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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
入団編
26/154

街を駆け抜ける


 島を無事に脱出し、ボートに乗ってからおよそ三十分。再び岸辺の近くまでやってきた。

 遠くでは四人の帰りを待っていたハールとケイトが大きく手を振っているのが見える。

 アルルも手を振り返すが、内心はかなり焦っていた。



(もうすぐ十時。……ここから馬車を飛ばしてもらってもおよそ一時間。かなりぎりぎりの時間だ……)



 アルルはボートに乗っている間、何度も何度も左腕の小さな時計に目をやっては、落ち着きなく空を見上げていた。

 アルルの見立てでは、お昼ごろまでに治療できるかどうかが生死の分かれ目だった。もちろんいつ病状が悪化するかもわからない。アルルが焦るのも無理は無かった。



 やれることはやった。

 だが後悔もある。


 

 もしはじめに三人で島に渡った時に、きちんと採取に成功していれば、少なくとも一時間以上は早く街に帰ることができたはずだったからだ。



 ボートが岸辺にたどり着いた。

 ハールとケイトが駆け寄ってきて再会を喜ぶ。

 だが、アルルはそれを制止するかのように早口で言う。



「馬車まで走ります! 二人はボートを持ち主までお願いできますか!?」



 アルルの焦りが二人にも伝わったようで、ハールとケイトは真剣な表情で頷いた。アルルはくるりとヨシュアたちの方に振り返ると、またも早口で言う。



「みなさんっ!! ここまで連れてきてくださりほんとーにありがとうございますっ!! このお礼はあとで必ずします!! …… ではっ!!」



 アルルはそう言い残すと、ヨシュアたちの返事も聞かずに、馬車を待たせてある、砂浜を渡った先へと向かって急いで走り出す。



「────待ってくれ!」



 アルルを追ってきたヨシュア。すぐさま二人は横に並んで並走する形になった。



「アルルの街ってどこなんだ!?」


「ウィンベルってとこです」



 アルルが早くも息を切らしながら答える。ここにきての砂浜ダッシュは、普段から体を鍛えていない彼女にとって、正直かなり辛いものがあった。



「そこってたしか……マーセナルの隣町の…… 」



 ヨシュアの言葉にアルルは頷く。


 アルルの住む街は、ヨシュアが早朝見かけたあの大きなウルプス川を渡った先にある街だった。

 話を聞いたヨシュアは、アルルの手を引いて足を止めさせる。

 急に手を引っ張られたアルルは「こんな時になんなんですか!?」と少し苛立ちながらヨシュアを見たが、ヨシュアは気にする様子はない。



「馬車に乗っていくんだろう? それならきっと、俺がアルルを背負って走った方が速い」


「えっ??」



 戸惑うアルルをヨシュアが半ば無理やり背負う。


 ヨシュアが「しっかりとつかまって」と言うので、アルルもとりあえずヨシュアにしがみつくが、ハッキリ言ってアルルは、ヨシュアの言うことが全くわからなかった。

 

 

 人を背負った状態で馬車より速いはずがない。

 だから背負われた今でも、さっきの言葉は聞き間違いだと思っていた。



 ────しかし、そんな常識はヨシュアの前に通用しない。



 ぐっと踏み出された、大きく力強い一歩に振り落とされそうになって、慌ててしがみつき直すアルル。黒い三角帽子も落ちそうになるのを左手で必死に押さえつける。



 そんなアルルに構うことなくヨシュアはぐんぐんとスピードを上げていく!


(うわっ!! えっ!? ちょ、まだ砂浜なのに、速すぎるぅ…… !!!)


 砂浜を走り抜けると、アルルを乗せたヨシュアは赤髪をなびかせながらさらに加速していく。

 待たせていた馬車をそのまま通り過ぎ(アルルが振り返ると、運転手はぽかんと口を開けて、二人が走り去るのをただ見ていた)、マーセナルの街まで続いている長く緩やかな上り坂を、傾斜を感じさせないほど軽快な足取りで駆け抜けていく!!



(凄い! ほんとーに、馬車よりもずっとずっと速い……!!)




 走り始めて早や十分。

 ヨシュアのペースはまだ落ちない。


 マーセナルの街に近づくにつれて人通りが多くなってきた。朝の時間とは違い、外を出歩く人の数が明らかに多い。

 ヨシュアは走りながら後ろに乗せたアルルに向かって叫ぶ。



「人が多い! 急に止まるかもしれないから気を付けて!!」


「はいっ!!」



 こんな時に不謹慎だとは思うが、アルルは少し楽しくなってきていた。

 アルルを背負いながら猛スピードで走るヨシュアを見て、街の人たちは皆目を丸くしていたからだ。

 常識では考えられない走りに、驚きを隠せない人々の表情を見て、そして戸惑いながらも大通りの真ん中を二人のために開けてくれる人々を見て、ただ背負われているだけのはずなのに、アルルは得意げな気分になっていたのだった。




