最期の時を迎える前に
素早く反転したオーウェンは、ヨシュアに向けてナイフを繰り出す。
相変わらず攻撃は鋭いが、先ほどの自らの攻撃で火傷しているからか、左手はほとんど使ってこない。だから攻撃は自ずと単調になり、盾で防ぐことは容易であった。
魔力はもう戻っていた。それでもヨシュアは敢えて<衝撃吸収>を使わなかった。オーウェンの油断を誘い、もう一度、あの爆発による攻撃を仕掛けさせるためだ。そこへとっておきのカウンターを合わせる。狙うは<衝撃吸収>ではなく<全反射>だ。
必ず一撃で仕留めてやる…… !
そしてその時はすぐにきた。
右手のナイフだけではヨシュアの守りを崩すことができなかったオーウェンはしびれを切らし、戦いの中でナイフを投げ捨てると、拳を握り、そして先ほどと同じように右ストレートを放った!
────ここだ!
ヨシュアは直前まで引き付けると、タイミングを合わせて魔法を発動。ヨシュア最大の必殺技である<全反射>の魔法でオーウェンが引き起こす爆発を、全てオーウェン自身に跳ね返した!
◆
爆発によろけ、後ずさり、オーウェンは尻餅をつく。そして奴は自分の右腕を、下半分がなくなった右腕の無残な姿を見て呆然としていた。かと思えば、突然気でも狂ったかのように笑い始める。
そしてオーウェンが立ち上がる。右手を失い、左手の傷も癒えていないにも拘わらず、またボタボタと血を流しているにも拘らず、まだ戦おうというのだろうか。
ヨシュアもオーウェンに詰め寄る。そして奴が奪ったアルルのペンダントを奪い返し、前蹴りで押し倒し、見下しながら言った。
「解毒剤は何処だ!」
「へへっ、解毒剤なんて始めからねーよ」
ヘラヘラと笑う男の顔が無性に腹立たしくて、ヨシュアは男の腹に思いっきり蹴りを入れる。それも何度も何度も。オーウェンは堪らず喘ぎ、苦しそうに咳き込んだ。
「解毒剤を出せ!」
「だから! そんなもん始めからねーし、人を殺す為の毒でもねーから、ほっといても死なねーよ!」
「本当か?」とヨシュアは疑った。この男は全く信用がならない。嫌悪していると言ってもいい。
「本当だって。情報を奪おうと思ってるのに、簡単に死なせるような毒を使うかよ。それよりいいのか? 今にも魔物どもがこの場所にやって来て、弱った嬢ちゃんを殺しちまうぜ。お前も笛の音は聞こえてただろ?」
オーウェンは抵抗を諦めたのか、仰向けになってヨシュアの顔を見ながらニヤついている。血を流し過ぎたからか、血の気の引いた顔は青白く変色していた。
だが油断してはいけない。それに此奴だけは許せない。
ヨシュアは懐からナイフを取り出すと、左手できつく握りしめた。
「俺を殺すのかぁ?」
「ああ」
死を目前にしてもオーウェンの笑みは消えない。此奴を見ていると何とも胸糞悪い気分になってくる。一秒でも早く仕留めなければ。迷う必要など何処にも無いのだから。
そしてヨシュアは、オーウェンの胸にナイフを突き刺した。怒りに任せるように深々と。
◆
ヨシュアはオーウェンの死体を放置したまま、アルルの下まで戻った。
けれど、そこで限界が来た。ヨシュアはアルルの横に並ぶようにばたりと倒れ込む。
「え…… ヨシュアさん?」
隣で仰向けのアルルが心配そうに此方を覗く。
「あぁ、血が、血が流れてます…… !」
アルルが目を見開き、必死に体を起こそうとする。けれど彼女も同じように限界で、毒が抜けきらず、思うように体を動かせないみたいだ。
後頭部から出血していることは薄々分かっていた。血が流れていくほどに、体中から力が抜けていくようである。大木に打ち付けられた時の衝撃で体全体が軋み、悲鳴を上げている。先程は怒りに身を任せて無理やり体を動かしてみたが、その反動からか、もう立ち上がる気力もない。
「ごめん、アルル」
ヨシュアはうつ伏せのまま、残る力を振り絞るようにしてアルルに左手を伸ばす。その手をアルルが優しく握りしめる。
「謝らないでください。それに、私、嬉しいです。最期の瞬間をヨシュアさんと迎えられるのなら、私は笑っていられますから」
「怖くはない?」
「はい、ちっとも!」
アルルはそう言って、弱々しいながらも気丈に笑って見せてくれた。その笑顔に、自然とヨシュアも笑みをこぼす。
「そっか。それなら俺も幸せ者なのかもしれない。だって、最後の最期まで、こうして好きな人と笑っていられるのだから」
「ヨシュアさん…… 」
悔いはある。でも悪くない気がした。
本当なら助けたかったけれど、そう上手くはいかないもので、その中でも必死に抗ってはみたものの、結末は残酷で、とはいえ好きな女性は隣にいてくれて、笑いかけてくれていて、自分と一緒にいられて良かったと言ってくれて……
だから思い残すことと言えば、あと一つしかなかった。
「こんな時に言うのもズルい気がするけどさ、言わないと後悔しそうだから言うよ。好きだよ、アルル」
勇気を出して、その一言をアルルに向けて放った。
どう受け止められるか、心配だったけれど、それでもアルルは笑ってくれた。
「私もです。私もヨシュアさんと一緒に、もっともっと色んな所を旅したかった。好きですよ、ヨシュアさん」
アルルが一筋の涙を流す。その涙を止めようにも、手を伸ばしても届かず、彼女の頬に触れることすらもできなかった。
気づけば、ヨシュアたちは多種多様な魔物たちに囲まれていた。大小さまざま、種族もさまざま。見渡すことすらも億劫だが、何となく気配で分かる。たぶんだが、少なくとも三十以上の魔物に囲まれているようだ。もう助かる見込みはないのだろう。
ヨシュアとアルルは全てを諦め、微笑み合い、それから静かに目をつむった。
「────立て! ヨシュア!」
声が聞こえたのは、まさにその時だった。
しかもその声は懐かしい声だった。
何処にそんな力があったのか自分でも分からないが、ヨシュアはその声を聞いて、跳ね上がるように体を起こした。そして声のする方角に目を向けた。
────ラスティさん!
何故だかは分からない。けれどそこにラスティがいた。兄弟子であり、世界で最も信頼のおける人物が、ジークやニアと共に助けに来てくれたのだった。
遠く向こうからラスティが叫ぶ。
「三十秒だ! 三十秒でそっちに向かう! それまで耐え抜け! 片腕の盾使いとしての意地を見せろ!」
ヨシュアは立ち上がっていた。あと三十秒もあれば助けに来てくれるとラスティは言った。しかもジークと一緒だ。それなら、三十秒耐えるだけで間違いなく助かるのだ。
好きな人を守るためにも、此処で踏ん張らない訳にはいかない。




