殺害予告
何に対して怒りを感じるのか。
それは恐らくは人それぞれなのだろう。だから酷く名誉を傷つけられたとしても、本人は気にしないというのは、有り得る事なのかも知れない。グランプリに輝いたから満足だと、自分の結果に納得していると口にしたソーニャも、嘘ではなく本心を語っているのかもしれない。
だがヨシュアは許せなかった。怒りを感じていた。
ヨシュアは自分が傷つくよりも、他人が傷つくことの方が嫌なのだ。あるいは、名誉を傷つけられたのがヨシュア自身だったなら、ここまで怒りを感じることは無かったかもしれない。「片腕である」という事を馬鹿にされたとしても、それは事実だと、いつか見返してやればいいと、きっとそう思っただろう。
けれど今回は違う。
貶されたのはソーニャだ。
そしてヨシュアは、ソーニャがコンテストにかける想いを知っているが故に、そして、今までどれだけの努力を積み重ねてきたかを知っているが故に、この怒りをどうにも抑えられそうになかった。
「ソーニャさんが怒らない理由は、もしかして俺に気を遣ってくれているからですか? 明日の告白の邪魔をしない様にって」
ヨシュアは尋ねた。ソーニャはすぐに答えずに、ヨシュアの顔をまじまじと見た。ヨシュアもまた、ソーニャの考えを読み取ろうとするかのように、彼女の瞳を見つめた。
暫くして、思い出したかのようにソーニャが口を開く。
「あなた、案外鋭いのね」
「ギルドに依頼してください。そして、この愚か者を必ず捕まえましょう」
「でもあなた、それだと明日の告白の時間に間に合わないかもしれないわ。プレゼントもまだ買ってないんでしょ?」
「別にそんなのどうだっていい」とヨシュアは言った。「告白なんていつだってできる。何だったら今すぐにでも告白しにいって、それからすぐにでも依頼に集中します。俺が必ずそいつを捕まえるので、どうかギルドに依頼してください」
「そんなのダメよ。私が望んでいない。プロポーズとは女の子にとって、一生モノの思い出なの。彼女のことが好きなら、二人で過ごせる時間を大事にしてあげなくちゃ」
ソーニャは諭すように言った。女性視点に立って考えるソーニャの言葉は、恐らくは正しいのだろう。
それでも、正しいと分かっていても、ヨシュアは自分の考えを曲げる気は無かった。
「俺の好きな人は、アルルは、事情を話せばきっとわかってくれる。むしろ、あなたの名誉を守ろうともせず、二人の時間を優先させたなら、俺は彼女に軽蔑されるでしょう。俺は盾使いです。あなたに降りかかる矢も、非難の言葉も、全てこの盾で防いで見せます。だから────」
そこまで言ってヨシュアはソーニャの手を取った。
その左手の指輪のトルマリンは日の光を浴びて輝いている。
「俺に任せてください。せっかくの素敵な思い出を守らせてください。この指輪を見つめるたびに嫌な思いをするなんて、そんなの哀し過ぎる。そんなのダメだ。俺はあなたのパートナーなんだから、もっとわがままになって下さい」
ソーニャはヨシュアの顔と左手のトルマリンの指輪を交互に見た。
それからもう一度、ソーニャはヨシュアの顔を見た。そして口元に微かな笑みを浮かべる。
「あなたのその言葉、まるでプロポーズね」
「え?」
「負けたわ。あなたの執念に。正式に依頼を出そうと思うのだけれど、ギルドホームまで護衛を頼めるかしら? もちろん報酬は弾むから」
◆
ヨシュアはソーニャとファウストと共にギルドホームに行き、そこで正式に依頼を出した。彼女の護衛と、それから犯人を捜し出すためだ。
「護衛は他の者に任せるから、ヨシュアには犯人捜しをお願いしたいの」
ソーニャはそう言った。この街で一月ほど過ごしたから、ギルドにも知り合いがいる。だから大丈夫だというのだ。
