再びのオーウェン
そこにいたのは、一度振り切ったはずのオーウェンだった。
執念深いこの男は金になる情報を得るためだけに半日以上かけてヨシュアたちを追い詰め、そしてそれだけでなく、有利に事を運ぶためだけにアルルに毒針による攻撃を仕掛けたのである。ヨシュアは、目の前のヘラヘラと笑う男が許せなかった。
「オーウェン!!」
ヨシュアは叫んだ。だがオーウェンは気にすることなく、また懐から何かを取り出し、そしてヨシュアの足元に向けて投げつけた。
その黒い物体は地面に当たると、たちまち白い煙を上げ始める!
なんだこれは?
分からないが、オーウェンが扱うアイテムだ。決してただの視界を塞ぐために煙玉では無いだろう。この煙は絶対に吸ってはダメだ。ヨシュアはぐったりとしているアルルを強引に抱きかかえ、すぐさま煙の発生場所から走って逃げた。魔法が使えず、そのため<身体強化>が使えなかったため、アルルの体がいつにも増して重たく感じた。
オーウェンは大声で笑っていた。逃げ惑うヨシュアたちを見て楽しんでいるのだ。そんなオーウェンが憎い。今すぐにでも殺してやりたい。
煙は半径十メートルほどの範囲に広がっていたが、やがて風に流されるようにして消えていった。その場に残されたのは、ケガを負った二頭の狼のみ。その狼たちに向かって、オーウェンは無造作に歩を進める。
オーウェンの手には、いつの間にかナイフが握られていた。
堪らなく嫌な予感がした。
それなのに、ヨシュアはアルルを抱きかかえたまま動くことが出来なかった。オーウェンが醸し出す異様な空気が、ヨシュアをその場に縛り付けているかのようだった。
そして────
オーウェンはその狼の下まで歩いていくと、持っていたナイフで狼の内の一頭を刺し殺した。脳天を一刺しだった。狼は怪我の影響は、あるいは煙に何か有害なものでも含まれていたからか、全く逃げ出すこともできず、オーウェンに殺されるしかなかった。ヨシュアも、その様子を眺めることしかできなかった。
そして何事も無かったかのように、オーウェンはもう一頭の狼へ向かっていく。
「オーウェン!」
もう一度ヨシュアは叫んだ。だがオーウェンはヨシュアを一瞥しただけで歩みを止めることなく、当然の事をするかのように、残る一頭をも刺し殺してしまった。そこに何のためらいも無かった。
そしてオーウェンはくるりと振り返り、残虐な笑みを浮かべる。
「わからない、って顔をしているな」とオーウェンは言った。「どうして俺がこいつらを殺したか、知りたいか?」
ヨシュアは黙っていたが、否定はしなかった。
その沈黙を肯定と受け取ったオーウェンは続けて言う。
「なぁに、簡単な事さ。このクソ狼どもは俺の仲間の二人を食い殺しやがった。だからまあ敵討ちってとこだ。俺の仲間もまあクソ野郎どもだったが、だからって仇ぐらいはとってやんねーと報われねーだろ?」
「自分の行いを正当化するな!」
「あーあ。やっぱり怒っちまった。まっ、そうだろうとは思っていたよ。お前は俺が憎いもんな。俺が何言ったって、気に喰わねーもんな。話し合うだけ無駄ってもんだぜ」
オーウェンはヨシュアにナイフを向けた。
「どうせお前は情報を教えちゃくれねぇ。だったら徹底的にやりあおうじゃねーか」
この状況で?
本来なら望むところだった。けれど、今は何も考えられなかった。憎しみと怒りが込み上げてくる一方で、どうしたらいいか分からなかった。意識の無いアルルを残して戦う気には……
だがオーウェンは此方の都合などまるで気にしない。ヨシュアが返事をする前にダッシュで近づいて来たのだ。こうなってはヨシュアも迎え撃つしかなかった。
アルルを巻き込まぬよう彼女から少し離れ、ヨシュアは盾を構えた。いつものように左足を半歩前へ、盾の後ろからオーウェンの動きを見定める。
オーウェンがナイフを振りかざす。だが、それはフェイク。ほぼノーモーションで左腕のワイヤーが左足元へと伸びてくる。それを半歩下がって躱す。自ずとヨシュアは右足と右肩が前へと出る、いつもと逆の構えになる。
そこへオーウェンの左ローキックが!
それもまたギリギリで半歩下がって躱すと、オーウェンはローキックの勢いそのまま、くるりと一回転して、裏拳の如くナイフを振るってきた!
ガシっと、盾とナイフがぶつかる鈍い音がした。盾の向こうで、オーウェンがニヤリと不敵に笑う。
「やるじゃねーか」
そう言ってオーウェンはさっと跳んで離れると、右手のナイフを器用にくるくると、そして左手にもナイフを持ち、また正面から一気に攻めてきた。そして両手のナイフでめった刺しにするかの様に、激しく攻め立ててくる。
右、右、左、右、左、左、左────
オーウェンが繰り出す目にも止まらぬ変則コンビネーションに対し、ヨシュアは盾を使って正確に捌いていく。オーウェンは、速さだけではヨシュアを仕留められないと分かると、今度は角度を変え、上段、下段と突き分けてくる。ヨシュアも盾だけでは防ぐことに拘らず、左右前後のステップとダッキングでそれを躱す。
息詰まる攻防。そこへ一瞬の隙を見つけると、盾を押し出すようにオーウェンに体当たりをぶちかました!
オーウェンは派手に吹き飛んだ。だが、そのまま後ろに一回転すると、何事も無かったかのように、ゆらりと立ち上がった。そしてまたニヤリと笑う。ダメージなどまるで感じていないようだ。むしろ、時間が経つほどにプレッシャーが高まっていくようである。
オーウェンはまたも懲りずに正面から向かってきた。
今度は接近前に両手のナイフをヨシュアに向けて同時に投げつけてきた。それをきっちりと盾で防ぐが、オーウェンは気にせず突っ込んでくる。
オーウェンが左の拳を握った。そして盾を貫かんとばかりに左ストレートを、何の工夫も無く放ってきた。当然、ヨシュアはその拳を盾で受け止めようとするが……
耳をつんざく爆発音。
体中に感じる衝撃。
いったい何が起きたのか分からなかった。間違いなく、奴の攻撃は盾で完璧に防いだはずだ。
それなのに、気付いた時には後ろへ大きく吹き飛ばされ、後方の大木に背中を叩きつけられていた。その衝撃で肺が押しつぶされたかのように呼吸困難になり、体も痛みでマヒしたかのように動かなかった。頭もクラクラとしていて、考えが回らなかった。
ぼんやりとかすむ視界。遠くで、オーウェンの左手が焼け焦げたかのように赤黒くなっている。その様子を見てようやく、オーウェンが魔法かマジックアイテムかで爆発を作り出し、その衝撃でヨシュアを吹き飛ばしたのだと、何となくだが理解した。
オーウェンが言った。
「それじゃあ尋問を始めようか」
────尋問。
嫌な響きだ。
そうか、自分は負けたのか。
だが、悔しいはずなのに、もう何も考えられなかった。そしてそのまま目の前は真っ暗となり、意識も底で途絶えてしまった。




