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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
豊穣祭編
130/154

月下の攻防

 ゆらりと、不気味に近づいてくる狼たちは二手に別れ、更には此方をかく乱しようと、私たちの周りを時計回りに駆け回り始めた。狡猾さを伺わせるその目は常にアルル達に向けられており、ほんの少しの隙も見逃してはくれないだろう。

 そんな狼たちに対し、アルルとヨシュアは背中合わせで、お互いの背後を守るようにしていた。



「焦らないで」とヨシュアは言った。「焦らず、迎え撃つように。引き付けてから魔法を使えば、いくら相手が速くても対応できるよ」



 アルルは小さく頷いた。理屈は分かるけれども上手く対応できるかどうか、自信は全くない。それでも弱気な姿勢だけは見せないように、心の隙をつかれてしまわぬように、アルルはしっかりと前を見据える。


 ────負けちゃダメだ。

 アルルは弱気になりそうな心を自ら奮い立たせる。


 狼たちは回り続ける。速く、遅く、揺さぶりをかけるように緩急を付けて。いつ襲い掛かってくるか、まるで見当がつかないけれど、襲って来るならきっと二頭は同時に牙をむくのだろう。焦らないで、と言われたけれど、どうしても焦り感じるし、プレッシャーに押しつぶされそうになる。でもそれが相手の狙いなのだろうから思惑に乗っちゃダメだ。そんな事を思いながら、アルルは息をするのも忘れて狼たちの動きを目で追い続けた。



 ────来た!

 その瞬間、アルルの鼓動はドクンと跳ね上がる。


 狙われたのはアルルだった。狼たちは予想通り同時に、けれど二頭ともアルルに向かって左右から突撃してくる。


 どうしよう、と迷う前にヨシュアがすっと体を入れて、右から向かってくる狼の前に立ちはだかり「アルル!」と名前を呼んだ。後ろは任せた、という意味だとアルルはすぐに理解できた。


 杖をかざし……



解放する雷(サンダーエミッション)!!」



 十分に引き付けてからの攻撃のつもりだった。それなのに狼は攻撃の一瞬前に後方に跳んで逃げた。

 もう一匹の狼も同じように後ろに下がっていたようで、またアルル達の周囲を軽快に駆け回り始める。しかも今度は一頭は時計回りに、もう一頭は反時計回りに、である。


 狼たちは交差する。目まぐるしく入れ替わり、再び隙を作りだろうとしている。スピードは狼たちの方が圧倒的に速くて、狼たちの支配する場から抜け出せずにいた。



「大丈夫。落ち着いて、今の対応でよかったよ」



 背中越しにヨシュアが言った。優しい声だった。その言葉を聞くだけで、少し自信が持てた。

 そうだ。今のを繰り返して、何度だって跳ね返せばいいんだ。



 それからというものの、狼たちは何度も機を見ては襲い掛かり、その度にアルルたちは迎え撃った。

 狼たちは決して無理はせず、一度ひいては態勢を整えるように周囲を回り、そして再び襲い掛かってくる。一瞬たりとも気が抜けない時間が続いていた。


 けれどアルルもなんとか対応していた。杖を向け続け、タイミングよく攻撃すれば追い返せると徐々に自身が持てるようになった。相手の攻撃を凌ぐたびにヨシュアが優しく声を掛けてくれたこともあり、常に気を強く保つことができた。一人だったら心が折れそうだけれど、二人なら乗り越えられると本気で思った。



 駆ける狼。急反転し、そしてまたアルルに向かって襲い掛かってくる。その動きに惑わされ、逆を取られかけるものの、アルルはすぐさま狙いを修正。

 よく引き付けてから……


 ────解放する雷(サンダーエミッション)!!


