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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
入団編
20/154

追跡する翼竜


 アルル達がボートに乗ってからどれくらいの時間がたっただろうか……




 いや、おそらくまだ二十分も立っていない。


 だが、たった二十分とはいえ翼竜に追い回されながらの船旅は気が遠くなるほど長く感じた。

 三人は戦う気力も体力も無ければ、アルルに至っては杖も無くしてしまっており、ほんの少し気休め程度の魔法が使えるだけで、とても戦力にはなれない。



 逃げ切れば勝ちではない。アルル達の最終目的は『シラツユグサの採取』だ。コルト諸島にて滅多に見つけることができない<シラツユグサ>を、病気で苦しむティアのためにも早く持ち帰れなければいけないのだが……実際は翼竜に追い回されて島から遠ざかる一方だった。



 不安と焦燥がアルルの胸を強く締め付ける。ここまではハール達の前で気丈に振る舞おうとしてきたアルルだったが、ここにきて息をするのだって辛くなってきていた。



 ボートのスクリュー音だけが虚しく響く。

 後ろをしつこく追ってくる翼竜を見ながら、ケイトはボートを操縦するハールに問いかける。



「ねぇ、ハール……このボート少しスピード落ちてきてない?」


「…… そうかもしれない」


「そうかもしれないって、ちょっと、それどういうこと!?」



 ケイトが慌てた声で尋ねるがハールはなぜか答えない。アルルが操縦席に立つハールのもとまで確かめに行くと、彼がなぜ黙ってしまったのかがわかった。



「ハール君。マナの残量って…… これだけなの?」



 アルルがハールに尋ねると、ハールはじっと<魔法結晶マナクリスタル>の光を見つめたまま黙って頷く。

 魔力消費の効率度外視でずっと全力で船を動かしてきたからだろう、はじめは鮮やかな緑の光を放っていたマナクリスタルも、今は白っぽくなって輝きを失いつつある。ボートが止まってしまうのも、もはや時間の問題かもしれない。




 アルルは目の前に見え始めた岸辺を見つめる。

 その岸辺はアルル達がボートを借りた場所、つまり振出しに戻ってきたわけだ。

 かろうじてボートは岸辺にたどり着くかもしれないが、無事に辿り着いたとしてどうする? このままではアルル達は街に魔物を連れてきてしまうことになる。


 瀕死の魔物は仲間を呼ぶとも聞いたことがある。もし街に侵入した魔物が仲間を呼んだなら、きっとただ事では済まないだろう。



(迎え撃とう。このままじゃ追い付かれるし、それに街に魔物は連れていけない…… !)



 アルル達に残された選択肢。それはここで翼竜を迎え撃ち、岸辺に辿り着いて、その上でもう一度<シラツユグサ>を探しに行く。これしかない。


 けれども戦う方法を持たないアルルが、そんな無責任なことをハールとケイトに提案できる立場になかった。



 ────ガタン



 その時ボートは明らかにスピードが落ちた。マナの底が尽きかけている。翼竜がすぐさま追いついてきた。



 ハールは剣を持つと操縦席から移動して、ボートの後ろに立つケイトの隣に並び立ち、体の正面に剣を構える。覚悟を決めた顔だった。

 アルルもローブの内側から小さな携帯用の杖を取り出す。いつもの大きな杖ほどの力は出せないが、何も無いよりはましなはずだ。



 ハールとケイトは空を飛ぶ翼竜相手に剣を振り回す。

 初めての魔物、初めての空を飛ぶ相手に二人は苦戦していた。剣筋は褒められたものではないが、それでも覚悟を決めた二人に気圧されているようで、翼竜はボートの上の三人を攻めあぐねる。

 その隙にアルルも魔法を繰り出す。



「……解き放たれる雷撃サンダーエミッション!!」



 三匹の翼竜のうちの一番手前の翼竜に向けて青白い閃光が走る!

 本来の威力には程遠く、一瞬動きを止める程度だったが、その隙にハールが翼竜の腹を切り裂く! 

 …… 傷は浅い。だが翼竜は苦しみそのまま後方に退く!



(やったっ! このまま残り二匹も…… )



 アルルは手ごたえを感じて喜んだ。


 しかし、このアルルの魔法が翼竜の注意を引いてしまったようだ。

 ハール達と戦っていた翼竜のうちの一匹が翼を大きく羽ばたかせたかせ、そのまま空高く上昇し、前で戦う二人を飛び越えたかと思うと、今度は急降下しながら直接アルルに襲い掛かる!!