「ヨシュアさんっ!! 次の角を右に!!」


「わかった!!」




 さらに走ること十分。二人はもうすでに多くの人々でにぎわうマーセナルの街まで来ていた。

 アルルに従ってヨシュアが大通りを右に曲がると、少し先にはウルプス川に架かる大きな橋が見えていた。この橋を渡ればアルルが住む街<ウィンベル>があって、そこでティアも待っている。

 ティアのことを想うと、ヨシュアにしがみつくアルルの手にも自然と力が入った。



「あの家ですっ!!」



 ようやくティアとその両親が待つ家までたどり着く。結局ヨシュアはアルルを背負いながら十キロメートル以上ある道のりを二十五分足らずで走り抜けた。これにはさすがにヨシュアも疲れ果てたご様子だ。



 家の前で、アルルの帰りを今か今かと待っていた父のドミニクは、猛スピードで近づいてくる二人を見て驚き、さらに赤髪の見覚えのない男に背負われてやってきたのがアルルだと知って二度驚いていた。



「アルルなのか!?」


「そうですっ!! マナ枯らしもバッチリ手に入れてきましたっ!!」



 アルルの言葉を聞いて一瞬笑顔を浮かべると、ドミニクはさっそくと言わんばかりに急いで二人を家に招き入れた。




 家の中にはドミニクの妻であるタニスが必死に娘のティアを看病をしていた。小さな体は高熱にうなされとても息苦しそうだ。意識も朦朧もうろうとしていてアルルに気が付く様子もない。

 母のタニスはアルルの帰りを待っている間に散々泣いたのだろう、目元を中心に顔を真っ赤に腫らしていた。

 タニスはアルルを見るなり必死になって訴える。



「薬は!? どうなりましたか!?」


「大丈夫です…… ここにっ!」



 アルルは小さな鞄から<シラツユグサ>を取り出す。コルト諸島にて手に入れたそれは別名<マナ枯らし>とも呼ばれる。これを使ってティアの体内に溜まりすぎたマナを外に出してやるのが狙いだ。



 さきほどタニスは『薬』と言ったが、これは正確には飲み薬でも塗り薬でもない。


 アルルは新鮮なシラツユグサを水の張った瓶から取り出すと、シラツユグサの細長い根っこを病気に苦しむティアの手に巻き付け始めた。

 巻き付けられた細い根っこは、ティアの手を巡る大量の『マナ=魔力』を感知し、ティアの手に根付くようにひとりでに絡まると、小さな細い根っこが少しづつ体内に侵入し始めた。



「これは!?」



 ティアの手に巻き付き侵食を始めるシラツユグサを見てタニスが不安そうに尋ねる。



「大丈夫ですよ。このまま養分として体内のマナを吸い出してもらいます。小さな緑の花を咲かせた後、花が枯れる頃には根っこも自然と抜け落ちますから」


「それで、ティアは助かりそうなのか!?」



 後ろで見ていた父のドミニクもかなり心配そうだ。



「…… きっと大丈夫です。苦しそうにはしていますが、ティアちゃん自身も頑張ってくれていたおかげで、私が思う以上にまだ体力があります。シラツユグサも、ティアちゃんの体のマナにちゃんと反応してくれているので、あとは見守るだけです」



 アルルはそういって、ティアの前に静かに座って見守る。



 けれど、内心はアルルも不安だった。

 

 ドミニクたちに言った言葉は嘘ではないが、シラツユグサを使った治療などアルル自身も初めての経験だった。本で読んで得た知識をもとに治療を施したが、うまくいくかはアルルにも分からない。

 だが、自分にやれることはやった。それだけは確かだから、あとは見守るだけだ。




 そうして待つこと早二時間あまり……


 幼いティアの前でじっと座って待つ両親とアルル。

 ヨシュアも部屋の片隅の離れた場所で、ティアが目覚めるのを静かに待っていた。


 容態はかなり落ち着いたように見えるがまだ目を覚まさない。ティアの手に絡みついたシラツユグサはすでに小さな花を咲かせていた。



「あ…… ティア?」



 その時、うっすらとティアの目があく。

 すぐにタニスがティアに声をかける。



「────おかあさん?」



 その声に思わずティアを抱きしめるタニス。ドミニクも駆け寄ってタニスの肩を抱く。二人の目には大粒の涙が流れていた。



「やった…… やりましたっ」



 アルルはその場に座ってぎゅっと手を握りしめ、一人喜びをかみしめる。

 そんなアルルの肩をヨシュアが後ろから軽く叩き「おめでとう」と声をかける。

 その言葉に、嬉しさのあまりドミニクたちの目をはばからずにアルルはヨシュアを押し倒すように抱きついた。



「ああ……!! ほんとーに……ありがとうございますっ!! もう何からお礼を言っていいのやらわかりませんっ……! でも、ただただ今はもう嬉しくって…… !」



 アルルはヨシュアの胸の中で泣き始める。


 不安と責任感から解放された感情がヨシュアの一言で止まらなくなり、嬉しさとも入り混じって、涙となって表れたのだ。




 そんなアルルを抱きかかえながら、ヨシュアは恥ずかしさと、そしてそれ以上に胸の中に熱い感情が湧き上がってくるのを感じていた。



「────本当にお疲れ様、アルル」


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