンター席がL字型に並んでいるだけの質素で狭い店。だが、店内は明るく清潔感にあふれていた。
あまり知られていない隠れ家的な名店だと言うだけあって、店内にはヨシュアたちの他には一組の老夫婦がいるだけだ。
ジークを先頭にぞろぞろと店内の奥へと入っていく。席に座ると白い服に身を包んだ三十代後半ぐらいの男性が「今日は何にしましょう?」と尋ねてくる。ジークが「お任せで1人10貫ほど。待ち合わせがあるから早めに頼むよ」というと店員は笑顔で元気よく頷いた。どうやらこの店は目の前の男一人だけ切り盛りしているらしい。
異国のことはよくわからない。それでもこの店が高級な店だとなんとなくわかる。隣に座るエルクとマリーもどこか落ち着かない様子だ。
ヨシュアは隣に座るジークに小声で話しかける。
「ジークさん、俺、そんなにお金持ってないですよ?」
「大丈夫。今日はボクのおごりだから。それよりほら、よく見たまえよ!」
ジークが小さく指さしたのはカウンター越し立つ料理人(あとで聞くと料理を作る人を『板前』と呼ぶらしい)が、なにやら魚を包丁で捌いている様子だった。
料理をしないヨシュアでも見て鮮度がいいと分かる程に魚は光っている。男の包丁捌きも素晴らしく、手早くテキパキと一切の無駄がない熟練の技は見ているだけで美しいと感じた。
「へい! お待ちどうさま!」
出された料理は見たことが無いものだった。鮮度抜群の魚の切り身が白い握り飯に乗せられたシンプルなものだったが、初めて目にする料理なのに凄く食欲をそそられる。
ジークは目の前に用意されたおしぼりで手を丁寧にふくと、なんとその料理を手づかみでとり、それを醤油に少しだけつけて食べる。
一連の動作を息をのみながらじっくりと観察していると、ジークは満面の笑みを浮かべる。
ヨシュアもジークを真似て、その料理を手に取り、少しだけ醤油をつけて、そして口いっぱいに頬張る……!
(────! …… これはうまい!!)
それはまさに夢のような時間だった。
もともと魚も刺身も大好きだったヨシュア。初めて食べる<寿司>という料理は間違いなく人生で一番の衝撃だった。
気になって料理人に聞いてみると、ここより西にある異国<ニホン>の料理だという。外の世界にある異国の中ではエルベール大陸にもっとも近い島国なんだそうだ。
思わず幸せな気持ちをそのままストレートに伝えると、料理人は「私なんてまだまだ修行中の身ですよ」と謙遜する。
「日本にはもっと素晴らしい寿司職人がたくさんいますよ。自分なんてまだまだ若造の部類です。…… 本当は自分の店を構える前にもっともっと修行すべきところなんですが、このエルベールに住む人々に日本食の素晴らしさを知ってほしくて、それで日本を飛び出してこの街で暮らすことにしたんです」
ヨシュアは料理人が語る言葉を熱心に聞いていた。まっすぐ、真剣な眼差しで想いを語る目の前の料理人。
職業の違いはあれど、純粋にカッコいいと感じた。
口いっぱいに広がる幸せを存分に噛みしめたヨシュアたち。
結局この日は寿司を食べるとそのままニューポートの街を去ることになってしまった。
だが、『またいつか必ずあの店で食事したい!』と強く思った。好みは多少あれど、食に対してここまで欲求を感じたことは今までにない経験だった。それだけでこの街に来た意義がある。
思えば、今までずっとレントの村で暮らしてきた。聖騎士を目指してひたすら鍛錬を積む日々を当たり前だと思っていた。聖騎士になれるかどうか不安を感じることはあれど、そこに疑問は生じなかった。
だからだろうか。ヨシュアは今まで聖騎士になること以外の興味を自然と押し殺してしまっていたようだ。
興味がなければ知ろうともしない……
知ろうとしなければ、身近にある幸せにも気が付くことができない……
ニューポートは別名<貿易と欲望の街>などと言われている。
けれど、『欲望』という言葉がどうしても引っかかり、正直今までこの街に良いイメージを持っていなかった。
しかし、欲望があるからこそ『興味』や『向上心』といったものが生まれるのかもしれない。適度な欲望は生きる上で必要なのかもしれない……
帰りの馬車に揺られながらヨシュアは、自分の中に確かに感じる心境の変化は、きっと聖騎士を目指すうえで大切なことなのだろうと思い始めていた。




