神速の槍
ヨシュアの視界の左端から空を切り裂くように飛んできた光の槍。
斜め上から一直線にやってきたそれは、<巨大な岩肌の野牛>の固い皮膚をあっさりと貫く。
光る槍によって左側面から腹部を貫かれたバイソンは、右に大きく傾くと、”ドシン!”とけたたましい音を立てながら倒れ込んだ。
それはまさに騎士たちに襲い掛かる寸前の出来事だった。
光る槍は電流を帯びているようで、バチバチと音を立てながら青白く光っている。
ヨシュアはまさかという想いでその槍が飛んできた方向に目をやる。
視線の先には馬車の屋根に上ったジークエンデが右手を高く上げて左右に振っていた。
(────まさか、ジークがバイソンを殺した?)
ヨシュアはジークのしでかしたことに信じられないという気持ちでいっぱいだった。
ヨシュアは周囲の人たちの安全を第一に考えつつも、バイソンも傷つけないようにと、できる限り穏便に事を進めようと苦心していたというのに。
いかに騎士たちの命が危なかったとはいえ、まさかあんな方法で……
初めから余裕なんか見せなければ、ジーク含めて全力で鎮圧にあたっていればバイソンの命を救えたかもしれないと思うと、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
外側からは盾で見えない左手は、行き場のない感情で力の限り固く握られていた。
「…… おっ、おい! あいつまだ動くぞ」
ジークをまっすぐ睨んでいたヨシュア。
だが、周りの人々の声を聞いて振り返ると、バイソンが腹を槍に深々と貫かれながらも立ち上がっていた。
騎士たちは驚いて再び剣を構える。
けれども、ヨシュアはバイソンのある変化に気が付き、慌てて騎士たちを止めにかかる。
「待ってくれっ! もう大丈夫だから! 角をよく見ろ!」
バイソンは二本の角は元の白色に戻り、大きさも先程までと比べて明らかに小さくなっていた。
ヨシュアは首に巻き付けたままだったマジックワイヤーを解除するとバイソンに駆け寄り、もう大丈夫だと左手で頭を撫でてやる。
────どうやらすっかり落ち着いた様子だ。
茶色い体毛に覆われたバイソンの体をよく見る。
深々と突き刺さった槍の傷口からは驚くことに全く血が出ていない。これは一体どういうことなのだろうか?
「────はいはーい! みんなボクのために道をあけてくれたまえ!」
バイソンの身に何が起こったのだろうと不思議に思っていたところに、ジークと依頼人のトムと、それからジークに抱かれたままのマリーを乗せた馬車が近くまでやってきた。
相変わらず馬車の天井に上っては周りの人たちを見下し、笑顔で手を振っている。なぜか隣で何もしていないはずのトムも一緒になって手を振っていた。
「ジークエンデさんだ!」
「おおー! ジークさん!」
「これが浮雲の旅団最強の男か…… !」
見物人たちは皆馬車の上を見上げてはジークの名を口にする。どうやらここでもジークは人気は絶大らしい。しかも三人の王国騎士たちまでジークに向かって敬礼していた。
ジークは満面の笑みを浮かべつつ颯爽と馬車から降りると、人々が彼のために開けた広い道を通ってヨシュアへと歩いてきた。
「まぁ…… 六十点ってところかな」
そう言うと、ジークは右手の中指と親指をすり合わせるようにしてパチンと指を鳴らす。すると突き刺さっていた光る槍が瞬時に消えた。バイソンの体には何の形跡も残っていない。
「六十点って…… 。やれるだけのことはやったつもりですけど」
ヨシュアは不服そうにジークに言った。
これでも一応体を張って人々を助けようとしたつもりだったし、騎士たちのまさかの行動がなければうまくいっていた可能性は十分にある。自分にできる範囲の仕事はきちんとこなしたのだから、ヨシュアとしてはせめてあと二十点は欲しいところだ。
