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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
豊穣祭編
140/154

殺害予告

 何に対して怒りを感じるのか。

 それは恐らくは人それぞれなのだろう。だから酷く名誉を傷つけられたとしても、本人は気にしないというのは、有り得る事なのかも知れない。グランプリに輝いたから満足だと、自分の結果に納得していると口にしたソーニャも、嘘ではなく本心を語っているのかもしれない。


 だがヨシュアは許せなかった。怒りを感じていた。

 ヨシュアは自分が傷つくよりも、他人が傷つくことの方が嫌なのだ。あるいは、名誉を傷つけられたのがヨシュア自身だったなら、ここまで怒りを感じることは無かったかもしれない。「片腕である」という事を馬鹿にされたとしても、それは事実だと、いつか見返してやればいいと、きっとそう思っただろう。


 けれど今回は違う。

 けなされたのはソーニャだ。

 そしてヨシュアは、ソーニャがコンテストにかける想いを知っているが故に、そして、今までどれだけの努力を積み重ねてきたかを知っているが故に、この怒りをどうにも抑えられそうになかった。



「ソーニャさんが怒らない理由は、もしかして俺に気を遣ってくれているからですか? 明日の告白の邪魔をしない様にって」



 ヨシュアは尋ねた。ソーニャはすぐに答えずに、ヨシュアの顔をまじまじと見た。ヨシュアもまた、ソーニャの考えを読み取ろうとするかのように、彼女の瞳を見つめた。


 暫くして、思い出したかのようにソーニャが口を開く。



「あなた、案外鋭いのね」


「ギルドに依頼してください。そして、この愚か者を必ず捕まえましょう」


「でもあなた、それだと明日の告白の時間に間に合わないかもしれないわ。プレゼントもまだ買ってないんでしょ?」



「別にそんなのどうだっていい」とヨシュアは言った。「告白なんていつだってできる。何だったら今すぐにでも告白しにいって、それからすぐにでも依頼に集中します。俺が必ずそいつを捕まえるので、どうかギルドに依頼してください」



「そんなのダメよ。私が望んでいない。プロポーズとは女の子にとって、一生モノの思い出なの。彼女のことが好きなら、二人で過ごせる時間を大事にしてあげなくちゃ」



 ソーニャは諭すように言った。女性視点に立って考えるソーニャの言葉は、恐らくは正しいのだろう。

 それでも、正しいと分かっていても、ヨシュアは自分の考えを曲げる気は無かった。



「俺の好きな人は、アルルは、事情を話せばきっとわかってくれる。むしろ、あなたの名誉を守ろうともせず、二人の時間を優先させたなら、俺は彼女に軽蔑されるでしょう。俺は盾使いです。あなたに降りかかる矢も、非難の言葉も、全てこの盾で防いで見せます。だから────」



 そこまで言ってヨシュアはソーニャの手を取った。

 その左手の指輪のトルマリンは日の光を浴びて輝いている。



「俺に任せてください。せっかくの素敵な思い出を守らせてください。この指輪を見つめるたびに嫌な思いをするなんて、そんなの哀し過ぎる。そんなのダメだ。俺はあなたのパートナーなんだから、もっとわがままになって下さい」



 ソーニャはヨシュアの顔と左手のトルマリンの指輪を交互に見た。

 それからもう一度、ソーニャはヨシュアの顔を見た。そして口元に微かな笑みを浮かべる。



「あなたのその言葉、まるでプロポーズね」


「え?」


「負けたわ。あなたの執念に。正式に依頼を出そうと思うのだけれど、ギルドホームまで護衛を頼めるかしら? もちろん報酬は弾むから」







 ヨシュアはソーニャとファウストと共にギルドホームに行き、そこで正式に依頼を出した。彼女の護衛と、それから犯人を捜し出すためだ。



「護衛は他の者に任せるから、ヨシュアには犯人捜しをお願いしたいの」



 ソーニャはそう言った。この街で一月ほど過ごしたから、ギルドにも知り合いがいる。だから大丈夫だというのだ。

 ヨシュアもそれに賛成した。ギルドメンバーは頼りになる人が多いからだ。


 受付を担当してくれたのはミストだった。フレイヤだったらどうしようかと思っていたから、ちょうどよかった。同じようにコンテストに出場していた彼女だと、今回の事件を伝えることは少し躊躇ためらわれるからだ。後々彼女の耳にも入るだろうが、直接言わなくていいのは気が楽だった。