「あ。死んだ」



 アルルは小さく呟く。

 何ともあっけない幕切れだ。


 焦るドミニク。悲痛な表情のタニス。苦しそうなティア……

 今日の出来事が走馬灯のようにぐるぐると頭の中を駆け巡る。やり残したことを後悔しながら、アルルはぽかんと口を開け、間近に迫った翼竜をただただ見上げるしかなかった。






 ────だが、アルルは死ななかった。






 突然、視界の右方向からやってきた何かが、アルルの鼻先数センチまで迫っていた翼竜につかみかかるように突撃すると、勢いそのまま翼竜もろとも湖に落下したのだ!


 水飛沫に驚き顔を伏せつつ、目の前で起きた出来事に呆然とするアルル。



(えっ、なに、今の……もしかして人だった!?)



 それはハールもケイトも、さらには二人と戦っていた翼竜までが一瞬動きをとめてしまうほどの衝撃。

 湖に落っこちた翼竜は濡れて重くなった翼では飛び立てないのか、水面でもがきながら苦しんでいる。



 一同がその様子に目を奪われていると、水中から光る線状の何かが飛び出し、空を飛ぶもう一匹の翼竜の首をからめとるように捕まえ、またも湖に引きずり込もうとする!

 翼竜も翼を必死に羽ばたかせて飛び立とうと抵抗してみるが、引きずり込もうとする力は予想以上に強い!

 さらに翼竜はなんとかボートにしがみついてあがいてみるが、それにいち早く反応したケイトが剣で翼の付け根辺りを一突きして湖に落とす!


 残るは一匹。先ほど腹を切り裂かれた翼竜だ。でもそいつは、後ろで見ていて危険を感じたからか、仲間を残し飛び去って逃げていった。



 こうして、なんとか翼竜の追撃を免れたアルル達三人。



「もしかして私たち助かった…… ?」


「そうかもしれない」



 ハールとケイトは、まだ湖に落ちてもがいている翼竜を横目に見ながら力なく笑った。アルルもその場に座り込む。

 生き残った喜び…… というよりも安堵に近かった。



 その時ボートの左側面を何かが掴む!

 その音に敏感に反応する三人だったが、よく見ると人の手だ。まもなくボートを上がってきたのは盾を持った赤髪の少年だった。







 湖からボートに上がるヨシュアを見て一同は目を丸くしている。手前に座り込むのは魔導士風の金髪の少女。それから剣を持つ痩せた男と、同じく剣を持つおでこの広い女。みんな血だらけの満身創痍だった。そんな三人は、気の抜けた顔でヨシュアのことをじっと見ている。



 事態をよく理解していないようなのでヨシュアはとりあえず名乗ることにした。



「えっと…… 昨日から<浮雲の旅団>に入団したヨシュアだ。緊急コールに呼ばれてきたんだが…… 」


「あっ、それ私だ」



 おでこの広い女が答える。女は何やら不思議なものを見るような目でヨシュアをじっと見たままで、ぼーっと突っ立っている。助かって気が抜けたのか、放心状態のようにも見える。

 とりあえず助けたはいいが、ヨシュアもこの状況をよく呑み込めていない。


(できれば俺にも分かるように現状を説明してほしいんだけどな……)


 すると魔法使い風の少女が立ち上がってお辞儀し、ヨシュアに礼を言う。彼女が着ているワンピースは魔物との戦いの影響か、裾の辺りが無残な姿になっていた。



「あの! 助けていただきありがとうございました! ほんとーに! 助かりました!!」



 後ろに立つ二人もつられるように慌ててお辞儀して礼を述べる。


 そして少女は、今度はヨシュアの前に正座するようにかしこまって座ると、ようやく事情を話し始める。



「あの、私はアルルと言います。こちらの二人はハールさんとケイトさん。二人は同じ町で、傭兵で…… ああ、私も同じ町なんですけど…… でも傭兵では無くて。ええと…… 」


「落ち着いて、ゆっくりで大丈夫です」



 アルルと名乗る少女が事の経緯を説明しようとするが、ちょっとテンパっているようだ。

 辺りに危険も見当たらないので、とりあえず落ち着いてもらおうとするヨシュア。

 アルルは俯き指先で髪をくるくるといじりながら何度も何度も「ええと……」と呟いている。頭の中で情報を整理しているようなので、少し待ってみる。



「ええと…… あの、ヨシュアさん! 助けてもらったとこなんですけど…… 私たちを助けてください!!」


「…… はい?」




 アルルが何を言いたいのか分からないヨシュア。だが訴えかけるアルルの目は真剣そのものだ。

 どうやらこのまま無事に終わりそうにないなとヨシュアは予感した。


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