脱出
(偉そうなことを言ったからには、ちゃんとここは守らなきゃね……!)
ニアとライは魔物の群れに囲まれていた。
さきほど<首狩り狐>を相手にしていた時より数も多い。見えている範囲だけで十に近い数はいるだろうか。二人だけならともかく、動けないアルルを守るには魔物の数が多すぎる。
「ライ! 正念場だ! 後ろの守り頼むよ!!」
ニアは後ろにいるライに叫ぶと、手にしていた紅蓮の槍を頭の上に構え、威嚇するように勢いよく回す。さらにニアが槍に魔力を流し込むと、刃が付いている方とは反対側の先端にも、魔法による刃が形成された!
「いっけー!!!」
ニアはぐるんと大きく右腕を回すと、高速回転を続ける両端に刃のついた槍を<忍び寄る蜂>に向けて投げつける!
マナの木々を上手く避けながら、右から左へ大きく弧を描くように放なたれた紅蓮の槍は、横一列に並んでいた三匹の<忍び寄る蜂>を次々と切り裂いた!
魔物を切り裂いたニアの槍は地面と水平になるよう高速回転を保ったまま、引き寄せられるようにニアのもとへと戻ってくる……
だがその前に、槍を手放して無防備になったニアに、ここぞとばかりに<骨の鎧を着飾る犬>がニア目掛けて飛び出してきた!!
────ヒュン!
風を切るような音とともに短剣が一直線に飛んでいく。ライが投げたワイヤー付きの短剣は骨の鎧で覆われていない魔物の右目に直撃する! 魔物は痛み耐えきれず背を向けて茂みの奥へと逃げていく。
「サンキュー、助かったわ!」
ニアはブーメランのように戻ってきた紅蓮の槍を右手の魔法で操って、今度はじりじりとアルルに近寄ろうとする<徘徊する噛みつき花>と呼ばれる、体長一メートルほどの歩き回る噛みつき花に向け、槍の軌道を巧みに変えた!
そして紅蓮の槍は高速で回転したまま、またしても大きな円を描きつつ魔物に襲いかかる!!
ニアの槍を操るのは魔法によるものだ。右手の中指にはめた紅蓮の槍と対を成す<魔法の指輪>の補助を受けながら、右手に魔力を集中させて槍を操っているのだ。あくまで大まかにしか操れないが、それでもニアは安全圏から確実に魔物の数を減らしていく。
手放している間は隙だらけの無防備であり、回転によって切れ味が増すわけでは無いので<巨大な両腕の大熊>のような固い皮膚を持つ大型の魔物には効果があまり期待できない。さらにマナの木にぶつかると回転が止まる恐れがあるので狭い場所では使えないなど、難しい技の割には制約が多く、意外と使う場面を選ぶ。
だが、今回は少しばかり開けた場所での戦闘だ。しかも大型の魔物はヨシュアが止めてくれている。だから今の状況に対してニアのこの技は非常に有効だった。
<|徘徊する噛みつき花(ウォークバイトフラワー>を見事切り裂いたニアの槍は、戻ってくるなりそのまま回転を保ちつつ、ニアの周囲を飛び交いながら近寄るもの全てを切り裂いていく……!
「さぁ、近づけるものなら近づいてみな! みんなまとめて切り裂いてやるんだから!!」
◆
ヨシュアと<巨大な両腕の大熊>の激しい攻防もいよいよ大詰めを迎えようとしていた。
攻めまくる<巨大な両腕の大熊>と、それをなんとか盾と<衝撃吸収>で凌ごうとするヨシュア。
ここまでこの構図はずっと変わらなかったが、ようやく反撃の糸口のようなものがヨシュアにも見え始める。
その証拠に、ここまで盾で防ぎ続けることで精いっぱいだったヨシュアが、一歩ずつ確実に前へと足を踏み出し始めた。そしてあろうことか、ヨシュアは一度も攻撃せぬままにグリズリーをアルルから遠ざけるようプレッシャーをかけては、グリズリーを少しずつ後退させるまでになっていたのである。
ヨシュアはグリズリーの右ストレートを自信を持って<衝撃吸収>を発動させて完璧に防ぐ!
かまわずグリズリーはそのまま左腕から拳を突き出すが、ヨシュアは意表を突くようにこれを余裕を持って躱す!
躱されたグリズリーが勢い余って体勢を崩した!
仕掛けるなら今しかない!
「マジックワイヤー、ジャックナイフ!!」
すかさずヨシュアは左手のマジックワイヤーで先端を短剣のように形作ると、グリズリーの踏み出した左の膝下目掛けて射出して深々と突き刺す!
ライに傷つけられた痛みからか、それとも殴り続けた疲れからか、グリズリーの動きは最初に遭遇した時より明らかに鈍っていた。どうやら<巨大な両腕の大熊>は、その体に不釣り合いなほど大きな両腕の分だけ、体に相当負担がかかるらしい。
(さきほどまでの圧を感じないのなら、やりようはいくらでもある!!)
左足の甲に続き左膝まで負傷したグリズリー。疲労もピークのはずだが、それでもヨシュアに近づいてきて攻撃の意思を見せる!