「メンバーの選定は実力と予定を踏まえてこちらで行います」



 ミストが事務的にそう告げると、ソーニャは「依頼を頼みたい人がいるのだけれど」と言った。



「誰でしょう?」


「リコッタちゃんよ。あの子もここのギルドに所属しているのでしょう?」


「そうですね。ただ彼女はまだ<白のカード持ち>です。実力的には厳しいかと」


「その辺は他の者で調整してくれるかしら?」


「分かりました。それではリコッタと、その他に二名ほど護衛に付けましょう」



 その言葉にソーニャは微笑みを返し、それからヨシュアに向き直る。



「ヨシュアも一人では大変でしょうから、誰かに協力を仰ぐといいわ。その人の報酬もきちんと弾むから」



 その提案を素直に受けるべきか少し考えたが、捕まえるなら早い方がいいだろう。そう思ってヨシュアは、頼れそうな人が見つかったなら協力を願うことにした。



 ミストがソーニャの護衛を捜してくれている間、ヨシュアたちはギルドホームの丸テーブルに腰を下ろした。ホームは、この夕方の時間ならもっと混雑してるはずだが、今日は豊穣祭ということもあって静かである。食事も酒も、豊穣祭の屋台で済ます人が多いからだろう。


 少しばかり重たい沈黙が流れていた。三人ともテーブルの木目模様をじっと眺めていた。ヨシュアは、何か気の利いた言葉は無いかと頭を働かせてみたが、何も思い浮かばなかった。


 その沈黙を最初に破ったのはソーニャだった。



「ヨシュアは、今回の犯人が誰なのか、見当はついているの?」



 ヨシュアは黙って首を横に振った。必ず捕まえると宣言したが、実は何も根拠がなかった。その場の勢いで任せてほしいと言ったのだ。我ながら、何と無責任なのだろうとヨシュアは思った。



「手がかりと言えば、このくだらない予告状だけね」



 そう言ってソーニャは殺害予告をテーブルの中央に滑らせる。

 そこに書かれた文字を見て、ふとヨシュアは思った。



「筆跡で誰が書いたか分からないのかな」


「筆跡?」



 ヨシュアの呟きをソーニャが拾った。



「ええ。もちろん俺が見ても分からないけど、受付の人間なら心当たりないかなって。それに、相手は弓の使い手ですし、もしかしたらギルドに出入りしているメンバーなのかも。考えたくは無いですけど」


「なるほどね。他に手がかりもなさそうだし、受付の子に尋ねてみるのもいいかもね」


「よかったらその手紙を預からせてもらえませんか?」



 ヨシュアがそう願うと、ソーニャはその手紙を快く渡してくれた。

 それからもう一度受付に戻って、手紙をミストに見せた。見せるのは二度目だったが、筆跡を意識してみるのと、そうでないのとでは、見え方も違ってくると思ったからだ。



「すみません。特徴的な筆跡だとは思いますが、特に思い当たる節はありません」


「そっか。ジルさんとフレイヤさんにもこの手紙を見せたいのだけど、二人が今どこにいるか分かる?」


「ジルさんなら『明日の司会の打ち合わせがある』と、ステージ近くの控室に行きましたよ。フレイヤさんはコンテストの後は自由時間なので、そのまま祭りを楽しんでいると思いますが」


「分かった。捜してみるよ。ありがとう」



 ミストに礼を言い、ソーニャたちに一言断りを入れたあと、ギルドを出てヨシュアは再び街の中を歩き始める。左手には、殺害予告が書かれた手紙を握りしめていた。

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