「うーん? 本当にそうかな? どうせマジックワイヤーを使うのなら、最後のあの場面は首に巻き付けるのではなくて、焦らず一度解除してからでも前足にローピングで引っ掻けて転がせばよかったのに。そうすれば少なくとも騎士の命は助けられたはずだろう? そもそもローピングとはそういう用途で使用する技なんだから」
確かにジークの言う事も一理ある…… 気がする。
あのままジークの槍が飛んでこなかったなら、騎士たちの命が無かっただけでなく、バイソンは突進の勢いそのままに海に落ちて死んでいたかもしれない。それならばローピングで転がした方が、たとえバイソンにケガをさせてしまうことになったとしても、まだマシだった。
とはいえあの状況下で、離れて観察していたジークたちの立場ならともかく、現場にいたヨシュアにそれだけの冷静な判断を求めるのは酷だと思うのだが……
野次馬の一人がジークのもとに駆け寄り、ヨシュアを指さして興奮気味に尋ねる。
「ジークさんがここにいるということは、彼も浮雲の旅団のメンバーなのですか!?」
「ああ、そうだよ! 彼はボクの弟子さ!」
勝手に弟子認定されてしまった……
否定しようと口を開きかけるが、その前に周りの見物人たちが歓声を上げる。
そしてヨシュアのもとへと寄ってきては好奇の眼差しを浴びせる。
「やっぱりそうか! いやーさすがだよ!」
「ジークさんの弟子ならあの活躍も納得だ!」
「ねぇ! やっぱりその盾に秘密があるんだろう!? ちょっと見せてくれよ!」
次々と見物人たちがヨシュアに迫るさまは、先ほどとは違ったパニックを生み出していた。これではバイソンが暴れていたのと何ら変わらない。とにかくこんな環状根のど真ん中では通行の邪魔だし、それに何よりヨシュアたちの依頼人は商談に向かっている最中だ。
「ちょっ、ジークさん!! こんなとこで無駄に時間使ってて大丈夫なんですか!?」
「おいおい、無駄なんかじゃないよ! これはファンサービスというものさ! …… とはいえ時間が無いのも確かか。みんなー!! ごめんねー!! ボクたち急いでるから道を開けてくれないかー!!」
ジークの言葉に見物人たちは名残惜しそうにしつつも大人しく道を開けてくれた。立ち往生していた前の馬車も動き出す。
「────この度は本当にありがとうございました」
ヨシュアに礼を述べたのは身なりの整った一人の老人だった。
その人はバイソンの飼い主であり、あの大きな牛車を引かせていた運転手でもあった。
話を聞けば、ニューポートで買い占めた酒やジャガイモや玉ねぎなどの重たい食料を、あのバイソンで引かせていたらしい。だが、突然バイソンが興奮し始め、バイソンと牛車をつなぐ打綱を引きちぎると、環状根の真ん中で暴れ始めたそうだ。
近くにいた人々が騎士を呼んでくれたが、三人の騎士たちだけじゃどうにもならずに困っていた。そこへ次第に人々が何事かと集まり、より一層混乱を招いたとのことだった。
「何十年も牛車を運転してきましたが、今回のようなことはことは初めてで。本当に申し訳ない……」
「いえ、あのバイソンも含め、みんな無事でよかったです。バイソンだって生き物ですから、今回のようなこともありますよ。それでは先を急ぎますので」
ヨシュアはそう言って頭を下げると、老人も深々とお辞儀を返した。
見物人たちの好奇の目に晒されながらも馬車に乗り込む。一足先に馬車に乗っていたジークに「遅かったじゃないか」と言われたが、気にせず「ファンサービスですよ」と返すと「それなら仕方がない」と言って笑った。
そしてジークは運転手にも聞こえるような声で高らかに宣言する。
「さぁ、それじゃあ気を取り直していこうか! いざ! ニューポートへ!!」