 今度こそ、とアルルは狙いを定めて魔法を放った。

 それでもやはり狼の方が一瞬だけ速く、やはり攻撃は当たらない。悔しいけれど、どうやら狼の方が一枚上手のようだった。


 けれど、そんな狼よりもヨシュアの方がさらに上手だった。後ろで鈍い音がしたかと思うと、ヨシュアが「ようやく捕まえた」と言った。ちらりと後ろを見ると、驚くことにヨシュアが狼の首元を足で押さえつけているではないか。魔法を使わずして狼を捕らえるなんて、一体どうやったらそんなことが出来るのだろう? 心強いけれど、ちょっと恐ろしくもある。


「テオル!」と目の前の狼が叫んだ。捕まえられた方の狼の名前だろうか。目を血走らせ、怒りに震えているのが分かる。

 そしてその狼はアルルを無視してヨシュアへと襲い掛かった。



「そこだ!」



 アルルはここぞとばかりに解放する雷(サンダーエミッション)を発動。ヨシュアへと跳びかかる狼に向けて渾身の魔法を放つと、これが見事に命中。狼の体はくの字に曲がり、地面へと堕ちた。



「さすがアルル! 助かったよ!」



 ヨシュアは狼を足蹴にしたままアルルにお礼を言った。けれど、当のアルルは狼に攻撃を当てたことが実感できず、ぼんやりと倒れた狼を見ていた。その狼はびくびくと、痙攣したみたいに体が跳ねている。どうやら、まだ生きているみたいだ。



「ヨシュアさん。この狼たちは…… 」



 アルルはヨシュアを見た。すると「生かしておきたいの?」とヨシュアに尋ねられ、アルルは素直に頷いた。

 甘い考えかも知れないけれど、アルルは狼たちを殺したくはないと思った。人の言葉を話したからか、情が移ってしまったみたいだ。



「分かった。俺ももう十分だと思うし、此奴らはこの場に捨て置こう。でも、もう一度襲われたら手加減はしない。いいね?」


「はい、その時は覚悟を決めます」



 アルルがそう返事するとヨシュアは頷き、それからヨシュアは足元の狼に向かって言った。



「そういうことだから、俺たちはアンタらを許すことにする。でも、それも一度だけだ。次襲ってきた時は手加減しない。分かったか?」



 ヨシュアは狼を睨みつけながら言った。狼のテオルは何か言いたそうな目をしていたけれど、やがて諦めたように頷いた。

 よかった。色々あったけど、上手く収まったわけでも無いけれど、でもこれ以上命のやり取りをしないで済んだ。それだけで少し救われた気になる。自己満足かもしれないけれど。



 ────プス。

 

 …… えっ?


 それは思いもしなかったこと。

 チクッとした痛みをアルルは首元に感じた。

 そして次の瞬間には目の前が真っ暗になり、どうしても立っていられなって、アルルはその場で倒れてしまう。何が起きたのか全く分からなかった。感じるのは吐き気と寒気と頭痛と。頭がクラクラして、もう何も考えられない。



 もしかして、私って死ぬのかな?







 それは突然の出来事であり、到底許せることでは無かった。


 ヨシュアは目を疑った。

 何の前触れも無くアルルが倒れたのだ。


 どうしてなのか、ヨシュアはすぐには分からなかった。分からないものの、ヨシュアはアルルのすぐそばに駆け寄り、彼女の肩を抱きしめる。



「アルル! アルル、しっかりして!」



 ヨシュアは必死に呼びかけてみるものの、アルルは全く反応しなかった。呼吸は荒く、汗は吹き出し、顔は熱が出た時みたいに真っ赤である。瞳孔も開ききっており、明らかに普通じゃない事は一目見て分かった。

 その時、ヨシュアは偶然にも、抱きかかえたアルルの首元に針のようなものが刺さっているのを見つけた。ヨシュアは慎重にそれを抜き取ってみる。



「これ…… まさか毒針?」


「────ご名答!」



 その声にハッとして、ヨシュアは顔を上げた。そしてその姿を目にした時、ヨシュアは怒りで顔を紅潮させる。



「お前か、オーウェンっ!!!」


「よお、また会ったな」



 そこにいたのはオーウェンだった。ヨシュアの右腕を奪い、ガトリーの命をも奪った男が、今度はアルルの命をも奪おうとしている。それは到底許せることでは無かった。


 ヨシュアたちの夜はまだ、明けそうにない。

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