「痺れる電流!!」
ヨシュアだって負けていない。追い打ちとばかりに、左膝下に刺さったままのマジックワイヤーに魔法で電流を流すと、グリズリーはたちまち苦しそうな呻き声を上げた。
たまらずグリズリーは、力づくで左膝に刺さったワイヤーショットの先端を引き抜くと、体を後ろにそらし、大きく息を吸って再び咆哮を上げようとする仕草を見せる。
「させるかっ!」
また仲間を呼ばれてはかなわない。
グリズリーの行動にいち早く反応したヨシュアは、盾を前面に押し出し、スピード全開で体ごと突撃する!!
体格差はあれど、グリズリーは左足を負傷していることもあって体を支えきれず、その場に崩れるように仰向けになって転倒した。
「────終わりましたっ!! 採取完了ですっ!!」
ちょうどその時、後ろからアルルの声がして振り返ると、綺麗な水が張られた、少し大きめの瓶いっぱいに詰められた<シラツユグサ>を高く掲げて、泥だらけの手を振るアルルの姿があった。
満面の笑みを見るにどうやら無事採取に成功したらしい。
「引き上げよう! こっちだ!!」
採取が完了したならばもうこの島に用はない。
ヨシュアの言葉にアルルは手にした瓶を、腰にぶら下げた小さな鞄に急いでしまって立ち上がる。ヨシュアも、仰向けに倒れるグリズリーを置きざりにしてアルルのもとに駆けよる。二人は笑顔を浮かべて小さく頷き、お互いの成功を確かめ合うと、ニアたちも含め四人一緒にボートに向かって、もと来た道を走り出す。
ヨシュアたち傭兵の三人は、来た時と同様にアルルを中心に逆三角形の形で守りを固めつつ、周囲を警戒しながら走っていく。
しつこいほどに後ろから<骨の鎧を着飾る犬>が走って追ってくるが、後方を警戒するライが目を光らせていることもあって、用心深い犬たちは襲ってくる気配がない。吠えるしぐさを見せようものなら、すぐにでも始末する必要があるが、そうでないなら放置でいい。
道中で何度か野生の魔物を見かけたが、そのたびにきちんと距離をとって走り抜けたこともあり、これ以上襲われることも無かった。
魔物たちの包囲網をすり抜けるように、安全なルートを見つけるヨシュアたちを見て、アルルは内心とても驚いていた。
もちろん魔物たちだって、別にわざわざヨシュア達を待ち伏せしているわけではない。なぜなら最初に島を脱出しようとしたときと比べ、島の状況が大きく違うからだ。
先ほどのグリズリーたちとの戦闘も、この島にとっては小さな小競り合いでしかない。たしかにグリズリーがいた戦いの場には魔物が引き寄せられていた。けれど、その戦いにおいて、悪い意味でよく目立つ『炎の魔法』を使っていないこともあってか、必要以上に島全体の警戒レベルを上げなかったのだ。
このことが、スムーズな脱出を可能にしたのだが、これはヨシュアたち三人の傭兵の狙い通りであり、作戦勝ちと言っていいだろう。
一行は、ついにボートがある砂浜に辿り着く。ニアとライはボートを出発させるために素早く乗り込む。
「やっと…… ついた…… !」
アルルは息も絶え絶えになりながらも、視界の先のボートを見て思わず声に出して喜んだ。同時に、嫌な記憶が蘇り、ハッとして上空を見上げる。
────先ほどと違って、そこに<追跡する翼竜>の姿は無い。アルルはほっと胸をなでおろす。
すぐ隣で、後ろを警戒していたヨシュアが「どうした? 早く先に乗ってくれ」と言うので、アルルは慌ててボートに向かって走った。
砂浜に足を取られつつも、アルルはなんとかボートまでたどり着いてそれに乗り込むと、ライは動力源であるマナクリスタルを起動させて、すぐさまボートを発進させる。
ボートがゆっくりと進みだしたのを確認して、ヨシュアもボートへ乗り込むために走って向かう。
「つかまってくださいっ!!」
アルルがボートから両手を差し出す。
ヨシュアはそれを見て少し驚きつつも左手を伸ばして、彼女の腕をがっちりと掴む。
アルルもしっかりとその左手を掴むと、尻持ちをつきながらもヨシュアをボートに引き上げた。ヨシュアはアルルに左手を引かれたこともあって、二人はボートの上で抱き合うように倒れ込む。
気まずく感じたヨシュアは、彼女から慌てて離れつつ、頬を少し赤く染めながら礼を言った。
「あの…… ありがとう。…… それから、とりあえずお疲れ様。ボートが向こうの岸に着くまでの間だけでもゆっくりと休んでいてくれ」
とりあえず島でやるべきことは終わった。あとはシラツユグサを病気で苦しむティアのもとへ届けるのみ……
アルルは腰に下げた小さな鞄の中からシラツユグサが入った瓶を取り出す。少し大きめの瓶の中は太陽の光を浴びてキラキラと輝く水と、シラツユグサの細長い根っこで満たされていた。
アルルは瓶を抱えながら目を閉じて、そして静かに祈りを捧げる。
(どうか、私が行くまでティアちゃんが無事でありますように…… !!)