ヨシュアもそれに賛成した。ギルドメンバーは頼りになる人が多いからだ。
受付を担当してくれたのはミストだった。フレイヤだったらどうしようかと思っていたから、ちょうどよかった。同じようにコンテストに出場していた彼女だと、今回の事件を伝えることは少し躊躇われるからだ。後々彼女の耳にも入るだろうが、直接言わなくていいのは気が楽だった。
「メンバーの選定は実力と予定を踏まえてこちらで行います」
ミストが事務的にそう告げると、ソーニャは「依頼を頼みたい人がいるのだけれど」と言った。
「誰でしょう?」
「リコッタちゃんよ。あの子もここのギルドに所属しているのでしょう?」
「そうですね。ただ彼女はまだ<白のカード持ち>です。実力的には厳しいかと」
「その辺は他の者で調整してくれるかしら?」
「分かりました。それではリコッタと、その他に二名ほど護衛に付けましょう」
その言葉にソーニャは微笑みを返し、それからヨシュアに向き直る。
「ヨシュアも一人では大変でしょうから、誰かに協力を仰ぐといいわ。その人の報酬もきちんと弾むから」
その提案を素直に受けるべきか少し考えたが、捕まえるなら早い方がいいだろう。そう思ってヨシュアは、頼れそうな人が見つかったなら協力を願うことにした。
ミストがソーニャの護衛を捜してくれている間、ヨシュアたちはギルドホームの丸テーブルに腰を下ろした。ホームは、この夕方の時間ならもっと混雑してるはずだが、今日は豊穣祭ということもあって静かである。食事も酒も、豊穣祭の屋台で済ます人が多いからだろう。
少しばかり重たい沈黙が流れていた。三人ともテーブルの木目模様をじっと眺めていた。ヨシュアは、何か気の利いた言葉は無いかと頭を働かせてみたが、何も思い浮かばなかった。
その沈黙を最初に破ったのはソーニャだった。
「ヨシュアは、今回の犯人が誰なのか、見当はついているの?」
ヨシュアは黙って首を横に振った。必ず捕まえると宣言したが、実は何も根拠がなかった。その場の勢いで任せてほしいと言ったのだ。我ながら、何と無責任なのだろうとヨシュアは思った。
「手がかりと言えば、このくだらない予告状だけね」
そう言ってソーニャは殺害予告をテーブルの中央に滑らせる。
そこに書かれた文字を見て、ふとヨシュアは思った。
「筆跡で誰が書いたか分からないのかな」
「筆跡?」
ヨシュアの呟きをソーニャが拾った。
「ええ。もちろん俺が見ても分からないけど、受付の人間なら心当たりないかなって。それに、相手は弓の使い手ですし、もしかしたらギルドに出入りしているメンバーなのかも。考えたくは無いですけど」
「なるほどね。他に手がかりもなさそうだし、受付の子に尋ねてみるのもいいかもね」
「よかったらその手紙を預からせてもらえませんか?」
ヨシュアがそう願うと、ソーニャはその手紙を快く渡してくれた。
それからもう一度受付に戻って、手紙をミストに見せた。見せるのは二度目だったが、筆跡を意識してみるのと、そうでないのとでは、見え方も違ってくると思ったからだ。
「すみません。特徴的な筆跡だとは思いますが、特に思い当たる節はありません」
「そっか。ジルさんとフレイヤさんにもこの手紙を見せたいのだけど、二人が今どこにいるか分かる?」
「ジルさんなら『明日の司会の打ち合わせがある』と、ステージ近くの控室に行きましたよ。フレイヤさんはコンテストの後は自由時間なので、そのまま祭りを楽しんでいると思いますが」
「分かった。捜してみるよ。ありがとう」
ミストに礼を言い、ソーニャたちに一言断りを入れたあと、ギルドを出てヨシュアは再び街の中を歩き始める。左手には、殺害予告が書かれた手紙を握りしめていた。




